千に一度の神隠し (お侍 習作107)

          *囲炉裏端シリーズ
 

 
 1年かけた村人たちの辛苦の結実、稲穂の収穫時期を狙って襲い来る、傍若無人な機巧侍の“野伏せり”たちを。頼もしき御力にて返り討ちにして下さりませと、腹いっぱいの米を報酬に雇われた七人のお侍。カンベエとシチロージのみを例外に、それぞれが初見の方同士。年格好や容姿風貌は勿論のこと、肩書や得手も、それから物の考えようや信念も、それぞれに異なる個性豊かなお人たちばかりであり。だというに、一堂に会して下さったは何故だろか。

 「村の窮状へと同情して、では、不服なのだろか。」
 「さて。」

 村の若者に、ふとそのような問いを投げかけられたらしき銀髪の壮年殿。その場ではそのように言って繕うたらしいが、彼ら農民からすれば、侍も野伏せりも根は同じという疑念が抜けなくてのことだろか…と案じたか。作業の進捗報告に立ち寄った詰め所にて、我らが大将へとその話を持ち出したらしく。

 「疑り深いというよりも、ついつい及び腰になってしまうのだろう。」

 彼らが決めて立ち上がり、侍らを招いたのだ…とは言え、とんでもない賭けに出ようとしているには違いなく。マンゾウという臆病者が野伏せり側へ密通しかけたように、いまだ不安を抱える者も少なくはないのかも。他でもない自分たちへの疑念だというに、端として冷静な言を下すカンベエへ、ゴロベエもまた同意か頷いて見せ。
「結束への障りになるようなら問題だが。」
 そんな風に水を向ければ、
「いやそこまで深刻な風でもなかったようだ。」
 大ごとではありますまいよとゴロベエ殿が苦笑をし。それでありながら…彼が心に留め置きはするらしいという気配が言外に伺え。ならばそれ以上は問うまいと、カンベエもまた薄く笑むことでその話からは意を離す。思うところを全て吐き出し合っての照らし合わせ、論を尽くすまでもないことと、それこそ、交わした眼差しひとつで了解を得合える。技量の尋を互いに見込み合っていればこその問わず語らず。相手を信じた自身の物差しを信じればいいだけのことよと、年経た身には難しいことでもないけれど。若くて青い身にはまだまだなかなか、そこまで収まりかえるには至れぬことかもしれなくての、そもそもの戸惑いの言だったのかも知れず。

 「…。」

 いつ何時 事態が動き出しても対応出来るようにと、その居場所を明らかにしておくため、この詰め所に身を置くことを基本としているカンベエで。もはや常着であろう、くすんだ白の砂防服をまとったその膝元には、村とその周辺地域の地図やら、造成中の弩や砦の図面やら、平時と臨戦時のそれだろう、村人と侍たちの配置や運用を算段中らしき表やらが、幾枚も幾枚も広げられており。軍師としての才気や何やを振るっていただろう大戦時代も、このようであられたものかと。ならば勝手知ったる十八番
(おはこ)の発現ともなろうと思うてか。眉をわずかに寄せての思慮深く沈黙し、静謐を保たれる壮年殿の重々しき横顔なんぞへ。カツシロウやキララあたりの若いのが、のぼせたように見入っていたりもし。

 『負け戦の大将、というのが通り名であったというにな。』

 何を勘違いしておるやら面映ゆいことよと苦笑を零されたご当人だが、それこそ謙遜、若しくは巧みな煙幕ではなかろうか。命根性汚くも、地へしがみつくよにして生き延びただけと言いたいか、それにしては…キュウゾウとの初見で交わした、あの鮮烈巧みな立ち回りといい、時折ハッとさせられるような思い切りのいい言動をなさる。こたびの参戦も、最初は渋っておられたというが、それは…侍でもない者が躍起になって諍いや戦いを選ぶものではないと、当然と言えば当然ながら、勝つことしか見えてはないのだろうキララたちを諌めたかったのかも知れず。聡明にして、だが果断な行動力も持ち合わすこの御仁。直接立った戦さ場ではなるほど軍を退ける格好での所謂“敗走”を数多く受け持ったのやもしれないが、だからといってそれがそのまま愚将の証になりはすまい。兵の運用や采配の手数、標準のそれより劣っておるとは到底思えず。何よりも…ご本人の刀さばきの腕のほどや機転の冴えはずば抜けていて、臨機応変の蓄積も多彩なところから察しても、下からの人徳は絶大だったのではと思えてならぬ。

 “あのシチロージ殿が、自分からついて来たほどだよってな。”

 自分もまた、この男の才や人性に惹かれたようなものだし、キュウゾウなぞは、カンベエとの決着を望んで優先した結果、対峙する敵方から寝返って来たほど。カンベエを師と呼ぶカツシロウといい、カンベエから自分を侍だと認めさせたいキクチヨといい。ヘイハチ以外の全員、この大将こそが此処への同行と参戦への動機と言っても過言じゃあないほどで。本人がそれを欣幸と思うかどうかは別として、不思議な求心力をお持ちの御仁には違いない。どんな場面でも揺るがずに“侍”であり続ける屈強頑健なところが、そうでありたい人々には憧れを招いてやまぬのか。

 「? いかがした?」

 妙に感慨深げに押し黙ってしまったゴロベエだと気づいたか、その割にはこちらを見やる彼へと声を掛けて来たカンベエへ、

 「いやなに、シチさんほどのお人が惚れなすっただけはあると。」

 今は此処には居合わせない美丈夫を持ち出して、あれほどの人物が惚れたご尊顔…とでも言いたいか、その精悍な男ぶりについ見惚れておったなどと、戯言めかして言い返せば。やれやれまたぞろ煙に撒くかと、仄かに苦笑をして見せた惣領殿、
「腐れ縁というのもあるが。」
「そんなそんなご謙遜を。」
 居場所が判っておりながら、なのに頼みになさらなかったは、頼りにならぬと思ったからではなく、彼の後生を大事になさりたかったからだろに。そして、そんな優しい情をも持つ彼が、だのに“司令官”という非情をも選ばねばならぬ地位にいたころは、

 “シチロージ殿の柔軟さが、どれほど助けていなすったことか。”

 鬼の副官と呼ばれていたと、いつぞや話の種に上がったことがあり、今現在の…そりゃあ人当たりの良い彼しか知らぬせいもあり、誰も鵜呑みにはせなんだが。カンベエへの負担を削るため、そんな顔を故意に構えたことも、もしかしたなら あったのかもしれぬ。

 “まま、それはお二人の持ち物ゆえ。”

 詮索するは野暮なこと、深くは探らず踏み入らず、
「あれほど気のつく働き者の女房役、大戦時だとてそうそうお目にかかったことはありませぬ。」
 先程も肩なぞ揉んでのいたわりよう…と、目先のことへと話を限定すれば。相手が自分への詮索からは手を離した意を酌んで、くつくつと笑んで見せたカンベエ、
「とんだ年寄り扱いをされたがの。」
 実を言えば、あまり肩が凝るという身ではないし、それはあの元・副官にも判っていたようで。根をお詰めになりますなと、そんな意を込めた代物であったらしい。
『お店でお客から習いましてね。』
 ああ、痛くはないですか?と、自分の機械の腕を見下ろして くすすと微笑ったのも剽げてのこと。そこへと顔を出したゴロベエへ、
『では、体を延ばしがてらに造成地を見回って参りますね。』
 そうと言って席を外したのも、ゴロベエ殿もどうぞゆっくり休んでって下さいませという、言外の含みあっての言いようだったのだろう。

 「ほんにゆき届いた御仁だが、あれはカンベエ殿の肝入りあってのことですかの?」

 大戦中のずっとをその傍らに身を置き、補佐し続けたという話であり、戦さ場にあってはその背を任されての大殺陣回り
(おおたちまわり)も、きっと数々こなしたことだろとは、砂漠越えでの野伏せりたちとの一戦にての、見事だった息の合いようからも察せられ。単なる傍らづきに留まらず、いざという折には大将から離れての、先鋒を任されもしたろう、頼もしさをも偲ばせて。

 「さてな。儂があまりにずぼらであったゆえ、
  自分がしっかりせねばと気を引きしめておっただけかもしれぬ。」

 型通りの言いようを返したカンベエなれど、それどころの桁ではあるまいよとは双方ともに察してもおり。あくまでも補佐役に徹し、訳知り顔の隋臣ぶりはしない古女房殿。いつもいつもただただひたりと寄り添うているばかりでなく、指示なくともカンベエの意の先を読んでの行動を取り、気の利いた振る舞いや物言いで、強引な采配に見えぬよう聞こえぬようにという、根回しや先触れをこなしてしまわれる。
「農作業に勝手がいいという洗い場の泉を、堡の配置の都合で潰してしまった折も。土地勘のない侍どもなのは我らも同様、敵への落とし穴にならず自分たちが落ちかねぬので…と、出来るだけ剽軽な言い回しをなされての承諾を得ておられて。」
 反感を買わぬよう不安を煽らぬよう、自身を貶めてでもと、場の空気を上手に宥め。婉曲に持っていかれた話しぶりのその妙には、ただただ感服しもうしたと。ゴロベエどの、おおらかに破顔され。見目麗しきだけではないその人性、褒められるは御主にも嬉しいらしく。

 “砕けたは着るもののみにあらずということか。”

 ああまでの物腰の柔らかさは、遊里にて身につけたに違いなく。物事への遇しようへの手厚さにも、軍人に限られぬ視野の広さが加わっていて。侍をとの求めで集められし顔触れの中、こたびの状況にこれほど頼りになる援軍もおるまいて。

 「とはいえ。」

 さんざん褒めはしたもののと、ふと、ゴロベエ殿が腕を胸前へ組んでの低いお声になったのは、

 「そのシチさんこそ、少々 根を詰め過ぎではなかろうかの。」

 その重宝さで助けてもらっておいてのこの言いようもないかも知れぬが、弩へかかりっきりのヘイハチに負けず劣らず、見かければ必ず何をか手掛けておいでで、
「うたた寝ででも休んでおいでの姿を見たことがない。」
「さようであったかの。」
 まさかに一睡もしていないということはなかろうが、言われてみれば…カンベエもまた、シチロージがくうすうと安らかに眠っている姿は、あんまり見た覚えがなく。元気元気とぴんしゃんしている闊達さに誤魔化されたか、いやいや、それこそ…無防備になったその拍子、疲労の具合をまで人目に晒さぬようにと気を遣ってのそれで、こっそり休んでいる彼なのかも知れず。

 “困った奴よの。”

 侍格の仲間を信じていない訳じゃあなし、甘え上手なところもあるくせ、肝心なところで無防備を晒せぬは、何へのどういう相殺なのやら。人へと尽くす性分は、間違いなく自分が刷り込んだに違いないかと、そこは認めたらしいカンベエ殿。顎にたくわえたお髭を撫でると、感慨深げなお顔をなさり、

 「そうさの、あまりに働き者というのも考えもの。
  そこを人ならぬものに愛でられ、神隠しに遭うてもコトだよってな。」
 「ほほお、神隠しと来ましたか。」

 言い回しの突拍子のなさへ、おやや?と眉を引っ張りあげたゴロベエ殿が、だが、

 “………はは〜ん。”

 こちらもまた“何かしら”に気づいたらしく。目許を細めての笑みを深め、うんうんと仰々しくも頷いて見せると、
「さようさ。此処のように働き者が多い村では、そういう神もまた常に覗いておわすやも知れぬ。」
 ああまで見目麗しい美丈夫で、しかも骨惜しみをしない働き者と来れば、人世界には勿体ないと思し召し、攫ってゆかれてしまうやも。そうそう。そうならぬよに、無理にでも休ませなければの、と。鹿爪らしくも言葉を継いだカンベエの言いようが終わらぬうち、壁の高みに刳られた連子窓を さっとよぎって去った気配が一つ。ヒタキかメジロか、もはや影さえ見えぬそれへ。詰め所の中、囲炉裏端におわした壮年二人、気を合わせての楽しげに、くつくつと喉を鳴らし、揃って笑ってしまわれたのは何故だろか…。






  ◇  ◇  ◇



 さわ…と吹きすぎる風に稲穂の海がどよもしの声を上げ、それを背後に置き去っての飛び込んだ格好になった木立では、天蓋のようになった木々の梢が頭上で波打ち、常緑の木の葉が打ち鳴らされてはざわざわと、風の声を伝えんと囁く。

 “そろそろ陽があっての暖かさのようだねぇ。”

 人の営みや揉め事になぞ関わりなく、秋はどんどん深まってく様相。それを頬に感じつつ、足は止めず、軽やかに駆け続けるシチロージであり。もはや邪魔にも思われぬほどの軽やかな捌きようにて、長い裳裾を羽衣のようにひるがえし、難無く着こなす淡紫の絹のその羽織。実は女性用の仕立てだそうで。長身であることを忘れさす、嫋やかな身ごなしにはよく映えて優雅。小走りになるとその歩幅へ合わせ、古代の貴婦人が腕へ搦めてまとったという“領巾
(ひれ)”のよに、桃色の首巻きがたなびいて。それらの醸す優しい輪郭が、きびきびとした所作から余計な険をそっと削ぐ。

 「あれ、シチロージ様でねか。」
 「見回りですか? カンベエ様はご一緒ではないので?」

 通りすがりの村人たちから気安く掛けられる声へ、こちらもやんわりと眸を細めての目礼で応じて通り過ぎれば、年頃の娘御あたりは、胸へ手を当て“ほう…”と甘い吐息をついたりし。

 ―― 罪なくらいに艶やかな、粋でやさしい色男。

 遊里では軍人だった匂いを消すため、そんな“なり”でいたものが、ここでも役に立とうとは。
“身なりのせいだけ、だろうかね。”
 すっかりと垢抜けた…とまでは言わないが、それでも。侍としての威容や鋭さ、この身から随分と抜け落ちたせいもあるのだろ。鬼の副官と呼ばれたは嘘や偽りには非ずのこと、誰の真似やら、上へこそ辛辣で、部下へは篤くとあったれど、カンベエ様を鬼にせぬため、場面によっては自身こそが鬼にも夜叉にもなること、臆さず辞すこともなかったの、今でも忘れてはいないシチロージであり。
だが、

  ―― 刀も槍も、今の泰平の世には要らぬもの。

 侍なんて終しまいと、口では言っていたものの、当の自分より誰よりも、ユキノは誤魔化されずにいたようだったし、槍を振るう勘もさほどに鈍っちゃあいなかったけれど。久方ぶりの修羅場に立って気がついたのが、カンベエやキュウゾウの、未だ鈍らぬ気勢の尖り、剥き身の刀が刃へ孕む、魔性にも似た殺気の妖や、若しくはつれなさ。そういった極限の威勢までは、さすがにそう簡単には戻らぬようで。

 「…。」

 それを気にする私は、侍に戻りたいのだろうかとふと思う。誰彼かまわず人を屠りたいのではないし、人々の顔から笑みを奪った戦さを善いこととはさすがに思わない。だが、安泰の世にせっかく生き延びたというに、どうしてだろか、胸の奥底には絶えず ある種の喪失感が燻り続けてもいた。最も苛酷な戦場から一転して、安穏な世で目を覚ました落差のせいか? それとも、究極の生と死が縁取る戦さ場で、生きることへの唯一のよすがのようにして常に添うて来たカンベエを見失ったことが、彼を取り巻く世界をつぶすほどの大きな喪失だったからだろか。ああまで必死で生きた日々を無かったことにされるのが辛くて…そして。

  ―― そこに想いごと置き去りにしたかも知れぬ、
      誰よりも大切な人が ただただ恋しくて恋しくて。

 こちらこそが正常な世界のはずが、自分には手ごたえのない、つれないばかりで不安定な世界に思えもしたほどで。

 “…ああ、いかんいかん。”

 余計なことなぞ考えている場合ではないと、かぶりを振ってまでして頭の中から妄執を追い立てる。今は“今”を考えていればいい。カンベエ様の傍らへと戻れた、再び彼を助けられるのだから、それでいい。何もない山里の昼下がりの空気はどこか閑としていてそれで、ついつい気を取られてしまったようだ。

 『心ここに在らずなまま走ると、神隠しに遭ってしまうよ?』

 気を散らしてお使いの内容を忘れてしまわぬようにか、幼い頃に大人からそんな言いようをされたのを思い出し。それこそ子供じゃああるまいにと自分で苦笑をしたそんな間合いへ、

 “………っ!”

 ほとんど反射的なそれ。何をか確かめた訳でもないながら、咄嗟に総身の芯にまとわしたバネへの力が籠もり、そのまま足元が軽々弾けての大きく跳躍して何かを避けている。寸前まで何の気配も感じはしなくて。だが、それがその身へとまとった風籟を、後ろを向いたままで拾えたから。

 ―― 途轍もない速度と鋭さで迫り来た何物か。

 これは尋常な存在じゃあないから避けなければと、そんな動作反射が勝手に働いたらしく。大きく前方へと退いてから、着地と同時、羽織の裾をはためかせ、素早く身を転じて寸前まで立ってた場所を振り向けば。丁度自分と入れ替わったよにそこへと立つのは、重々見覚えのあるお人。なぁんだと胸を撫で下ろし、いかりかけてた肩先も下げて。驚かさないで下さいましなと、笑って声を掛けようとして………。

 “……………………………え?”

 ぐらり。視野の中で天と地が回り、自身の感覚の中でも重力の方向が大きく傾いての のしかかって来て。何かしらの重みに耐え兼ね、肩や顔といった上半身から地べたへ頽れかかった身を。それはそれは優しく受け止めてくれた温みの主は、抑揚の少ない声で妙な一言を呟いた。


  「…間に合った。」














 気がつくと、縁側だろうかちょこりと腰を下ろし、眼前に広がる明るいお庭を眺めている。お膝には何やら暖かいものを乗っけていて、見下ろせば…つややかな毛並みの手触りやら、あまりに小さなその頼りさなが、こちらからの撫で撫でを誘ってやまぬ、小さな小さな仔猫であるらしく。気持ち良さそうに身を丸め、時折 糸のように細い声で“みぃ、みぃ”と引きつけるように鳴くのが何とも愛わしい。陽に明るく照らされたお庭は、どこぞかの豪邸のそれのような、広々とした豪奢な仕立てではないものの。サツキの茂みや桜に金木犀に椿と、四季折々、何かが咲いて楽しめるような工夫を凝らしてあり、青々とした下生えが綺麗に刈り揃えられているのが奇妙ではあったが、陽だまりの中、発色のいい柔らかな緑が広々と敷き詰められている様は悪くはない。ごろんと転がったらさぞかし心地いいのだろうにな…などと、ずんと幼い童子のようなことをば思っていれば。お膝の上で寝ていた仔猫が、ころりころころ、その柔らかな身を転がして。おややぁ?と見ておれば、何度目かの寝返りの末、大きさは小さいまんま、見たことのある誰かさんの姿へ変わったから。


  ―― え? なんで?


 綿毛のようにふわふかな金絲の髪に、真白な手。ぱちりと開いた眸は赤く、んん?と小首を傾げる無心なお顔が何とも可愛いそのまんま。こちらのお膝で両手をついての“う〜ん…”と背条を伸ばすと、細い背中を覆って紅の衣紋がするりと現れ、その中程には見慣れた赤鞘までが姿を見せる。でもでも、何だか訝
(おか)しかないか。

 「…キュウゾウ殿?」

 どうしてそんな、小さく縮んでしまったのですかと。皆まで言う前に、ぱかり、今度こその本当に、目が覚めたことを自覚するシチロージ。

 「…。」
 「…あ。」

 自分がお膝を貸してたはずが、常緑の葉がさわさわと風に躍る梢を背景に、上になってのこちらを覗き込んでいるのはキュウゾウの側であり。そこから降るのだろう木洩れ陽が、彼の金の綿毛の縁をぼかしてけぶらせているのが、何だか幻想的で綺麗だったので。ついつい見とれておれば、

 「………眠れたか?」
 「?」

 彼の指先が深々と髪の中をくぐるのは、髪を束ねていた元結い
(もとどり)をほどかれているからで。…ああ気持ちがいいな。身体のどっこも痛くはないところをみると、みぞおちや背中を殴られた訳じゃあなさそうだ。さては首の血脈を押さえたか。それにしたって あっと言う間に落とされたなんて少々みっともなくはないか。こんな小さな手をしてなさるのにね。アタシの首回りだって、乙女のそれほどには細くはないのにね。双刀を一度に、ああまでの見事に自在に操ってしまわれるだけのことはあるということか。

 「シチ?」

 ぼんやりと見上げるばかりなこちらを案じたか、赤い眸がはたはたと瞬いたので、するりと伸ばした生身の方の手で、白い頬を撫でて差し上げれば。
「…。////////
 仔猫が親猫からの愛撫を喜ぶように、自分のほうから頬を押しつけ、うにうにと擦りつけてくれる様子が何とも可愛い。

 「夢を見ました。」
 「?」
 「キュウゾウ殿が仔猫になってて、アタシのお膝で寝てましてね。」
 「???」

 夢を見ていたくらいだから、眠ってはいたようですよと。遅ればせながら、最初の問へと答えて差し上げ、そして。

  「なんでまた、アタシを攫うような真似をなさったので?」

 ここは気を失う寸前にいた木立じゃあない。あそこからずんと離れた…恐らくは鎮守の森の中ほどの、比較的背丈の低い樹ばかりが植わってる、陽あたりのいいところ。風の匂いが微妙に違うし、何より…このキュウゾウが人目も気にせず、呑気にも人を膝枕していられるような場所、村の家並みの連なる近くにはそうはないからとの あたりをつけたシチロージとしては。

 ―― ただの悪戯にしてはちょっと度が過ぎてるなと感じた反面、
     何の考えもなくこうまでのことをする彼だろかと。

 連れ去ったのはともかく、甘えたければ気絶させることはなかっただろう。叱るなり諭すなりするのは、そこまで構えた理由を確かめてからでも良かろうと。お膝を借りた格好のまま、ねえと訊いてみたところが。

 「働き者は神に攫われて、神隠しに遭うてしまうのだそうだ。」
 「はい?」
 「疲れてしまった隙を衝かれてしまうのかも知れぬ。」

 神隠しとはまた。自分が思い出してたそれと符合したのはともかくとして、この彼がそんな言葉を口にしたのがあまりに意外。でも、

 「神隠し、ですか?」

 寝転んだままで聞いては失礼かなと、思わずそうと感じたほどに…赤い双眸をきゅうと細めてのむずがるようなお顔をし、何度も頷いたキュウゾウ殿。真剣真摯なお顔のまま、身を起こして向かい合ったこちらの肩口へおでこを伏せ、グリグリと擦りつけるいつもの所作を見せる彼であり、

 “誰ぞかがそのような言いようをしたもの、まんま信じてしまわれたか。”

 おとぎ話を信じないのではなく、そのものを余り知らない彼であるがゆえ。物の例えとして持ち出されたそれを、そのまんまの形で現実に起こり得ることと把握してしまったのだろと。まま、当たらずしも遠からじな辺りへ見当をつけておれば、

 「島田だけではなく、片山も言うておった。」
 “ゴロさんもですかい。”

 カンベエ様だけの言ならば、いくらキュウゾウ殿でも“眉唾かも?”と疑う余地もあったろに、と。聞きようによっては…自分の御主の言をなかなかの度合いで軽んじたその上で、何をまた こんな稚
(いとけな)いお人相手に結託してますか、あの壮年コンビはと。呆れての落胆たら脱力やらに襲われつつも。まんまと手玉に取られたらしき、かあいらしいお人の細い背中を抱いてやる。

 “果報者、ですよねvv”

 方法的にはちょぉっと方向音痴の傾向がなくもなかった仕儀ではありましたが、こんなとんでもないお人から案じていただけるだなんて、嬉しいったらありゃしない。初めての人への心配、初めてのどうしよう。それを注いでいただけたんですねぇと、少ぉし冷たいすべらかな頬を同じく頬にて愛でてやり。とはいえ…正さねばならないことへはしっかりと、クギを刺しておかねばならぬとばかり。ほっそりとした二の腕に手を添えて、ちょっとばかし押して懐ろから引きはがし、距離をとった上で真っ直ぐに見つめ合っての言い諭す。


  「あのですね、キュウゾウ殿。」
  「…。」
  「休んでほしかったというお気遣いはありがたいのですが、
   こんなことをされては…そう、
   アタシ、明日っからキュウゾウ殿の気配を警戒するよにならねばなりません。」
  「?」
  「だって意識を無くすのって怖いことですよ?
   それに、何てのか、
   アタシってばキュウゾウ殿よりこんなにも弱いのかって、
   片手でひょい、なんだなって。
   逃れようなく思い知らされたみたいだし…。」


 眉を下げての、ふっと寂しげに微笑って見せると。頬を赤らめ、ますますのこと目許をすぼめるキュウゾウで。そんなつもりじゃあなかったと言いたいか、
「〜〜〜。/////////
 かぶりを振りつつ見上げて来る彼の、双眸の赤みが潤んでつやを増し、茱萸
(グミ)の実のようになったのが何とも切ない風情でならず。見ていてこちらもきゅううんと胸を打たれてしまったほど、根は正直者のシチロージにも たいそう辛かった芝居ではあったれど。

  ―― いいですね? もうこんな力づくはダメですからね?
      〜、〜、〜っ。(頷、頷、頷っ)
      それと、カンベエ様とゴロさんには、後でお灸を据えてやらねば。
      ………?(お灸?)
      ああいえ、それはこっちのお話です。


 向かい合ってたそのまんま、手と手を取っての おでことおでこをこつりと合わせ。青玻璃の双眸細めつつ、にっこり微笑ったおっ母様。小首を傾げた所作にさらりと流れて、軽やかな金属音さえ鳴りそうな、すべらかでさらさらの金の髪を解いての優しげなお姿は、母上にだけ純情可憐な次男坊を堕とすに苦はなくて。

  「〜〜〜。/////////

 常緑のご神木が居並ぶ鎮守の森を間近にし、天使様がお二人も、舞い降りて来たかのような風景に。たまたま通りかかってしまった樵
(きこり)の衆が、うあ勿体なや目が潰れるぞと慌てて逃げ去ったのははっきり言って余談の余談。まだまだ平和な神無村であるようです、はい。






  〜どさくさ・どっとはらい〜  08.5.18.


 *悪い大人たちばっかりですねぇ、お侍様たちってば。(笑)

 *ちょっとネタばれ。
  アニメの展開では、
  前々からシチさんが蛍屋にいると知ってたような勘兵衛様でしたが、
  小説版では、偶然再会したという運びになっている。
  もしもそっちでも居場所が判っていたならば、
  安堵した上で虹雅渓から黙って出てってた勘兵衛様だったのかなぁ?

 *ところで。
  シチさんが大戦時代は勘兵衛様の副官だった…というところへ、
  副司令官的な立場にあったという解釈をなさってらしたサイトさんがあって、
  ついつい“え?”と狼狽えた粗忽者です。
  そちら様では、
  『実力をつけた上での階級の関係で』と、
  そうとまで成長した末の話とされてらしたのですが、
  私が焦ったのは、

   『え? 副官って“ナンバー2”のことを言ったっけ?』

  そんな根本的なところを揺さぶられたからでして。
  結論から言いますと、その解釈は間違いです。
  副官は“副隊長”ではありません。
  あくまでも上級役職者につく士官で、役職の補佐をするのがお務め。
  時には“代理”を担うこともありはしましょうが、
  役職の補佐、つまりは組織運営や事務方のお仕事をフォローをするのがお役目。
  戦士としての実力やら人望やらがあるからという順番でなら、
  副隊長的な持ち場を任されることもあるかもですが、
  ナンバー2であるという、肩書というか条件というかが先には来ません。
  こんなまで書き散らかしてから焦ってる、順不同な奴でした。
(こらこら)

  そうかと言って、じゃあ“秘書”か?というと、そっちも違うのだとか。
  秘書は役職者自身を補佐しますが、
  副官は役職自体をだけ補佐するのだと区切られてまして、
  身の回りのお世話まではいたしません。
  でもまあ…余裕があるのなら、
  秘書っぽいところまで手を尽くしても良いんじゃないかと。
  軍服の襟を直して差し上げるのも、お耳掃除も…ネ?
(苦笑)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

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