深夜と未明の端境で (お侍 習作109)

       〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


夜中にふっと目が覚めた。
用足しの必要も感じないし、
元は寺社ででもあったものか、
やたらアジサイが植わってた離れの周辺も、
今は静かで雨や嵐の気配もなく。
外の月光に藍色に染められた円窓の障子の枠が、
時折風に煽られてか がたごと鳴るが、
そんなささやかな物音のせいでもないだろし。
綿が擦り減ってか薄べったい蒲団は、
この時期にはむしろ丁度よく。
となれば、寝苦しくて起きたというのでもなさそうだ。
そんなこんなをぼんやりと思いつつ、

 「…。」

ほんの間近へ向かい合ってた、供寝の相手を、
夜陰の中にて透かし見れば。
夜更けに放り出されてしまった自分と違い、
ただただ無心な寝顔を晒して眠っているばかり。

 “…。”

いかにも壮年という年頃の、
頬骨の立った気難しそうなお顔をつくづくと眺めやる。
手入れの悪い蓬髪に縁取られた頬を辿った下には、
長年食いしばって来たそれだろう、
やはり頑迷そうに引き締まった口許があり。
髭をたくわえた顎を縁取る、すっきりしたおとがいを境目に、
そちらはさすがに暗がりの中へと没して見通せないが、
大きく窪んで下がった首元がその奥にはあって。
日頃は立てた襟の中へと隠しているけれど、
その輪郭は見慣れており。
きゅうと引き締まっている分 ごつごつしていて、

 “〜〜〜。///////”

そんなところへ色香を感じる自分は、ちょっと変なのだろうか。
思う端から頬が熱くなるのへドギマギし、
ちょいとムキになって視線を先へと速めれば。
小袖の胸元、合わせが少々緩んでおり、
そこから覗いていた鎖骨の合わせ目へと至る。

 “〜。/////////”

肩の輪郭が曖昧になるほども間近になっての のしかかり、
したい放題をしていた憎たらしい躯だが、
やはり、あのその、気に入りの肌や堅さであるには違いなく。
腐してやろうと思っても、適当な語彙が見つからず、

 “…ふん。////////”

まま、それはそれとして。
彼がそのまま…こうして目の前、触れるほどの間近に在ったのへ、
何よりまずは安堵している自分に気がつき。

 「…。」

そうである自分に、ふと、失笑が洩れた。
変われば変わるものだと思う。
どちらかと言えば図太いほうで、
よって何へもかにへも警戒が強かった訳ではないが。
誰かとこうまで…触れ合ったままというほども間近になって、
なのに意識もせずに 日々眠れているのが信じられない。
昔は、世界に自分一人しか居ないも同然という感覚でいたんだのに、
今では…この彼が戻って来ないと落ち着けない。
姿が見えぬと探しに出るし、
誰ぞといれば向かっ腹が立ち、
風にあたってぼんやりしていたり、
ただ月を見上げて佇んでいるだけでもムッとくる。
この自分を差し置いてと腹が立つ。
そのくせ、昏い深色の眼差しがこっちを向けば。
視線が合うのが照れ臭く、
ふいと そっぽを向いてばかりもいたりして。
そんな自分を くつくつ微笑う、
泰然としたところが気に入りではあるけれど…癪でもあって。

 “…ただの途惚けたおやじなのにな。”

気配を消して近づかれた訳じゃあない、
それどころか、こちらから追っていた初めての存在で。
力づくで負けた訳じゃあない、体格差で圧された訳でもない、
もっともっと近づきたくて、もっともっと触れたくて。
その温みにくるまれても、熱い肌へと触れてもまだ足りないと、
貪るように求め欲したのも こちらから。
そうして捕まえ、鷲掴んだその躯から、
もはや枯れ果てたとほざいた情を揺り起こしたまではよかったが、
その奥底に眠ってた、熱さに触れて…取り込まれたは迂闊だったか。

 「…。」

単に滾りを静める手段としてのそれは知っていたけれど、
その者でなければと誰ぞかを求める抱擁なぞ、
自分には縁がないと思ってた。

  ……だのに

真っ直ぐに我だけを見つめてくれると血が沸き立つし、
この浅黒い肌にくるまれ、
堅いばかりの躯に欲されての組み敷かれると、
肌が粟立つほど気が嵩ぶる。
快楽とは別の“悦”を…嬉しいと愛しいを教えてくれたのは別な人だが、
今の今、自分をそれで満たしているのは、間違いなくこの彼だ。
だから勝手は許さぬと、
それこそ勝手な言いようで傍らに居るし、居続ける。

 “…勝手、か。”

物心がついた頃から刀しか知らなくて、
もはや呼吸に等しき斬撃の、その巧みさしか求められなくて。
自分でもそれでいいと思ってた。
何か誰かを切り裂く感触で生を支えて、
此処に在ること確かめて。
難敵に出会えば、それを凌駕するのが得も言われぬ快楽となり、
追い詰められても“絶望”とは無縁。
そうして生き延びて来れた以上、それでいいのだと。
誰も自分を諭しはしなかったし、
先々でどうなるかなぞ、案じてみもしなかった。

 ―― 何も考えない“武器”でいい。

この男だって、最初はそのつもりでいたのだろうに。
一緒にいる間に 余計なことをたくさん与え、
この身に足りないものがいかにあったかを気づかせて。
そんなことをするくらい、人の倖いが好きなくせに。
精悍で豪胆だが緻密でもあり、
複雑錯綜の陰もまた蠱惑的な性として匂い立つ、
そんな奥深い資質を、人から慕われる性を持っていながら、
自分は幸いにひたってはならぬと、
渺々とした荒野をばかり、選んで歩き続けるような強情者で。

  ―― 武士
(さむらい)は 人斬り

それが判っていて、なのにその業を捨てない自分は夜叉と。
人としての穢れ、だから触れてはなるまいぞと振る舞ってきた、
そんな男と知ってなお、

 “…謀
(たばか)られるものか。”

自分はそうそう欺
(あざむ)かれるものかと思う。
こんなに暖かいのに、こんなに頼もしいのに、

  そしてそして、こんなにも愛おしい存在を。

どうして手放せようかと思ったのが、
果たしていつからだったやら。
もはや思い出せないくらいに、妄執の念は深くて強く。


  ―― 久蔵?
     …。
     眠れぬのか?


否とかぶりを振ったのに、
懐ろへ掻い込んでくれるところが造作ない。
すぐにも寝息が戻った彼へと、
うっとり細めた朱眸が瞬く。

  俺が斬るのだ、誰にもやらぬ。

胸底でそうと呟き、やっとのこと、
口許がそれは艶やかにほころんだ久蔵だった。





  〜どさくさ・どっとはらい〜 08.5.28.


  *コーナーものとして縦読みすると、似たような話が続いてますね。
   芸のない奴です、すいません。
   紅の剣豪サマ、
   自分が惚れた凄腕をつかまえて“ただの途惚けたおやじ”です。
   理性の点ではまだ冷静。
(おいおい)
   でも、感情という色眼鏡がかなり偏ってる久蔵さんなので、
   乱視の検査をしたほうがいいかもですね。
(こらこら)


  *それはさておき。
   藍○さんのところのキュウへのお説で、

   『うたた寝から目覚めたらカンベエがすぐ傍らにいて、
    気配さえ感じないで熟睡していた自分が信じられなくて、
    とりあえずパニクったまま、
    ぴゃ〜〜〜っと逃げてしまう』というのがありまして。

   うわ、なんか仔ネコみたいで可愛いなvv
   そういう流れのお話、
   何でウチではシチさんが相手でないと
(笑)書けないんだろと、
   悔しく思って書き始めたはずなんですが。

   ……どうして〆めが“島田、殺す”になったかは不明です。(う〜ん)


めるふぉvv
めるふぉ 置きましたvv **

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