忍ぶれど 色に出りけり… (お侍 習作111)

        *囲炉裏端シリーズ
 


 荒野の果ての、隠れ里のような村。豊かな水源が間近いことから穏やか鮮やかな緑に囲まれ、恐らくはその始まりの頃から、米作りしか知らなかった小さな小さな辺境の村が、言われない略奪への怨嗟にとうとう奮起し。小山の如き巨躯へと鋼鉄の機巧で武装した、それは手ごわい“野伏せり”らへの一斉蜂起に向け、今や、ただならぬ活気と闘気に満ち満ちている。

 「物見の方はよ、今どんな案配じゃ?」
 「刳り貫いた穴サ、張り子の弩
(いしゆみ)で順に詰めおるトコだがね。」
 「ふや〜、もうそこまで進んどるんか。」
 「おめこそ、弓はどんだけ打てるね。」
 「まんだ、的サ届くがいっぱいいっぱいよ。」
 「なら、頑張らねば。」
 「んだな。」

 そういった空気をあくまでも良い方向へと煽って高め、支えてもいるのが、水分りの巫女様が探して来た、頼もしき七人のお侍様がたで。何と言ってもその筋の練達、いざ戦さとなれば、勿論のこと先頭切って戦うのは任されて下さったが、それだけではならぬと彼らの側から持ちかけたのが、これら、戦さ準備の数々であり。まさか ああまでの膨大な軍勢がまかり越すとは、誰も予測していなかったけれど、打倒 野伏せりという機運を高めるためにも、一丸となって共同作業にあたっておくれと持っていったは、惣領様のおさすがな采配。

 『儂はお主らを農民と思うてはおらぬ、この神無城を護る兵士じゃ。』

 どれほどの修羅場をくぐりし蓄積が築いたそれか、彫の深いお顔や蓬髪が精悍なばかりの。いかにも辣腕な剣豪という威風をまといし、存在感あふるるお武家様から、そのようにまで見込まれてしまっては。奮い立たねば男がすたると、気概や威勢へも弾みがつこうというもの。まだどこか及び腰でいた顔触れも、これでやっと踏ん切りをつけてくれて。そして、そんな皆の衆をそれぞれに手分けして受け持ってのまとめたのが、一人一人が個性豊かなお侍の皆様がた。めいめいの得手を活かし、毎日くるくるとそれはよく働いておいでであり。その態度から滲み出るお人柄が何ものにも勝る説得力となり、何と頼もしいと村人らの心根をしっかと支える格好にもなって。

  ―― そしてそして、その結果。

 村の周縁を難攻不落の城塞へ転じさすがためのもの、石垣や石積みの堡もあちこちに相当数のそれが築き上げられており。ヘイハチが製作の指揮と統括を担当している“弩”も、骨惜しみをしない皆様の勤勉さが物を言い、着々と完成に近づいていて。そういった設備の充実が目に見えての形になっている一方で、村人たちの士気の方もまた。当初こそ、先行きの不安が暴発しかかってのささやかな齟齬なぞ生じもしたが、一丸となっての施工作業とそれから。特別なことは敢えてせずの黙々と、地道な稽古を繰り返し積むことにより射弓の腕前が上がった成果とが、村人たちを叩き上げ、神無城の兵士としての気概を鍛え上げていて。今ここに“神無村要塞化計画”は順調に進行中…といったところ。金色の大海原を思わせる、そりゃあ見事な稲穂の群れが、風に揺れては、ざわわ・さわわとどよもす声もまた、そんな皆様への励ましのように聞こえるばかり……。





  ◇  ◇  ◇



 ずば抜けた刀捌きと、人ならぬ存在ではないかと思わすような身の軽さ…という、敵を前にしての実戦にのみ披露されよう得手しか お持ちではなさそうに見えたキュウゾウ殿もまた。惣領であるカンベエからの指示の下、村人たちへの射弓の指導というお務めを淡々とこなしておいで。当初は、基本中の基本、矢を弓へつがえることさえ満足に出来なかったほどの、あまりに初心者過ぎる無様さを呈す村人たちへ。されど…眉ひとつ動かされぬご様子から、気の荒い人ではなさそうだというのがとりあえず伝わって。寡黙で表情も乏しくてという、いかにも冷たい風貌から受けた第一印象として、皆して当初抱いていた恐懼の念や萎縮こそ消えたものの、

 『…構え。引いて、放て。』

 その習練というのが…ただただ同じことを繰り返すばかり。しかも、どこが良いのか悪いのかを一切言って下さらぬ。これで果たして練習になるのだろうか、上達するのだろうかと、今度はそれへこそ不安を感じ始めた村の衆へは、
「…伺うな。」
 ぼそりと一言、呟かれただけ。どういう意味だろかと顔を見合わせておれば、
「まだ集中も出来ぬのだ、型も要領もない。」
 やっぱり端的なお言いようをされるばかり。意志の疎通がはかれぬことへと、新たな不安が盛り上がりかかったのは言うまでもなかったが、

 「キュウゾ様を伺ってるうちゃあ、気が散ってる証拠ツことでねか?」

 まだ“どうやったら…”なんてな要領を伝授する段階ではないと、そうと仰有っているのではないだろかと口にした若いのへ、
「…。」
 切れ長な目許からの赤い視線が飛んだそのまま、寡黙なお師匠様がこっくりと頷かれたものだから。息を殺して見守っていたものが一転、

 「コータ、なして判っただ?」
 「おめ、凄げぇぞ。」

 どんな奇跡と思われたものか、その場にいた面々がどよめいたのなんの。別に胸の内をまで読んだ訳じゃあないのだが、それでも意を酌めるようになったのは偉い凄いと持ち上げられたその結果。その後のずっと、その青年が、キュウゾウの表情を読む係という通辞役にされてしまったのは、はっきり言って余談である。だって、そんなコータ殿より凄まじいお人がおりますし…ねぇ?
(苦笑)





 「おや、キュウゾウ殿。おはようございます。」

 痩躯に張りつく紅の衣紋は、南海の海に住むという人魚のオビレを思わすほど裳裾が長く。強かだが薄い背には どこか異形な趣きの長鞘。様々な風体の人々が行き交う交易の盛んな街中でならいざ知らず、こんな静かな農村では異彩を放っての目立っていいはずな恰好だのに。不思議とその気配を容易く断ってしまえる、存在感を周囲へ溶け込ませてしまえる、そんなところまでが優れえている うら若き剣豪殿で。だってのに、詰め所へ運んだそんな彼へ、すぐさまという間合いで嫋やかに微笑ってご挨拶を差し向けてくだすったのは。カンベエ様の古女房にして気配りの人、おっ母様ことシチロージという槍使い殿。こちら様もまた、殿方には十分なほどもの結構な上背があるにもかかわらず、撫で肩なのと、その所作がそりゃあなめらかで優美なことが、大柄であることから出る威圧のようなものを上手に押さえ込んでいて。愛嬌があって人当たりが優しいことから、誰も彼もが取っつきやすいお人と慕う、さしずめ“世話女房”というとこだろか。今も、端正な細おもてへと据わった青玻璃の目許を細め、愛想よくも にっこりと頬笑めば、

 「…。////

 かつては“南軍
(ミナミ)の紅胡蝶”だの、天穹の死神だのと呼ばれ、それぞれが一端の侍(もののふ)たちからさえ恐れられてた練達も。警戒などあったものかという素直さで、甘い笑顔に誘われるまま、そのすぐの間近へまであっさり寄っていく始末。そして、

 「寒くはなかったですか?
  ん〜んだなんて…嘘を仰有い、こんなに頬っぺが冷たいじゃないですか。」

 さっそくにも白い頬を双手でするりと、難無く包み込まれてしまい。おでことおでこ、こつんことくっつけての、甘やかな叱責をいただいてしまっている始末。

 「〜〜〜。////////

 あまりに間近になった麗しいお顔が眩しくて、あっと言う間に頬から目許から真っ赤になってしまった次男坊。沸き上がる“嬉しい”につつかれてだろう、口許がうにむにと たわみそうになったのを、それでも何とかこらえれば。そのっくらいは見越した上で、でもでも見ない振りをして、

 「ささ、御膳になさいませ。」

 炊き出しの家から運ばれたもの、握り飯と香の物が添えられた、膳仕立ての盆が囲炉裏端に据えてあり。その囲炉裏にはいい匂いを立てている鍋。昨日のうちにちょいと林に入って摘んだんでさァと、シチロージが使い慣らした木蓋をひょいと開ければ、菜の陰で茸がちらほら覗く汁ものが程よく温められている。朝早い冴えた空気の中に立ち上る香ばしい匂いが食欲をそそる中、促されるまま席へと着けば。他の者らは順番にもう食べた後だということで、給仕を務めていたのだろうシチロージも板の間へ上がったそのまま箸を取った。それへとついつい目がいったそのまんま、彼が“いただきます”と手を合わせるのへと、キュウゾウまでもが自然と釣られている可愛らしさよ。連子窓や開け放ったままの戸口から差し入る清かな陽光が、ほんわりと滲んでいる屋内は仄明るく、

 「森の晩はそろそろ冷えも強うなっているのでしょうに。」
 「…。(否)」
 「そうですか?
  ですが、哨戒がてらでしたら他の者も回っているのですから、
  少しはそっちを当てにして。
  寒うなったらいつでも此処へ戻って来てくださいよ?」
 「…。(頷)」

 相変わらず陽が落ちると外で眠っている彼を案じてのやりとりがひとしきり。毎朝のことだが、どっちもお座なりな気持ちから交わしているそれでないのは、傍らで聞くカンベエにはよくよく判る。世話好きなシチロージだが、それだからという習い性から出ている繰り言ってだけじゃあない。キュウゾウの端的な答えようは性分からのこと、いちいちの応じがあるは“煩いなあ”とすげなくされてはないからこそなのだと判るから、毎日毎日心から案じたままを訊いているのだし。片や、干渉は苦手ならしいキュウゾウだが、シチロージの問いかけが通り一遍なお節介ではないと判っているから、煩わしいと感じるなんてとんでもないと、むしろしみじみ味わうように受け答えをしているらしく。
“素っ気ないどころではない、か。”
 端で聞いていて何と可愛らしい母子であることかと、いっそ微笑ましくてしようがないくらい。

 「御馳走様でした。」
 「…。(同上、合掌)」

 質素な食事には大仰が過ぎるほど、背条を延ばし、箸使いも端正なまま、そりゃあ静粛に食事を進め。これもまた上手に間合いを読まれた上で、猫舌の彼へと丁度いい冷まし具合のお茶を用意されたの、忝
(かたじけ)ないと受け取って。ほんの一時ほどの“食休め”を噛みしめておれば。広場の習練場からだろう、若い村人が遠慮がちながらも戸前まで訪ねて来た様子。使った食器を土間の水口まで下げていたシチロージがまずは見かけて。んん?と御用を問うような視線を、入ってまでは来ぬそちらへと向ければ、
「あのあの、キュウゾ様は?」
「おいでですよ? どうしましたか?」
「作業場のもんが、鉄板を持って来ましてなも。」
 なんでも、キュウゾ様に頼まれたとヘイハツ様が仰ったとかで。そんなやり取りを耳にして、
「…。」
 当のご本人がすっくと立ち上がったからには、事情は飲み込めている彼なのだろう…とは。イツモフタリデ様がたは勿論のこと、呼びに来たコータにも重々伝わっており。今から向かうと歩み出す彼に、
「いってらっしゃい。」
 とは、おっ母様からのお声。いかにもいつもの朝の風景の一連であったものが、

 「…っ。」

 ちょいとその様相を崩してしまったのが。こちらは先に上がり框へ腰掛け、足元を整えていたカンベエが、立ち上がりかかった自分と入れ替わるように、やはりそこへと腰掛けたキュウゾウを見やって、ふと…

  ―― その大ぶりな手を、妙なところへと伸ばしたから。

 自分の長い髪を耳へとかけるよにして掻き上げるのかと思われたほど、それはそれは自然な所作にて。彼が手を延べ、掻き上げたのが、すぐ間近になったキュウゾウの、耳元あたりの金の髪。

 「…っ!」

 そこはさすがに、触れられただけでハッとして、素早く顔が動いていた彼だったが、そんなことくらいは判っていたか。咎めるような視線やお顔にも怯むことはないまま、カンベエの手套に包まれた手は退きもせずに相手の耳元を追い。綿毛の下へと隠れていた、肉の薄い耳朶へとまで達していて、

 「な…っ。///////

 何かを確かめるようにスルリと、指先で耳裏を中ほどから下端までを撫で下ろしたところで、

 「…っ!」
 「おっと。」

 その腕が内側から外へ跳ね飛ばされている。弾いた手の主を見やれば、

 「〜〜〜っ。///////

 獰猛な獣のそれを思わせるほどに鋭い目許をなお吊り上げて、唸り声さえ聞こえて来そうな怒りの形相。いくら仲間内とはいえ、声掛けもなくの不躾な所業だ。これはさすがに怒らせても已なしではあったが、
「…カンベエ様。」
 何を朝っぱらからふざけておいでですかと、シチロージがわざわざ声を掛けたのは、コータという第三者が居合わせたから。

 「〜っ。」
 「あ、キュウゾ様っ。」

 待ってけろと慌てたコータを引き連れて、憤然とした様子で詰め所から たかたか出てった細っこい背中を見送ってから、

 「どしました?」

 あらためての言の葉にしたシチロージからの訊きようは、いたって短かくて。しかも…窘めるというよりも、あんな場であんな判りやすいお戯れはお珍しいという意から、単純に“何でまた”と訊いている語調なあたり。見物の目がなければ、他愛ない悪戯として看過したろう古女房だったらしいことを伺わせもする。訊かれた側も至ってけろりとしたもの、
「なに、何の飾りもつけてはおらぬでな。」
 こうまで短い言いようで、
「そういやそうですね。」
 やはり通じる二人なのは、何度も繰り返しても詮無いのでおくとして。御主が確かめようとしたのはピアスがあるか否かだと、あっさり通じたシチロージが、だが自分はこれまで気づかなかったというよなお顔をして見せる。カンベエやゴロベエもそうだし、シチロージもまた、耳にはピアスを入れている。カンベエの双手の甲の“六花”の刺青は、シチロージもまた、その喪
(うしな)われた左手へかつて彫っていたもので、そのくらいの処置の痛みがまさかに“度胸試し”にあたるとまでは言わないが、あの戦さで前線に立った者は大概、軍規や使命感や殺伐とした空気という鬱屈や窮屈さへの抵抗のようなものとして、意味なく傾(かぶ)いてみたくなるもんで。その結果、若気の至りの名残りとして、こういったものを多かれ少なかれ 身に添わしていることが多い。日頃 帽子の垂れで耳元が見えないヘイハチも、女装をしたおりはやはり耳飾りを下げていたから、ピアス穴は開けているのかも。
「ヒョーゴ…とか言いましたかね。あのお連れも、確か環状のものをつけていたようだったから。」
 此処へ来る直前まで就いていた仕事が差配の用心棒だったとはいえ、そういうものを不謹慎としていたお役目とも思われず。だというのにキュウゾウは、およそ装身具というもの、一切 身につけてはいないらしくて。

 「禁欲清廉というよりも、関心がなかったか。」
 「そうみたいですね。」

 今であの年齢だから、終戦間際に、しかも相当な若さで参戦したクチ。あまりに若かったからそんな風潮に馴染む間もなかったか。それとも、

 “戦いというより、刀へと重きを置いた観念で、あの戦さ場にいたお人だからか。”

 近眼なんだか、それとも真逆に果てしがないものか。誰の益になるかも不明な“戦さ”などどうでもいいとし、人の枠さえ超えるほどもの刀さばきの神髄を求め、強さの果てだけ見据えていたキュウゾウだったとしたならば。戦さへの鬱屈だ何だという厭世的なものを感じることもなかっただろし、それこそ脇目なんて振らずにいたに違いなく。だとすれば、カツシロウが目指す“求道者”とやらには、彼の方こそよほど近いのかも知れぬと思ったものの、

 “なのに どうしてでしょうかねぇ。”

 だったなら、精神をも叩き上げての、余計なものは削ぎ落としていて当たり前。冷静にして果断、凛と冴えて尖ったそのままの孤高な有り様もまた、そうであればこその理想の姿。だっていうのに…シチロージにはキュウゾウが、頼もしいよりいっそ哀しい人だと思えてしょうがない。立ち止まったら呼吸が出来なくなる回遊魚みたいに、戦いをのみ生きるためのよすがとし、刀を手放したらそのまま息が止まってしまうような性
(さが)を、だからこそ生き残れた“時代”によってますます特化された悲しい存在。その戦さが終わってしまった途端に、不要の長物と見做されての放り出されて。さぞや戸惑い、呆然としたに違いない。

 とはいえ

 “アタシだってそうは違わぬ身ですがね。”

 シチロージの口許へ、無意識のそれだろう淡い苦笑がするりと浮かぶ。せっかく平和安泰なところで無事に目覚めたというのにネ。安堵なんて一度も覚えず、血の匂いと死びとの目を持つ御主にこそ逢いたいと、未練がましくもずっとずっと、望んでたし願ってた。そんなことが叶うはずがないとする、絶望からの逃避の先。狂気の縁に転げ落ちかけもしたものを、ギリギリ歯を食いしばって耐えて耐えて、その末に今に至っているのだもの。戦さへの未練を言うならば、もしかしたらば同類かも知れぬキュウゾウを差して、偉そうなことは言えない、言えやしない。

 「いかがした?」
 「いいえ。」

 ゆるゆるとかぶりを振ると、何でもありませぬと、これもあの頃にはよく口にした、ささやかな嘘を紡いで聞かせて差し上げ。今日はどこから運ばれますかと、御主の予定を訊いている。元副官であったことを愛でて下さってか、苦楽を共にした古女房…などと呼ばれる身であることを、こっそりと誇りとし。明日のことは明日考えればいいさと、曾ての口癖を知らず知らず自身へと言い聞かせていたりした、シチロージ殿だったりするのである。





        ◇



 秋のからりとした空気は、陽の光もよくよく突き通すのか、それはそれは澄み渡っていて透明で。調子を合わせて放たれる、複数の矢が起こす風籟のうなりが、ひゅんびゅんと響いて小気味いい。射弓部隊の最終目的は、鋼筒や甲足軽級の機巧躯の野伏せりたちの、胴を覆う鋼をも射通すこと。倒せとまでは言わないが、立ち向かうという士気へのこれ以上はなかろう“終着点”となろうからと設けた目標であり、それでとヘイハチに鉄板の端切れがあれば回してくれと言っておいたのだが、今のところはまだまだ、そこまでの腕前へ至っている者はいない。少しずつ距離を延ばして来、大きく踏み込んで斬りかかって来よう相手からの太刀の切っ先が、ぎりぎり届かぬほどの間合いを取った藁づとの的に何とか刺さるようになった者が、やっとのことで半数に達した程度。だが、射弓自体の型は仕上がったようなもの、ここまで来れば後は案外早い。

 「…前へ。構え、放て。」

 相変わらずに言葉少なな指導ではあるが、こちらをいちいち窺わぬようになったは上々と。寡黙な師範の表情も、この頃は ずんと穏やかになった。それのみならず、ごくごく稀にではあるものの“焦ることはない”とか“弓と弦とへの力の配分を身につけよ”とか、珍しくもその口開いて下さることもしばしばとなったほど。
「…。」
 だがだが、今日はそういう雰囲気ではない模様。どうしてだろうか妙に憤然とした趣きで現れた師範は、何へのそれだか珍しくも深い吐息を一つついてから、習練開始だと皆と向き合われて。それからのずっと、いつにも増しての単調さで、号令をだけ淡々と掛けておいで。あの場に丁度居合わせたコータにも、何へどう機嫌を傾げておいでなのかまでは判らずではあったが、だってそれはしょうがない。

 “…避ける間もなかった。”

 このところの気に入りの、それはそれは穏やかな朝を送りかけていたものが。壮年惣領の繰り出した、妙な悪戯のお陰で一転し、何してくれる こん畜生的な弾みを帯びてしまった。それへと憤然としている彼であり、
「…前へ。構え、放て。」
 こちらも油断しまくりの不用心だったのは否めぬが、それにしたって…。

 “勝手なことを…。”

 そこらの犬猫じゃああるまいに、断りもなく気安く触るな無礼者…とまずは思ったし、ハッとして振り向けた視野の中にはシチロージのお顔もあって。なんてまあ無防備なと思われたのではないかしら…と、直接“いい子いい子vv”と構われるのとは大きく別口な自尊心がちょっとばかりつつかれて、それが何とも腹立たしい。一番年嵩のくせに、皆の前ではそれ相応に落ち着き払っての納まり返っているくせに。その実、大胆不敵で油断も隙もない奴で、うっかり気を抜くと…肩を抱かれていたり頭をぽふぽふと撫でられていたり、ひょんなところで子供扱いされての構われようをされていて。またまたやられたと思うと、そこはやっぱりむかっ腹が立つ。だって自分は、あの男と斬り合いでの決着がつけたくてそれで、此処までついて来たのだもの。だってのに馴れ合ってどうするかと、丸め込まれかかる自分自身へも腹が立ってしょうがなく。だが、

 “………。”

 手套越しでも暖かだったその手の感触は、今思い出しても不思議と…不快ではない。変だよな、触られること自体へは慣れたのかな、そんなに不愉快じゃあなくなってる。ただ、断りもなくとかシチの前でとかいうのが、あたふたさせられてどうにも嫌なだけで。

 “〜〜〜。////////

 相変わらずに寡黙で無愛想で。とはいえ…冷たく凍ったような無表情が、時々 仄かに微笑まれるのが、妙に妖しくもお綺麗だってのは。さすがに毎日のお付き合いの蓄積で、見分けがつくようになった面々も増えており。

 「少しはご機嫌さんになって来ただなや、キューゾ様。」
 「ありゃあ思い出し笑いだな。」
 「そか? オラたちの上達ぶりを喜んでなさるんじゃ?」
 「いや〜、そんなでああまで色っぽくはなられんて。」
 「んだんだ、ありゃあきっとシツロージ様のこと思ってなさるだ。」
 「そだな。お顔赤くなさってるときゃあ間違いねぇだ。」

 ちょこっとブレてはいるものの、ここまで読まれているとは、迂闊かも知れないぞ紅侍様。そして、

 「ずんと判りやすい奴となって来たようだの。」
 「そうですねぇ。あれでは筒抜けですもの、困ったお人ですよねぇ。」

 物見の造成地の方でゴロベエ殿が呼んでおられるとの、朝一番の伝言を携えて来たカツシロウと共に、広場の傍らを通り過ぎかかったカンベエとシチロージの二人がしみじみと零した…それにしてはどこか楽しげなやり取りへ、

 「???」

 何か筒抜けておいでですか?と、全くの全然読めてない若いのは、もっと頑張らんといかんのでは。でないと、空気が読めぬまま不用心にも間合いに入ってしまい、凄みのある声で“死にたいのか”なんて言われてしまうかも知れませんぞ?
(苦笑)





  〜どさくさ・どっとはらい〜  08.6.08.〜6.10.


  *あれ? なんか〆めの部分でテーマが変わってないか?(笑)
   そもそもは、
   キュウゾウさんってそういやピアス開けてないなと思ったのが発端でして。
   書いてくうちにどんどん話が重くなってくような気がしたので、
   こういうオチになったんじゃなかろうかと。
(おいおい)
   ちなみに、
   作中では ヘイハチさんももしかして…なんて書いてますが、
   エミーちゃんがつけてたのは単なるイヤリングかも。
   機関部まで扱った工兵さんともなれば、
   装甲叩いて音で金属疲労を確かめたりとかいった、
   生身ならでは五感を生かしての職人芸の駆使もしたでしょし、
   そもそも余計な金属なんて感電事故の元でしょうから、
   ひょいと外せないよなアクセは身に付けないでしょね。

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

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