花冠しんじょ (お侍 習作112)

        〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


 明け方少し冷え込んだが、それは昼間の晴天を約すもの。清々しく晴れた青空の下、村の通りを抜けて、畑の向こう、鎮守の森まで。五色七彩とりどりに、絹のリボンで飾った仔馬が牽かれる行列がゆく。金色の鋲もピカピカの、誰もまたがらぬ鞍には、戦さの旗印を思わすような、ピンと立った羽根飾り。南国のクジャクでも こうまで丈のある尾羽根を持ったのなぞおるまいから、どうやら手の込んだ細工ものであるらしいのだが。馬ごとに赤いのや白いのが何本も束ねられ、風に撫でられ ゆさゆさひらひら、たなびく様はなかなか優雅。

  ―― どーれ、かんむり進ぜよう

 少しほど間延びさせた独特の節回しで、男衆が声を揃え、朗々と唱和すれば、しゃんしゃりんと華やかに、軽やかな鈴たちの声がそれを追う。土地神様への奉納舞に使われるよな、柄のついた鈴房を手に手に、下に着た白地の小袖や濃色の袴が透ける、淡色の絽の衣紋も愛らしい、小さな童子らが覚束ない手で振っており。それとは別に、仔馬たちの首に掛けられた佩や、鞅
(むながい)(しりがい)にも金銀の鈴。のんびりした歩調には揺れもしないが、時折ぶるるんと鼻面振るのへ、しゃらしゃららんと涼しい音を立てている。こちらも、白い小袖に袖のない黒半臂(はんび)、折り目も立った筒袴という、祭り装束をまとって手綱を牽く、馬子の男性たちのお顔の、何とも誇らしげなことだろか。

 『その昔、武勲のあったもんがご褒美もろて凱旋して来た晴れ姿、
  あんまり綺麗やったんで、なぞったもんや言われとります。』

 畑作牧畜が中心の、どちらかといや辺境にあたろう静かな村。出歩けなくなるほど雪深くなる訳でもないけれど、それでも寒さに身が縮こまる冬が過ぎ去れば、草木の芽吹きにつられるか、山野や里の生きものらも次々に芽吹く。人々に寄り添って生きる牛や馬、春の新仔が出来たのを、地神へお披露目しがてら、皆で祝うは毎年の例祭。日頃は長閑なばかりの寒村も、例年毎度の見物客なぞ迎え、それは華やいでの沸いており。

 『なんてお宝なんぞありゃせん村だが、
  そうさね、奉納の一番馬に飾る金の鈴だけは、
  白金
(しろがね)や錫じゃあありゃせんのでなも。』

 まるで葡萄の房のよに、たわわに連ねてまとわされた金色の鈴。初夏の陽を受け、ちかちかと煌きながら、しゃらしゃら・しゃりんしゃんと、それは軽やかに涼しげな音を立てていて。いかにも重たげで結構な大きさだから、

 『成程の。それを差し出せと言うて来やったか。』

 男衆が出稼ぎに出ていて不用心だというような村ではないが、それにしたって、血刀引っ提げた荒くれが、群なして躍り込んで来たらば ひとたまりもなかろう。どうしたものかと案じておれば、ここいらの州を統括している、お役人の紹介状を持ったお武家様が訪のうて。話をひとしきり訊いて下さってののち、それはそれは穏やかに、だが…眼光だけは頼もしく、大きくひとつ、頷いて下さった。


  『…あい判った。
   そやつらの仕置き、確かに儂らが引き受けようぞ。』


      ◇ ◇ ◇



    里へ村へ、喚声を上げつつ乗り込むと、
    刃向かう者は勿論のこと、背を向けて逃げ惑う者まで斬って捨て。
    金銀お宝、食料に見目よい娘まで、
    何でも手当たり次第に攫ってゆく、手口の荒い野盗の一味。
    先の大戦からこっちの台頭ぶり、
    結構な所帯を分散させて、ここいら一帯の寒村を片っ端から襲っていたものが、
    この数カ月という短い間に、
    返り討ちに遭ってか、それこそ片っ端から潰されている。
    派手な仕事をこなしてたクチから順番に、
    その噂を聞かなくなってゆき、
    取りこぼしの落人
    (おちうど)たちが、
    命からがら駆け込んだ仲間らの前で、口々に言い立てるのが、

      ―― とうとう奴らが来やった

    今や読み物にまでなっている、褐白金紅の賞金稼ぎ。
    金髪痩躯の若いのは、女のように端正な姿をし、
    その背へ負った奇妙な赤鞘に、和刀を二振り仕込んでて。
    若木のような立ち姿は、ただただ嫋やかで秀麗なだけだのに、

     ―― 寡黙な紅眸が かっと刮目されたれば、
         そこより吹きすさぶは一陣の疾風。

    藍の夜空を翔るは、月を背負った銀翅紅翼。
    長い裳裾が風を切ってひるがえり、
    真っ赤な衣紋が、黒々としたシルエットとなって。
    その痩躯のどこにそんなバネがあるやら、
    逃げ惑う賊らの頭上真上へ高々と舞い上がり、
    一気呵成に降って来る双刀一対の凶刃からは、
    誰一人として逃れられはしない。

     『ちぃっ!』
     『ならば…っ!』

    ならば、こちらを先に斬って楯にしてくれんと。
    長い蓬髪、背を覆うほどにも伸ばしてござる、
    悠然と落ち着き払った壮年の侍の方へ。
    追い詰められた賊らの殺気は一気に移りゆき。
    それぞれの得物、大きく振りかぶると、
    半ば捨て鉢、わっと束になって躍りかかった荒くれ共だが。
    それらへ向けて…一体どんな太刀筋が描かれたものか、

     ―― 罵声を圧する鋭い風籟、
         虚空を鞭打つ、金音一喝

    飛び掛かった末のその着地を持ちこたえられぬまま、
    声なくその場へ頽れ落ち、どうと倒れ込んでしまうばかりな連中を尻目に。
    抜き打ちで居合いを放った彼なのか、
    まといし衣紋の白へ、染みひとつ散らさず、
    大太刀も腰へと戻しての、ただただ泰然と立っているばかりで。

     『ひ、ひぃいぃぃぃっっ!』
     『逃げろっっ!』
     『狩られっちまうぞっ!』

    豪胆だったからでなく、尻腰がないことで生き延びて来られたクチが、
    みっともなくも腰抜かし、命からがらという態であたふた逃げ惑うのは、
    いつの間にやら周囲を取り囲んでいた、
    打ち合わせをしてあった捕り方の皆様にお任せし。

     『怪我はないか?』
     『…。』

    収拾に向かう空気を読んでのこと、
    気配も薄く歩み寄って来た相方に声を掛ければ。
    途端に…仄かに頬を堅くし憮然として見せたものだから。

     『そう怒るな。』

    これほどを蹴たぐった手腕の者、
    案じ合ってのことででもなければ、こうして身を寄せ合うは不自然だろと。
    人を食ったよなお言いようも相変わらずの壮年殿だが、

     『…。////////

    そのような言い分へ、だってのに納得したものか。
    お口の中で小さく“馬鹿め”と呟きつつも、
    たちまち目線を泳がせてしまうところが他愛ない紅胡蝶殿。
    ほんの数人で超弩級戦艦すら叩き落とした彼らにしてみれば、
    さしたる歯応え、なかった相手だのに。
    『…。』
    どれ手套を外してみせよと、
    白い御手が手を伸ばし、ねだる理由には成程なるらしいと。
    ここにあの槍使い殿がいたならば、

     ―― 余計なことをお教えなさって

    苦笑混じりに呆れたかも知れぬ、終幕のひとときだったりする。




      ◇ ◇ ◇




 ひと仕事終えたお侍様がたへ。お守り下すった鈴つけた、今年の神馬の勇姿をば、どうか見てってやって下さいましと。長老以下、皆して薦めて下さるものだから。それもまた縁起のいいもの、神運に縋るような敬虔な性分ではないけれど、命を洗える眼福ではあろうと。鎮守様までの道中を見物することにしたは良かったが、

 “…久蔵は如何しやったか。”

 馴れぬ窮屈な装備へ仔馬らが疲れぬようにという、手際のいい段取りの下、きらびやかな支度をさっさか整えた行列は、清かな吉が授かりますようにとの午前参りへ出発し始めたというに。良く見えますようにと床几を出していただいた席、案内
(あない)しますとの迎えが来ても、いつの間にやら勘兵衛の傍らから姿を消してた相方が戻って来ない。まま、身軽な彼のこと、結構な人出なのを嫌って、どこかの高みから見下ろしているのやも。お待たせするのも何だと、逗留先になってた離れから出れば、滴るような緑の中、まずは母屋へと、長老のところの息子の嫁に、どうぞどうぞと促されたそんな間合いへ、

 「…。」
 「お。」

 よくよく晴れ渡った空から、ひらり、降って来た影がひとつ。ばさばさと布の多い、長ったらしい砂防服姿の勘兵衛の、すぐの眼前に立ちはだかったら…すっぽり隠れてしまえるほども痩躯の君は。そちらさんも似たような裳裾の長い格好を、だのに音もなく捌いて降り立つと、

 「どこへ行っておったのだ?」

 そうと問う 連れ合い殿の言も、聞こえているやらどうなのやら。相変わらずの唯我独尊、返事もせぬままなその代わり。白い手に持っていた何かしら、わざわざ双手で掲げ持ち、自分よりも背の高い勘兵衛の頭へ、ひょいと乗っけて下さった。少しばかり押し込むようにしてという念の入れようへ、
「???」
 何だ何だと手を上げれば、それをがっしと捕まえられて、

 「〜〜〜。(否、否、否)」

 妙に鹿爪らしいお顔になり、何度もかぶりを振って見せる久蔵なものだから。さして重いものでなし、そうしていて痛い訳でもないのを感じ取っての、
“…まあ、よしか。”
 あい判ったと触れずにおれば、その途端に…この場には他に判った者とておるまい微妙さで、

 「…。////////

 仄かに口許を和ませて、目許がほんのりと赤くなった若侍殿。そんな二人を、何とも微笑ましげに見やっておられた嫁御殿、
「さあさ、御席まで参りましょう。」
 どうぞどうぞと促しながら、先杖役に立ってくれる。水を張られて若苗を待つ田ばかりが、視界の左右へと広がるあぜ道を抜け、辿り着いたは、仔馬の行列が来るを待ち構える、鎮守稲荷の鳥居前。こんなにも人がいたものかと、ややもすると驚くほどの人だかりが、愛らしい仔馬が次々通るのへ、どーれそーれと声を掛ける。多少は驚くものもいて、前脚を蹴上げての竿立ちになりかかるのへは、手慣れた馬子らが“よーしよし”となだめてやってのそんな明るい喧噪の中。勝手を知っているらしい係の者が空けてくれたところを、するするとがさごそと通り抜けてゆくと、

 “…おや。”

 やはり涼しげな絽仕立ての、祭り装束をまとった村の人々が、その頭や首元へ、生花を編んで連ねたもの、色とりどりな環を飾っているのが。周囲が萌え初めの若葉青葉、緑に満ちているのへといや映えて、艶やかなまでに眸を引く見栄え。オダマキやらヤマブキやら、矢車草にてっせんに、都忘れにひなげし。可憐な小花はアジサイか、香りが立つのはクチナシか。初夏の花々にて編まれた冠や首飾り。男女の別なく、老いも若きも身につけておいでで、そんな華やかな装いへ視線を向けている勘兵衛だと気づいたのだろ、

 「このお祭りでは、冠や首飾りを贈り合うのも習わしです。
  首飾りには感謝を込めて、花冠の方は…」

 と、皆までは言わず。愛嬌のあるお顔をほころばせ、にっこり微笑った嫁御であり。その言へ“それは初耳”と素直に感心していたものの。そんな彼の視線の先にいた うら若き連れ合い殿が、
「…。」
 気のせいだろか、そんな視線を避けるよに、ふいとそっぽを向いたような。ずっと向こうを向いていたのではなく、こちらの意識が向いたのから逃れるように…という気配を思わせる所作だったので、
「???」
 気さくそうな嫁御殿との話しようへと、またぞろ悋気の虫でも涌かせたか。いやいや、こちら様には失礼ながら、このくらいの年頃の女性
(にょしょう)へまで、いちいち目くじら立ててはおらなんだ筈。祭りの喧噪を嫌ってか姿を消していたものが、結句、戻って来たくせに、何だか落ち着かないのも気になることと。茶道具の仕立てを整えてから、嫁御が“それでは”と去って行ったのを見送って、
「きゅ…。」
 いかがしたかと、こそり、訊いてみようとしたその折のこと。

 「…だ、もう冠を貰っておいでだで。」
 「え〜? 誰だ、抜け駆けしやったは。」

 潜められた声だったからこそ拾えたのは、こちらの感覚がいびつなせいで。

 “…冠?”

 押し殺された低い声は、だが、わざわざ肩越しに確かめずとも…若い女性らのそれだと知れて。

 「やんだ〜、首飾りだら負けんて思うたに。」
 「冠では“後掛け”も出来ん。」
 「若様の方は どだ?」
 「なんも。けんど、なんか…キュウゾ様には畏れ多うて。////////

 名前はしっかり確かめてあるくせに、やんだやんだと身を揉んでの恥じらう態が、やはり手に取るように伺えて。ところで人の話し声というものは、後ろの声は拾いやすいが、背を向けている者のそれは、後からだと意識しないとなかなか拾えないもので。

 「この祭り、求婚の祭りでもあるらしい。」

 そんな一言をぼそりと紡いだのが、お顔は前を向いたままな連れ合い様。おやと、こちらも視線だけで、その冴えた横顔を眺めやれば、

 「首飾りは感謝だから、
  親御や祖父母にも捧げるし、読み書きの師匠にも贈るらしいが、
  冠の方は…別物で。」

 心なしか、目許をほんのりと赤く染めつつ、
「首飾りなら豪華な方が勝ち。だが、冠は早い者勝ちで、先にあるのを退けることはまかりならんとか。」
 先程、長老の嫁御殿が省略したところというのを紡いだ彼は、

 “一体どこでそんな話を仕入れて来たやら。”

 朝方のずっと、姿を見せなんだのは きっと。娘らが妙に熱心に花を編んでいるのを見、そんな言われも耳にしたその上で、我らの名が話のタネにと取り上げられでもしたのへと妙な危機感でも感じた上で、

 “…これを慌てて編み上げた、か。”

 そろそろ陽の高くなっての、草いきれの香に紛れて気づかなんだが。仄かに香るはまだ蕾の、それでも個性の強いクチナシだろか。何刻かかった大作なのやら、

 「どこの誰が、あんな下手っぴいの…。」
 「ツツジは落ちやすっから、まんず使わねのに。」

 引き続いてこき下ろすような言いようが聞こえるは、負け惜しみに違いなかろう。道を挟んだ向かい側の顔触れは、微笑ましげなお顔を向けてくださるばかりだし、苦しゅうはなかですかと様子を伺いに来た長老の息子殿からは、
「お似合いですよ。」
 どちらかといえば…勘兵衛の気難しいお顔へ可愛らしいものではバランスが悪いせいでだろ。うねる蓬髪に乗っかった冠と、壮年殿の頬骨の立ったいかにも精悍なお顔と。さりげなく泳がせた視線で双方を見比べてから、くすすと笑いつつも褒められたから、それほどひどい出来でも無さそうだと判る。それは別として、全貌を見せてから載せてほしかったことよと、そこだけを惜しんでの苦笑を零しておれば、

 「…断りたくば掛けられた者が外せばいい。」

 既に心に決めた相手がおるとか、まだ独り身がいいから押しかけられても迷惑だとかいう場合は、理由を言って返してもいい。ただ、そうされたらば 勇気を奮って掛けた側は恥ずかしいから。冠だけは他の者には見られぬよう、朝も早いうちにと逢うて掛けたものが、早い者勝ちと解釈されてもおるらしい…と。そういった謂れの理
(ことわり)へは、実をいや後づけて合点がいったのではあるのだが。自分でも大人げないと思うてか、照れ隠し半分に憮然としている久蔵の横顔が、勘兵衛にはあまりに愛らしく映ったので。

  「そのような心にもない、しかも大きに勿体ないこと、
   どうしてわざわざこの儂が、お主の前で選ばねばならぬのだ。」

 そこは年期が違うというもの、口の達者さで勝てようものか。他へと洩れ聞こえてはならぬ蜜言ゆえと、ただでさえ深みがあってよい響きのするお声、なおにと秘そやかに…ただ一人にしか聞こえぬよう、甘く低めて囁かれたものだから、

  「…っ。/////////

 あっと言う間に、これは傍目にもありありと。頬から耳朶からうなじから、お召しの衣紋に負けぬほど真っ赤に染めてしまわれた、久蔵殿であったとか。





   ◇◇◇



  ところでところで。


 久蔵殿へとお花の冠の編み方を教えたは、相変わらずに子供らに混ざるのが妙に得意なことから顔をつないでた、長老のお孫さんのおヤエちゃんだったので。花冠は求婚、首飾りより格が上というところまでしか、教わらなんだらしかったのだが。実はというと…

 「ああ、そのお祭りなら聞いたことがありますよ。」

 大きな羽の幟
(のぼり)と錦の帯に、絹のリボンに金銀の鈴までもと、そりゃあ豪勢に飾り立てての仔馬の行列は、いいお日和の頃合いという時期も時期とて、近隣一帯の村や里から物見が出るほど有名らしいから、
「その辺りから出て来たお人なら、誰もが御存知であるらしくって。」
 村自体は小さくとも、お祭り自体は殊の外に有名なのだとか。稲作畑作には、耕作にも収穫後の運搬にもなくてはならないお友達。そんなお馬のお祭りだけに、確かそこのとなりの里じゃあ、その祭りのすぐ後に馬の市が立つって話でしたしねと。さすがは交易の盛んな街、虹雅渓にて随一のお座敷料亭の主人なだけに、七郎次も随分と詳しくておいで。しかもしかも、

 「そのお祭り、実は裏のおまけがあるのを御存知ですか?」
 「裏のおまけ?」

 はいなと微笑った細おもてには、さしたる思わせ振りの気配もなくて。お膝にはすっかりと熟睡の深みにはまったらしき、浴衣姿のお猫様…の綿毛頭をやさしく抱えたまんまのおっ母様。そんな態勢でまさかに妙なことは言うまいよと、御主にも油断があったは否めない。勿体振らずに言うてみよと、燗酒の酌を受けつつ促せば、

  「晩には“夜這いの祭り”となるらしいんですってよ?」
  「………っ☆」

 豊饒を祈ったり報告したりという春秋のお祭りにはよくあること、春に仕込まれた子が冬に、秋に仕込まれた子は夏にと農閑期に上手いこと生まれるようにと、いやさそこまで考えられてるかどうかは、アタシもどっちかといや町の子だったんで存じませぬが。
「では、あの花冠というのは…。」
 躍起になるのも無理はないほど、単なる“贈り物”ではなかったらしく。久蔵がおませなお嬢さんから…それが尻切れトンボな代物であれ、先んじて話を聞いていなければ、
「よかったですねぇ、他の女御からややこしい花飾りを受け取ってなくて。」
「…七郎次。」
 今になって にまにまと人の悪そうな笑い方をする元部下へ、いかにもしょっぱそうなお顔をして見せた勘兵衛だったが、

  ―― そんな深いところまで、彼もまた聞いていたならば。

 はてさて紅衣の双刀使い殿、一体どんな対処を取られたものか。やっぱり冠を編んで差し上げて、それこそ“魔除け”代わりにと、伴侶の頭へ厳かに進呈したのだろか。

 「…。」
 「よくお眠りですよ。」

 言わぬが花の 知らぬが仏。そうですね、そんな平和な花競いならば、いつまでも廃れないで続いてほしいものですねと。何にも言わぬうちから、御主の和んだ心持ちを的確に読んでのやさしいお返事、人肌にまでぬるんだ酒とともに、注いでさしあげる古女房であり。かつては穹の覇権を争う好敵手でもあった若いのの、それは愛くるしい無垢なる寝顔へと。敵陣営の生き残りの主従二人が、さも愛おしいと愛でてのこと、やさしい眼差しを飽くことなく降りそそいでいたそうな。





  〜Fine〜 08.6.17.〜6.18.


  *冗談抜きに“勘久”の書き方を忘れそうなので、
   それでと書き始めた、花冠云々オンリのお話だった筈なのですが。

   気がつけば、
   予定外の乱闘の場面をわざわざ書き足しただけで収まらず、
   ついついおっ母様まで引っ張り出しての“オチ”を持って来たあたり。
   わたしは本当に本気でこのお二人を、
   甘くトロトロにくっつけてやりたいのでしょうか?(いや、訊かれても…)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

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