月華更紗 小夜曲 (お侍 習作114)

        〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


 随分と凝った拵えの空間だ。桟敷風ながらもゆったりとした席が、幾つも据えられているフロアの広さとの調和が十分取れるだけの、吹き抜けとなった高々とした天井には、古風なランプを組み合わせたような大きな灯火が数基ほど下がっていて。数十人ほどが余裕で収容出来よう広間の真ん中には、歌や踊り、寸劇でも観せるためか、楕円の舞台が据えてあり。広間全体がゆるやかな傾斜のある作りとなっているのは、周囲の席のどこからでも支障なく望めるようにということだろう。今は天井から、つややかな厚手の更紗の緞帳が降ろされていて、さながら曲馬団の天幕か、若しくは貴夫人の寝台を覆う帳のごとく。

 “若しくは、古城の尖塔の如く、かな。”

 袖の奥、裏方で一気に引き上げる仕掛けになってでもいるものか、動力系に使われる揮発油の香がしないところからして、仰々しい機械が設置されているとは思えぬが。物資や資金が足りないからというよりも、代替人力が有り余っていての何とでもなるからだろうと思われて。天井の灯火にしても蓄電式ではないらしく、別段 絢爛豪奢な細工や贅沢な意匠などはないけれど、壁や柱といった基本構造の頑健な作りには隙がなく。並べられた卓や椅子などという調度も、数があるのに全てを同じもので揃えているところ、場末の酒場や安宿ではこうはいくまいし、

 “軍の施設でもなかなかこうまでは…。”

 威容顕示の一環として体裁にこだわったのは、大本営のあった首都本部か、役所くらいのものではなかったか。駐在する人間が少ないから消耗摩耗も少ないのだろうが、問屋から届いたばかりのような香がした、ご立派なソファーや絨毯のよそよそしさがそのまま、軍人にも…その手に刀を振るう者と、机さえありゃいい存在との2種類いるのだよという現実を、まざまざと感じさせられたもので。
「…。」
 やくたいもないことを思い出してしまい、そんな自分への苦笑が ふと洩れたのも、此処がそれだけ現実離れした場であったから。集まりつつある人々の声が、輪郭のあいまいなざわめきとなって満ちてはいるが、今はまださして盛り上がってもいないからか、場内の空気も淀んではなく。何かしらの宗教の聖堂を思わすほどもの、こうまで広々とした空間が、まさか岩屋の中にと構えられた砦にあろうとは。酔っての寝起きなぞだったりしたならば、うっかり忘れていてもしようがないほどで。

  ましてや…辺境の広野の果て、
  乾いてばかりの殺風景極まりない場所にあろうだなんて。

  『一体どこの誰が思おうか。』

 苦々しく言い放った御仁のお顔を思い出し、確かに…と、喉奥にてその苦さ、我が想いも同じと反芻しておれば、

 【お待ちかねの皆様へ、今宵の宴が始まります。
  どうか楽しいひとときを。
  そして、麗しの美姫との出会いが訪れますように。】

 慇懃ではあれ、どこか空々しい声が、伝声管を通してだろう場内に響いた。途端に周囲のざわめきが呼吸をそろえて均され、すうと落とされた明かりに宥められでもしたかのように、そのトーンを一斉に低くする。担当の者らによって、フロアから差し伸べられた柄の長い蓋に塞がれて、その半分ほどを消された灯火の代わり。今度はフロアへと居並んだ燭台へ、明々とした炎が灯されて。舞台を覆っていた帳が、絹のなめらかさをつややかに光らせながら、その裾をゆっくりとめくり上げてゆく。二胡だろうか、弦の音色も官能的な、とはいえどこか寂寥の翳りも仄かに帯びた、嫋やかな雅楽がゆたりと流れ始めると、吊るされた頂上を隠すほどにも裳裾の方が高々と巻き上げられて、舞台の上があらわにされた。よくよく磨かれたものなのだろう、つややかな舞台は、回廊を模しての低い匂欄を左右の端へ、柵のように這わせた拵えになっており。

 「…。」

 これこそが此処の目玉。集まった客人たちが皆注視しているのに習ってのこと、彼もまた、その足元の両端に居並ぶ火皿に妖しく照らされた舞台を眺めやれば。袖にあたる端の側から、今宵の主役だろう存在がその姿を現し始める。

 ―― これもまた、辺境の地の幻のお仲間か

 髪に差したは透かし彫りも精巧な、冠を模したる金銀の笄
(こうがい)。淡い色合いの装束はお揃いで、どこか奇抜なそれながら、それでも巫女の衣紋を模したものと思われて。袖の方からぞろぞろと連なって、現れい出たはうら若き娘たちの一団で。純白の小袖は何故だか腰までしか丈がなく、胸乳の豊かな娘にあっては、裾から乳白の脾腹がちらちらと覗くのが何とも艶美。各々の細腰の、やや下がり気味にと結ばれた、深紅の袴の佩を透かすは絽の羽織。儚げな肩や薄い背中を、尚のこと頼りなげに映しての愛らしいまま、淡い朱や桃、橙に黄色と、色に定まりはないままの雑多に取り混ざり、黄昏色のあぶなな明かりの中を少女たちが連なってゆく様は、確かに幻のようでもあって。おどおどと怯えもって進む者もあれば、開き直ってか すたすたと切れよく歩む者もあるその影が、灯火に集う婀娜な妖蛾の翅のよに、ひらひらはらりと舞い踊る。

 【今宵取り揃えましたは、どれも選り優りの美姫ばかり。
  ささどうか、気に入りの姫へとご入札のほどをよろしくお願い致します。】

 踊ると言ってもよくよく見やれば、舞台の上の模様のどれか、円形の図柄に止まるごと、その場でくるりと回って見せるだけなのだが。透ける絽の羽織や、更紗なのか柔らかな生地の袴が、勝手にふわり嫋やかな舞いをご披露するという案配になっており。揃いの衣装をまとっているのは、それぞれの娘らの個性をはっきりさせるためらしく。肩の薄さや腰のくびれに、肢体のバランス。胸乳のあるなしがようよう見て取れ、

 “成程の。ただの舞踊ではないからか。”

 先程の声は“入札”と言ったから、これは違いなく娘たちの品定めが目的の舞台。よって、みだらな衣装である必要もなければ、客への媚を振り撒く娘もいない。桟敷の側にいる“客”らは、同時に彼女らを此処へと連れて来た“売人”でもあって。連れて来た娘と入れ替え、これぞという掘り出し物があれば買って帰る算段もあろうから。よって、鼻の下を延ばしての暢気に見入っている顔触れは少ないものの、

 「…お?」
 「ほほぉ。」

 そんな計算高そうな衆目が、舞台の中ほどまでへと進み出たばかりの一人の娘へと、誘い合わせたかのように集中する。つやを保つだけの瑞々しさが程よい重さとなってもいるのだろう、まとまりのいい髪は濡羽色の漆黒で。肩に触れるほどの長さにて、すっきりと切り揃えての鋭角な印象。そこへ加えて、その底深くへ光を飲んででもいるかのような、透くような白さの肌が、娘を取り巻く薄闇を逆にしたがえているかのようで。何とも艶麗、何とも妖冶。切れ長の目許は物憂げな伏し目がちで、すべらかな頬になめらかな稜線を描く鼻梁、品のある口許。少々胸元が寂しいほど細いものの、均整の取れた肢体も申し分はなく、年の頃は二十そこそこに見えるが、あまりに冴えて冷たい風貌のせいで、どこか近寄り難い雰囲気なのが、唯一の難と言や難だろか。

 「なあ、あんたが連れて来たのだろ? あの娘。」

 間近な席から声をかけて来たのは、小者の連れを伴った壮年の男であり。商人風の小ぎれいな身なりをしてはいるが、踏ん反り返って座した態度は横柄そのもので、連れもまた、油断のならぬ目配りが絶えぬは、それだけ疚しい身という証し。まま、それを言ったら、この場に集いし男どもは、どれもこれも似たり寄ったりなのだがと。

 “儂もそう見えておらねばならぬのだしな。”

 胸の裡にて苦笑を零しつつ、何食わぬお顔で首だけ伸ばして おおと鷹揚に相槌を打って見せ、

 「いかにも、あの黒髪は儂の連れ。」

 せっかくの美貌も玉なしのくせが強うて、どこに上げてもその日のうちに返されおるでな。此処なら、変わった嗜好のお大尽に伝手のあるお仲間が拾うてくださらぬかと。そんな遠回しな言いようをするものだから、

 「変わった嗜好のお大尽?」
 「何だなんだ。あの娘、どっかに何か瑕でもあんのか?」

 真っ当な妓楼には断られての預けられなんだと言うからにはと、周囲の男らまでが関心寄せて見せた気配は、此処の手の者らへもすぐに伝わり。
「何だあの男、見かけぬ顔だが。」
 どこぞかの学者賢者もかくあらん。いかにも豊かな蓄積が上手に熟しての落ち着きましたという、味のある面差しを。渋味滲ませての穏やかにほころばせているところが、素性は判らねど何とも頼もしく。なかなかの恰幅をした壮年を、首を伸ばして見遣る若いのへ、そちらも詳しくまでは知らぬか、さてなと曖昧な相槌を打ったは相棒の兄貴分。
「だがの、西の沢、大沼の大将の紹介で来たって話だぜ?」
 仲間内では名の知れた存在が直々に記した書面をもっての訪のい。よって、新顔なのに桟敷も最前列という扱いの上客であるらしく。少ぉし煤けた旅装束のその御仁、そんな彼らを一通り見回すと、
「なに、夜中に首が伸びるの、月見て吠えるのというような性ではないが。」
 おどけたようにそうと言ってから、頑健そうな顎へとたくわえた、深色の髭を大きな手にてひと撫でし、

 「ただの、時折腕がむずむずと夜泣きをするらしゅうての。」
 「夜泣き?」
 「腕が?」

 真に受けての、だが、意味が判らぬと顔を見合わせあう一同へ、渋くも惚れ惚れする笑みを、くすんと一つ零して見せた壮年殿。肩を覆いし砂防服の片側、肩を覆っていた外套をばっさと跳ね上げながら立ち上がると、そこから繰り出した腕には、それへと添う何かしらを掴んでおり。

 「久蔵っ!」

 鋭く掛けた声をも乗せての、ぶんっと勢いよく投げられしは、随分と大ぶりな大太刀が一振り。大きさに見合うだけの重さもあろうに、宙に緩い弧を描いての一直線、舞台目がけて飛んだそれ、はっしと受け止めた人物ありて。

 「…。」

 受け取ったそのまま、手のひらの中でぐるんと回し、肩を越させて、自分の細い背へと手早く負うと、その反動で胸元側へと回って来た緒を、慣れた動作でぱちりと留めての、さあそれから。片やは肩先、片やは腰という上と下との二方向、一気に抜き払われた刃が、まずはと斬り裂いたのが、

 「あ…。」
 「きゃあっ!」

 舞台の上で、絹の帳を支えていた頑丈そうな緒を数本。支えを失ったその反動、つややかな天幕が娘らを搦め捕るよに落ちて来たのは、仕掛けを考えれば当たり前の仕儀だったのに。妙に鮮やかで劇的に決まったものだから、
「え?」
「おおお。」
度肝を抜かれ、見とれるばかりという客が大半だったのも無理はないが、

 「何しやがるっ!」

 興業主の方はさすがにそうは行かない。周囲から一斉にという勢いで、手の者全部を舞台へと向かわせ、狼藉働いた小娘と、それの連れで物騒な得物を渡した男を取り押さえんとしたものの、

 「…っ。」

 日頃は腰に回したベルトへ装着する鞘、こたびは緒を取り付けての背中へと斜めがけにしたは、邪魔っけな小袖や羽織の袂をからげるため。肩近くまでからげたそのせいで、伸びやかな双腕、二の腕まであらわにした美貌の君は。自分へと殺到する無頼の輩を前に、深紅の目許をうっすら細め、肉薄の口許を…ともすれば毒々しいほどニヤリとほころばせると。双手へそれぞれ握った刀、痩躯の前にて構えてのそれから、

  ―― 哈っ!

 銀翅紅翼…いやさ、今宵は銀翅白翼、大きく広げ。驚くような威力の跳躍で、賊らの頭上、宙を駆け上がると、そこからそのまま ザンッと深々飛び込む様は、猛禽の狩りにも似た容赦のなさであり。

 「わっ!」
 「ぐがっ!!」
 「ぎぃやっっ!」

 鋭い風籟の唸りを追っての金音一閃。どしゅっとも どびゅっとも聞こえたは、衣紋と共に肉を引き裂いた音だろか。彼自身へは触れもせで、ただばたばたと足元へ、ひれ伏すよに頽れ落ちるばかりの屈強な男どもだと見て取って。

 「ひゃあぁ…っ。」
 「わ、わたしは関係ないからねっ!」
 「た、助けてくれっ!」

 後込みして後ずされば、その背後にどんとぶつかったものがあり。何だ邪魔なと肩越し振り返れば、くだんの鬼姫へ刀を渡した、壮年殿が立ちはだかっているではないか。

 「大事な宝の娘らを置いて、何処へ行かれる?」

 口許だけが不敵に笑んではいるものの、昏い色合いの双眸は冷ややかに冴えているばかり。こちらの御仁もどうやら只者ではないらしく、

 「大沼の大将の紹介というのは…。」

 確かそういう素性のはずだのにと、客ではなくのフロア担当、さしずめ番頭あたりの黒服男が、嘘だ嘘ですよね冗談ですよねと、そんな声音ですがるように訊いたのへ、

 「名前までは覚えてはおらぬがの、
  先日、縁あって顔を合わせた折に、
  此処への地図と紹介状とやらをありがたく頂戴した、盗賊くずれの女衒なら、
  今頃は監獄で一党全員と裁きを待っておろう頃かの。」

 ふふんと笑ったお顔の、何とも威容に満ちて精悍なことか。ひいぃぃっと震え上がって後ずさる面々へ、こちらの壮年も腰から大太刀抜き放つと。腰を据えての安定した姿勢のまま、正眼に構えし切っ先へ、静かに静かに念を込め。

  ―― かつての戦さで、穹を制覇した侍
(もののふ)のみが振るえる大技

 青銀の、重き光をその身へと呑みし刃が、ちりちり・かたかた、細かく震え。男の威容を数倍以上のそれとして膨らませると、

 「…っ!」

 かっと刮目したそのまま、大きく振り抜かれし大太刀の、まとった剣圧なのだろか…凄まじい勢いの突風が押し寄せて、

 「わっ!」
 「ひぃえぇ…っっ!!」
 「い、命ばかりはっ!」

 落ち着いて見回せば、せいぜい衣紋が裂かれるか、装飾品の縁が割れた程度のことしか起きてはいない。直接触れ合ったものをば、途轍もない威力で破砕するのが超振動の真の威力であり、刃を構えていた訳ではない相手では、物理的に叩きようがないのだが、そんな理屈なぞ知らぬ上、異様な迫力を帯びた侍を前にして恐慌状態にあった中、間違いなくぱしっと弾けて飛んで来た何かに叩かれてもいたものだから、すっかり怯えてしまった者共、今度こそは命を取られるとでも思うたらしく。どいつもこいつもみっともなくも頭を抱え、その場へうずくまる始末。

 「…尻腰のないことよの。」

 非力な農民相手なら、村を荒らしただけでは足らず、大切な娘を奪うほど、どんな酷なことでもしおおせた輩のくせにと。どっちつかずの半端な悪党どもへ、大いに呆れた勘兵衛殿。何とも言えぬ苦渋のお顔で、深々と重い吐息をついたのであった。





  ◇  ◇  ◇



 こたびの話を持ち込んだのは、西方州廻りの役人らを束ねる統括担当の初老の御仁。賞金首を片っ端からからげること、生業ででもあるかのように請け負い始めた頃合いからの付き合いで。そんなつもりはないと言いつつ、札付きの悪党一味を畳んでは役人へと引き渡すことが頻繁な彼らを、今でも“賞金稼ぎ”とは唯一呼ばない彼なのも、そういう当初の付き合いを覚えているからで。顔なじみになって久しいのみならず、そういった野盗や野伏せりに侍くずれの多いことを遺憾に思う、こちらもやはり昔気質の“もののふ(侍)”だからこそ、嘆かわしいという口調にてこたびの話、聞かせてくれた。

 『金品や作物を力づくで奪い、
  追っ手がかからぬよう後腐れがなきようにと、
  襲った村や里へ火までかけてく仕儀の残酷さも相変わらずながら、
  近年 目につくのが、
  攫った娘らを女衒へ売り飛ばす組織が、
  随分と大掛かりになって来おることでの。』

 その昔、実は商人の総領だった天主とその直属の大商人らが、傲慢な贅沢三昧、奢侈放埒のそのついで、手元へ招いて愛でるためにと集めさせていた娘たちだったのだが。とある事件を境に、受け入れ口が消えてなくなり。金品物資はともかく、生きた宝石の彼女らの扱い、どうしたもんかと…当惑したのも束の間の話。商人つながりでの縁あってのこと、酒場や妓楼からの引き合いがすぐさまあり、そこへと売り飛ばすという格好での新たな需要が見つかったとばかり。米やお宝と同じ頻度で、妙齢の娘らが攫われてしまう事案もその数は減らず。しかもその上、その“流通経路”とやらが拡大しつつあるというから、これ以上の不届きな話もないと。治安維持のためにと自治から立って何年か、今や公認の奉行、捕り方も同然の、州廻り役人らの組織でも、何とかせねばと頭を痛めていたところだとか。

 『これまでにも、誘拐・略奪
(かどあかし)に関わった賊どもを、
  数多く畳んで下さったお二方。
  どうかこたびの大捕り物へ、加わっては下さらぬか?』

 本来ならば、そういう手合いに関わるは少々勝手も違うことと、何とか断るところだが。その御仁とは気心知れるほどもの付き合い長い間柄。それでと、腕に自慢の彼ら二人が潜入しての“一網打尽大作戦”と相成って。

 『………。』
 『不満なら、儂が踊り子に化けようか?』
 『〜〜〜。』

 競りに出す娘を連れていないと潜入は不可能とあって、おとりとして寡黙な娘に身をやつしたは、いろいろ着込んでの黙っておれば、何とか綺麗なお嬢さんに見えなくもない久蔵の方。いつもいつも同じ言い合いで丸め込まれている彼で、それが癪だったか“髭のある女がいるか!”と噛みつけば、何の剃ってしまえばいいことと、勘兵衛が けろっと言ってのけたことも実はあり、

 『〜〜〜。////////』

 だって、正面から下唇経由で人差し指にて撫で降ろすのも、下から掬い上げるようにして逆毛が逆らう感触を愛でるのも、どっちも大好きな手触りのするお髭だったから。剃られて困るのは久蔵の方だったがための、そんなものを人質ならぬ“モノ質”にされて。やっぱりあっさりと勝負有りだったのは…此処だけの話にしといてあげてね?
(笑)

 「それにつけても。」

 打ち合わせていた段取り通り、勘兵衛からの電信での合図で捕り方たちが一斉に飛び込んで、恐れ入っていた賊は全員踏ん縛っての大勝利。乱暴ではあったがあのように一網打尽にすることで…徒に右往左往させぬよう押さえつけたその結果、娘たちに怪我を負わすこともなく、どさくさ紛れに人質にされることもなく。女衒の一味と、取り引きの舞台だったこの岩屋の砦を押さえられたは至極重畳。頭目を押さえたことから、今回は来合わせなかった取り引き先とやらも把握出来、何とも上々の結果を得られた大芝居ではあったものの、

 「こちら様とて、勘兵衛殿が見込んだほどの練達であろうに。」

 初老の統括殿が、ふうむと小首を傾げたのが。変装の一環として髪の色を誤魔化すがためにとかぶっていた黒毛のかつら、ああ鬱陶しかったと脱ぎ去って、ぼさぼさと乱れた自毛の綿毛を手櫛でわさわさと梳いていた、金髪痩躯の双刀使い殿。突入直後とあって、こちら様もまた…へそまでの小袖と、腹を随分と出しての腰骨からというややこしい丈の袴に。それらが透けている絽の羽織という、なかなか妖冶ないで立ちのまんま。胸乳や尻の丸みがあるはずのない、二十の頃も随分と過ぎた年令の男なのだと、判っていても…何となく。鋭利な印象がしはするものの、それでもなめらかな造作の目鼻立ちの端正さや、抜けるような白い肌。あれほどの太刀ばたらきをこなすのだから、それなりの筋骨はあるはずだろに、踊り子や巫女の衣装が無理なく似合うバランスの痩躯と、節も立たない手指にするんとすべらかな前腕、二の腕と来て。

 「このお姿では、成程、敵も油断したのだろうが。」

 その道の玄人たちだった筈の女衒どもまでが、他にも美人はいたにも関わらず、真っ先に関心を寄せたくらいだったから。この美麗さ、文句なくの逸品だったのだろうけれど。
「それでも、所作・振る舞いまで監視されていては、誤魔化すのも一苦労だったのではあるまいか?」
 いくら勘兵衛殿の連れとは言うても、競りとやらが始まったおりは舞台と桟敷に分かれておったはず。娘らを最も間近にして守らねばならぬという段取りだったから、それは致し方がないこととはいえ、

 「例えば つかつかとあまりにも機敏に立ち歩いたりしては、
  それだけで 武家のような身ごなしだと怪しまれもしたろうに。」

 それを誤魔化すまでの演技力もおありとは、と。感に堪えたように唸った統括殿だったのへ、
「まま、非常時にあっては何とでもなるものでの。」
 これまで たった二人であれこれへあたって来たよってな。臨機応変、色々こなせるようにもなったというもの…と、そんな応じ方をした壮年殿の言いようへ、

 「〜〜〜。////////」

 此処へとついてのそれから、今宵の宴のすぐ直前まで。用意された部屋で過ごしたその間、そうそうしゃきしゃきと振る舞ってはおかしいだの、険のある眸は控えよだのと、散々に打ち合わせや刷り合わせをしてみたその末のこと。

 『…突貫で抑えるは、やはり無理な相談かの。』

 どうしても押さえ難いのが 侍としての鋭さ。勘のよさやら反射やらの方は、態度にまで出さぬようにと押さえ込めもするけれど。身ごなしの毅然としたところは、どうあっても隠し切れない。不意打ちがかかっても動じずに、それをそのまま、防御や攻勢へと連動させられるような所作を、自然と取っているが故のこと。例えば無駄にごそごそとせず泰然としていたり、一分も隙のない動作を素早くこなしたりは基本中の基本。背条をピンと張っての凛々しい歩き方をしてどこがいかんのだと、これでもかなり鋭気を押さえた末の演技にまだダメ出しをされた久蔵と、ううむと鹿爪らしいお顔で向かい合ってた勘兵衛だったものが、

 『…よし。』
 『?』

 うんと大きく頷いて、自分だけが何ごとか納得してのそれから。雄々しき肩のその向こうへと、伸ばした蓬髪軽く払う。その所作へ久蔵が一瞬目を奪われたのもまた、もののふとしての反射なら、それを上手につり出した勘兵衛のほうが一枚上手。

 『…っ!』

 あっと思ったときにはもう遅く、二の腕掴まれ、通されていた個室の安普請な寝台の上へと突き飛ばされており。そのまま続けてのしかかってきた屈強な体躯に、まんまと押さえ込まれてしまってはもう遅く。

 『四の五の言い合うておる時間も惜しいでの。』
 『〜〜っ。///////』

 あくまでも、何とか武家らしさを和らげんとしてのこととはいえ。……数刻ほど組み敷かれてしまっただなんて、誰が相手でもそら言えんわなと。

 「〜〜〜。///////」

 真っ赤になった誰かさんが、さあどのくらいお怒りを持続させての、指一本触らせてくれなくなる日々が続くものだろか。壮年殿の案じのタネは、もはやそっちへ移っていたらしいとあって。


  野伏せり崩れも野盗退治も、何するものぞですな、相変わらず。
(苦笑)





  〜どさくさ・どっとはらい〜  08.7.18.

素材お借りしました Studio Blue Moon サマ  


  *もうちょっと真面目にというか、シリアスにというか、
   せっかくの妖冶ないで立ちの久蔵殿を前にして、
   艶っぽい展開とか回想とかがあった方がいいのでしょうが。
   単なる二人旅篇ならともかくも、
   賞金稼ぎ噺の方に、あんまり重いものは持ち込みたくなかったので、
   (これの前のお話なんかは、あれで結構 難産でしたもん。)
   結果、こんな〆めとなりました。
   極端から極端へ走る奴です、相変わらず。
   夏の暑さのせいということにしといてやってください。
   こんな方々に一網打尽にされてりゃあ世話はないです。
   彼らのためを思えば、後生ですから黙っててあげてください。
(笑)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv   

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