逢鷹砦 (お侍 習作117)

       〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


     
おまけ



人には色々な性分の者がいて、
侍にも色々な気性の者がいて。
年寄りか若いか、男か女か、
南国生まれか、北領育ちか、というだけでも、
随分と個性が分かれてしまうものだということくらい、
頭では判っていたつもりだった。
もっとも、関心を持って観る相手というのがそもそも限られていたので、
人の有り様というもの、全て遍
(あまね)くとまでの詳細を、
知り尽くしていた訳でないこともまた否めないのだけれど。
自分にはそれで十分だったし、今でもそれで足りている。
好もしいと把握している対象はそのほとんどが、
侍であるか 戦さ関わりで通じ合った者らばかりだったし、
心まで含んで“欲しい”とまで思う相手は、
侍として見いだした練達だから、
把握には困らぬだろうと高を括っていたのだが……。




  ◇  ◇  ◇


年嵩なのだから、経験値も高くて知識も豊富で。
偏っていて世間知らずな自分なぞ、
赤子が相手であるかのように、
手もなくのいいように翻弄されても仕方がない。
そんな彼なものだから、思わぬ土地に知己も多くて、
その誰からも慕われているのも まま判る。

  ………だが。

初見のはずの人々からも、
どうしてこうまで、
好かれ慕われ、見込まれてしまう彼なのだろか。

 「お武家様、お暑うはございませぬか?」
 「何でしたら浴衣ぁお持ちしましょうか?」
 「けんど、お水を浴びられたでな。」
 「んだんだ、大事ぃ取って、暖ったこう した方がええ。」

あれほどの大騒ぎを片付けた立役者。
つまりは、恐ろしい野伏せり崩れや野盗を向こうに回しても怯まず、
それどころか、
戦時中以降も人斬りを続けている“賞金稼ぎ”だというのに。
貯水池の修復や橋作りといった後片付けには関わっていないクチ、
おかみさんたちや年寄りたちが逗留中の離れへと、
入れ替わり立ち代わり、足繁く寄ってゆく。

 「…。」

あの、文句なく美貌の君だった古女房のように、
すこぶるつきに愛想がいい訳じゃあないし、
都会人のよに、女子供をあしらう要領がいいとも思えない。
むしろ、そういった洗練からは程遠い、骨まで無粋で武骨な男だというに、
気がつけば…その周りへ村人らが集まる、輪を作る。

 「勘兵衛様は どんくらい遠くからいらしただ?」
 「お父
(おとう)がこれ持ってけて。
  美味いから、ほれ、久蔵様もこっち来て食べなんせ。」

過ぎる威容を控えての、偉そうにしないから親しまれるのか、
だが、それ相応の“お武家様”と見込まれた上での、
少なからず敬われているよな扱いは、
実は朴訥で野暮な人性だと知れてもさして変わらない。

 「昨日
(きんの)の、長老のお言いやったお話に出て来た姫様は、
  なして勘兵衛様や久蔵様の嫁御にならなんだだ?」
 「んだなや。こんな立派な男衆二人に助けてもろて。
  オラやったら ぽーっとなった勢いで、村サ出てでもついてくべ。」

あくまでも茶話だからか、
居合わせた女性らは老いも若いも皆して
“だっはっはっ”と豪快に笑い飛ばしてはいたけれど、

 “…。”

あの神無村に居た折は、こうまで人が集まっては来なかったので、
ついつい見過ごしていたということだろか。
戦さの絡まぬ平生だから?
けれど、七郎次は、
日頃からもあまり人を寄せぬお人だったというような、
そんな言い方をしてはいなかっただろか。

 “………。”

不思議だし…不快。
慕われるのは構わない。でも。
自分が独占出来ないのはつまらない。
その穏やかな視線が、
その…年季を重ねることでじんわりと深みを増させたような、
ただ優しいばかりじゃあない、
慈愛とも寂寥とも取れそうな複雑な趣きを含んだ 味のある笑みが、
自分以外へも向けられるのが、何だか落ち着かない。
こんな風に笑うようになったの、気づいたときはそりゃあドキドキしたんだのに。
それがいつも通りと思っての、容易くそそがれていやるのが腹立たしい。
困ったような笑い方も、窘めるような笑い方も、
そうそう見られるそれじゃあないのだ、ちっとは遠慮をせんかと思うし、

 “お主もお主だ。”

惜しげもなく振り撒く勘兵衛自身へも、
むむうと向かっ腹が立って来てしようがない。

 「…久蔵? いかがしたか。」

一通り笑いさざめいての、やっと腰を上げなすったご婦人らが離れから出て行って。
吹き渡る風の音がようやっと、その存在を主張して。
板の間のうえ、相変わらずに足音もさせずのなめらかに、
物慣れた猫が主人を驚かそうと、そっと近寄る悪戯にも似た忍び足。
円窓の傍らに四角く座っていた勘兵衛の、すぐの間近へと。
紅衣の裳裾、切れ込みから覗くお膝をついての腰を降ろすと、
真っ直ぐに伸ばした腕で、捕まえたのが…壮年殿の頼もしい胸倉で。
きっちりと合わせたものを、
それでも体格のよさが内から軽く押し出してのゆったりと。
正統派の着こなしなのに、精悍さが仄かに匂い立つ懐ろへ。
取っ組み合いでも始まるのかというほどの乱暴さで、
むんずと掴んだそのまま…自分の側から擦り寄ってっての。
いつもの如くにお膝へ上がると、愛しい匂いへその身をひたす。

 「…久蔵?」
 「お主が、悪い。」

  足りなくなった。
  何がだ?
  …言わぬ。

うにうにと、濃色の小袖に映えるその白い頬をなすりつけ、
自分の匂いをつけているとも見えかねぬ、そんな甘えようをする彼で。

 “不意を突かれると、肩を跳ね上げて驚いたそのまま逃げ出すものを。”

うたた寝していた寝顔、断りもなくのすぐ間近で覗いておれば。
気配へ気づけなかった自分が腹立たしいか、
あわわと取り乱すさまもまた、しゃにむな幼子のようで愛らしく。
今は今で、
傍へ寄るのさえ我慢していた腹いせにと、
大好きな匂いや温み、あまさず拾おうと躍起な様子が、
何ともいえず稚
(いとけな)く。
いくら何でもこうまでされれば、
どれほどのこと慕われているものか、判らぬ野暮でなし。
ただまあ、知らぬ顔を通した方が、
飛び上がっての逃げ出されはしないので、

  ―― 久蔵? いかがした?
      知らぬ。

時には装った朴念仁っぷりにて、愛しい連れ合いの温みや可愛げ、
向こうから擦り寄ってきたものを享受する、
やっぱりそれなりに狡かったりする勘兵衛で。
作ったばかりの武勇伝が相殺されそうなほどの甘い睦み、
せいぜい見つからないようにしなんせと、
断崖の里を訪のう風が、くすすくすすと笑ってござった……。




  〜どさくさ・どっとはらい〜  08.8.23.


  *何だか長いばっかで妙な事件ですいません。
   これもまた、実はおまけの方を先に思いついたのですが、
   久蔵殿がそうまでの悋気を持つほど、勘兵衛様が村人から懐かれるような、
   そんなシチュエーションというものを考えなくっちゃと……
   思った結果が、勘兵衛様、ダイブするの巻でございました。
   作画がすんばらしく綺麗だった、
   第2話を観ながら書いてたのも悪かったのかもです。
   (ほら、キララちゃんがはた迷惑なダイブしたのを
    勘兵衛様も飛び出して、助けたエピソードがあったでましょ?)

   ちなみに、ウチで久蔵さんの側が焼餅を焼く話が多いのは、
   勘兵衛様が悋気起こすとロクなお話にならないからです。(身も蓋もない…)


めるふぉvv
めるふぉ 置きましたvv

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