にらめっこ (お侍 習作122)

       〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 

ついつい眸がいく。

そんな気配に気づくのか、
相手が何の気なしにこちらを向く。

気のせいとしたくての素知らぬ振りで、
そっぽを向いてやり過ごす……。




ついつい眸がいくのは、そういう存在なのだから仕方がない。
精悍な印象をまとっての映える、背中まで伸ばされた蓬髪。
上背のあるまま、
衰えを知らぬ強靭な豪を呑んだ“侍(もののふ)”の肢体。
含蓄豊かな内面を偲ばせる、味のある表情に、
時折遠くを見やる深色の眼差し。
その先にあるもの全てを壊して回りたくなるほどに、
こちらの胸を切なくも絞り上げていること、
きっと気づいてはいなかろう。
低まると甘さを増して暖かな声。
あの、持ち重りのするごつりとした手が、
どれほど頼もしいを知っている。
堅い襟で隠れたおとがいの陰、
この手が刻んだ傷はまだ、薄れぬまま其処にあり。
夜毎の触れ合いのたび、それを眸で追っては、
彼の上に自分の痕跡があることへ、
得も言われぬ熱が沸き立つほど。
なのだから、
ひょんな拍子、視野に収まったその姿へと、
ぽうと見惚れてしまっても仕方がなかろうというもので。

なのに

見惚れていたことを悟られるのは、何故だろか気まずくて。
いかにも物欲しそうだし、
そもそもどんな顔をしておればいいのやら。
鉄面皮の無表情にて通していても、
この壮年はどういうものか、
こちらの機嫌の色合いを、
いとも容易く酌み取れる性をしているから始末が悪い。

だから

こっちへの関心が失せるまでと、
あらぬ方へのそっぽを向いてしまうのに。
いつまでも去らない視線が気になって気になって。
見つめ合ってはいないのに、
とんだ格好のにらめっこが始まってしまっての、そして。

 『……。』

根負けするのはいつもこちらだ。
むうと膨れて視線を戻せば、
目許細めてやわらかに、
何が可笑しいか、いつもくつくつと微笑っていやる。


 あれ? だが、これがにらめっこならば、
 笑った方が負けなのではなかろうか。
 ああでも、今になってそれを思い出すほどに、
 いつだって負けた気がするのは、どうしてだろか……。





  ◇◇◇



久々の顔合わせとあって、
それぞれの近況を持ち出しての和んだ談笑はなかなか尽きねど。
宵も更けての誰かさんがいち早く沈没してしまうと、
自然と…その誰かさんが起きていてはなかなか出来ない話へと、
話題も雰囲気もさりげなく移りゆき。

「あれが結構、好奇心が強おてな。」
「おや、さようですか?」

名を聞かすのも勿体ないか、それとも今更照れ臭いのか、
このところの御主は、供連れの青年を“あれ”と呼ばわるのが常であり。

「こちらが何にか眸が行けば、必ずその先を辿って見せる。」
「ははあ、あの久蔵殿がですか。」

幼子のようにこそりと伸びをしている様が何故だか容易く偲ばれて、
それはまた かあいらしいことでしょうなとはんなり笑えば、
ああと、やはり微笑い返した勘兵衛だったが、

「だが…子供のにらめっこの決めごとを知らなんだほどではな。
 雑事を知らなすぎての、そこを今になって埋めておるだけなのやも知れぬ。」

ただただ可愛いことよと微笑ってばかりもいられぬことかもと、
どこか感慨深げなお声になられて。

「にらめっこ、ですか。」
「ああ。あやつはなかなか笑わぬから、尚のこと縁がなかったのだろな。」

玲瓏なまでに麗しき、冷徹な死神。
戦さ場で彼と鉢合わせた者は、
その姿を語り継ぐことも出来ずに息絶えることから、
北軍でも紅の衣紋を差しての“紅胡蝶”とだけ伝わっていたほどで。
それがこうまで若くして凄腕の君だったとはと、
後になってそれと知り、たいそう驚かされた彼らでもあって。
順当に子供だったろう頃から戦しか知らぬなら、
成程にらめっこなんて知りようもないだろうけれど、

 「でも、勘兵衛様には敵いますまい。」

古女房がにこり微笑って、白磁の銚子を傾ける。
美貌ではこちらの彼も相当なもの。
見栄えに限ってのものならず、
様々に舐めて来た辛酸を、
その身へ山ほど馴染ませたがゆえの深みがあって。
笑顔一つとっても、通り一遍なそれじゃあない。

「? 儂もそんなに仏頂面ばかりしておったか?」
「そういうんじゃありませんよ。」
「??」

わけが判らぬと片眉上げて、
あご髭を撫でてしまわれるのへ、

「あの久蔵殿を、微笑わせることが出来るのは、という意味ですよ。」
「お主とおるときはいつも、含羞むように微笑っておろうよ。」
「あれはそのまま、含羞んでおいでなだけですよ。」
「???」

ますますもって要領を得ないというお顔になったのを、
ほらもう、しょうがないお人なんだからと、
そりゃあ楽しそうに眺めてから。

「これ以上はご自分で気づいて下さいまし。」

くすすと思わせ振りに笑った七郎次。
策士なくせして こういう方面へはとんと疎いのが、
時には罪なほどの朴念仁様へ、
ついでだからと 自分にしか出来ないクギを刺しておくことにする。

 曰く、

 「それと、お惚気ならばご本人が同座しているときに零されたほうが。
  どうせ日頃はあんまり甘い言葉を掛けておやりではないのでしょう?」

 「………っ☆」






  〜どさくさ・どっとはらい〜  08.11.10.


  *何だこりゃ。
   いつぞやの拍手お礼『
閑話 小春日』の
   “敵討ち篇”みたいになっちゃいましたな。
(笑)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv

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