秋麗一景  
(お侍 習作123)

        *お母様と一緒シリーズ
 


空が随分と高くなりましたねと、
この忙しいおりだというのに、そんなことへも気持ちが至るのは、
ある意味で余裕があるからだろか。
あ、こんなことを言ってただなんて、カンベエ様には内緒ですよと、
そんな言いようを付け足す辺り、
暢気な感慨だというのは承知しているらしいのだが、
だったら自分も似たようなもの。
そんな彼へとついつい視線が向いている。
数に任せて襲い来るらしき野伏せりの一団を、
芸のないまま、ただただ撃ち落とすのみという、
至って次元の低い戦さには関心なぞないけれど。
あの島田が関ずらわっている以上、見届けねばなるまいし、
奴との無傷万全での立ち会いを望んでいるのだ、
楽勝で勝たせてやらねばならぬ。
そのためになら何でも助力をと構えていたが、


  ―― ああそういえば、あの大戦のさなかでも
      わざわざ空を見上げたりはしなかったな…。





     ◇◇◇



神無村を要塞化し、村人たちにもそれなりに心得をたたき込み、
一丸となって野伏せりへ対峙せんという方針の下、
石垣や物見、大掛かりな攻撃装置などの準備も着々と進んでおり、
村人たちへの弓の習練も、思いの外、順調にものになっている様子。
重い刀を振り回せの、接近戦で相手を叩き斬れのというのは、
技、力、度胸のどれが欠けても不可能なこと。
そこでとカンベエが選んだのが弓であり、
基本的な体力と、1つことだけをという集中力なら、
粘り強い農民の彼らにも十分過ぎるほど備わっているので、
コツさえ掴めば上達は早い。

 「次、構え、放て。」

淡々と声を掛けるだけに見えて、だが、時折は模範の矢を放ったり、
なかなか上達しない者へは仲間内だけで組分けし直しての、
判りやすい指導を任せることで、何とかレベルを均しもっての、
ここまでの腕前へ引き上げたキュウゾウの指導は大したもの。
指導の技術というよりも、
逆らうとおっかないという威圧の力の方が勝った末のことでもあろうけれど、
この際は、それこそ“結果オーライ”というところか。

 「おや。」

そんな弓の習練場のほうから駆けて来た人影があり。
何か伝令でしょうかねと、
村を縁取る断崖の間際の一角にて、
防壁の一部、石垣を積む作業への指示を出していたシチロージの手が止まる。
萩の茂みの傍らをたかたかとやって来る誰か。
伝令役のカツシロウにしては小さすぎる人影は、
どうやら 村のお嬢さんがたの中でも特に懇意にしていただいてるお二人で。
しかも片方は、紅の衣紋の裳裾をひるがえして駆けて来た、
金髪痩躯のお侍のお仲間が、
ちょっと乱暴にも肩の上へとかついでる。

 「ちょ…キュウゾウ殿、その扱いは。」

いくら子供でも、女の子だってのにとの苦笑混じり。
近間にいた此処の班長さんに、
後は昨日までのと同じようにとの指示を出してから、
彼らの元へと駆け寄れば、

 「凄いです、キュウタロさん。」
 「だなや。ちゃんと当てちまった。」

その女の子らが嬉しそうな声を上げ、

 「はい?」

何が何やら、事情が通じぬシチロージがキョトンとする前へ、
ひょいと降ろされたコマチが自分の片足を持ち上げて見せて。

 「あららぁ、どしましたこれ。」

小さなお膝が擦り傷で真っ赤になっていたのはさすがに痛々しく、
屈み込んだシチロージがそのまま、
腰に巻いた雑嚢から傷薬をと探し始める。
当のご本人はさして痛くはないものか、お元気な声で話を続け、

 「広場でコケてしまったら、
  キュウタロさんが手当てをって此処まで連れて来てくれたです。」
 「んだ。詰め所じゃねぇんかって訊いたら、今はこっちって。」

現場や習練場には、
原則として子供らは立ち入ってはならぬとされているけれど。
水分りの巫女の妹でもあるこのコマチだけは、
事情をよくよく飲み込めているその上、
お侍様方へも馴染んでいるのでと、近づくことを大目に見られてもいて。
この頃では、特にお役目のないキクチヨを、
村のどこにいるのかと捜し回るのに駆り出されることが多々あるのだとか。
今日もそんな御用で広場まで来ていて、
なににつまずいたか うっかりと転んでしまったらしいのだが、

 「詰め所に行ってから来たんじゃないのですか?」

いつもはそこに、だが、現場での指示もこなせるシチロージは、
融通を利かせての、言わば不定期な間合いで、
あちこちの作業場へ進捗を見に行ったり手を貸したりも担当しているので。
詰め所にいないとなると、なかなか捕まえにくいお人でもあるのだが。

 「てっきりカンベエ様に訊いたのかと。」

村の地形図を難しいお顔で睨んでらした軍師殿。
一応、こちらに出ておりますと声を掛けておいたのでと、
それを持ち出した、金髪の美丈夫だったが。
お膝に軟膏を塗ってもらったコマチはぶんぶんとかぶりを振って、

 「キュウタロさんは真っ直ぐここへ来たですよ?」

モモタロさんを捜すときはキュウタロさんに訊くといいって、
ヘイさんが言っての、ホントでしたvvと、
そりゃあ屈託なく笑ったお嬢さんがたを前に、

 「…何ですか、そりゃ。」

糸の切れた風船のような言われようをされたシチロージとしては、
ヘイさんたらもうと、困ったように苦笑うしかない。

 「…と。」

そんな彼の、ゆったりした藤色の羽織りの裾や袖が、
吹きつけた風を受け、ふわりと膨らんでからひるがえり。
片やのキュウゾウの衣紋の方は、
このくらいの風ではびくともしないか揺れもしなかったが、
その代わりのように、頭へといただいた金の綿毛が軽やかに揺れる。
相変わらずに表情乏しい青年だけれど、

 「…。」

手当てが済んで巻かれた布の上からそおと触れたところ、
痛くはないのが嬉しいか、にこおと微笑ったコマチには、

 「……。」

微妙に口許の線が柔らかくなる…のを見逃さないのは、
今のところは、シチロージだけのようであり。
ただ、

 「今が秋でよかったです。」

そんなキュウゾウを見上げ、それからシチロージの方を見やり、
コマチがそんなことを言い出した。

 「? どうしてです?」

収穫狙ってやって来る野伏せりを退治する彼らなのだから、
秋に訪のうていて正しいのに、何でわざわざとシチロージが訊けば、

 「だって、キュウタロさんや モモタロさんがこんなに派手でも、
  周りも同じキンキラキンだから、あんまり目立ってませんもの。」
 「あ…。」

面白いことへ気づいた子だなぁと、
その即妙さに口許ほころばせたシチロージと違い、

 「?」

幼子の言い回しの拙さが飲み込めなかったか、
それとも…自分の風貌がよく判っていない彼なのか。
依然として意味が掴みかねているらしいキュウゾウへは、
シチロージが も少し咬み砕いて差し上げて。

 「ほら。周囲が赤や金色に色づいているでしょう?」
 「…。(頷)」
 「今が秋で、どこもかしこもこんな色に染まっているから、
  アタシやキュウゾウ殿みたいな派手な配色の存在も目立たないって。」

金色の髪に真っ赤で風変わりな衣紋と来れば、
成程、いかにも突飛には違いなく。
ここのような大人しげな人々ばかりが、
しかも似たような地味ないで立ちでおわす在所にあっては、
色合いだけでも目立ってしようがないだろし。
人々の輪の中から外れれば外れたで、
春の淡彩、真夏の緑、冬場の雪景色の中にあれば、
やはり色彩の拮抗から弾かれて、隠れ切れずにいるだろお人。
だが今は、山はとりどりの赤や金で染まっての錦景を織り成し、
近間の田圃も稲穂がすべて、見事な黄金に実っているがため、
ある意味、保護色の中にいるようなもの。

 「でも、アタシも派手ですかね。」
 「派手ですよう。」

街ではこれでも地味に作ってたんですがねと、
袖口に手を入れての矢蔵を作り、奴凧のように左右に袖を引っ張って。
おどけたそのまま、くすぐったげに苦笑を見せる色男。
確かにまあ、目許や口許、爪先に紅さして、
きらびやかな花かんざしもゆらゆらと。
大きく抜いた後ろ衿から、色香匂い立つうなじを覗かせ、
金襴緞子の打ち掛けまとった、
いづれが花か幻か、
婀娜な美貌の太夫らが競って主役だった あの遊里にあっては。
こうまで淡い色合いの君、霞んで見えたかもしれないが。
きっちり結い上げられたつややかな金絲が風に遊ばれ、
うなじへ後れ毛はらりと零したの。
気づいて あれあれと頬から添わせた手の先で、
伏し目がちに ちょいと直したその仕草なんてのは、

 「はや〜〜。//////」
 「色っぺぇ。//////」

女の子二人をうっとりさせるほど、十分優美で麗しく。

 「ちょ…何ですか、キュウゾウ殿まで。」
 「…。////////」

付き合いよくも、白い頬に淡い朱を亳いた剣豪殿には、
ついつい呆れたシチロージ。

 “人のことは言えないでしょうに…。”

派手な衣紋は差配の用心棒などという職にあったが故の、
犯罪抑止の意味合いもあってのことかも知れず。
棘々しくもおっかない、
威圧的なばかりな剣鬼かと思わせたものが…実は実は。
ご当人と接してみれば、
少なくとも臨戦態勢にない彼は、
至って静かで玲瓏な存在なのがようよう判る。
寡黙で寡欲で主張も薄く、
透徹とはこういうものを言うのかと思わせるほど、
端正な姿と気色とともども、
秋の閑と清かな風情に溶け込んでおり。

 “刀を振るう時だって、さほどに熱くなっちゃあいなかったようですしね。”

それとも、まだシチロージは知らないだけだろか。
そういえば、
カンベエとの初対面にて繰り広げられた立ち合いとやらは、
結構な騒ぎになったとも聞いているから、
これまで見て来た程度の相手じゃあ、彼には半端すぎるということかも。

 「うん。やっぱりアタシは地味ですよ。」
 「?」

美貌の君の、不意なお言いようへ、
子供らと並んで、やはり小首を傾げるキュウゾウへと。
特にくすすと微笑って見せて、

 「だって、カンベエ様に5年も気づいてもらえなんだのですし。」

ちょいとおどけてそんな風に言う彼へ、
お子様たちは何が何やら、はやや?と小首を傾げるばかり。
そして、

 「…。」

それへと唯一何かしら感じ入ったらしいキュウゾウはといえば。
何かしら言いたいか、口許を動かしかかったものの、
その想いを上手に表す言葉へ辿り着けなんだのだろう。
赤い眸のみが、潤みをたたえて ゆるゆると震えてのそれから、

 「だが、」

何をか思いついたらしく、今度はきっぱり言い放ったのが、

 「どんな色も装いも、全く関係ない奴もいる。」

そうと言って彼が見やった先にいたのが、
がちゃんがちゃんと歩き回るだけでもにぎやかな、

 「おっちゃまっvv」
 「おお。どした、コマチ坊ン。」

子供が作業場でうろちょろしちゃあなんねぇと、
カンベエも言ってただろうがよと。
お兄さんぶった言いようをしたキクチヨがやって来たものだから、

 「あはは、確かに関係はありませんねぇ。」

口下手だなんて思えない、何とも即妙な言いようをした次男坊へ、
感嘆しつつ、やんわりと優しく目許を細めて微笑ったおっ母様であり。
彼をこそ捜していたお嬢さん二人が駆けてゆくのを見送って、
秋の化身か、それぞれに、
金に赤に、紫、緋色、
野を飾る花々が霞むほどもの、
色とそれから繊細優美な風貌と、
あでやかに持ち合わせた、今が盛りの花華が二輪。
どこまでも澄んだ秋空の下で、
並んで揺れてた風情こそ うるわし……。





  〜どさくさ・どっとはらい〜  08.11.16.


  *今やネットのどこででも、舞台版の噂で持ち切りですねvv
   遥かな昔、あの聖闘士星矢を、
   まだデビュー間もないSMAPが
   ミュージカル化するという話が持ち上がったときの大騒ぎを、
   ついつい思い出してしまったおばさんです。
   (あれが まんが原作の舞台化の走りじゃなかったですかね。)
   それで…というのも何ですが、
   久々に神無村のお話を書いてみたくなったのですが、
   やってることはここんところの いつもと、大差無かったです。
(笑)

  *ところで、久蔵殿のあの衣装。
   従軍時代からのものをまんま着続けてるというのは、
   オフィシャルな話なんでしょうか。
   だとしたら、知ってる人から見りゃあ
   それだけで恐ろしい威嚇になってるんじゃなかろうか。
   あ、でも特殊部隊だったりしたら、知ってる人は少ないか。
   ゴロさんの衣装と前合わせがさりげなく似ているので、
   南軍の本拠があった土地の民族衣装の特徴かとも思ったのですが…。
   関係ないですかね?

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv

*

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