短日早暮  (お侍 習作128)

       〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


暦の上では冬となり、木枯らしも吹きはしたけれど。
今年は暖かい冬となるものか、
梢にはまだ色づいた葉がそのまま居残って、
秋錦の名残りをとどめているし、
昼間ひなかなぞ、
厚着でいると汗ばむほどの陽気になることもあるくらい。

 『まま、山間へ入ればまた違った風情でもあるのだろうが。』

旅の連れ合いはそうと言い。
寂れた処へ向かう機会の多い我らには、ありがたい陽気と、
山野辺の里に辿り着いてからこっち、
晩秋の閑とした佇まいを、眼福至福と愛でておいで。
確かに、自分だって街の雑踏や喧噪は苦手だし、
草一本生えない岩山や雪山越えの苛酷さに比べれば。
どこまでも奥行き深そうな秋空にいや映える、
飴色がかった晩秋の陽に照らされた山々の、
柘植や楓や桜に銀杏の、赤や鬱金が織り成す錦景。
新緑の綾に匹敵する、端麗風雅な眼福でもあろうけれど。

 『…久蔵?』

遠くを見やる横顔も好きだけど、
それだと自分は放ったらかされていることになるのが ちょっと嫌。
かけられた声の響きを、頬でも直接感じられるように、
お膝へ上がってぎゅうぎゅうと、
筋骨雄々しい、しっかりした肢体の充実を肌身に感じ、
精悍な匂いや温みに浸るのが一番好きだけれど。
そうしている間は、
間近になった襟元の、妙に色香を馴染ませた首元や、
年季の染みた、味のあるお顔しか見ることが出来ないのが勿体ない。
背中まで降ろした蓬髪や砂防服の裳裾が風に躍るのが、
様になっての風情ある立ち姿。
存在感に満ちて重厚な、
頑と屈強な長身を惚れ惚れと見やるのも捨て難く、

 “なんで ああも…。”

あちこちが勿体ない奴なのだろかと、
自分の小さめの手を見やり、
到底一度に全部は網羅出来ぬのが残念でしょうがないらしい、
物思いの吐息を ぽつりと零したその拍子、

 「…なのよ そうなのよ、離れのお客様でしょう?」
 「そうそう、あのお武家様。」

母屋の風呂の脱衣場へ、
連子窓の向こうから、使用人の娘らのものらしい華やいだ声が届く。
野伏せり退治の狭間の休養、
小さな山里の宿へと逗留していた彼らであり、
客は他にもいたが、離れを使っている客といえば…。

 “我らのことか。”

下らぬと思いつつ、それでも…半ば勝手に、
そういった状況整理がするすると頭の中では行われており。

 「あのくらいのお年ともなりゃ、
  普通は随分とくたびれてしおれてしまうか、逆に脂ぎってるかでしょうにね。」
 「そうそう、そうなのよ。
  見てくれ構わぬか、思い違いをしているか、そういうお人が大半でしょうにね。」

目的あっての旅の空だからと気張っていたり、
若しくは供がいての身の回りが行き届いている人などは別だけど。
大概のお人は、長い旅の空を歩き通すためのこと、
地味に作っての淡々と、物静かにしておいでか、
若しくは…だからこそ続く旅なのか、
有り余る活力を振り撒いていての騒がしいか。
壮年間近い年頃の御仁ともなれば、そういった類型に嵌まるはずが、

 「なんかこう、物静かなお方なのに頼もしい空気も持ってなさるでしょ?」
 「それにね、なかなか頑丈そうな体つきをしてなさるって。」
 「あらいやだ、何で判るの?」
 「そうだよ。
  外に出なさる時はいつも、あの長っとろい外套をわさわさお召しなのに。」
 「セツさんが言ってたの。」
 「セツさんが?」
 「うん。
  セツさんが言うにはサ、手を見りゃかっちりとしていて重そうだから。」
 「だから?」
 「それで、それと見合うような、
  骨太のいい体つきをしてなさるのだろって判るんだって。」
 「そうか、それでか。」
 「うんうん。」
 「それも、ただ力持ちの大きい手っていうんじゃなくて。」
 「じゃなくて?」
 「なんて言うのかな、器用っていうんでもなく、でも乱暴じゃあない。」
 「そうそう。何でもしてくれそうな頼もしい。」

上手い表現が見つからないのか、
ああでもない こうでもないと言の葉が積み上げられてゆくのへと、

 “〜〜〜。”

聞いているこっちこそ歯痒くなった久蔵で。
これは間違いなく勘兵衛のことを噂していると重々判る。
彼の手は、確かにそういう趣きをしており、
いかにも もののふの大きな重い手で頼もしく、
だが、太刀さばきから来るものか、蛮な雑さはなくて。
どうかすると品さえある機能美を備えているので、
そこがまた、接した者へいかに実直誠実な男かを伝えてしまうので、
久蔵からすりゃ、気に入りではあるが同時に困った素養でもあるところ。
革越しに触れられるのは嫌だとごねて外させた手套だったが、
木枯らしが吹いたあたりから、寒いだろから履いておけと、
わざわざこちらから言い出したのもそのせいで。

 「……。」

黙っていられなくなりそうなのを振り切るように、
湯上がりの身へばさばさと、やや荒っぽく衣紋を着付けると、
何へだか“うん”と意を決し、湯殿を後にし庭へと出てゆく。
まだまだ明るくはあったけど、それでも早い黄昏がもう間近。
さざんかの生け垣が、つややかな葉の間に紅の花を散らして、
この季節に似合いの、寂しげな華やかさを見せており。
それを横手にしつつ飛び石を渡ってゆけば、
擦り切れかけた細かい砂利を敷いた道なりの先、
赤々としたドウダンツツジの茂みが囲む、
小さな庵のような離れへと至る。
濡れ縁のある奥の間は、小粋な数寄屋造りとなっており、
床の間には手びねりのちんまりとした花瓶に秋明菊が可憐に飾られていて。
それを愛でてでもいたものか、
頬の線しか見えぬほど、向こうを向いていた連れ合いの様子へ、

 「戻ったか。」

こちらの気配へはちゃんと気づいて、
座していたお膝まで回して向き直ってくれたのに。
それでも…その直前まで何に気を取られていたのだという、
いかにも子供じみた癇癪が沸いてしまい。

 「………………如何した。」

わしわしと歩み寄ってのぎりぎり間近へまで寄った彼へ、
ああこうまで至近だということは…との阿吽の呼吸を、
勘兵衛の側へも植えつけて久しい甘えよう。
膝を折っての屈み込むと、
そのまま相手のお膝の上へと上がり込み、
白い衣紋の重なり合うて温かい、
懐ろの最も奥向きへまでと擦り寄って。
雄々しき肩に顎のせて、
分厚い背中、かいがら骨へまでと、
腕を伸べての巻きつくところは、
どちらが取り込まれている図なのやら。

 「何かあったか?」
 「〜、〜、〜。(否、否、否)」

あったところで言うはずもないかと、
まだ裾の濡れている髪に気づいて拭うてやれば、

  ――― お主が悪い。
       何がだ。

もそりと、こちらの懐ろに向けて、
袷の中へ吐息ごと吹き込むように呟く久蔵であり。

 「いかにも人徳のありそうな、見栄えのいい偉丈夫だから、
  どこなと行って 誰なと誑
(たぶらか)してしまうのがいけない。」

 「おいおい、そのようなこと覚えがないぞ?」

言い掛かりもはなはだしいと、
それでも発想の突飛さに、ついつい苦笑が零れてやまず。
喉元震わせ、くつくつと笑って応じれば、

 「…そうやって気づいてやらぬのもまた、罪作りとシチが言うておったろが。」
 「おや。」

手ぬぐい越しの手が止まり、

  「では、気づいてやれとでも?」
  「………っ?!」

低められたままの、されど飄々としたお声につい煽られて、
馬鹿なとお顔を上げたれば。
かち合ったのは真摯な眼差し。
丁度髪へとかぶせた手ぬぐいから、
するり剥き出した果実へでも触れるよに。
精悍だが優しい笑顔が降りて来て、


   「……。////////////


相変わらずに他愛のないこと。
柔らかに口を吸われたただそれだけで、
小さな悋気がほろほろほどけるのを示すよに、
咄嗟に相手の二の腕掴んでた、勇ましい白い手が…萎えてずるりと落ちかかる。
今度こそは 壮年殿の側からと、
小さな肢体がその懐ろへ掻い込み直され、
よしよしといいお声で宥められては、牙も萎えるし爪もとろける。

 “まったく、どこで何を訊いたやら。”

こちらの壮年は壮年で、
離れの裏手で庭掃除をしていた女中らが、
結構通るお声にて、
そりゃあ麗しい若侍の噂をしていたのを聞いてたところ。
ふと楓の梢へ手を伸べて立っておいでの姿が、
若木のようにいかにも可憐で、そのくせ凛々しく。
どこぞかの役者のようだの、もっと着飾ればいいのにだの、
黄色いお声で騒いでおいで。
あれで愛想までよくなったら、えらいことになろうよと、
苦笑を零していたところへと当人が戻って来たものだから、
何をやに下がっておるかと、怪訝に思われやしないかに苦慮していたのにね。


  こちらのお膝に軽々乗っかってしまえるほど、
  小さく軽やかな連れ合い殿の。
  その小さな背中に、いつか翼が生えての飛んでいってしまわぬか。
  こちらはそれこそがこそりと不安になりつつある、
  同じくらいかあいらしい連れ合い様だったりするらしく。

  どこぞかの空ゆく雁追うか、
  閑と冴えたる空気の中に、
  寂しげに響いたヒタキのさえずり。
  夕暮れ間近い晩秋の風を、きぃきぃ掻いての遠ざかる…。





  〜Fine〜  08.12.13.


  *久々の“悋気狭量”でございます。
   ちょいとツンデレな新妻にしてみれば、
   ご亭主が笑われるのも癪だけど、
   かと言って 褒められ過ぎるのも落ち着けないという、
   なかなかに複雑な心情であるらしく。
   いい男を連れ合いにすると気苦労が絶えない、というところでしょうか。


めるふぉvv
めるふぉ 置きましたvv

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