泣く子・笑う子  (お侍 習作133)

 


ちぃと昔、どっかの遠くで。
怖い怖い野伏せりたちが…その頃はまだ“軍人さん”の下っ端として、
大暴れしていた“戦争”っちゅうのがあってな。
お侍様たちもまた、そこで大きに戦っておられたんじゃが、
その勇ましさに押し負かされて散り散りになった野伏せりが、
今度は俺らみたいな力のない農民を襲うよになった。
そいで、水分りの巫女様のキララ様とコマチ坊が、
リキチさんと一緒に町まで出てお侍様を探して来た。

どのお侍様も、風格というのか存在感というものか、
何をするでなく言うでなく、じっと立っておいでなだけでも、
そういう重みのようなものを総身にまとわせておいでで。
何を意識するでなくの自然体でおいでのはずが、
気がつくとこちらを見やっておられて。
視線が合うとニコッと笑われ、あたふたすることも少なくはなく。
あと、一番お若いお侍様は、
それはきびきびと一日中あちこちを丹念に見回っておいで。
何もしてないようで一番ピリピリしてなさるから、
きっと秘密の御用を、
あの髪の長い年長のお侍様から言いつかっておられるに違いない。
それからそれから、
男衆に弓を教えていなさるお侍様は、
もしかしたらば、
東の和国で“忍”の軍団を率いておられた方かも知れず。
だって時々、コータの兄ちゃに後を任して、
あっちゅう間に姿を消すんが、
ほんに目にも留まらぬ素早さ、何かの術みたいでサ。

こうだけ凄げぇお侍様がたがおいでなば、きっとの絶対、戦さは勝てる。
オラも も少し大きかったら良かったにな。
マンゾウおっちゃんと背丈も変わらんのに、
そいでも子供は危ないから寄んなって。
そいが一等、悔しゅうてならね ことだなやった。





  ◇  ◇  ◇



 岩やら丸太やら鋼の鋼板やら、大きく重たい危ないものが行き交う砦や作業場とそれから。お忙しいお侍様がたが寝起きにお使いの詰め所には。前者は危ないから、後者はお邪魔になるから、よって滅多なことで女子供は近寄ってはいけないと。大人たちからの言い付けが、野伏せり怖やの例え話以上に重々言い聞かされておったので。好奇心の旺盛な若い年頃の娘らや、親の言うことよりも友達との約束の方が大事な年頃の童子らも、そこは一応、村の一大事だくらいは理解もしての我慢を強いて、言い付けを厳重に守っておって。彼らを連れて来た水分りの巫女姉妹の口から、目映いばかりの活躍のみ聞かされては、凄げぇな、強ぇえな、凛々しいことよと、胸躍らせの、憧ればかりをつのらせており。殊に、腕白盛りの和子たちは、自分たちと同じ“子供”であるコマチが、お侍様がたのすぐ傍らまで、衒いなく寄ってゆくのが羨ましくてしょうがない。いずれも御用あってのことであり、遊んで遊んでとまとわりついてまではいない。けど、まるきり別世界から来られた頼もしい方々だもの、関心はいや増すばかりでもあったので。ついのこととて、コマチの後をついてっての、言葉を交わす様子を遠目に眺めやる子らも無くはなく。

 「…っと。」

 開け放たれた裏木戸の向こうで、作業場のお侍様からの伝言を持って来たらしいコマチ坊が、つややかな金の髪した背の高いお侍様へと何かしら話しているのを。川べりと接している裏庭の隅、ずんと伸びたる草むらの陰から懸命に背伸びをしつつ、眺めやってる男の子がいる。年の頃はコマチと大差無いほどの幼さだが、腕白さんというよりも、ちょっぴり才気走った感のある、この年頃から既に意志の強そうな、そんな印象のする男の子。お忙しいお侍様たちにあんまり近寄ってはいけないという、その理屈はようよう判っているものの、
「…。」
 爪先だちに疲れては、姿勢を戻して手のひらを見下ろす。自分で洗ったものなのか、ごわついてのシワも残るが、だからこそ、洗いたてなのは間違いなさそうな。小粋な散り松葉の紋様が染め抜かれた手ぬぐいを、どうしたものかと見下ろしており。そこへと、

 「…あれ?」

 裏口から出て来たコマチがこっちに気づいての声を上げる。それへとつられたか、一緒に出て来た色白なお侍様もこっちを見やる。随分と背が高くておられ、日頃から赤い柄の棒を持っておいで。あれは仕込みの槍なんだそうで、けれど、そんな物騒な武器を持っていらすというの忘れるくらいに、穏やかそうで物腰も嫋やかなお人であらっしゃる。
“ああ、綺麗なお人だな、姉様たちが騒いでたな。”
 金髪のシチロージ様とキュウゾウ様と。お二人とも お侍と言えばという怖い怖い印象にはそぐわない、そりゃあ綺麗なお顔をしておいでだし、立ち居振る舞いも、ゆらり優雅だったり きりりと機敏だったりしてらしての、まるで立ち居への見栄えまでもが達者なお役者みたいで。あんなお人たちはお侍にしとくのは絶対に勿体ないって話してたっけ。
“…なんで“勿体ない”んだろ。”
 どんなに見目麗しくとも、男なら勇ましいことこそ誉れだろうにねと思いつつ。そのお綺麗なお人と目線が合ったのへ…どぎまぎしてしまい。つい、自分が背伸びのその上、台座代わりに丸っこい石に乗ってたのを失念した。
「あ…。」
 体の均衡が崩れ、足元不如意から がくりと足場の石を大きく踏み外し。そのまま後ろへのたたらを数歩ほど踏んだ。向背はゆるやかな川になっていて、ここは少しだけ出っ張った土手の端だったのを思い出す。ああこのままじゃあ そこから真下へ落ちる…と、縮めたその身が何かに搦め捕られて。

  ――― ふわっ、て

 足が宙に浮いてたと思う。だから、まずは“落ちた”って思ったくらい。痛いかな、いや川の水に濡れるだろから冷たいかな。そんな衝撃が襲いくるだろうと思ってのこと、ぎゅうって身を縮めたのに、いかな待っても衝撃は来ず。さわさわという草の揺れる音しかしなくって。

  「???」

 そろそろと少しずつ落ち着きながら、それでもやはり足が地についてはおらず、体が浮いたままでいるのに気がついて。滑稽なほど身を縮めた坊やを神様がからかってのこと。時間が一瞬だけ止まっていて、坊やが目を開けたら、そこからどさりと落ちるのかしら。そんな不条理なこと、ついつい思ってしまったくらいに、なんだか不思議なことが起こっていると思った坊やだったのだけれども、

  「…キュウゾウ様、ショータ。」

 周囲を取り囲む草の音を掻き分けて、コマチ坊の声が近づいてくる。後ろざまに落っこちそうになってた坊やの、小さな背中に手を添えてのひょいっと。こちらへ来るついで、掬い上げるようにして懐ろの中へと受け止めたのは。コマチが呼んだキュウゾウという若いお侍様だ。ご自身も風になったように、ひょ〜いっと軽々 宙を飛べるお人で、今も草むらを一気に飛び越えてしまわれ。詰め所の裏手の原っぱへまでほんの一歩で達すると、ようよう坊やを降ろしてやった。
「…あ。」
 文字通り穹をひとっ飛びしたワケだけれど、そんな体験、そうそう出来るものじゃあなく。天地が確かに引っ繰り返ったはずなのに。そのあと、自分に何が起きたものか。まだ少々判っていないらしい坊やをおいてのさっさと。裏手の戸口に立っていた、お仲間のお侍様の傍らまで歩みを進めるキュウゾウ様を目で追えば、
「ショータ、大丈夫ですか?」
 ぽかんとしている男の子へ、コマチがヒラヒラ、お顔のすぐ前で手を振って見せ。その後へと続いて、

 「おや。その手拭いは…。」

 シチロージ様のお声がし。そんな彼の視線が向いた先を追うようにしてという順番で、キュウゾウ様があらためてこちらを肩越しに振り返る。さっきまでは何の関心もなさそうだったのに、いやさ、今もあまり“関心”はなさそうながら、赤い眼差しは坊やの総身を上から辿り、その手へ握られた手拭いへと停まって、

 「…。」

 表情はやはり動かない。ただ、
「…キュウゾウ殿、そんな風に目線だけで“それをどうしたのだ”と訊いても、坊やには判りませんよ。」
 苦笑混じりという柔らかなお声での、シチロージ様のお言葉添えで、やっとのこと坊やがここへ来た目的を思い出し、その手拭いをおずおずと差し出した。
「あんの、これを…。」
 昨日の夕方、今より も少し遅い頃。この近くを、やっぱりお侍様が気になっての通りかかったその折に、
『…あっ。』
 そんな短い声と共に、不意な突風に乗っかって草むらの向こうから飛んで来たのがこの手拭いで。こんな小粋な柄ものの、しかも真新しいのなんて村の人間の持ち物じゃあない。お侍様のだと思ったその途端、何故だろか、持っていっての渡さねばと思うより先に、
『…。』
 自分の胸元へ抱くようにして、駆け出していた坊やだった。盗もうなんて思った訳じゃあない。ただ…ほんのちょっとだけ。凛々しくて強そうで、頼もしい。大人の誰もが誉めそやする憧れのお侍様の、傍に寄れないならせめて、身につけたらしたものと一緒にいたかっただけ。
『汚れていたから、そう、洗ってお返ししよう。』
 払えば落ちたような砂ぼこりだったけれど、それを唯一の理由とし、持ち帰っての、こそり手早く洗って衣紋掛けに干した。幸いというのか、両親はそれぞれに作業場に出ていたので、乾くまで誰の眸にも留まらずに済み。今朝一番に取り込んだそのまま、今日の1日ずっとずっとお守りのようにして懐ろに抱いていたのだけれど。最初は嬉しい秘密だったのが、だんだんと疚しい気持ちばかりが膨らんだ。だってやっぱり、これってくすねたことになりはしないか? 本当の持ち主のお侍様は、これが無いまま困っておいでかも知れぬ。そうと思うのは、それが辛かったのは、坊やが正直者な証しなのだが、そんなことへと気づける筈もなく。どうしようかどうしたらと、煩悶しつつの足が向いたのが…此処だったという次第。もじもじしつつ、でもやはり何の言い訳も出来ぬまま。

 「これ…。///////

 どうかすると怖々という態度のまんまで手を突き出して見せたのへ、

 「おやまあ、わざわざ洗ってくださったのですね。」

 思いがけなくも朗らかなお声がしたものだから。依然としてまだ怯えつつ、それでもそおっとお顔を上げれば。
「昨日、此処へと干しといたらば、風に飛ばされたんですよね。」
 キュウゾウ殿へと持たせていた分だったから。ありゃこれはいけないと、気にはなったが、さりとて留守居の真っ最中で、此処からそうそう離れられない間合いのこと。
「わざわざ持って来て下さるとは、お手間を掛けさせてしまいましたね。ありがとうございます。」
 やんわりと細められた青い双眸が、こちらを見やってそりゃあ優しく微笑んでいる。気になっていたならば、昨夜はあのまま暗くなったとしても、今日の昼のうちに探したはずで。それでも見つからなんだろうもの、こんな時間になって差し出したということは…と、大人なりゃこそ色々気づいたはずだろうにね。何も言い足さぬ前から、すべて察して判ったその上で、なのに何にも言わないでいて下さる彼であり。コマチが以前に一人一人をかい摘まんで紹介していたおりに訊いたその通り、大人の言いようで何とも如才のないお人。勘兵衛様の女房役の、それはそれは行き届いたお人がそうと言い、手間をかけて下さってありがとうと、目映いほどの笑顔でもってねぎらって下さって。

 「……ふわ。////////

 瀟洒で粋な遊里で磨かれたという、あまりに端正で綺麗なお顔。こうまで寄れば甘い匂いもするようで。泥臭さなんてどこにもない、それほど手入れの行き届いた真っ新な白い肌の、役者みたいな美丈夫なんてもの、こうまで間近で見たのは初めてだったから。

  ―― もしかして、天女様ってこんな別嬪さんだろか。/////////

 そんな想いまでした坊やだったのだけれども。そんな夢心地をあっと言う間に打ち消したのが、

 「…? …、わっ☆」
 「ありゃりゃ。」
 「キュウゾ様?」

 何んにも…というと微妙だが、叩かれまでするだろと思うほどの疚しさはなかったはずだのに。それでも ついついという反射で、ひくっと身を縮めてしまったのも無理はなかったほどのいきなり。その頭へ、避けられぬ絶妙な間合いで、もう一人のお侍様から…冷たくて白い手を置かれてしまったショータという坊や。そうまで唐突に打って出て、一体何を仕掛けた紅衣のお侍様だったのかといえば。

 「………。」

 短く刈られた坊主頭をグリグリと、撫でてるつもりか、それにしちゃあ妙に力の入り過ぎな“いい子いい子”を繰り出してみたらしくって。


  「キュウゾウ殿、もちっと加減してやらないと。」
  「?」
  「そですよ。そん勢いじゃあ、ショータが首を寝違えてしまうです。」
  「いやいや、寝てないし。」


 即妙な合いの手を返しつつ、ぐりぐりと結構な勢いで押し回し続ける双刀使いさんの腕、慌てて止めさせたシチロージ様だったが。
「???」
 何がいけなかったのだろかと、手を取られたおっ母様をキョトンと見やったキュウゾウ様の、子供のようなお顔にあっては。
「えっとぉ…。」
 こうまで判っておいででないとなると、何をどう言っても通じないかな…とでも感じたか。
「まったくもうもう しょうがないお人だ。」
 すぐにもくすくす微笑い始めてしまわれて。その笑いようがまた、何とも品のいい優しいそれだったので。
「ホントです、キュウゾ様ってばもう。」
 居合わせたコマチも、そしてショータ坊やも。釣られたように含羞み半分、同じように微笑ってしまったのだった。

 「???」

 今にも野伏せりが群れ成して飛んで来るかもという、緊張感がみなぎってる最中とは到底思えぬほどに。何とも穏やかなやりとり交わして、秋の陽光に眩しげに眸を細めての笑って過ごした。そんな呑気なことさえ山ほど思い出せるよな、首尾のよい合戦になりゃいいがと。通りすがりの大人らが、彼らもやっぱり苦笑を向けてた一幕だった。






     ◇◇◇



 侍といや、権高でそのくせ乱暴で、威張りくさっては刀を振り回すような。野伏せりと変わらぬ、ただただ偉そうな奴らだと思ってたのに。彼らはむしろ、人懐っこくも馴染みやすい方々が大半で。だけれど、町で様々に難儀を掻いくぐったリキチやコマチらの言うことにゃ。いざというときゃ、そりゃあ凛々しくも威風堂々と頼もしい方々で。腰へと差したる大太刀しか、これといった武装はしていなさらぬのに。腕へ矢を射る機巧を仕込んだ無頼の刺客や、大人の身の丈はある大刀振るう鋼筒
(ヤカン)に天にも届きそうな雷電などなど、手ごわい野伏せり相手にしても、じりとも引かぬ威容の厚さや神々しさは、比べるものがないほどだったと。我が手柄のように語って聞かせる彼らだったの、今なら…思い出すたび口許ほころぶほどに よう判る。野伏せり蹴たぐったら、今度はもっともっとたくさんの野伏せりと、村より大きいかも知れんほど大っきな戦艦まで押し寄せて来たけれど。そんでもやっぱり、刀だけで見事打ち落として下さったお侍様たちだったのを。その頃の自分くらいな童子らへ、語って聞かせるのがショータの誇らしい日課になっており。戦さや合戦はもう懲り懲りだけれども、遠い里にて活躍なさる、お侍様のお噂を聞くたんび、ほれみろやっぱりと溜飲下げての胸を張ってしまう。

 「何だよ、ショータ兄ちゃんのことじゃないだろよ。」
 「そんでも、自慢は自慢だ。」

 窘められても懲りないまんま、長閑な陽気のその中で、ショータの名調子は今日も今日とて繰り広げられて。そのうち大きな街にまで大評判となって届くほど、その話芸に磨きがかかろうだなどとは。神のみぞ知る、ちょっと未来のお話だったりするそうな…。





  〜どさくさ・どっとはらい〜  (初稿 07.7.12.)〜09.1.23.


  *確か、拍手お礼29話目にと書いた、
   転んだ子供へ手ぬぐいを貸してやったまんまにした キュウゾウ殿のお話。
   尺があまりに長くなったんで、
   すぱすぱと切ってしまった元の原稿が出て来ましてね。
   そちらを ちょっと書き進めてみたら、こんなのになりました。
   最初に書きかけて、
   でもこれでは“らしく”ないかと見切ってから1年半経って。
   今や猫にさえなろうかというキュウゾウ様ならば、
   このくらいのお茶目はしそうかも知れないなあと、
   思ってしまった私の方が、色々と変わったんでしょうね、恐らくは。
(苦笑)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv

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