ずるい男  (お侍 習作134)

       〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 

いかにも玲瓏繊細な風貌をしている割に、
刀にまつわることや士道とか、侍であることに関わるもの…以外へは、
あまり物事へこだわる方ではなくて。
身だしなみに関しても、
さほど神経質に構えずとも、見苦しくなけりゃあいいではないかという、
微妙にずぼらなところも案外と持ち合わせていた久蔵だったのが。
意外といや意外だが、らしいといやらしくも思えるのは、

 『それは、
  勘兵衛様ご自身がそういう性分をなさっておいでだからでしょうよ。』

しようのないお人なんだからと、
苦笑をしていた誰かさんが
“いい子いい子vv”と手をかけてやっていたお陰様。
出会ったころは勘兵衛と大差ないほどのもつれようだった髪も、
本来はこうだったのだろ、
ふんわり軽やかな綿毛の手触りへと様変わりさせていて。
感情の乗らない、
文字通り凍ったような冷ややかな無表情でばかりいたものが、
慣れぬ構いつけに戸惑ったり含羞んだり、
果てはむずがるようなお顔をしたり。
あの大戦以降、ただただ練達との邂逅へだけへと反応するような、
刀に憑かれた幽鬼のような状態でいた彼を、
他でもない その刀での立ち会いにて揺すり起こした以上は、
その後の後生へも責任を取らねばというよな、
大層な言いようをしていた七郎次だったが。
人としての息吹を彼へ植えつけたのは、
どちらかと言えば そんな風に窘めた、
ご当人の所業だったのではあるまいか…。





   ◇◇◇



どちらからの誘いか、どちらからもつれ込んだのか。
もはや判らないし、そんなことはどうだっていい。
一夜の宿にと辿り着いたは、寒夜の底の古ぼけた杣家。
人の気配はなかったが、囲炉裏があったは幸いで。
暖を取りつつ火の番しがてら、
何かしら他愛ないやりとりをしていた末のこと。
むきになっての にじり寄り、
衣紋の裳裾 割り乱すようにして、
相手の膝へと乗り上げたのはこちらから。
だが、きつく睨めつけた視線を遮りがてら、
強引の力づくにて 唇奪ったのは勘兵衛の方で。

 「………ん。」

自分はまるで動きもせずに、
人を煽って掴みかからせ、
やすやす搦め捕ってしまった知恵者。
いやなら突き放せばいいのだが、
どうにもそれがかなわない。

 「…んぅ。////////」

引き寄せるのにと二の腕を掴んだは、
長年の太刀さばきでそうと馴染んだ、
大きく重い、武骨な手。
その手でぐいと掴みかかられた、
力強さ自体が既に魔性の一端で。
引き寄せられた懐ろの深さや、触れた胸板の揺るがぬ堅さが、
雑な嗜虐とはまた別の、
雄々しき頼もしさのようなもの、こちらへ感じさせてしまうから。
抗おうという感情が、立ち上がる暇まもない。
わさわさと重なった、褪めた白の一張羅の奥に潜むは、
落ち着き払った壮年にしては、少々危険な精悍な匂い。
血なまぐささでもあり、非情さでもあり、そして、
それらを支える猛々しい野性味が、少しも萎えずにいることを示し。
周到で狡猾、冷静で冷酷で。
なのになのに、大胆不敵で無鉄砲でもあって。
希代の知恵者、不出世の天才戦略家、
どんな事態へも自在に取っ掛かれる天性の策士でありながら。
仲間の死を幾つも見送り、味方の屍を幾つも踏み越えたことも。
他愛ない約束をし、それがいまだ果たされていないことも。
どちらも大切と忘れない…忘れられない不器用な男で。

 「…っ。」

ほら、今も。
強引な口吸い一つで、尖った視線をまんまと萎えさせ、
陶然となったこちらをそおと、足元の床へと引き倒し。
暗い板の間、無造作に散り広げられた暗紅色の小袖のようなもの。
彼に比べりゃ体格もずんと劣る若造が一人、
苦もなく組み敷ける筈だろに、

 「…。」

覆いかぶさりこそしたものの、
床へと釘づけにするでなく、あちこち避けて手をつき膝をつき。
ただただ見下ろす壮年殿の、
お顔に掛かった蓬髪を、下から そおと伸ばした手で退ければ、

 「……。」

深色の双眸が、引き締まった口許が、
どこか自嘲気味な苦笑をたたえた、
困ったような御面相となって現れる。

 “…島田?”

怒らせたのは、そも そちらだろうに。
それとも…怒っていたのは彼のが先か?
囲炉裏端へと投げ出されているのは、一本の舞扇。
先の依頼先には、いい年頃の婀娜な女傑がいて、
べちゃりとした色香をたたえた熟れきった身を、
惜しげもなく隙だらけに見せびらかしていて。
終始、彼らへまとわりついちゃあ、
さんざ勘兵衛へと味な素振りをしてたものが、
別れ際になって…やおら久蔵へと差し出したのが、
脂粉の香も濃厚な扇を一本。
思わせ振りの耳打ちや、口許隠して笑うのに、
彼女がいちいち使っていたものであり。
どういうつもりか判らぬまま、邪魔でもないしと持っていたのを、
めずらしいことよのと揶揄されたのが、
妙に癇に障った久蔵だったのだけれども。

  だけど……もしかして?

すぐにも真下へ落ちてかぶさる髪に、男の顔が見えなくなって。
それでも視線をずっと感じる。
ああそうだ。今はどこをも向いてはない彼だ。
策を練るのとはまた別の刹那。
ふっと遠い眸をしてやきもきさせる、案外と繊細な横顔も好きだけど。

 「…。」

頬へと伸ばした白い手を、そちらからも捕まえて。
困ったように苦笑ったまんま、
男臭い顔容が じっとじっと見下ろして来るものだから。

 “……狡猾な。////////”

知っているくせに。
これほどの存在に欲っされることの価値に、
どうして気づかずにおれようか。
この雄々しい腕の中、
一度でも抱かれた身が、
どうして袖にし振り切ることが出来ようか。

 「…。」

自分で挑発したくせに、自分で引き倒しまでしたくせに。
なのに まだ…こちらからの“欲しい”を望む彼なのか。
ずるい狡いと胸のうち、口惜しい歯咬みをしてみても、
どうで逆らえやしないのだ。
視線からの熱だけで もう、身体の芯が煮え始めているから。
喉は渇くし、息も弾むし。

  「………島田。」

頬へと延べてたその手をすべらせ、
投げ出していた膝を立てると。
上になってる相手の腰、するりと撫ぜて“…ねえ”と訴え。


  早く、早く、その身を寄せて。
  重みが恋しい、温みが愛しい。
  押し潰していい、抱き潰していい。
  髪も肌も隅々までを、
  その匂いで満たしていい、塗り潰していい。
  こんなになったは主が悪い。
  だからだから、早く……。






  〜Fine〜  09.01.30.


  *渋くて大人でかっこいい勘兵衛様じゃないといやな方には、
   ちょこっと妙なおっさまで相済みませんでした。

   それにつけましても、
   ウチは“勘久”だとキュウさんが積極的なので、
   勘兵衛様ったら果報者vv
   珍しくも久々に、勘兵衛様に悋気起こしてもらったのですが、
   怖いのはやだなぁとソフトに構えたら、
   こんな“誘わせ攻め”になりまして。
   そんな言葉はないですか? これもただの“誘い受け”ですか?
   とりあえず、UPし終えるのは“愛妻の日”になりそうです。
   今週は思いがけず、
   怒涛の“おゲンコ頑張ってください更新”になりましたが、
   少しはエールになりましたでしょうか?
   オンリーまで、あと一カ月ですね。
   新刊のご予定がある方、頑張ってくださいませね?


めるふぉvv
めるふぉ 置きましたvv

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