甘味はいかが?  (お侍 習作135)

       〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


旅が基本という、相変わらずに落ち着きのない浮草暮らしを続けていると。
あまり手荷物はごちゃごちゃと持たず、
どんな土地でもその場で間に合いそうなものは結構あるので、
やたらと手持ちを備蓄せぬまま、
足りなくなったら次々に補充してゆくという考え方が、
いつの間にやら身についていて。
物を大事にしない訳じゃあない。
それが証拠に、着物や装備もそうそう変えぬ。

 『そちらはただ面倒なだけでございましょう?』

勘兵衛様がそんなだから、久蔵殿までが身なりに構わない。
せっかくの華麗な風貌が あたら無駄になってるようで、
勿体ないたらありゃあしないと。
たまに逢う古女房がやれやれと嘆いたその通り、
供連れがまた、物に執着しないというか、
あまり物を知らない性分の若いのだったので。
立ち寄った宿の小間使いの娘さんが折ってくれた紙の箸置きを、
妙に気に入っていつまでも持っているかと思えば、
仕置きの代金にと番所で支給された為替の半券を、
何かの書き付けと一緒くたに、ポイと捨ててしまったこともあり。
何をさせても退屈させぬと、
壮年殿を色んな格好で和ませてくれているのも相変わらず。

 「………お。」

頼まれ仕事の無法者退治を、現場へ着いたそのまま しおおせて。
今日はこのまま、この里へ留まるとしても。
そろそろ陽射しのご機嫌も、春めいて来ての穏やかなので、
そう遠くもない次の依頼の地へ向けて、
明日にもすぐさま発とうかと、そんな算段ついており。
宿も決まって、さて。
一応は宿場の町並みを、
何ということもなく そぞろ歩いていた彼ら。
ふと目についた雑貨屋で、
何かの折には要りような、常備薬とか一筆箋とか。
手持ちに足りぬものはなかったか、
補充をせねばならぬもの目当て、
店先をひょいと覗いたところが、
とあるものが目に入り、壮年殿の気を引いた。

 「?」

日頃は憎らしいほど落ち着き払っている彼が、
思わず声を出したほど、
そうまで珍しいものがあったかと。
何がどうだと“足りない”なのかも、まだまだ判らぬ連れ合いが、
おやや?と そちらへ、赤い眼差し振り向けれたば。
微妙に懐かしそうなお顔になって、
勘兵衛がその武骨な手へと取っていたのが、

 「???」
 「覚えておらぬか?」

というよりも、南軍では装備してはなかったかと。
ぱりっとした包装をされた、薄い板のようなものをこちらへも見せる。
銀紙とそれから つやのある装丁紙という二重の包みようは厳重で。
同じものが置かれた棚は、周囲に飴だの菓子を並べているようだったから、
食べ物らしいとの見当はついたが。

 “…装備?”

軍の装備の中に、そんな嗜好品など入っていただろか。
そんなだから北軍は…いやそういう問題でもないだろうし。

 「…?」

表情を止め、細い顎先 喉へとくっつけ、
微かにうつむき、しばし考え込んでしまった久蔵に。
勘兵衛はどこか楽しそうな顔をし、
のんびりと待つ姿勢を崩さぬ模様だったが、
その傍らで店の主人は…きょとんとしていて。

 “あんなお若いのに、ご存じじゃあない?”

軍の装備なんて言いようをなさったからには、
こちらの精悍なお人は元は軍人、お武家様ということだろうが。
あちらのお若いお連れの方は、まさかにそんな年でもあるまい。
だがだが、ならば。
もはや配給でしか手に入らなんだ時代じゃあないのに、
こんな駄菓子屋の店先にもあるような、
他愛ない菓子が何で判らぬのだろうかと。
そんな辺りを不思議がっているのだろ。
見た目は随分違いつつ、実は似たような年頃の壮年二人に見守られ、
白い細おもてを顰めつつ、う〜んう〜んと思案に暮れてた青年が。

  「……………っ!」

やっとのことで 思いついたか。
あっとその口、丸く開け、
びしぃっと指差しながら、言い放ったのが、


 「非常食(甘口)。」

  「…正式名称は違ったと思うが。」
  「さようですね。」





     ◇◇◇



こんなものをそこまで知らぬかと、
笑うよりも呆れてしまった勘兵衛としては。
知らぬならば教えてやろうと、
数枚ほどを買い求めたのが、
今じゃあ子供が小遣いで買える、言わずもがなの板チョコで。

 「…知っては。」

いたと、少々憮然として言い返した金髪痩躯の青年は、
そのすぐ後へ、

  ―― 食べたことがないだけ、と

ますますのこと驚くようなことを言い足してくれて。
まま確かに、非常事態に必要なものというくくりの、
持出袋や背嚢に入っているものだから。
彼のような、戦場へいきなり投下されるような存在には、
縁がないっちゃあなかったのかもしれない。
だが、ある意味で立派な嗜好品ゆえ、
潤い少ない戦地では、
結構人気を集めていたようなという覚えが、勘兵衛にはあって。
地道な進軍の途中、
焦りを紛らわせようとしてだとか、眠れなかったものでなどと、
もっともらしい言い訳し。
出撃のたびに、いつの間にやら平らげては、
毎度毎度補充していた者も珍しくはなかった代物だったので。

 「ほれ。」

宿へと戻って、
畳敷きの小部屋の一角に座を占めると、
雑嚢の整理よりも前、
まずはと荷を解き、1枚をだけ包みを剥いで。
現れた濃茶の板チョコを、難なくぺきりと割った勘兵衛。
何をと見ていた久蔵へと差し出し、そのまま口元へ寄せてやる。

 「…。」

こんなものも知らぬのかとの、揶揄をされた訳じゃあないが、
菓子なら菓子で、子供扱いにも受け取れて。
それでと むうとむくれていたが、
勘兵衛の大ぶりの手は、なかなか去ろうとしないので。
已なくという態度満々に、薄く口開け、咥えこむ。
そうして、
「…堅い。」
味も何もあったものじゃあないとの不評をまずはと零せば、
「すぐには溶けぬさ。」
飴のようにしばらく含んでおれと、
目許をたわませ、そりゃあ優しく微笑うので。

 「〜〜〜。///////」

そんなに言うならと、待っておれば。


  「……………、…。////////」


じわじわほどけた不思議な甘みに、
何だこれ何だなんだと、
戸惑っているのか驚いているのか、
何かしらの感慨に襲われている模様であり。
大袈裟な身振りはせぬままながらも、
紅の双眸 不意にぱちりと見開かれたので。
そんな胸中なのが勘兵衛にはあっさりと見て取れて。

 “…本当に初めて食うたのだな。”

あの虹雅渓で、あの綾麻呂の、最も身近にいた用心棒だったのだ、
手に入らぬとか、買えないという身だった訳ではなかろう。
恐らくは、

  ―― ただ単に、関心が向かなかっただけ。

そういえば、金米糖もあの神無村で初めて食べたらしいと、
いつぞや七郎次が語っていたのを思い出す。
知らない身だったことで、だが、何の支障も来たさなかったからと、
当たり前のように刷り込まれているはずのものが、
あちこちぽっかりと抜け落ちたままの君であり。
刀さばきへのみ、ぎりぎりに切り詰められていた感性だったから、
余計なものへは徹底して関心が向かなかったという方が正確か。
それが今は、少しずつ、
生まれたばかりの子供のように、色んなものを拾っては。
その感性を、感情を、分化させつつある彼で。
そして…そんな彼の拙さが、またひとしおに愛おしい。

 「〜〜〜。」
 「んん? いかがした?」

じりりとお膝で擦り寄って来、
勘兵衛のまとった衣紋の袖を引いて見せる久蔵で。
きっと“もっとおくれ”と言うてるのだろに、
言わねば判らぬと惚けて見せれば、

 「〜〜、〜〜。」
 「判った判った。そのように力任せに引くでない。」

袖の安否のことよりも、
このくらいのことで…そりゃあ切なげに眉を寄せたのが、
意外すぎての完全降伏。
おねだり止まらぬ連れ合いの、甘い吐息へ苦笑をし、

 「あまり一度に食べるものではないのだぞ?」

素直に頷くその口許へ、
先程よりも大きめのかけらを含ませれば、
日頃はよほどのことでもなけりゃあ見せはせぬ、
甘い微笑を浮かべていたほど。

 “…ああ抜かったな。”

このお顔をすれば言うがままになると、
気づかれてなければいいのだが。
そんなことをば思った勘兵衛の、
しまったしまったという困ったような苦笑なら、
既に久蔵の気に入りになっているのだが。
当の本人ほど気がつかないのはお互い様ということか。
まだまだ明るいうちながら、
暮れかかる空には、一際目映い金星がちかりと光り。
それを映した窓辺では、
春の甘風そよぐのを、心待ちにして、梢が揺れた。




〜Fine〜  09.02.14.  素材をお借りしました 苑トランスさまへ


  *勘兵衛様、逆チョコでしょうか? それとも餌付け?
   ……じゃあなくって。
(笑)
   下手な洒落じゃあないけれど、
   これでも書くのにちょこっと迷ったのです。

    ―― 果たしてサムライ7の世界にチョコレートはあったのか?

   お話の中での甘味といったら、
   お茶受けの羊羹と棒つき飴しか出て来なかったですが。
   そんでも、
   軍艦が空飛ぶほどの科学力があるのなら、
   人の意志を機械の体へ移植する技術があるのなら、
   軍の装備の中に、
   滋養の高い保存食の1つや2つ、あっていいはずでしょうしね。
   テッサイさんが煙草(正確には煙管)を咥えてたくらいだから、
   稲もマスカットもあるくらいだから、
   南方の植物の一種な、カカオの実だってあったんじゃあ?
   そうと割り切って今年は書いてみました。
   いかがだったでしょうか?

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv

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