春闇幻夜 
 (お侍 習作140)

        お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


 桜花をまといつけた枝々が幾重にも重なり合って紡ぎ出す、果てしのない無限の緋の花幕に、人々の心が浮き立った頃合いも過ぎゆきて。花曇りの重たい空が無情の雨を運んでの、花が落ちるに手を貸して。ここいらでは葉桜も終えての、若葉の季節が早々と訪のうており。風に巻かれてたわむ枝々の立てる音が、寒々とした風籟ではなく、木の葉を揺らす波の音へと変わりつつある。

 「………。」

 田を起こし、早苗の育つを待つ間、芽吹きの季節の到来に、期待を込めてのご陽気だった人々を、一気に震え上がらせた一団があって。冬眠から目覚めた腹ぺこ熊でもあるまいに、実りの時期でもない農村へ向け、

  ―― たくわえがないなぞと、そんな瑣末な事情なぞ わいらは知らぬ

 出すもん出さねば早亀で躍り込んで田畑を荒らす…と言い放ち。手始めに大外周りの土手っぷち、畑作ものの苗場を蹴散らして。怯える皆を哄笑しながら去ってった、野伏せり崩れらしい狼藉者らが現れた。そんな言いようしながらも、そこはさすがに…この時期に蓄えがなかろう事実くらいは知っていたものか。1つ2つの村じゃあ足りぬと思うたらしく。近隣の里の幾つもへ、同じような脅しをかけたが裏目に出。辺境地を一手に見回る州廻りの役人の耳にも、不穏な噂はすぐさま届き。そうして手配されたのが、たまたま近場の湯治場に居合わせた、当代切っての凄腕と、誉れかそれとも悪名か、随分と遠くへまでも名を馳せつつある、賞金稼ぎの“褐白金紅”の二人連れ。

 『どうかお力、お貸しいただけませまいか。』

 宿まで運んで、話を持ち込んだ役人と向かい合い、事情の一通りを端然と聞いていた壮年の方は。年の頃なら五十の手前か、元はお武家というのが納得いくほど、立ち居振る舞い、身ごなしや物言い、その態度のいちいちが折り目正しく物静かであり。どこから見てもその心持ちを何かしらの悟りへ落ち着かせての打ち静めた、博士か賢者先生のようにしか見えなんだが、

 『さようか。して、そやつらの規模はどのくらいかの?』
 『引き受けて下さりますか。』

 あまりに意気込んでいたせいだろう、先走った訊きようをした、まだ若輩らしき役人殿へ。引き受けるも何も概要聞かねば決められぬだろにと、呆れての鼻白んでしまわれることを予測して。傍らで立ち会いがてらに話を聞いてた、逗留先だった里の長老が、これも先んじてこそり失笑しかけたところへと。

 『そうまでの村や里へと声を掛けて回っておるというのなら、
  この先のどこかで、いずれはかち合いもしようからの。』

 面倒は早めに畳むに限ると、目許をたわめて味のある笑いようをなさり。特に気を張っての豪快な口調ではなかった言いようが、ちょっとした悪戯でも始めようかというよな響きに聞こえ。いえあの、結構な頭数の無頼の連中なのですがと、こちらはこちらで別な方向へ不安を覚えてのことだろ、そのような念を押した役人殿へは。その視野の中、壮年殿の長々延ばした蓬髪のかかる肩の向こうで、紅の衣紋の片膝立てて窓辺へ凭れ、終始 他人事のようにそっぽを向いてたお連れの若いのの口許が、

 『…。』

 小さくほころんだのが見て取れて。その苦笑の軽やかさが…どうしてだろか、何かしら裏書となるよな言を重ねて、大丈夫だからと保証してもらうよりもずっと。頼りになる人たちなのだということ、簡潔直裁に伝えてくれたような気がしたと。依頼たずさえてったうら若きお役人殿が、しみじみ同僚に語ったというのは…後日の話なので今はさておき。


  「………。」


 いついつ来ますという刻限までも、いちいち言いおかなんだ一団らしいが。それでも…最初にちょっかい掛けた集落へと、その影見せた噂が聞こえれば、いよいよの回収の段、略奪のための襲撃に回り始めたことが知れ。律義にも予告して回った順をそのまま辿るかは怪しいところ。連中が出没した地域を記した地図を、地形についても聞き足した上で、ただただ一晩眺めていた勘兵衛は。そこから何が判ったものか、顎鬚なでつつ うんと大きく頷くと、そのまま発つとの挨拶を長老に告げ、連れの若いのにもさしたる説明はしないまま、二人でその里を後にして。

  それから数日後には、

 無頼が予告を残していった里の一つへ、勘兵衛のみが忽然と現れた。ここいらを荒らす野伏せり崩れを退治しに来たと住人たちへ告げ、

 『よしか? 村のあちこちへ篝火を焚け。』

 だが、村人は一人として出て来るなと言い置きの、さて。先の里が襲われてから、だが他の地へは何の音沙汰もないままだったし、次はどことの先触れもなかった筈だのに。街道に接しているといや接してる、里の一角、小川沿いの古びた石垣の陰に陣取って。わさわさと嵩のある砂防服に、埋まるようにしてうずくまり、何をか待ってた壮年殿が、

 「…っ。」

 その顔上げての刮目したのは、春の宵が静かに静かに藍色に染まり切ったばかりの頃合いで。里の入り口はそこではないし、篝火だってあちこちに焚いた。なのにどうして そこへ来ると判ったものか。ごつりとしたくるぶしまでをも隠すほど、長い裳裾の衣紋の地の白を、茜と藍に染め分ける、明々灯した篝火の傍らに立ち上がった彼は、決して恐持てのする存在じゃあなかったけれど、

 「…お。」
 「何だ何だ、用心棒でも雇ったか?」

 非力な農民相手じゃあ、さして手もかかるまいと踏んでのことか、ぞろりぞろぞろだらしなく現れた一団が、怪訝そうに目元を眇めたのも一瞬。


   ―― ひゅうっ、と鋭い風鳴りがして。


 それがただの風籟ではないと判ったのは。唸りの尾っぽが立ち消える寸前、きんっという、短いながらも鋼を鳴らす音が響いたからで。おや小石でも飛んで来たのかなと、誰ぞの装備にでも当たったような間近だったがと、音がした場所、探しかかった何人かの真ん中で、

 「……がっ。」

 うがいの出来損ないのよな、喉に水詰め、唸ったような声がして。誰だおい、妙な声出しやがってよと、失笑しかけた気配がすうと、水を掛けた行灯か提灯のように萎んで消えたのは。その声出した仲間うち、あっと言う間にその場に倒れ、そのまま こと切れてしまったから。

 「な…っ。」

 石垣の上へ立っての、待ち受けていたらしい男とは、まだ今少しほど距離があるのだ、直接には何も触れちゃあいない。だのにどうして、どうやってこいつは斬られた? そう、先程の“きんっ”という金音は、間違いなく…相手の手にある大太刀の、その切っ先が当たった音だ。ようよう上って来た月の光も、彼の脾腹を黒々濡らす、血潮をぬるぬると光らせている。

 「この村への威嚇を加えたはお主らか?」

 しんと静かな夜陰の中へ。少し乾いた癖こそあるが、低く響いて張りのある、芯の強そうな声がして。何が起きたか理解が追いつかず、喉元凍らせ、立ち尽くしていた一同が、ハッとして壮年のほうへと注意を戻せば。夜風に躍る篝火の炎に炙られて、彫りの深い風貌に独特の陰影がついての威容も増した、不思議な存在感に満ち満ちたもののふが、すっくと立っているばかり。どう考えてもこちらが多勢で、そちらはたった一人だというに。

 “…まさか、遠当て斬りが出来るほど凄腕の練達か?”

 もはや伝説、あの大戦のころには、鋼を斬ることが出来たり、遠く離れた相手を触れずとも切れたりする剣豪がいたとかいう話で。彼こそはそんな練達だから、だから一人で十分ということだろか。それを自然な力量差だと思わせるだけの、威容とそれからもう一つ。眸が意識がかち合ったその途端、こちらの身動き縛るほどもの、強くて鋭い気魄を感じる。威嚇するよな咬みつくような種のそれじゃあなく、だが。ちょっとでも気を解いての ただ身じろいでしまっただけでも、今は切っ先下がった太刀が、あっと言う間に空を切り、こちらを引き裂きに飛んで来るよな気がしてならず。

  ―― 格が 違う

 威嚇的になる必要はない。腹を減らした野良犬じゃあなく、静かに怒
(いか)れる猛獣の佇まい。そんな分厚い威容に圧倒され、ただただ立ち尽くしていた野盗らだったが、

  「あ…わ、わあ…っ!」

 あまりの緊張が耐え難く、こらえ切れずに駆け出した者がいて。こんなことへの忍耐さえない、そんな輩の寄せ集め。抗えば却って危ないと、頭じゃあ判っているけれど、いかんせん、体がついてけなくての破綻が起きた。死ぬのはいやだとの後じさり。怖いものから遠くへ去ろうと、子供でも出来るだろう一番手っ取り早いことへと体が動いて。一人が逃げればそれを皮切り、あっと言う間に残りも追随する。

 「ち…っ。」

 せいぜいその程度の連中だろという予測はあったが、此処で一合すら刀を合わせないとは、逆の意味からの予想外。そこまで腰抜けでも、非力な農民へは眠れなくなるほどの狼だから。
「…逃しはせぬ。」
 石垣から駆け降りると、ほとんど涸れている小川を一気に駆け抜けた勘兵衛が、恐怖から膝が笑っているよな連中の、しんがりへ辿り着くのは容易くて。

  ―― 斬っ、と

 重々しい衣紋が夜陰の中に鮮やかにひるがえり、膝が笑って逃げ遅れていた何人か、白い陰がやり過ごしたその後で、そのまま どうと土の上へ倒れ伏す。

 「わざとに痛く斬ったゆえ、そのまま大人しく寝ておるのだな。」

 深手じゃあないが、無理して動けば一生歩けぬようになるぞと。もっともらしい一言付け足し、一瞬たりとも立ち止まらずに、残りの一味を追う彼だった。




       ◇ ◇ ◇



 冴えた月光が朧ろな春の夜気へと滲む。昼間暖かだった名残りのぬるさのせいだろか、透明感の足りぬ闇は、ゆるい煮凝りの中にいるような気さえして。

 “………。”

 煮凝りなどというものを、思いついた自分がちょっぴり意外で。我知らずの瞬きを ついつい二つ。そんな場合じゃなかろうと、それら全部を振り払うべく、かぶりを振って見せまですれば。夜陰の中へ白い細おもてを透かすほど、月の光が宿ったような軽やかな金絲が、薄い肩の上でぱさりと揺れた。勘兵衛が立てた策は、二手に分かれての挟み撃ちで。守るべき里の方へは勘兵衛が待機し、襲い来た連中を返り討ちにしてのさんざ打ちのめして数を減らし。泡を食って退却していった残党は、地形を把握した彼がこちらへうまく誘導するべく追い回すので、取りこぼしのないよう、きっちり浚えとの指示が出ている。今回のような連中相手にはよく使う策であり、この辺り一帯の地形は、数日ほど歩き回っての把握しているその上に、そこが長年戦さ場にいた蓄積というものか、相手がどこから襲い来るかや、盲滅法にどこをどう逃げるものか、勘兵衛にはほぼ間違いのない精度で推察出来る才があり。それにしたって面倒な段取り、いっそ襲い来たのをその場で全部、一人も残さず切り伏せりゃあ面倒がないものをと、最初のころの久蔵は常々そうと思っていたものだが、

 『人が死ぬところなぞ、見せても詮無い。』

 優柔不断な甘口の思想から言うのではなくて、ただ。護ることを依頼されたからには、幼子や弱きものの心も護りたい。現実の厳しさや痛さを知り、それを乗り越えることで、強く鍛えられる心も確かにあろうけど。何も無理から殺伐としたものを与えなくてもよかろう。見せずに済むだけの技量が我らにあるのなら、それを行使すればいいだけのことと。実はいまだに久蔵自身には飲み込みきれぬ、小理屈並べて くすんと笑い、

 『ではの。追い落とした連中の始末を頼む。』
 『………。』

 そっちにしても。散り散り逃げてく生きのいい連中を余さず捕まえるのは、お主ほどの反射と体力がなくてはなどと。持ち上げるような言いよう用いて、何だか いいように言いくるめられたような気がした久蔵で。殺す殺さぬは別にするとしても、さほど手を焼きそうな相手でもなさげで。なのに こんな手の込んだ段取りなのは、

  ―― 実をいや、勘兵衛が一気に全部を仕留められりゃあそれでよしと

 元は そんな気構えあっての作戦。但し、青写真通りに万事が運んでおれば世話はなく。ほんのひとかけが逃げ出したのを、落ち延びさすものかと こなた殿が捕まえて来ただけのことかも知れず。

 「…。」

 相手があの勘兵衛なだけに、指示のあちこち疑い始めりゃキリがない。機転も利くがそれ以上に老獪で周到で。奇弁と詭弁の才も持ち、口の回らぬ久蔵を丸め込むなんぞ、赤子の手をひねるより容易いことに違いない。こたびも…もしかして、こうやって待機しているのが無駄に終わるのではなかろうかと、村のある方の夜気を透かし見、伺っては はうと溜息こぼしていたが、

 「…っ。」

 その夜陰が、がささっという足元の茂みの荒らされる物音ともに大きく乱れた。夜風の どよもしなんかじゃあないし、野犬や山猫の縄張り争いの類いでもない。久蔵が待機していた樹上からは、傍らに広がる、芒だか茅だかの枯れたのが生い茂る原っぱが見通せて。里からこちらへ、そこを掻き分け、必死で逃げてくる何物かの人影が数人ほど。よほどの焦燥に急っつかれてでもいるものか、覚束ない足元は時折もつれて仲間にぶつかり、その衝撃に何を錯覚したものか“ひぃ”と悲鳴を上げる者も居て。あの壮年め、何をやらかしてここまで怯えさせたやら。こんな連中では、斬ったところで何の蓄積にもならぬ。自分は何も、人斬りの感触に餓
(かつ)えている訳ではないし、そこは勘兵衛だとて重々判っているだろからこその、久蔵にはあまり手出しさせたくない級の依頼であったらしくって。

 「  ……。」

 まま、今はそんなこんなを並べていても始まらぬ。こんな歯ごたえのない務めなぞ、手早く片付けてしまうに限ると。背に負うた双刀へと手を掛けつつ、身を起こしかかった久蔵だったが、

 「…っ。」

 芒の原を、一際 力強く掻き分けてくる存在に気がついた。月の蒼光に炯々と塗られて輝く銀の原。大人の背丈ほどもの、枯れた芒が一面へ生い茂る様は、遠い高みから望むと何かしら大きな生き物の毛並みの中のようでもあって。それを…風もないのにゆさゆさざわざわ、掻き分けることで揺らす何かがいる。

 “あれは…。”

 野盗らは何に追われ、こうまで慌てふためいて逃げ来たりたか。中の一人が背後へと向き直り、険しい顔にて鞘から大太刀引き抜くと、大きく振りかぶって見せたものの、
「…っ。」
 捨て鉢になってのいわば棒振り。日頃も力任せの太刀さばきででもあるものか、腰も定まらぬような情けなさであり。ひゅんっと振り下ろされたその切っ先を、

  ―― ぎぃ…いんっ、と

 鋼同士が当たった瞬間、途轍もないほど凄まじい音が立ったのは。速さや冴えはともかく、力だけはあったからだろと思われて。そんな重い攻撃を、されど こなたはまだ鞘に収めたままな、太刀の鍔にて受け止めていて。その勢いを軽々と受け流し、それと同時に…間近になった対手の、何と向こう脛を蹴っている。

 「ぎあっ?!」

 相手は目の前、両手は太刀の柄へ添えられ塞がっているのに。じゃあ一体何が自分の脛へと咬みついたのか。痛さよりもそんな不明が、賊の心持ちを更なる不安で揺さぶって。刀を持つ手が、ますますのこと堅くなったのへ、ぱんと手元を横へと払っただけで、得物がぽろりと取りこぼされるから。丸腰になった相手のみぞおち目がけ、片手での掌打を打ち込み、気絶さすまで、かかった間合いはほんの瞬き三つ分。

 “………。”

 平生は 枯れたの老いたのと口にして、大人しやかに納まり返っている勘兵衛だけれど。実のところはそんなの大嘘、まだまだ十分 脂の乗っている、立派な現役の練達だ。上背があって骨太な、その屈強な肢体の雄々しさと存在感は、壮年としてのその身の充実をこそ発揮しており。勇壮にしてよくよく練られた技を、それは切れよく繰り出して、四方へ展開した敵を、余裕で見回し、相対しておいで。緩急つけたあしらいで、相手の刀をわざとに至近へ釣り込んでみたり。そうかと思えば、連続の畳み掛け、がつがつと叩きつけることで防御するしかないほどとし、手も足も出ないようにと、力技にて追い詰めたり。若いだけ青いだけの未熟な剣なぞ、やすやすとへし折り、粉砕しきる、覇気おびた練達の重厚さが満ち満ちていて。持て余さない冷静さが身についている分、今こそ 体力も技巧も最も至高にある、最熟の時期にある彼なのかも知れぬ。

 “だとすれば…。”

 よその雑魚なぞに相手をさせるの、無性にムッとして来てしようがない。見ごたえのある猛者や巧者ならいざ知らず、単なる野伏せり、しかもああまで取るに足らない連中との立ち合いなぞと、勿体ないにもほどがある。
「…。」
 降りる間合いを掴み損ねたそのままに、桐だか楢だか名も判らぬ樹の上で、紅衣の若いのが じりじりしているその間にも。眼下の乱戦は鮮やかなほどの手際によって、するする見事に収拾してゆき、

 「…お主が最後ぞ。」

 どうやらそいつが大将格か、随分と体格のいい、いが栗頭の荒法師が最後の最後に取り残されて。

 「降参すれば命までは取らぬ。どうだ? 投降せぬか。」
 「ぬう…っ。」

 そんな譲歩を口にする勘兵衛ではあるものの、果たして本心からの言いようか。気概ゆるめぬ口先だけの説得なぞでは、さすがに通じはしないよう。逃げるあてなく、さりとて屈するのも癪なのか、

 「でぇあーっ!!」

 半ば自暴自棄
(やけ)になっての反撃に打って出る相手であり。重々しい鋼の音の合間、時折ちかりちかりと草間に閃くは、刃と刃がぶつかり合っての、文字通り火花が散っているからだろう。堅くて重く、しかも振り落ちる角度が微妙な攻勢へ、受け止めて守るので精一杯という相手の刃を故意に狙って、そのくせ ぎりぎりから先へは踏み込まないよう加減をし、延々続く格好の、剣戟交わしているらしく。

 「…。」

 息を飲んでのことではあるが、それでも喉が鳴るほど胸が躍る。ああ、そんな半端な奴なぞ相手にするな。そんな逃げ腰な刀、叩いて弾いてどこが面白い? ぎちぎちと骨身が軋むよな、もっと際どい打ち込みを。急所の間際の血肉を抉るよな、もっと紙一重な斬り込みを。こなせるし奴だし、躱しての反撃、畳み掛けられる自分だのに。どうしてこんな…眺めているだけなんて酷すぎる。くうと喉が鳴ったところで、

  ―― ぎぃ……んんっ、と

 一際重く、一際大きな、鋼の軋みが一気に弾けて。誰からむしり取ったやら、奇妙な形の甲冑巻いて、厳重に守ってたらしい身を、横薙ぎ一閃で見事な胴斬りにしてしまい。鮮烈な太刀さばきについつい見惚れて、結局、大柄な巨体が沈んだの、やはり樹上から見届けておれば、


 「いつまでサボっておるか、久蔵。」


 お主が気乗りせぬようだから、慣れぬ挑発までしてやって、相手の尻に火ィつけてやったに、それでも見物に回っておるとは、と。面倒なばかりだった雑魚を狩り終え、賊ども全てをからげた壮年殿が、そんな言いようするものだから。

 「…。」

 人の気も知らないでと、こちらはこちらで苦い不平が込み上げた久蔵。微妙な感情を滲ませて、その口唇をぐうと咬みしめてはみたものの。それでも、樹上からひらりと降りてくると、柳の葉のよに鋭い目許、尚のこと鋭く細めて見せて。怠けたことも大目に見てやろうぞと、こちらは寛大な態度でいる相方様へと歩み寄り、


  「……      。」


 一体 何を囁いたやら。ちょっぴり爪先立っての背伸びをし、蓬髪の合間に覗く耳元へ、楚々と寄せられた口許の。いやに艶冶な形さえ眸に入らぬほどに、

 「う…。」

 呆然愕然となってしまった壮年殿で。そんな様子にやっとのこと、溜飲下げた赤目の剣豪。金絲くすぐる夜風に気づくと、相方殿の堅い胸元へ白い拳をトンと当て、早く戻ろと促す可愛さよ。………って、でもでも油断は召さるな、お若いの。負けて勝てとの 兵法もあると、重々知ってる勘兵衛でもある。折れたと見せての、相手を懐ろへ誘い込む術くらい、難無く使えるおタヌキ様ぞ? 本気で言ったんじゃあないぞなんて、甘いお顔を見せるまでもなく、そのくらいは心得ておいでかも知れぬ。足元へ累々と倒れ伏したる連中尻目に、そんな駆け引きもないものだけれど。蒼月の明かりにそぼ濡れながら、寄り添う痩躯の仄かな温みへ、心なしか口許ほころばせておいでの壮年殿であるあたり……





  〜どさくさ・どっとはらい〜  09.04.23.


  *気をつけなはれや、久蔵殿。(惚れてまうやろの決め台詞・苦笑)

   男臭くて精悍で、刀さばきの鮮やかな、
   カッコよくてたまらん勘兵衛様というのを書いてみたくなったのですが、
   私の筆では“負け戦”だったみたいです。
   しょうがない、よそ様の勘兵衛様で補填して来ようvv

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv

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