白暮の街 (お侍 習作144)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 

ほんの半日ほど前まで この身を置いていた、
それは瑞々しいまでの片田舎の風景が、
まるで夢か幻だったかのように。
あたりの空気には、人々が行き交う雑踏の醸す、
独特のざわめきがぼんやりと滲む。
昼間ひなかの大きな通りや、
時分どきの市場のただ中ではない、
場末に間近い宿の離れという、
これでも静かな処じゃああるが。
それでもあの、清かで淑やかでさえあった、
鄙びた里の落ち着いた風情とは、
比べものにならぬ喧噪や猥雑さを、
風のすぐ向こうに聞けもして。

 『なに、そろそろ出立しようと思うてな。』

数日間ほど緑豊かな鄙びた里に滞在したは、
仕事の都合ではなくの、単なる骨休めのためだった。
直前に請け負った無頼退治のドタバタの中で、
不慮の事態から久蔵が眸を傷めてしまったので。
緑の多い静かなところで、
休ませようと思ってのことだったのだが、
そこはまだまだ若い身の彼のこと、
患部の炎症や痛みも去っての、
すっかりと完治してしまうのもあっと言う間のことであり。
ああいう土地でも、
気配を静めての馴染む術くらいは心得ていたが、

 『…次は、何処だ?』

今朝の朝餉の席で、
そんな言いよう口にした久蔵だったので。
ああこれは、退屈の虫が騒ぎ始めておるらしいと、
当人より早くに察知をし、
それに沿うたる段取り、
次の仕事への繋ぎを取って来た勘兵衛に連れられて、
里の人々から惜しまれつつも出立したのが、
昼を回っていた頃合いだった筈なのだが。

 「……。」

武家の足は一般人より速いとはいえ、
あんな風景から半日置かず、こうまで繁華な町に着こうとは。
旅慣れて来た久蔵でも、ややと驚いてしまった光景だったが、

 『ここは割と新しい町なのでな。』

街道に連なる宿場町ではない、
先にいた里への行き来という、
新しい人の流れに沿うて新たに開かれた土地ならしく。
これもまた、商人らの販路開拓とやらから派生したものだとか。
言われて見れば、行き交う顔触れには旅人の方が多く、
宿や市場のある通りを少しでも外れると、
唐突に寂れて人気もなくなり、
舞台の裏方を覗くような感がある町でもあって。

 「……。」

彼らのいる離れは、
錦木の生け垣で母屋から仕切られた小ぎれいな庭にあり、
濡れ縁に障子戸のはまった外観は平凡だったが、
実はちょっぴり変わった作り。
屋根裏に元は物置ででもあったのか、
結構しっかりした部屋があって、
天井も低くて、二階と呼ぶほどじゃあないが、
連子窓もある板の間は、
風通しもよくて夏場などは過ごしやすいとか。
どれどれと覗きに上がったそのまま、
こちらは母屋で風呂を浴びてきた勘兵衛が戻っても、
まだ降りて来ていない久蔵だったので。

 「久蔵。おらぬのか?」

壁に添わせて、下には凝った箪笥を埋め込んだ、
幅の狭い階段を、
連れもそうやって登っていったの追うように、
浴衣の裾からくるぶし覗かせ、
そおと上まで上がってゆけば。
黒光りするつやの中へと光を吸って見えるほど、
深みのあるいい色合いに磨き込まれた板の間の上、
ころんと転がっている痩躯があって。

 「久蔵。」

宵の近い時分だよって、陽もほとんど入らぬが、
それでも 切り絵のようになった連子窓の向こうに、
明るい外が見えるのが十分過ぎる灯の代わり。
壁の漆喰の白さもあって、真っ暗ではないそんな中、
金の綿毛を無造作に散らかし、
細っこい四肢もあちこちへと放り出し、
赤い衣紋の裾、やや掻き乱しての奔放に。
ころんと転がっていた連れ合いであり。

 「まさか寝ておるのか?」
 「いや。」

低い天井に気をつけながら歩み寄れば、
短い声での即答があったので。
すぐの傍らへと屈み込みつつ、
ついの苦笑が洩れる勘兵衛だ。

 「強行軍だったので疲れたかと思うてな。」

繋ぎをつけた依頼は、だが急ぐものじゃあなし、
出立は明日にしても良かったが。
こうまで間近い目的地だったので、
仰々しい準備万端と構えることもあるまいと、
そんな風に思ったまでのこと。
横になっていたのを差して、
疲労からかなんぞと言われたからか、

 「…ふん。」

口許を尖らせてしまった久蔵であり。
やや横を向いていたお顔の間際へ放り出されていた右手が、
そのままその口元へと引き寄せられる。
もう片方の手は、前腕ごと腹の上へと乗っていて、
今にも寝返りを打ちそうなほど、
右へと傾いた姿勢で横になっている。
丁度、すぐ傍らへと座しかけていた勘兵衛のいる方でもあり、

 「…冷えぬか?」

体を動かせば小汗をかくほどの陽気となったが、
まだ夏という訳じゃあない。
陽が差さぬでは冷えても来ように、
何の用意もないままに上がったらしい久蔵で。
このままでは冷やさぬかと案じた、
勘兵衛の一言へと応じるように、

 「ん…。」

口許へ上がっていた右の手が、パタリと力なく倒されて。
こちらを見下ろすようにしていた勘兵衛の、
膝へと置いていた手の甲へと当たった。
ぶつほどの勢いでもない、
とんっという軽いものではあったれど、
いかにも故意の所作であり、

 「ん?」

いかがしたかと問うような眸を向ければ、
うっすらと細められたは、味な潤みに染まった紅の双眸。
それを覆う、綿雲のような金の額髪を、
武骨な指にて掬い上げれば、

 「…。」

その手へと先の手が重なり、
そのまま自分の頬へと触れさせる久蔵で。
大きな手のたなごころを開かせて、
その深みへと口許を押し付ける様子は、
子供の甘えでは収まらぬよな甘い風情があり。
そんないたずらのせいで、口許は隠れたが、
目許は何物にも遮られぬまま。
手で為したいたずらほど器用なことは出来ないか、
勘兵衛の方を見やっているばかりの双眸は、
何をか訴えての揺らいだ訳でもなかったけれど、

 「…。」

焦れてのこと、
続いてもう片やの手が延ばされるのを待つまでもなく、
傍らの気配が動いたそのまま、
わさりと こちらへのしかかって来て。
衣紋越しの重みが、くつくつ笑ったか微かに震え、

 「…よしか?」

すぐ耳元で囁いた声の、何とも深くて雄々しいことか。
湯上がりのはずが、なのに精悍な匂いはさして薄まってもおらず、
それでも、湿った肌の温みは、常の彼のそれより微妙に柔らかで。
ついの昨夜の閨の中でも、
あっと言う間に目も眩むような夢幻へと追い上げられた、
憎たらしい男のその懐ろへ深々と、
くるまれているのだという熱い自覚に、
頬が染まってしまうの感じつつ、

 「…………ん。///////」

二度は訊くなということか、
すぐ目の前の幅のある肩へと腕をすべらせ、
まだ仄かに湿った深色の蓬髪ごと、
雄々しい首へとすがりついた久蔵が。
今更 照れてか、その視線をそっぽへ逸らせば。
連子窓の向こう、蔵の白壁に陰を落として、
柳の枝がゆらり揺れるのが見えた、初夏の宵……。






  〜どさくさ・どっとはらい〜  09.06.05.


  *ここんところ めっきりとシチさん贔屓になっておきながら、
   べったべたに甘い“勘久”ものが、
無性に読みたくなる発作的な症状に、
見舞われてしまうところも健在
(ん?)な困った奴です。
   何たって ウチの二人は、
   野伏せり退治のすっとんぱったんと
セットになってる話が多いもんで、
   全然つやっぽくないんですもの。
(くすん)
   そういうときの駆け込み先で、
何とか“萌え”が補充出来たはいいのですが、
   あまりに甘甘だったので、
今度は書いて吐き出さないと治まらない。
   ……というわけでの、微妙な“勘久”二連作でございましたvv
   またもや“誘わせ攻め”な勘兵衛様ですが、
   これはもう、ウチのカラーだということで。
(笑)

めるふぉvvめるふぉ 置きましたvv

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