河畔にて
(お侍 習作147)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 

開放感あふるるという月並みな言い回しが恥ずかしくなるくらい、
それはそれは あっけらかんとの全方位へ。
地上がどこまでも平らかで平坦なのと同じだけ、
頭上の空もまた悠々と大きく開けているおおらかな風景の、
何とも胸のすくことか。
海か湖かと勘違いしかねぬほどに、
そりゃあ広い広い幅を誇る、途轍もない大河の畔。
かつてのいつかは物見を据えた地ででもあったのか、
後背に木立を控えたそこは、やや開けた平地になっていて。
そこをわずかほども降りての間近に寄れば、
涼やかな響きを乗せて滔々と、
雄渾な藍の流れが、川であることを示して下るのが見てとれる。

 「……。」

そんな雄大な眺望、感に入ったように眺め渡している人影がある。
河の流れの清冽な音にその耳を傾け、
涼やかな川風に衣紋や髪をなぶられるまま たなびかせ、
心地いいこと、彫の深い面差しに隠すことなく上らせておいで。
感情を沈めればさぞかし気難しいそれにも見えるのだろう、
生き方も有り様も男臭いままで、
ここまでの長き年を経ましたといった感の強い、
いかにも武骨な顔立ちを、今は穏やかにほころばせていて。
深色の双眸は河を眺めておいでか、それとも姿なき風を眺めているものか。

 「……。」

もさりと布の重なったそれは、砂漠や荒野をも越える旅装束なのか。
地味でくすんだいで立ちをしていても、到底覆い尽くせぬ風格があるお人で。
精悍なのに知的でもあり、
そんな相反する素養が上手に同居しているのは、
彼自身が奥行きある豊かな人性をしているからだろう。
厳しさに培われ、よくよく練られた人性から発している優しさは、
緻密だし頼もしく、そしてそして 時に哀しい。
過去のすべてを誰のせいにもせず出来ず、
善いも悪いも区別なく、一切合切をその背中へ負ってもおり。
そしてそうだということを、余程に察しのいい人相手でもない限り気づかせない。

 「……。」

よって…と思うのも癪なこと。
まだまだ頑是ない和子でしかないこちらへは、
何と言ってやったらいいものかと、困ったような顔になって笑う彼であり。
そんな顔をさせてしまう自分の未成熟なところが、
他でもなくの無性に腹立たしくてしょうがなくなる久蔵でもあり。

  とはいえ

自分へ関わるなと頑なになり、
それは巧妙に人を振り切ることも出来よう老獪巧智(狡智?)な彼が。
それでもこの自分とだけは、
とある約束が前提だとはいえ、傍から離れずにいてくれるのが、
もぐり込んで心地のいい“居場所”であってくれるのが、
どうにも嬉しくて…心強くてしょうがなく。

  「…久蔵か?」

振り向きもせずに掛けられた声へ、
おや気づかれていたのかと、木立の落とす影の中から進み出て。
返事はしないまま、だが、広い背中へ歩み寄ってゆく。
そちらこそ、この気配に気づいていながら、
なのに何の警戒もないままでいる勘兵衛だったのへ。
白と紅という互いの衣紋の色彩同士が、
混じり合いそうなほど、重なり、合わさり、
とうとう、そちらの逞しい背中とこちらの胸元、
その身同士が触れるほどにも近寄り添うてから。
頼もしい肩口へ、ちょこりとおでこを伏せ置いてしまった久蔵で。

  首尾は?
  ……。(頷)
  さようか。

姿勢は変えぬままで頷きを返しつつ、
低められた響きのいいお声を胸底へと受け止めれば。
こんな態度を甘えととったか、
くつくつという喉奥震わせるような静かな笑いようを示した勘兵衛であり。
その肩が震えるの、直接感じつつ、
以前であれば多少なりとも むうと膨れただろうそんな態度も、

 「……。」

おかしなもので、今だけは…胸に和んで温かい。
先日、某所でちょっとした乱闘があって、
雑魚が相手という慢心があったとも思えぬが、
不意をつかれてのこと、酷くその身を傷めた勘兵衛だったので。
養生をせねばと それこそ駄々をこねた久蔵の主張を通し、
近間の湯治場に数日ほど籠もっていた彼らであり。

  もう若くはないのだし、怪我だって治りが遅くなった。
  疲弊や傷病は積み重ねずにいちいち治さねば…と。

いつぞやに古女房が 不遜を承知で勘兵衛へ言い聞かせていたのを覚えていたか。
似たような言いようを繰り出した久蔵だったの、
勘兵衛の側も逆らうことなく呑んでやり。
数日ほど膏薬の世話になってののち、
もはやどこにも支障はなしと、爽快な様子で床上げをしてのすぐ、
この河畔へと運んだ彼らであり。

 「…いかがした?」
 「〜〜〜〜〜。///////」

何でもないとかぶりを振って、
やっとのこと、お顔を上げた若いのだったが、
少し離れたのは身体だけ。
離れ切るすんでで、その手が壮年殿の衣紋の端、
裾のあそびへ 指先だけで触れている。
僅かほど引っ張られた感覚に、
んん?と、それへ気づいた勘兵衛が、
振り向くまではせずの肩越し、かすかに向背を窺えば、

 「…いいのか?」

短い訊きようが ぼそりと一言。
これでも はっきりとした言いようなのへ、
この彼には珍しいことよと、その意外さへ目許を見開いてから、

 「ああ、大事ない。」

本当に体は復調しているのかと、そう訊かれた壮年が、
顎を引きつつ、案じるなと言ってやり。
今度こそはと しっかと背後の連れ合いへ視線をやって、
機嫌もよさげににんまり笑ったものだから。
しかもしかも、

 「案じさせたの。」

そのような言いようまで付け足したものだから。

 「〜〜〜〜〜。////////」

途端に頬染め、面食らったように視線を泳がせるところが、
壮年殿には やはり可愛くてならぬ幼さよ。
太刀や戦さに関わることへは、人ならぬものと思わせるほどの練達でありながら、
このように何でもないことへは まだまだ他愛ない君だから。
自分が笑えば覇気増す久蔵なのだと、遅ればせながら気がついた。
そうしてそして、
自身でも気づいていなかろう、そんな幼さ残す彼であるのが、
勘兵衛にはたまらなく愛おしく。

 「〜〜〜。//////」

どぎまぎさせられ、だが、怒るのも変だと思うのか。
こちらへは態度でも当たっては来ず。
されど たわみそうになる口許を、そのままにしておくのはもっと癪だと。
ぎゅうと引き絞ったまま噛みしめる彼なのへ、
ますますのこと、くつくつという笑いが止まらない。
いつまでも可笑う様子はさすがに気に障ったか、
上目遣いの恨めしげに見やってくるので、

 「〜〜〜〜〜。」
 「ああ、済まぬ済まぬ。」

さぁて、そろそろ約した頃合いだと、
やや強引に、本旨へ話を引き戻す。
冥加金などと大仰な、
お上へ納めるものででもあるかのように言いくさり、
里を荒らされたくなくば、耳を揃えて用意しておけと、
大上段から言ってのけたという無頼の輩を迎え撃つのが、
快癒果たした勘兵衛の懐ろ、電信機へと届いた、
再起最初のお仕事となった彼らであり。

 「せいぜい手際よく畳んでやろうぞ。」

不敵に笑った勘兵衛へ、こちらもやっとニヤリと頬笑み。
ざっと下生え鳴らして姿をかき消す久蔵であり。
なるたけ小心な里の者のように見せねばと、
持ち重りのしそうな大きな手で、
外套のフードを深くかぶった手つきも慣れたそれ。
河の流れと相対しつつ、辺りの空気をまさぐる感応も鋭く構え、
褐白金紅の鋭い双剣、いよいよのお披露目となるのも知らないで。
どこに巣があるのかツバメの影が、
つーいと水表を渡った 水無月の真昼であったりする。




  〜Fine〜  09.06.18.〜06.19.


  *先のお務めでは、ご心配をお掛けした勘兵衛様ですが、
   これこの通り、本復なさったようでございます。
   久蔵殿も、ああまで我を忘れたのは初めてのこと。
   案じていただきましたが、
   甘えたれ復活で、こちらも大丈夫な模様。
(笑)
   そして、済まなんだなと案じてやるより、
   平気平気とあっけらかんとしている方が、
   久蔵殿もまた安心するのだと、やっとのことで覚えたらしく。
   豪気なところもまた復活したらしい勘兵衛様で。
   大雑把な人間二人での道行きかぁ…。
   おっ母様がさぞかし気を揉みそうですね。(そこかい・苦笑)

めるふぉvvめるふぉ 置きましたvv

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