たぬき
(お侍 習作148)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


そもそもの血統か、それとも艱難辛苦に削られたせいか。
浅黒い肌に目許鼻梁もくっきりと、
彫の深いその面差しは。
意識しての表情を乗せずの無言でいると、
女子供には恐持てがして見えないでもなく。

 “…。”

そういや昔、誰かから聞いた。
芝居に使う人形は、人じゃあないから終始同じ顔なれど。
上を向くと明るい表情、
うつむくと暗い表情になるような工夫があるとか。

 “……。”

目許たわめて微笑って見せれば、
なかなか暖かいお顔にもなるというのに。
頼もしい人性の尋深きこと、伝わるような寛容なお顔だって、
ちゃんと して見せることが出来るのに。

 「……。」

濡れ縁へと向いた障子戸を、
片側だけだが開け放った居室の奥向きにて。
書見台を前にし、四角く座っているのが見える壮年殿は。
その視線を落としている書に集中しているからか、
無心になっての堅いお顔が、どこか気難しい哲学者のようなそれなので。
お邪魔をしちゃあ叱られないか、
声を荒げたところなぞ見たことないけど、
何と言ってもお武家様だ、きっと怒れば恐ろしいに違いないと。
そんな畏怖があってのことだろ、遠巻きになってはいるようだが。

 「………。」

それでも、離れの前庭へ、
もうすっかりと落ち葉も小枝も落ちてなんぞなかろうに。
箒を杖にし、なのに手元は停まったままな、
女中が二人ほど そろりと中を伺っているのが目に留まる。
そこへ逗留している客人へ、
失礼だというのは判っているが、それでも興味津々なのだろと、
その辺りはこちらにも、嬉しかないが察しはついた。

  何せ、彼奴は天性の人誑しだ。

特に働きかけずとも、
それどころか、振り切らんとする素っ気なさや つれなささえ、
逆に人の気を惹いてしまう、何とも罪な存在で。
お顔が、声が、姿が素振りが、不思議と人の眸を寄せる。
人の中へと没することも出来はするが、
戦の最中でもあるまいにと、
自然体でおれば、このざま。
どんなに着物で覆っても、
屈強な肢体にまといし逞しさは隠せぬし。
それ以上に、そうそう隠し切れぬということか、
深くて豊かな人性、
それと仄めかすよな風貌や声をしている彼だから。
あっと言う間に 人々からの関心寄せるも無理はなく。

 「…。」

野趣あふれて精悍な、頼もしくてならぬ雄々しさと。
知性や品格の滲む、折り目正しい立ち居振る舞いと。
相反する筈な二極の男ぶりが、
この年齢ともなりゃ御すのも容易いということか、
奥行き深いその身のうちへ、そりゃあ上手に同居しており。

 “ただの老いぼれと、自分では言うておるが…。”

最低限の身だしなみ以上にはその身も構わず、洒落っ気もなく。
伸ばしっ放しの蓬髪に、あごには髭をたくわえた、
むさ苦しいばかりの壮年だのにと、
卑下も謙遜もなくの正直なところを言う彼ではあるが。
その身が放つものには、果たして気づいておらぬのだろか。
若さの華やぎに拮抗するだろ、
厳格にして重厚な落ち着きが まずはの罠で。
ちょっとした表情や言い回しの計らいなぞへ、
一通りではない何かが滲むのが、
その人性の奥行き深さでもあると。
気づいたら最後、眸が離せなくなる無自覚の罠。
遠くを見やる眸、こちらを向いてはない横顔のつれなさが、
胸を焼いては気をもたせるということへ、
彼自身はホントに気づいていないのだろか…。

 「あ…。」

故意に、足元の湿った玉砂利をにじって鳴らせば。
それでやっと我に返ったか、
うっそり立つこちらへ気づいた女中らが、慌ててそこから離れだす。
小走りに去るのとすれ違いざま、小さく頭を下げるのへ、
幼いスズメを悪戯に脅して追うたよな、
ちりとした感情が涌きもしたけれど。

  ―― これ以上、誰へでも見せるなんて勿体ないと。

思い直して濡れ縁へと上がった久蔵で。
重たい長革靴を脱ぐのも、裳裾の長い衣紋をさばくも、
意識せずとも無音のままにこなせること。
なめらかな動線でそのまま上がり、ふと足止めて、

 「…。」

背後の障子を後ろ手にするりと閉じる。
人目を厭う何をか始めるでもなかったが、
強いて言や、先程の女中らを思い出したからであり。
初夏の陽気がたちまち行灯の明かりのようになり、
その首、軽く前へと折ったままな、
勘兵衛の顔がほのかに陰って…。

 “?”

おやと。かすかながらも不審を覚えた。
そのまま、障子の際で屈み込んだ久蔵、
畳の上へそろりと手をつき、音もなくの這い進んでみる。
大仰に用心深く構えてはなくの、
それでも…生来のものとして、
猫の性でも持ち合わせているものか。
畳を鳴らす音も立てずに、
そろりそろりと近づいた壮年殿の、
身動きひとつせぬのを、じいと見やって。

 「…。」

お膝の間際までと近づいても、やはり動かぬようなのを、
しなやかな背条たわませ、ほぼ真下から見上げると。

 「…♪」

口許、仄かにほころばせての、そこからがまた素早くて。
外着の裾へと入った切り込みから覗く、
黒の脚をば健やかに弾ませると。
互いの衣紋の紅と白、
畳の上へと入り混じらせての、相手のお膝へ乗り上がり、

 「…わ、これ久蔵。」
 「重宝な寝相だの。」

それでやっと、転た寝から覚めたらしい勘兵衛へ、
くすりと微笑って、だが離れてやらぬ。
首っ玉へと回された腕が、殊更にぎゅうとしまったところから。
あからさまな甘えというより、
隙だらけでいた彼への、これは罰だと言いたいらしいのが、
壮年殿へも伝わって。

 「小難しいこと、考えているようだった。」

言いつつ細い肩越し、背後の障子を見やった素振りをし、
誰かが見ていたことを示唆する久蔵なものだから。
反駁というほどでもなかったが、

 「何をと警戒することもなかろうよ。」

今は丁度 何の依頼も受けてはない彼らだし。
自分らを逆恨みするような悪党が、全くいないとは言わないが、
ここは小さいながらも街道筋の宿場町の一角。
捕り方・役人の配置もなされているから、
こんなところで判りやすく襲い掛かる愚を起こしゃしなかろう…と。
まずはの物騒な手合いの話を持ち出した勘兵衛であり、

 「締め切ってしまってはこちらからも見えぬだろうが。」
 「だが…。」

間近から見上げる双眸が仄かに眇められ、
不用心にも程があろうと言いたいらしいのへ。
まるで、賢
(はし)っこい童子の出来のいい解答に、
よう判ったことよのと、ほっこり頬笑む教諭のようなお顔をし。

 「あのような戸は、
  締め切ってあったり少しだけ開いているとな、
  却って気になり、注意を引くもの。」

まして、このいい陽気だ。
なのに閉めてあるなんてと、
要らぬ想像を掻き立ててもしまおうよ、と。
ふふと微笑ったお顔は、一転、
見ようによっては悪戯っぽいそれであり。

 「ならば、いっそ開け放っておった方がよい。」

内からも素通しとなるので、
こちらからの注意がいつ向くやも知れぬから、
怪しき者とて迂闊に近寄りまでは出来まいと。
確っかとしたお声でそうと言われて、
そういや先程の女中らが、
遠巻きになっていたのを久蔵も思い出す。
見られはしても間近へ近寄せはせぬだけ安全と、
つまりはこれも策の内、
油断しまくりだった…という訳でもないぞと、
言いたいらしき勘兵衛で。

 「ふ〜ん?」

眇められたまんまの双眸が見上げて来るのを、
愛しいものよと見下ろす余裕も、少しも揺るがず。
むしろ、

 「〜〜〜。/////////」

相手の深色の双眸に、
まじろぎもせぬまま見つめ返されていることが、
段々と居たたまれなくなって来たものか。
すぐの手前、雄々しい肩へと額を当てると、
さりげなく視線を外した久蔵。
大好きな匂いと温みを感じつつ、

 「…もういい。」

判った、と、
小声で返す他愛のなさよ。
とはいえ、相手へまたがったままの、
位置や態勢は変える気もないらしく。
衣紋の合わせを内からゆったりと押し出している、
何とも頼もしくて広い勘兵衛の胸元へ、
自分の胸板ひたりと合わせると、

 「刺客や間者なんぞ。」

どうでもよい? それはまた剛毅なと。
低められたことで甘くなる、深みのある声と、
合わせた懐ろがくつくつという鷹揚な笑みに震えるの、
じかに感じて うっとりと眸を細める。

  見るだけじゃあ減るもんじゃなしとは言うけれど、
  盗み見た相手の心鏡へ、写ったそのまま居残す残像が勿体ないと。
  だからだから、せめての衝立
(ついたて)
  この身ですっぽり、覆えればいいのにね。
  ああでもそれだと、こうしてくるみ込んではもらえない。
  重くて大きな手のひらが、そおと背中を撫ぜるにも、
  その手が回らぬようになってしまうのは嫌だ。
  ほおをぽそりと埋めてるこの懐ろが、
  自分よりも小さくなってしまうのは嫌だ。

  「…。」
  「? 如何したか?」

  好きな処が多すぎて、好かれる処が多すぎて。
  そして…策士なのに そゆとこは鈍感で。
  ああやっぱり難儀な男よ、と。
  今日も今日とて、悩ましげな溜息が洩れてしまう、
  褐白金紅の片割れ様だったりするのである。




  〜Fine〜  09.07.11.


  *選りにも選って、何つータイトルか。(笑)

  *ところでと、話は変わりますが。
   回していただいたバトンを答えてて、
   キュウゾウさんにメガネが似合うか否かという問いから、
   ふと思い出したのが、
   カンベエ様がごちゃごちゃとアクセを身につけているのは、
   全部 戦死した仲間や部下の形見じゃないのかというお説でして。
   そんなつもりで預かった訳じゃないけれど、
   くれた人はもう鬼籍にいるので、
   なので外したり処分したり出来ないんじゃあないか。
   そういうお話をよく拝見しますし、らしいことだよなとも思います。
   逆に、キュウゾウ殿はピアス穴さえ空けてはないという、
   “そういうものへは関心ありません”を
   すっぱりと体言している若いのなので。
   カンベエ様の六花のタトゥへさえ、関心満々、
   しまいには嫉妬してやまないんじゃなかろうかと、
   そう思いつつ、こんな話が出来ました。
   これ以上はなくすっかりと、本人をこそ捕まえているのに。
   それでも微々たることへ目が行って妬いてる新妻は、
   かわいい…かも知れない。

めるふぉvvめるふぉ 置きましたvv

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