蒼竹にひそむ (お侍 習作150)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 

ほぼ一年中を青く染まったままに過ごす、
そこは時間までもを封じ込めたような空間であり。
冴えた空気は、草いきれを滲ませて いかにも清か。
急な驟雨かと思い違いをするような、
乾いた音を蹴立てて突然沸き立つのは、
頭上に繁茂する、青々とした竹葉の擦れる響き。
強靭な槍のように居並ぶ青竹の林の中にあって、
そりゃあ際立つはずな紅の衣紋が、
なぜだろか、不思議と気配もないまま佇んでおり。
周囲に生い立つ若竹の、
瑞々しく、且つ 強靭な。
青い息吹に、溶け込んでか取り込まれてか。
潮騒にも似た梢のざわめき見上げては、
その頭
(こうべ)にいただく金の髪、
さわさわ揺らして立ち尽くす君。

 「…久蔵。」

こたびは特に依頼のある滞在でもなくて。
よって、わざわざと探していた訳ではなかった身だが。
思わぬところにいやった奇遇に意外をおぼえ、
ついのこと、声をかけてみた。
ほっそりとした肩越し、こちらをゆっくり振り返るのは。
白皙とは彼のために用意された言葉なのだと思えるような、
玲瓏透徹、冴えていつつも棘はない、
儚げなまでに凛とした、そんなお顔がこちらを見やる。

 「…。」

そういえば、あの神無の村にもこんな竹林があって。
当事は、馴れ合いは御免だということか、
こんな遭遇でもしようものなら、
冷徹に凍った顔で通してやりすごすか、
あるいは噛みつくような眸を向けて来たり、しかしなかったものが。
今は何の含みもまとわぬまま、
何とも澄み渡った存在としてそこにある君で。
彼の側でも、まさかに勘兵衛が来合わせるとは思わなんだのだろう。
意外そうな気色を、常の無表情の上へ 一刷毛ほど滲ませており。

  そんな微かな衒いが、
  何故だろか、
  妙に鮮やかな印象として映って

遠い潮騒が、こちらへと迫って来ての、
頭上で大きく ざんと弾けた。
若々しい竹軸の群れがしなう歪みか、
風も大きく吹き抜けて。

 「…っ。」

目の前、至近へ何かしら飛び込んででも来たものか、
細い腕を咄嗟に引き上げたそのまま、
身体の均衡を保つための反射だろ、
数歩ほど後ずさった痩躯。
決して頼りなげに見えた訳じゃあなかったが、
気がつけば、腕を延べていた勘兵衛で。
軽やかな重みが とさんと転がり込んで来たものの、

 「…ぁ。」

向こうでも はっとしたのだろ、
凭れきるすんでで身を持ち直す。
その身が誰かの温みへと、
無防備にも くるみ込まれる感覚を。
忌むべきものとし警戒するのは、
戦さで染みついた哀しき性の名残りかも。

 「…お。」

多少はムキになっての抗いだったか。
足元まである長い裳裾が、
こちらの白衣紋へと擦れての交じり合った反動。
結局は倒れ込みかかっての挙句、
勘兵衛の腕へと受け止められており。
それでも、すっかりと倒れ込みはせず、
向かい合うことに要るだけの間合いは残しているのが。

  ――これは警戒じゃあなくて、
    見つめ合うのに必要だから。

勘兵衛へと恭順した訳じゃあない。
すがっている訳でも頼っている訳でもない。
個としての意志、
しっかと立ったままな彼なのに変わりはない。
だのに、

 「…。」

時々、こんな眸を向ける。
問うでなく、うながすでなく、
引き留めるでなく、急かすでなく。
ただただ言葉が見つからなくての焦れったさから、
じっとじっと見つめ続けて。

 「…。」

もどかしさの つのったあまり、
ついには切なげにたわめられたる、
紅の双眸で見やった先の彼
(か)の人は。

 「……。」

すっかりと大人の趣き かたどった、
精悍な口許で黙って微笑うと。
手を取ったままな若いのの、頼りない痩躯、
そおとその懐ろへ引き寄せて、
そのまま抱き込めてしまうばかり。
雄々しき腕にてすっかりくるみ込むのは 愛しいからだと、
それを伝える優しさを染ませつつ。
取り込みたいのと、それから…それから。

  もしかして、自らを覗き込まれたくはないからか。

あの戦さを経て、生き残り、
どれほどの鮮血に染まろうと機巧の重油を浴びようと、
瞳は無垢なままの君へ。
何をどう答えればいいのやら、
壮年の側でも窮することは多々あるらしい。


  手套越しの手の温み。
  外套越しの肉置き
(ししおき)の存在感。
  見えぬ頭上から響いた微笑の気配。
  こうまで至近へ確かに捕まえた彼だのに、
  もどかしくなるのは何故だろと。
  訊けないそのまま、
  その懐ろへと耳を伏せ、
  とくとくと響く鼓動、頬で聞く彼の頭上にて。
  竹の葉渡る風の声、さわわざわわと聞くばかり…。





  〜Fine〜  09.08.02.

素材をお借りしました → 夢幻華亭サマヘ


  *青雨様のところの『ただ目の前にあって、きれいなだけな』の麗しさに、
   ついつい拙い駄文を紡いでしまいました。(7/30 づけ no.51)
   なんて品があって神々しい構図か。
   おさまも静かに微笑んでいるのに、
   なのに…切ないまでに細い背中から、どうしても視線が剥がせませぬ。

青雨様『AOSAME』様は こちら

めるふぉvvめるふぉ 置きましたvv

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