夏宵華焔 (お侍 習作151)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 

随分と復興なった虹雅渓だという何よりの証しが、
季節の折々に催される華やかな祭りと、その宵を彩る花火だろうか。
桜や芙蓉の花を愛でつつ まま一献、
蒼月の麗しさにまた一献と。
つまりはお酒を飲むための理由と同じようなものじゃあありませんかと、
世のお内儀が呆れていそうな他愛のないことを。
いちいち拾い上げてはお題目に掲げ、
ふるまいの酒や菓子を配って回り、
歌に踊りにと芸に優れた人々を募っての、
お祭りと銘打っての、にぎにぎしくも華やかに、
浮かれよ踊れよと街ごと楽しむ、盛り上げる。
どれほど繁栄しているか、
内外へ仄めかすのが真の目的だろうよと、
さすがに大人どもには見え透いてもいるものの。
それでもお客が集まるならば、
何より、そうやって浮かれておれるほど平和であるのなら、
それに越したこたあないじゃあないかと、
尻馬に乗っかってのやっぱり浮かれる、その最大のお祭りが、

 ―― 盛夏の宵の大宴。

古来の風習にのっとって、
表向きには死者の御霊を慰める祭りと言いながら、
水路に屋形船も出しての、納涼の祭りとしか見えない騒ぎ。
宴見物が目的の旅人も多く、
そういう客目当ての座敷や料理で商う店には、
逃しちゃあならぬ稼ぎどきであり。

 「いい頃合いにお越しになりましたね。」

たまさか、予約が入りかかってた離れが1つ、障子を傷めて空いていた。
それがなくとも母屋に来ていただいたろうがと、
相変わらずに花のように瑞々しくも艶のある笑顔を見せる古女房へ、

 「〜〜〜。//////」

こちらさんもまた相変わらずに、
ぽうと頬染め、含羞んでいた、金髪赤眸の剣豪だったが、

  ―― どん・どどん、と

夜陰を叩いて体へも響く、
そんな大音量の取り巻き連れて、
夜空にぱぁっと開いたのが、
白金閃光、火の華輪が幾重にも。
均等に四方へと広がるものから、
ススキの穂のように枝垂れて降るもの、
どこぞかの惑星のように二重の環が重なっているものなどなどと、
様々に趣向を凝らした花火が、
まずはの合図か、続けざまにどんどどんと打ち上げられて。

 「おや、始まりましたな。」

支度の段階で他の男衆らと入り混じり、
さんざ駆け回ってのよく働いた主人は、
陽が落ちての客が入る頃合いに、
馴染みへ挨拶をして回った後は少しだけ身が空く。
それでと、こちらの離れへ退散し、
一番の馴染み、勘兵衛と久蔵という遠来の客を相手に、
近況なぞ語ったり語らせたりしていた七郎次が、
あれあれと額に小手をかざして見上げたのは。
上の階層の広場にて、差配の綾麻呂が上げさせている今宵の花形、
延々と何刻も続く、麗しき花火の饗宴である。
街の最下層にあたる“癒しの里”からも難なく望めるほどの大きな代物で。
それでのことか、
雑踏の中で爪先だっての窮屈に眺めるよりはと、
わざわざ一番遠かろう処だってのに、
此処へと座敷をもうける大不尽な客は昔っから多くいて。

  ―― どん、どどん、と

大きな音立て夜空に次々上がる花火。
涼しげな小鉢へと伸ばされていた箸を止め、
無心に見上げる若いのが、
だが、畳に無造作に伏せ置いた手を、
そろりと、連れ合いの衣紋の裾に載せているのに気がついた。

 “…おや。”

まさかまさか、怖いのだろか。
いやいや、もういいお年をなさっておいでなのだし、
それに、このお人に怖いものがそうそうあるとも思えない。
その腕の凄まじさ、鬼気迫る殺気や何やは、この目で見たし肌身でも知ってる。
夜陰の中でも野伏せり退治に駆け出すことは多いと聞いており、
誰ぞが こうまで麗しい風貌の彼をされど怖いと思うことはあっても、
その逆はとなると、ちと想いが及ばぬ。
ましてや、他愛ない花火じゃないか。

 “…何か心的外傷
(トラウマ)でもおありなのかな?”

それか もっと単純に、そろそろお眠いのかもと、
ふっと自身で微笑って収め、
その場では、すぐにも忘れてしまった七郎次だったのだが。






 「…ああ、花火があまり好かぬのらしくてな。」


その幼い情人が先に寝付いてしまってから、
壮年殿がいともたやすく真相とやらを語ってくれて。
あれでもマシになった方だと、
夜具を延べた次の間を透かし見やった、男臭い横顔がくすりと微笑う。
いかにも“しようのない”と言いたげな、それでいて愛おしげな笑みには、
見せられた方までが苦笑を誘われ、

 「ですが、
  久蔵殿は十年もこの虹雅渓で綾麻呂の護衛を担っていたのですよ?」

都がらみのあの一件で地位失墜となる直前まで、
今と変わらぬ、いやさ今以上の羽振りのよさを誇っていた差配は、
やはり何かにつけて花火を揚げての派手な催しを打っていたのに。
そのすぐ傍らにいてああまでの挙動不審になろうとはとの率直な疑念を、
七郎次が つい口にすれば、

 「護衛をしておる間は、
  周囲へ気を張っていたから空なぞ見上げたことはなかったそうな。」
 「ははあ…。」

それに、久蔵は人あしらいが からきしだったため、
御前様の至近身辺は兵庫殿が受け持ち、
屏風の裏や次の間に詰めている方を担当することが多かったらしいので、
尚のこと、悠長に眺めていた覚えはないとのこと。

 「あれは儂にも意外であった。」

あの怖いもの知らずな胡蝶に、そんな思わぬ一面があるなどと、
初めて知らされた折は、
さしもの勘兵衛とて呆気にとられたものよと言いたげに、
その割には仄かに相好を崩されての楽しそうなお顔、
やっとのことでこちらへ戻した御主殿が語った話によれば……。




     ◇◇◇



あれもまた、野伏せり崩れを退治した宵のこと。
夜陰に紛れて襲いくる輩のその鼻先を、
意表をついての叩いてやることも少なくはなく。
はたまた、こちらこそ夜陰に紛れて行動し、
相手の塒
(ねぐら)を襲っての一網打尽にするという手筈を取ることもあったので。
夜間の道行きなぞ特に珍しいことじゃあなく。
少しほど山間に入った奥向きに潜んでいた連中を、
奇襲でもって追い立て炙り出し、
手ごわそうな頭目や幹部を伸しての引っ括り、
後は捕り方に任せると、先に里まで降りかけていたその道中でのこと。
木立を抜けての頭上が開けた斜面を降りていたところが、
不意のこととて

  ―― どんどん・どどん、という

お馴染みな物音が遠くから鳴り響いた。
詰めていた役人から野盗一味を捕縛したと聞いた里の者らが、
気の早い“祝砲”を上げたらしくって。
とはいえ、そんな打ち合わせなどはしていなかったため、
そこは勘兵衛もギョッとしたものの。
空に打ち上がったものが華やかな彩りの花の輪だったので、
何だ花火かと胸を撫で下ろしておれば、

 「………。」

すぐの傍らにいた久蔵もまた、やはりハッとしたのは気づいていたが、
彼の側はなかなかその緊張を解かぬままでおり、
凍ったような白い横顔そのままに、
真摯なお顔で、ぽつりと呟いたのが。

  「……あれは、何かの狼煙
(のろし)か?」




     ◇◇◇



今だからこそ笑うこととて出来ようものの、
その折は何を言い出すものかと唖然とさせられたと、勘兵衛は付け足し。
今お主が言うたように、虹雅渓で見なかったかと問えば、
わざわざ見てはおらぬとかぶりを振るし。

 「それに…あやつには戦さより前の蓄積はないのだ。」
 「…っ。」

儂らであれば、何でまた唐突にと驚きはしても、
そのものへ、なんだ他愛のない花火じゃあないかという断じが出来たが、

 「あやつは、戦さ場の空を朱
(あけ)に染めた、
  斬艦刀や雷電、戦艦の、撃沈の火花しか知らぬのだ。」

若しくは、合図にと放たれる狼煙や閃光弾だとか。
夜中に合戦という段取りは珍しかったが、
基地へ夜襲を仕掛けられることはままあったし。
真っ暗な夜空を引っ掻くように舐める、遠方灯火の乱舞や、
撃墜されて夜陰に散ったる敵機の末路とか。
そんな形での覚えしかなかったなら、

 「夜空に咲く花火の華やかさも、
  心浮き立つ代物じゃあなくなってしまおうて。」

手びねりのぐい飲みを大きな手の中に遊ばせながら、
警戒心の籠もった堅い表情で、
花火を見上げていた久蔵を思い出してでもいるものか。
自分もまた、彫の深い目許を伏せがちにし、
感慨深げなお顔になった勘兵衛であり。

 「そうでしたか。」

とうに大人になってから参戦した勘兵衛や、
子供のころの平凡な思い出を持つ七郎次と違い、
彼は物心つかぬうちから、
既に戦さ場の記憶を持つ子供。
いやさ、それしか持たぬと言っていいよな、
悲しい身を“悲しい”のだと知らない、判らない、
そんなまで幼い子供だったのだと。

 “こんなささやかな、
  それも 私らには楽しいもので、思い知らされようとは。”

何にも怖じけないで毅然とした、都会育ちなお人だ、
此処にある何にでも馴染みがあるものと、
てっきり思い込んでいたのを、
これはあらためねばなりませんね、と。
こちらも端正なお顔を曇らせての打ち沈み、
ぽつり呟いた七郎次が。
向かい合う御主へと白い手を延べ、
冷酒を満たした 濃青のぎあまんの銚子を傾ける。
とぽとぽと涼しげで濃密な音立てる銘酒のさえずり、
まだ時折遠くに響く、花火の鼓動を下地にしての聞き入って。

 「……だがまあ。」

あんまり案じさせるのも何だと思うたか。
きりりと冴えた辛口の酒、
香しさとともに舌へと染ませた勘兵衛、
此処に来て小さく口許ほころばせ、微笑って見せると、

 「今でこそ怖がることものうなったがの。」
 「はあ。」
 「当初は どうしても慣れないか、
  どこの町の祭りでも、花火が上がれば宿まで駆け戻って来ての。」

部屋へ飛び込んで来ると、
怖い訳じゃあない、落ち着けないのだと、
身の置きどころに困るというお顔をして見せ。
座敷にて静かに涼んでいたこちらの膝へ、
しゃにむに乗り上げて来ては、
衣紋の合わせを掴みしめ、懐ろに ぎゅむと頬伏せて。
それで…何とか落ち着くと、
肩越しにそろり、窓の外を見上げては、
やっとのこと、綺麗な工夫に見入るという順を踏む夏の宵が、
結構長く続いていたとか。

 「頼もしいものへとまずは掴まって、
  安心を得てから さてと恐る恐る見やる様は、
  まるで仔猫や仔犬の、怖いもの見たさの態を見るようでの。」

当人こそが鬼のように強くて怖い身で、
もっとずっと幼子のような、
そんな素振りをして見せるのが。
何とも言えずの愛らしゅうて……


  「………勘兵衛様。惚気ですか、惚気ですね、それ。」
  「そうなるかの。」


訊いてくれる者がそうそうおらんでな。
久蔵は困っておるのに、不憫でならぬのに。
そんなあやつを見ていて、
妙に胸のうちが擽ったいのは、どういう反応だろうかと、
そんな自分で自分に困惑することもままあって。
…って、七郎次、まだ早いだろうにドスドスとどこへ行く。
まあ まだ話は尽きぬから、聞けと言うに……。


  残暑お見舞い申し上げます



  〜Fine〜  09.08.19.


  *ああまでしゅっとした(笑)都会的な青年でありながら、
   案外と物を知らない久蔵だってことは、
   イツフタ双方ともに判ってたはずだろに、
   花火というのは盲点だったらしいです。

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