秋麗睦宵
(お侍 習作153)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


特に物見遊山の旅だというよな意識をしてはないけれど、
さりとて“世直し”との責務を負ってるつもりもない。
そもそもは とある大きな騒動に関わった身を、
世間の目から一旦潜めさせるための逐電もどき。
騒動の中で深手を負った連れの体調回復も兼ね、
表向きには湯治の旅としつつの、
当処
(あてど)なき放蕩のようなもの。
ただ、滅法 腕の立つ彼らゆえ、
武装した無頼の輩、
野伏せりたちに無理強いされての
難儀をしている里へと通りすがれば、
ついのこととて手を貸してしまう。
彼らにしてみりゃ
“腰掛けたい椅子に支障があったので払ったまでのこと”であれ、
非力な農民には何とも出来なんだ地獄を一掃した練達は、
神のように崇められ、有り難がられての噂になりもし。
気がつけば…そんな苦境にある里や村からの悲鳴へ応じることが、
本業・生業であるかのような、
賞金稼ぎという肩書が、
彼らの名前へ堂々と付いて回っている今日この頃。
その見栄えからだろう、
“褐白金紅”などという、
奇妙なあだ名までいただいての勇名ぶりは、
当初の意図を思えば何だか本末転倒な気もするが。
公式にとかいう、天下に轟く凶状持ちだという身でもなし、
こそこそしている言われもなかろと、
拒むことなく幾つか請け負い続けたその結果。
世渡りは下手だが、その場その場の取り繕いには長けた、
策士様の振る舞いの、あまりの威風から。
しまいには、諸州郡の治安維持を任とする自警集団、
州廻り警邏の役人らからさえも、
最強の真打ち扱いで頼りにされている始末。
そんな現状へ、

 『ある意味で、自業自得というものでございますよ。』

金の髪に青玻璃の双眸、
そりゃあ華やかな美貌の細おもてを ほころばせ、
元・上官へそんな憎まれを言ってのけたは、
現在 虹雅渓の癒しの里に在住の知己、七郎次という美丈夫で。

 だって勘兵衛様ったら、
 人との縁
(よしみ)を厭うよな、態度や物言いなさりつつ、
 実はその陰でこそりと手を打っておくという、
 心憎い仕儀、山ほどなさっておいでなのですもの。
 いえいえ、誤魔化したって聞きませんよ?
 ゴロさんやヘイさんからも、そういうお話は たんと♪

…とばかり、あっさりすっぱ抜かれてしまっての苦言。
毎度毎度に言い聞かされて。
しかもそれへは、道行きの供である若いの、
剣撃こそずば抜けていつつも、
戦さ以外へは到底世慣れているとは思えぬ久蔵殿からまで、

 「……。(頷)」

あっさりしっかり肯定されていることであり。
それのみならず、

 「〜〜〜。」

彼のほうこそ他者への関心、薄い 双刀使い殿からさえ、
悋気の的とされてしまっているほどの、
情の篤
(あつ)さよ濃さよということか。
それが証拠にその反動、
人目を憚ってではあるけれど、
拗ねてのことか、それにしちゃ、
お膝へわしわし上がり込まれての、
首っ玉を掻い込まれ、
そりゃあ判りやすくも“独占”の意志、
そそがれるのも頻繁で……。




     ◇◇◇


 「…これこれ。
  そうと潜り込まれては 読み売りが読めぬ。」

逗留先の離れ家
(はなれや)の一角、
各地からの事件や政治情勢などという記事、
まとめて記した、読み売りとも刷り版とも呼ばれる広域広報、
眸を通すのが壮年殿の日課と判っておりながら。
隙だらけの脇をつき、腕を上げさせ懐ろへ、
今日も今日とて潜っておいで。
だって、自分を放っておく島田が悪いと、

 「……。」

遠き地の話なぞ、今ここで判ってもしようがなかろうに。
精悍な横顔、ややうつむけて、
深色の眼差し伏せ気味にし。
それはそれは熱心に、
紙面へ心移しているのが面
(つら)憎い。

 “…なにも。”

そうまで無心に一心にならずとも、と。
心の声ではそうと語るが、
さればと見つめて来られると、
途端に居たたまれなくなるのは誰なやら。

 「……。」

注意が逸れておればこそ、じっくり見遣れる横顔は、
彫の深さも男臭さも相変わらずで。
単なる知性だけじゃあない、
幾重にも錯綜させたる思慮と感慨の賜物。
少なくはない忍従や屈折による陰の重みが、
そりゃあ深みのある渋みとなって染みており。


  どうしてこうも

 「………。」

  そこに居るだけで、こうも

 「〜〜〜。///////」


だからこそ、
吸い込まれるよに 意を奪われもし、
見遣るじゃあ足りなくて、
じりと この身を寄せてもしまう。

  ―― んん?

板の間や畳の上へと座り込んでる相手へと、
そうして間近へ近寄ったらば、
他には誰もおらぬ間だ、気づかれるのは当然の流れ。
そうなったらば もうもう後は、
横合いから割り込むとゆ悪戯にして、
誤魔化すしかないではないか。

 「これ、久蔵。」

切れ込みのある長い裳裾を、
膝にて踏み敷き、踏みはだけ。
ぐいとのし上がる痩躯を、されど。
邪険にもせずの苦笑混じり、
深い懐ろへと招き入れた勘兵衛は…と言や。

 “…何へと拗ねておるものか。”

天をも翔る痩躯は、
その危険に鋭角な存在感とは裏腹に、
あまりに軽く頼りなく。
ここへこうして掻きい抱いたまま、
封したいほど愛おしい君。
上手にあやす術なぞ知らぬが、
羽ばたいてゆかれては切ないと。
久しく縁の遠かった、
心許ない感傷が、
胸底へじわり、滲み出す。


 「……しまだ」
 「?」


如何したか?と問う眼差しへ、
言葉を知らぬ身、恨みつつ、
紅の双眸ふるりと揺れる。

 「……。」

果たしてそれへも気づかぬか、
ならば…自覚のないまま多くを語る、
自覚のないだけ罪な眸よ。


  月を象
(かたど)る円窓の
  陰に りぃりぃ、虫の声。
  池へと揺れる月影へ、
  若い楓が波紋を散らす。
  もっと一つに、溶け合いたいか、
  月の齢を重ねるように
  睦みの影が じりと細まり。
  初秋の宵は深まるばかり……。





  〜Fine〜  09.09.27.


  *叙情が相変わらずに鬼門です。
   秋の夜長に呑まれた文章。
   決して昼間に見ないでください…。(おいおいおいおい)

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