ほんの些細な…
(お侍 習作156)

       ~ お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


        



  「…ああ。じゃあ あれはやはり、勘兵衛様だったのですね。」

 こちらは蛍屋の離れにて。七郎次がポンと手を打っての辺りを見回し、違い棚のある壁の隅、地袋の引き戸を開けて中から引っ張り出したのが。随分と販路も広くてのその結果、どの街でも一番人気の読み物雑誌。数冊あった内の1冊を手にし、ぱらぱらとページを繰ってた手が止まり、これですと開いた見開きには。この雑誌の人気の理由、褐白金紅の活躍を綴った活劇譚がでかでかと載っており。殊にと七郎次の指が差していたのが、写真から描き起こしたものなのだろう、恒例の記事に添えられた挿絵の方で。風に衣紋をたなびかせ、連れの若いのと向かい合ってる壮年殿という図は特に問題もなかったが。その壮年殿のいで立ちが、日頃のそれとは微妙に違う。彫りの深い面立ちも顎のお髭も同じじゃあるが、まずは衣紋がすっかりと違っており。片側の肩にだけ鎧防具をつけていたり、濃色の袷
(あわせ)に同色の袴という、妙に色彩豊かな衣装を着ていての、しかもしかも、

 「髪、随分と短くされてないですか?」
 「…うむ。」

 さっきの昼間に切りそろえてやったはずの長さはどこへやら。そこに描かれた壮年殿は、肩先にやっとかかるほどという長さの、ざんばらな髪形をしておいで。くどいようだが、顔立ちに変わりはないし、耳朶に下がった飾りものもそのままだが、それでもこの印象の差はなかなかに大きくて。
「そういえば私も、
 勘兵衛様が短いお髪
(おぐし)をなさっているところは、
 従軍中、一度も見たことがありませなんだ。」
「そうであろうよな。」
 結構な癖っ毛なので、短くするとあちこちが跳ねるため、邪魔にならぬようにという身だしなみ、毎朝の手入れが要るようになる。それでとの ずぼらから、延ばしてばかりいたのだそうで。

 “おまけに、高層圏はただただ厳寒の宙域でしたし。”

 南方の生まれだという勘兵衛にしてみれば、耳やうなじ、首条さらしての、しかも身を切るような飛翔風を浴びる斬艦刀への搭乗は、寒冷地獄に身をおくようなものだったに違いなく。暑いのは堪
(こら)えも利いたそうでのそれで、長年に渡り、このむさくるしい頭で通していたのだろう。そして、

 「かつら、でしょうか?」
 「ああ。」

 長々と延ばした髪というものは、男でも女でもそれだけでかなりの特徴となり、人への強い印象を残す要素だからとの配慮から。自分の髪をたくし上げ、その上へと短いめの同じ深色の髪のかつらを重ねていた彼だったらしくって。

 「武装を凝ったことも相俟ってでしょうね、
  何だかずんとお若く見えもするのですけれど。」

 そんなものだから、この号を最初に見たおりは、何かの間違いかそれとも替え玉かと、不審な想いばかりがしたもので。どんな策を取ったのかという具体的な詳細は、他でも使われるやも知れぬからと意味深にぼかされての明かされず。それもあってのこと、本人かなぁ、いやいやまさかと。七郎次でさえ、今の今まで半信半疑でいたくらい。となると、

 「久蔵殿が微妙に固まってしまったというのは…もしやして、
  この勘兵衛様が 誰だか判らなかったからでしょうか?」

 だとすれば確かに衝撃だったろなと、ひねりというものをあまり知らない次男坊へ、早くも同情しかかった七郎次だったものの、

 「……いや、そうではないらしくての。」
 「?? はい?」

 夕餉を片付けての後、今度は晩酌にと火鉢にかけた鉄瓶での熱燗をつけていた和酒の生一本。少々その手に持ち過ぎて、ぬるくなったを口許へと運んだ壮年殿が。酒の辛さにか、それとも思わぬ冷めようにか、居心地悪そうに視線を逸らし。

 「勘兵衛様?」
 「何故かと問うたわけではないのだがな。」

 促すようにと言葉を継いだ、七郎次と声が重なってしまったは、間合いを取るのさえ適わぬほどに、気もそぞろになっておいでな御主だったからだろか。重厚沈着、頼もしいまでに落ち着きのあるお人なはずが、どうにも覚束ない様子でおいでだったが、さすがにこれでは話が進まぬと思われたか。大ぶりの手には盃に見えなくもなかったぐい呑みを、塗りのつややかな膳へ静かに戻すと、その糸底が立てた音にも似た響き、ことりとした呟きで、

 「儂の見栄えが、随分と若こうなってしまったことへ、
  ……言葉を無くすほどに唖然としていたらしくての。」

 「……………久蔵殿が、ですか?」




       ◇◇◇



 まずは…ただひたすらに唖然呆然としていた久蔵だったようで。穴が空くぞと言われかねぬほどの凝視を勘兵衛へと向けたまま、ただただ立ち尽くしており。そこへと割り込んで来た中司殿が、

 「いやはや、ずんとお若くおなりで。」

 そりゃあにこやかに言葉を続けてくれて。学者先生のように粛々としておいでの落ち着きが、どういうものでしょ、そうそう野性味に塗り潰されての随分と精悍さが増されましたな。男臭くも荒々しい、強壮な雰囲気がいや増して。そうか、知的な匂いを隠す必要があったのですね。腹に一物持っての接近、知将たるところが匂っては怪しまれぬとも限らないから、ただただ武骨な勇壮さを強調なさった。そも、大太刀さばいて超振動まで会得なされし、雄々しい素養もお持ちだったのですもの。お作法や所作ごと抜きの野放図さもまた、筋骨の頑丈さや 動作のしなやかさを映えさせて、


 「こちらはこちらで、さぞかし お女中にも持て囃されることでしょうな。」





      ◇◇◇



  「………っ☆」

 あ~あ~あ と、七郎次のなで肩がますますのこと落っこちたのも無理はない。単なる世辞や追従のつもりで、そんな蓮っ葉を口にした中司殿だったのだろが。すぐの間近でそんな危うい一言を耳にしてしまった久蔵が、どんな心中となったかは、

 “今のアタシじゃあ そうはいかないことじゃあありますが。”

 それでも容易に想像はつく。妙なところが無垢なまんま、妙なところだけ物を知らない久蔵は。この…挿絵の上でも随分な若々しさと野放図な精悍さが増したと判る、男の精に満ち満ちて、その色香を隠しもしないままの勘兵衛へ。まずは見とれての呆然としていたに違いない。野盗一味へ加担しようという浪人だけに、いかにも血気盛んなところも匂わせたかっただけのこと。風になぶられては乱される髪の獰猛な印象が、睨み上げるよう構えた鋭い目つきや冷然とした笑み滲ませた口許と相俟って、

 “五年、いやさ十年は若返って見えますものね。”

 そんなこんなで陶然としかかっていたところへと、女性が放っておかずに持て囃すだろう…だなんて、そんな恐ろしい発言を耳にしてしまったのだ。

 「それで、砂よけのかづきをかぶったまんまで。」
 「ああ。」

 さすがにそんな理由での急ぎの帰還もなかろうと、途中の町で適当な床屋へ入ろうとしようものなら。

 「……どんな短さにするつもりかと、睨んでやめぬ根気のよさでの。」
 「ははあ。」

 だがまあ、あの久蔵でもそんな妬心を抱いてしまうその心持ち、七郎次には判らぬことじゃあない。今の今だとて、その身には湯上がりにとまとった宿着の袷
(あわせ)のみという、いたって簡素な格好をなさっておいでの勘兵衛様だが。作法通りに着付けてのこと きちんと合わせた胸元が、されど自然な隆起に内から押し上げられているほどの、精悍な男臭さとそれから…それのみならずのもう一つ。壮年という年令相応なことじゃああろうが、ここまでの歩みのうちにその身へ染ませたそれだろ錯綜や屈折。様々な艱難を乗り越えながら、合わせ飲んだる苦渋の数々が織り成した、深くて重い人性というものが、黙っていても感じられるよな。人柄 篤(あつ)くも品性尊き、聡明透徹な哲学者の如き“人格者”を思わす、静謐で落ち着いた趣きのある人物でもあり。

 “確かにまあ、ご自身で大太刀振るわれるよな、敏腕練達なお人でもあるが。”

 それでも、たとえば…かつてならば七郎次が、今だと久蔵がそうであるよに。神々しいまでに美しいが、怒
(いか)ると容赦のない牙を剥き、相手構わず切り裂くような。何とも物騒で扱いの難しそうな、そんな聖なる野獣を、だのに容易く懐かせての、すぐの間際へさぶらわせていても不自然ではないような。ただ肝が座っているだけの若造には醸し得ない、重厚な存在感に満ちておいでの男衆なだけに、

 「久蔵殿は鼻が利く。それだけに、尚のこと不安になられたのでしょうよ。」

 いきなり野性味増しての、若さと精気をみなぎらせた姿へと変貌してしまった勘兵衛へ。自分でさえ ほわんとしたほどの男ぶり、中司が言ったその通りだと認めたその上で、誰ぞに奪われたらどうしようと、真剣本気で案じた彼なのだ、きっと。どうしてこうも、徒らに男ぶりを増さすよなことをするのだと。自分だとて惚れ惚れと見とれたくせに、すぐさまそれを杞憂へと替えてしまい。こういうときだけ自分は不器用ものだからと怯みつつ、七郎次なら何とかしてくれようぞと思いついての、あたふたと帰還に至った…というのが、

 “こたびの里帰りの、眞の理由というわけですね。”

 すっかりと元通りの仕様へ戻られた御主のお顔は。御酒を過ごされたからかそれとも、お惚気半分の困惑とやらに、まだちいとお酔いのまんまなそのせいか。いつもいつも言い負かされてた、余裕からの稚気も薄れておいでだが。これを腑抜けとは言いなしゃんせ。ずんと人らしくなられたことよと、微笑ましさまでもが喜びとの覚えも目出度く。しみじみなされるその手元へと、新しい燗酒そそいで差し上げる、元・古女房だったりし。どこか遠くでは風籟の唸り。きっと明け方は底冷えが訪のうのかも知れないが、されど此処だけは ほこりと暖かな夜陰の空隙。人が寄り合えば真冬の寒さも平気なもの。愛し人なら尚のこと。かつては共に死線をくぐりもし、その身の裡
(うち)に修羅をお飼いの元・上官殿だが。気難しいは もはやお顔だけ。この冬もまた安寧に越せそうですねと、行灯の明かりの陰にて、こそり微笑った元・副官殿だったそうな。





  ~Fine~  09.11.19.


  *某大御所“イツフタ”サイト様にて、
   カンベエ様は髪を切ったらワイルドさが増して、
   モテモテかも知れないというお言葉と、
   それへ添えられてあった、
   そりゃあ精悍なお姿を拝見し。
   あっと言う間に、きゅうぅんと胸を鷲掴みにされましてvv
   それでこういう妄想が降って来た次第でございます。
   きっと久蔵は、某海賊漫画の蛇姫様みたいな反応するのよvv
   どうしよどうしたらと、真っ赤になってのどぎまぎ・どきどきvv
(笑)
   書き始めるとなかなかの難産でしたが、
   いかがなもんで ございましょ?

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