冬枯れの…
(お侍 習作157)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


ほんのついこの間、
秋も深まりましたねぇなどという挨拶を交わしていたのではなかったか。
その割に、木々にもまだまだ緑が多く見受けられたし。
黄昏どきに吹き来る風こそ、さすがに物寂しい気配を届けもしたものの、
街道を歩んでおれば、陽気のいい日は汗をかくくらいの、
心地のいい日和が続いていたはずが。

  気がつけば…随分と季節も進んだということか、
  周囲の様子もずんと様変わりを見せており。

道なりに続く田畑が、どこもたいそう見通しのいい平地と化していて。
枯野をわたる風は、
しゃわしゃわという ひときわ乾いた音を立てての、空虚に物哀しくて。
家並みや木立ち、遠い山並みが黒々とした影絵となり。
それをほんのりと照らす茜の残照が、少しずつ少しずつ。
薄い紗を幾重にも、徐々に重ねての少しずつ。
淡い色合いへと褪めさせてゆきつつ、
夜陰の初めの茄子紺へと塗り変えてゆく、
その澹
(あわ)いのひとときの儚さが、何とも切ない眺望で。

 「……。」

里の周縁を縁取る木立の一角、
こちらもすっかりと葉の落ちたそれ、
ひときわ背の高い樹上に陣取って。
遥か遠くまでを見澄ましている痩躯の君がおり。
紅色の長外套の裳裾をはたはた揺らし、
だが、気配もないまま、風へと同化している様は。
そのまま梢の影とも馴染んでの、誰にも気づかれぬ影絵のよう。
…とはいうものの、

 「久蔵。」

里の者さえあまり寄らぬか、
誰にも気づかれぬままだった彼の人だったが、
さすがに連れ合いには そうもいかぬ。
足元もまた、冬枯れしかかりの細長い草の藪がわさりと埋める、
いかにも人の踏み込まぬ辺りだというに。
何も告げぬまま、そんなところへ運んでいる相方だと、
何も告げなかったのにこうして察し、辿り着いている勘兵衛で。
そろそろ戻れと迎えに来ただけか、それとも。
彼にもまた、
此処へ来る必要への洞察があったからなのだろか。

 「…。」

砂防服の褪めた白や、長々とした裳裾、
精悍な肢体をくるむその輪郭が、
垂れ込め始めた夕景の茜を吸ってのことか、
辺りへと同化しかかっており。
男臭さが秘かに気に入りのお顔もまた、
陽が弱いからだろ、ほのかに陰りを宿らせて見えて。

 「……。」

どうしてだろか、そのままそこに居させておくのが、
何とも忍びなくなってしまった久蔵であり。
降りて来いとまでは言われなんだのに、
自然と、幹から手が離れており。
その身は空へと躍ってる。
降り立っての目線を合わせて、向かい合った壮年は、
鋼の色した蓬髪を揺らすと、
彫の深いお顔を柔らかくほころばせ、

 「…哨戒か?」

言わずもがななことを訊いてきた。
子供の稚戯を微笑ましいとみやるよな、
かすかな笑みが仄かに滲んだ甘い声だったのが。
わずかにカチンと来なくもなかったが。

 「先
(せん)に畳んだ野盗らは、
  さして規模の大きい賊でもなかったろうに。
  取りこぼしにさほど尻腰のある者がいたようにも思えぬが。」

野伏せり崩れやそれが与
(くみ)する盗賊ら、拿捕し絡げるのが今の彼らで、
徒党一味は一網打尽が最善なれど、
逃げ惑う雑魚の数が多ければ、取りこぼしはどうしたって多少は出るもの。
余程のこと 荒くれ揃いの一味であれば、
再結成と同じほど、捕り方やその身内にあたる彼らへと報復構える連中もいよう。
自分たちへはさしたる脅威と思えぬそれだが、
たまたま来合わせてしまった里や宿の民らへは話が別で、
難をかぶらぬよう警戒してやらねばならぬ。
そうと感じての哨戒かと訊いた勘兵衛であり、
だが、そんな相方を微笑ましいことよと笑った彼だったのは、
覚えたての道理を、通り一遍の応用で披露している久蔵だと見たからで。
報復構えて追って来るのは、余程のこと性根の頑迷な者に限られる。
そういう手合いがもしも取りこぼしにいたならば、

 “我らを追うより、収監所を襲う算段立てる方が早かろに。”

こたびは頭目らを生け捕ったので、
腕の立つ賞金稼ぎを仇敵と襲って屠
(ほふ)られるより、
そちらを奪還する方策を考える方が、楽だし賢い選択だろうし、

 「それでのうても、ここいらは冬も早ようて ずんと冷える。」
 「…?」

寒くなるのがどう関わるのだと、
ほわふわ揺れる金の綿毛の下、ひょこりと小首を傾げる彼は、
相変わらずの一枚着、
その痩躯へと張りつかせた型の、寒々しいいで立ちのままであり。

 「なに。人間、寒うなると動くのが億劫になりやすいものなのでな。」

どこまで真剣な説なのやら、
語る本人がまずはくつくつ笑って見せる勘兵衛なのへ。
妙な理屈を持ち出しおってと、
きゅうと眉寄せ、
細い肩をそびやかすよに、そっぽを向いた久蔵だったが、

 「 、……。」

その背後へと歩みを進めた気配には、
気づきはしたが……警戒はしない。
一番外に羽織った外套。その前合わせの留め具を外し、
腕を開くことでその袖がかたどった、白い翼が広げられたのが判る。
頼もしき翼は、何の躊躇もないままに、
こちらの細い背を搦め捕り、

 「寒うはないのか?」

間近から響く、囁きの声が、
背を肩をくるむ、壮年の温みや強い腕の充実が、
それまでは意識しなかった“寒さ”を感じさせる不思議。

 「…久蔵?」

応じはせずに、だが、
ぽそりと背後の胸板へ凭れかかれば。
雄々しくも優しい束縛が、隙間なく この身を包み込んでくれて。
ああ、昔は寒いなんて感じたことなぞなかったのにね。

 『見ているほうが寒うなるわ。』

そうと言って、防寒具を手に追い回してくれた奴がいたが、
穹のあの、刺すような風の中でこそ生きていた自分には、
風のない街の冬は、ただただ生温いばかりの場所でしかなくて。
眠っているのか起きているのか、
それさえ判らぬ場所でしかなくて。

 「…暖かい。」
 「さようか。」

胸の前へと交差された、持ち重りのする大きな手。
背中を凭れさせた懐ろは深くて堅く、
こちらの痩躯なぞ、あっさりと搦め捕られており。
もしも彼に殺意が沸けば、
どんなにもがいたところで、そう簡単には抜け出せまい。
腕に覚えがあるからこそ、彼の力量もよくよく見知っているからこそ、
そんな危うい態勢にあるのだと、重々判っていながらも、

 「……。」

どうしたものだか、安堵の心地に満たされるばかりの久蔵で。
勘兵衛の肩から一房ほどこぼれていた蓬髪が頬に触れ、
それがくすぐったくての顔を上げれば、
その間合いに重なって、前から吹きつけた風があり。

 「…っ。」
 「おっと。」

 ぱさり

自分をくるんだ白外套の袖のあそびが、
頭までをと包むよに引き上げられて。
痩躯を包む双腕が、
外套の下でその輪を縮めたと、筋骨の躍動で察せられ。
裳裾がはためき、小枝か何かが風に乗って飛んで来たが、
すっかりと守られていた身は、埃ひとつ寄せぬまま。
風の唸りも、頬寄せた胸の鼓動に呑まれて掻き消され、
遠い存在に思えたくらい。


  「随分と冷えて来たようだの。」
  「? (そうなのか?)」
  「ああ。」


報復なんぞ企む酔狂な輩も、今日は来るまいよと。
目元に小さくしわを寄せて微笑った勘兵衛へ、
それもそうかと うんうん頷き。
促されたのでと、そのまま歩き出す久蔵で。
そこに見えてた山を越えれば湯治場があるそうだから、
中司殿からの電信が入らねば、
次の宿はそこを目指そうかと壮年が囁けば。
うんと頷いた若いのが、
今日は自分の懐ろに預かっていた電信機、
極細の蓄電筒をこそりと抜いて、
電信が来ても受けぬようにしておこか。
ああでもそうすると、
おっ母様からのお声も聞けぬと、
素知らぬ顔の陰にて目論んだり悩んだり。
いかがしたかと問われても、ん〜んとかぶり振る、
冬の初めの黄昏どき。
遠い空からカラスの声が、妙に間延びして聞こえたそうな。






  〜Fine〜  09.12.09.


  *間延びして聞こえたといえば、
   い〜しやき〜いも、おいもいもいも、
   甘くて美味しいおイモだよ〜という売り声が、
   前半部分のBGMになってます。
   流しの石焼き芋屋さんみたいで、
   晩になると時々 我家の前の道をすごいゆっくり通ってゆきます。
   ムードのあるお話を書くのが大変な、この冬になりそうです。
(苦笑)

  *それはさておき。
   つい最近気づいたのですが、
   ウチには、勘七にはあって勘久にはないシチュというのがありまして。
   勘久では久蔵殿の側が焦れてのイケイケな話が多いせいですか、
(おいおい)
   それとも そこがもののふの心意気なのか、
   勘兵衛様が背中から彼を抱き締めるというシーンが殆どないんですよね。
   何でこうも真っ向から挑みかかるか、
   そして平生ほど その背中を預けぬ久蔵殿なのか。
   逆に勘七のお話には、
   真っ向から抱き合うだの、シチさんから懐ろへともぐり込むだのという、
   積極的で果敢な“頼もうっ”Ver.が滅多にないので、
   こういうカッコでも書き分けてたのか私と、
   自分のことなのに今頃気づいていたりします。
   今回は久蔵殿で背中を預けるVer.を書いてみましたが、
   いかがだったでしょうか?

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