寒空に蜜の月
(お侍 習作158)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


葉もすっかりと落ちて裸になった梢が、
突風に弾かれて ばささと震える。
深夜の天穹には、
凍月がその輪郭を冴え冴えと研ぎ澄ましており。
冷ややかで重々しい絖絹の緞帳、
幾重にも垂らしたような夜気の満ちる中。
木立が途切れて広がったその視野の先に、
目当ての存在を見つけ、

 「……。」

寒風からの保護のため、
その精悍な面差しの鼻先なぞを隠すよに、
日頃より立て気味にしていた襟巻きの下。
強い意志に引き絞られて来たそれだろう口許が、
知らず浮かんだ柔らかな笑みを含んで優しくほころぶ。
天に浮かんだ孤月の和子ででもあるかのように、
輝く金の髪を頂く小ぶりな頭が、
風になぶられるがままになっており。
深紅の長衣をまとった痩躯が、
枯れ野の半ばにうずくまる、
古木の切り株に腰掛けているのが見える。
立てた片膝のその上へ、片頬載せてる後ろ姿は、
何にか拗ねているようにも見えて。
それより何より、痩躯の線を剥き出すに間近い薄着、
いかにも寒々しい姿なものだから。
ついのこととて、こっちをお向きと声が出た勘兵衛だ。

 「…久蔵。」

相も変わらずの悪党退治を稼業とする彼らであり、
こたびもまた、
鋼筒
(ヤカン)乗りを筆頭に、一群 率いて里へ押し寄せるという、
性の悪い盗賊一味の討伐依頼を引き受けての到来で。
間の善いのか悪いのか、着いたその日に押しかけた一党を、
さして身構えることもなくの、
あっと言う間に斬り伏せた手腕の素晴らしかったこと。
蓬髪の壮年殿が長老との挨拶を交わしていたところという、
これ以上はなかろう不用心な相手へと躍りかかった伏兵が、
真横を向いてた態勢から、それも片腕にて振るった大太刀一閃で、
鋼の鎧ごと胴斬りにされたのを皮切りに。
片やは細身の双刀抜き放ちての、
里の入り口にたった二人で立ちはだかって。
そこから一寸だって食い込ませることのないまま、
むしろ押して押して、遠ざけてから平らげるという、
奇跡の一仕事を日没前までに終えた、
戦いっぷりの頼もしさには。
恐ろしい様相を繰り広げた筈だのに、思わずだろう喝采が沸いたほど。
数年にも渡る悪夢の日々に、
やっとのこと終止符が打たれたとあって、
里の人々の喜びも大きくて。
奪われるばかりだった作物も細工ものや織物も、
これからは自分たちの未来のためにと蓄えられる。
日々を食いつなぐことしか考えられなかったものが、
びくびくと怯えて暮らすことしか出来なかったものが、
背中を延ばし、これからのことを好きにしてよくなったのが、
もうもう嬉しゅうてたまらぬと。
それを齎
(もたら)して下さった恩人を囲み、
長老の家にて ささやかながら、
出来得る限りの饗応
(もてなし)をと、
宴の席を設けていただいていたその最中。
こちらが里への盾として踏ん張った男衆から、
酌とねぎらい受けている間、
そちらは娘らに囲まれる格好の、
対面の配置に座していたはずの若いのが。
すっと立ち上がったのに誰も気づかなかったのへこそ、
勘兵衛が内心呆れた、相変わらずな手際の善さにて。
薄暗かった宴の広間を抜け出した久蔵であり、

 「人の多いは まだ苦手か?」

正確には、善意の人らという意を省略した勘兵衛へ、
否定する気か それとも煩いと睨むつもりだったのか、
細い肩越し、こちらへと振り向いたその拍子、
吹きつけた風に乱暴に梳かれた髪が、
うら若いお顔へとかぶさるほどになっての、
ばさばさと掻き乱されてしまっている。
それと同じような乱されようでのたうった枯れ野の中、
月の光に満ちた波間へと歩みを進めた勘兵衛を、
無視は出来ぬか見やったまんま、
さりとて機嫌よく迎えるという風でもない顔つきで。
身じろぎもせず待ち受けた若いのだったが、

 「…っ。」

話をするには十分な距離を越え、
ほんの鼻先にまで来ても止まらぬ壮年の近づきようへは、
何だなんだと紅の目許を瞬かせるばかりであり。
それへ ぎょっとしたのも束の間のこと。
片腕を上げただけというそれは無造作な動作にて、
広げられた外套の中、
あっという間に取り込まれていた相手の手際へは、

 「〜〜〜〜。////////」

斬り伏せてまで拒む相手じゃないという判断と、
それにしたって為す術無さすぎだった自分の迂闊さと。
凍るような夜気にさらされ、覚醒の冴えに満たされていた総身へ、
それでこそかつての自分だとの納得をしかかっていたところだったのに。
なのに…この温もりへと掻い込まれた瞬間、
そんな納得以上の安堵が総身へと広がったの、
容易く受け入れてしまった自身への歯痒さと。

 「そのように怖い顔をするな。」
 「〜〜〜〜。」

寒かったのだろうに、ほれ、頬も耳も真っ赤ではないか。
深い声にて囁きながら、
やんわりとした頬笑みにほころぶ男臭い顔が、
どうしてだろうか、
見ているだけでもこちらの身の内をじんわりと暖める。
掻い込むようにと回された外套の縁には、
勘兵衛の頼もしい腕も添わされていて。
その先の大きな手が、
懐ろへと導きいれた久蔵の、髪や耳をいたわるように撫でるのが。

 「〜〜〜。////////」

心地良いのが、なのに口惜しくてたまらぬから複雑で。
あんなにも人に囲まれていたのに、
さほど遠くはなかった勘兵衛だったのに。
一人放り出されていたような気がして、居たたまれなくて。
それでと出て来たはずが、
あっさりと見つかってしまっての このあやされよう。


  以前には気づきもしなかった、把握の外だったこと。

  周囲に誰もいないことをだけ“独り”と言うのじゃあないと。
  新たに知ったばかりの身が切なくて……。


何も言わぬ自分を疎
(うと)みもしないで。
それどころか、
あれほどの暖かな談笑の場から抜けてでも、
こちらを追ってくれていて。
頑是ない駄々をこねたようで、それもちりりと胸に触って。
ふいっとそっぽを向いた鼻先へ、

 「ほれ。」
 「…☆」

かざされたのが1粒の飴玉。
月の光を透かした金色には覚えがある。
稗田とかいう里の蜂蜜の飴だ。
今では名前も出るほどのこれ、
最初はさすがに“子供じゃあるまいし”と撥ね除けかけたを、
シチを思い出せると唆
(そそのか)し、
含んでご覧と揶揄
(からか)った勘兵衛だったのも、
もはや随分と遠い話になりつつあって。

 「……。」

素直に手を出し、せろふぁんをほどく。
乾いた唇へ触れさせ、そのまま口へと含めば、
クセのない、だが深みある甘みが広がって。

 「〜〜〜。」

視線や肩先、ワケもなく尖っていたのも、
するすると収まってしまうから何とも不思議で。

 「酒しかない席では、すぐに飽くのも無理はないわな。」

勘違いをしているものか、
いやいや、わざとらしい取り違いか。
ちろりと見上げる視線を向ければ、
んん?と問い返す眼差しも暖かい。


  相手のほかには誰もいないが誰も要らない。
  温み以外は何にもないけど何にも要らない。
  それが至福となる刹那、
  総身に感じて頬笑む胡蝶の君であり。
  寒村の外れの更夜の底、
  先程までより幾倍も、
  濃密な空間と感じる 月の和子…。




  〜Fine〜  10.01.05.


  *お寒い日が続きますね。
   勘兵衛様のような、
   融通が利いて男ぶりもダントツな、
   暖かい防寒具がほしいです。
(こらこら)

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