我慢のしどころ
(お侍 習作159)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


 怒らせた覚えもなければ、体調が悪そうな気配もなかった。だが、いつもなら視野のどこかにいて、すぐさまその姿を見遣れるものが。間近に気配もないまま、見回したどこにもいない間合いというのが。この2日ほどの間、時折、いやさ…頻繁に続いており。

 「…ということで、手配しましたので。」

 今日が正念場にあたった、此処での野伏せりの掃討。だったので、彼なりに集中していただけのことだろか。里を堀にてぐるりと囲い、一か所をだけ手付かずにした。南に位置する木立の箇所は、そのまま柵の代わりになろうと、放置した…ように見せかけて。捕り方の一団を、既存の出入り口周辺へと これみよがしに配置しておきながら。隙だと読んでの突入して来た野盗の群れへ、木立の上から襲い掛かった、練達の侍が二人ほど。常緑の梢をざわわと掻き鳴らしつつ、その大太刀へ超振動の覇気まとわして。触れる端から 鋼の装備をいともたやすく粉砕してったのが。褪めた白装束をひるがえす、屈強精悍な肢体も雄々しい、いかにも熟練の辣腕と思わす壮年殿ならば。振るう刀へ疾風まとわせ、鋭く裂いた闇の中、なおの静謐 なおの漆黒、咲かせて凍らす紅胡蝶。真っ赤な衣紋をひるがえし、銀翅広げて切り裂きまくる存在が。大挙し一斉に押し寄せたはずの一団を、あっと言う間に見晴らしがよくなるほど、見事 蹴散らす威力の物凄さよ。総数で4、50は いたらしい賊であったが、機巧を装備した者も少なかったし、何よりこちらを見くびってかかった分だけ、隙も多かった手合いゆえ。ものの小半時もかからずに、負傷者累々、白旗上げざるを得ないところまで畳んでしまえて。

 『後の始末は我らが…。』

 罪人の収容所への連行の用意に駆け回る、捕り方らとの打ち合わせと運びつつ。相手の中司殿には失礼ながら、会話の端々で周囲の気配を探った勘兵衛だったのだが。

 “おらぬ、か。”

 いつの間に立ち去ったものか、またしても久蔵の気配がどこにもない。夜陰のこととて目視では届かぬ陰にでもいるものか、いや、それなら気配くらいは拾えように。消気の術も心得ている彼ではあれ、だったら この騒々しい中に、ぽかりと気配の虚空があればそれで判りもしようはず。それより何より、もうすっかりと片付いたのに、何でまた気配をわざわざ消すものか。

 “何へか ヘソでも曲げておるものか。”

 相変わらずに寡黙で無愛想で、感情豊かとは到底言えぬ青年だが。それでも…不機嫌だの不愉快だのという類いの、不快な心持ちを抱いているのなら。連れの勘兵衛へも、何らかの形で伝わってくるのが常であり。平気ですよと繕っての、平生のお顔を通したとして。他の者には気づかれなくとも。口数は減るわ、視線が下がってこっちを見ないわで、勘兵衛には割とあっさり見抜かれている。ところが…こたびはそれと違っている辺り、本格的に拗ねての結果、そっぽを向いたということだろか。

 「…勘兵衛殿?」
 「いや、すまぬな。」

 さすがに、顔ごと明後日を向いてしまわれては、話を聞いていないこと、一目瞭然になりもするというもので。後はよしなにと任せきり、一礼残してその場を離れる。さして突っ慳貪ではなかったものの、納得いくまで話を聞く彼にしては珍しい中座であり、

 「どうした、中司。」

 居合わせた他の役人仲間もまた、不審と見たか声を掛けてきたのへと。さてどうしたのやら、中司殿にもとんと合点がいかなんだらしいが。

 「そういや、今宵の勘兵衛殿は、妙に久蔵殿を探しておいでだ。」
 「え?」
 「そうそう。林への配置の前にも、
  途中で見失ってしもうたか、あちこちを見回しておいでだったようで。」
 「そうだったのですか?」

 とんと気がつきませなんだと、キョトンとするばかりの中司だったのへ、おいおいしっかりせんかという苦笑がたちまち沸き起こったものの、

 「日頃は逆なのだがの。」
 「そうそう。
  久蔵殿はどこにおれば補佐がこなせるかを、きっちり把握しておいでだから。
  なればこそ、勘兵衛殿もわざわざ探さずともという順番でおられたものが。」
 「今宵は何ぞおありかの?」
 「さてな。あまりに寒いから、早よう切り上げようと打ち合わせ直したかったか。」
 「何だそれは、お前様じゃああるまいし。」




       ◇◇



 好き勝手を紡ぐ面々の声さえ、あっと言う間に遠のいての届かぬようになったほど。そうは見えねど一気の速足。里の方へは向かわずに、賊らが殺到して来た木立の先へと歩を進めれば。当地へと集う役人や捕り方らの数も徐々に減り。彼らが駈け進む方向とも、どんどんと逆行になってゆき。よもやとは思うが後塵が寄せぬようにと、見張りに立ってた大外周り担当の衛士らへ、蓬髪ゆらし、ちらと目礼だけを渡して会釈とすれば。思慮深い風体の壮年なればこそだろ、風情あふるる所作に見えての感じ入ったか。恐縮と感激とへ惚れ惚れと震え上がってののち、

 「お連れならあちらへ…。」

 訊いてもないこと、手を延べて示してくれたりし。

 “こうまで遠くへ?”

 一戦交えたあとにはままあること、事後処理という名の打ち合わせには、完全に関心を失う久蔵なので。そういった瑣事はすっかりの全部を勘兵衛へと任せ、自分はさっさと逗留先へ戻っていたり、滾った血を静めんとしてか、野原をひとっ走りして来たり。そうやって単独行動に出やるのも、今や珍しいことではないのだけれど。それの前に挟まっていた、妙に避けられ続けた経過が どうにも気になっていた勘兵衛。常なら放っておきもするものが、今宵ばかりはそうも行かずで。乱闘中も遜色ないまま双刀振るってた、そりゃあ頼もしき相棒を、つるんと冷たい夜気垂れ込める、宵の夜陰の中へと捜しに出れば。

 「…………お。」

 少しほど歩んだ先へと開けていた、冬枯れした草原の手前。それこそ柵のよに居並び、黒々とした影絵となってた樹の一つに凭れる人影がある。時折吹き寄せる寒風に、ほわほわとその綿毛のような金の髪を舞い上げられつつ。そんな風の冷たさなんぞ、意に介しちゃあいなかろう、透徹な横顔をなお澄まさせたまんま。堅い木の幹へと、腰あたりだけで凭れ立ち。上体を僅かほど傾けて、月やら夜空やらを見上げるでもなくの。何を考えているものか、じっと立ち尽くしていた金髪痩躯の刺客殿。

 「如何した。」

 そんな態度でとも、こんなところでとも、どうとも解釈出来よう訊き方をすれば。寡黙な剣豪、とうに気配へは気づいていように、勿体ぶってののそりと顔を上げ。だがだが やはり口は利かない。玲瓏透徹、それは冴えたる美貌が更に凍ってしまったか、

 「……。」

 そこから何合か、沈黙の間合いを数えてのちも、それでもまだ黙りこくっている久蔵だったものだから。もう少しと歩みを進め、耳打ちが叶うほどにもその身を寄せれば。

 「……。」

 自分の身へと落ちた陰の中、その本体を振り仰いだものの。やはり…身動き一つも増やさぬ青年で。今宵は遅い襲撃とのこと、待っている間の寒さしのぎにと、各々借り物の外套を重ね着ていたが。切りかかったおりには邪魔だったから、久蔵は常の赤衣紋という寒々しいいで立ちのまま。本人は平気と言うのだろうが、見ているこちらが寒くなるからと。衣紋の内へ引っ込めていた手か腕だろう、下からつつつっと上がって来た膨らみが、羽織っていたマント仕様の外套の、前の合わせを襟の近くで割り分けて。そのまま上がった腕に添い、ばさりと翼のように広がった懐ろへ、

 「…、」

 何か言いたげに久蔵の口元が震えたものの、もはや侭は許さぬ勘兵衛だということか、答えも待たずして大きな手が伸び、有無をも言わさず肩を掴まれ。あっと言う間に間近まで、引き込まれている手際のよさよ。背丈に差のある二人ゆえ、こうまで引き寄せられてしまうと、却って互いのお顔は見えぬ。見上げて来ない相方へ、

 「……いかがした?」

  ……………。

 「何ぞ、不快なことでもあったのか?」

  ……………。

 「儂はあいにくと、野暮天の極みらしいのでな。」

 言うてくれねば判らぬぞと、勘兵衛が続けかかった そのさなか目がけて。態度での返事ということか、痩躯がひたりと寄り添うて来。細っこい腕が雄々しい胸板に、伏せさすよう添わされる。屈強で頼もしい懐ろの感触へ、頬寄せてくる身のかすかな温み。鼻の先に揺れる淡色の綿毛がひょいと動いて、するんとすべらかな頬した細おもてが見上げて来ると、

  「追わせただけだ。」

   …………はい?

 ようやっと口を利いたと思ったら、風に騒ぐ草のざわめきが邪魔をして、あり得ぬ空耳でも拾わせたのか? いかにも堅物そうな、彫の深い勘兵衛のお顔から、表情奪ってのきょとりとさせた張本人様。反応が薄かったのも意に介さず、相手のお顔との狭間に敷居のように立ちはだかる襟巻きを、くしゅくしゅと潰すようにして頬擦りを続け。やっと顎先からお髭が覗き、おとがいの線があらわになったのへ、満足そうに目許たわませて。

 「シチが言うた通りだの。」
 「…何と言うておったのだ?」

 勘兵衛の表情が再び微妙に堅くなる。結構世話になって来た御仁でありながら、こういう運びの中で聞くのは、あんまり嬉しくはない名前。粋ごとや気の利いた悪戯に限ってならば、酔狂に長けた蓄積増やした 元・副官の古女房は。かつて自分が振り回された分もということか、時折、久蔵を使って勘兵衛を振り回す悪戯、吹き込んだりもするからで。深色の目許を細め、静かに訊いた勘兵衛へ、望月の降らせる青光にも飲まれずに、その頬、真珠色に光らせる久蔵が言うには、

 ―― 追わせたければ、何も言わずに離れてみよと。

 意味深なお顔をするでなく、誘いの眼差しを送るでなくの。何も言わずの振り向きもしないで。知らんぷりのまま、遠くへ離れてってごらんなさい。

『他のお人の態度なら好きにさせるやも知れないが、
 久蔵殿に限っては、案じてのこと、
 きっとの必ず 勘兵衛様の側から追って来ますよ?』

 久蔵殿の気も知らず、好き勝手を続けるようならば、あるいは気を揉ますようならば。そうやって思い知らせておやんなさいと。にんまり微笑って教えてくれたは何時だったやら。それが何でもない打ち合わせや店での勘定なぞであれ、他の者らと親しげにする姿ばかり見ていると、何とはなくもやもやするのが不快だったので。ついつい思い出したそれを試したらしく。言われた通りに追って来た勘兵衛だったのが、むしろ意外で…表情が定まらなかった彼だったらしく。今になってやっと、ほおと安堵の息をつき、気に入りの匂いと温みをゆっくりと堪能しておいで。

 「…だが。」
 「? だが?」

 冷えきった手の先、細い指が頬へと触れて来て。よく見えぬものを感触でも確かめたいかのように、その輪郭辿りつつ、抑揚の少ない声がぼそりと告げたのが、

  ―― 結句、俺へも我慢が要った

 それがどうしたのかは、首っ玉へぎゅうとしがみついて来た身が、語っているようなものだったので。

 「……、さようか。」

 彼の側でも独り相撲のようなものだったと、わざわざの我慢をもって来なければならなかったという答えは…もしやして。寂しかったとか却ってじりじりしたとか、そんな気持ちを含んで聞こえ。だとすりゃやはり可愛い奴よと、ひたり寄り添う素振りごと愛しい。

  しばらくほどは、南下を選ぼう。
  ???
  梅や桜の便りをな、こちらから迎えにゆこうと思う。

 そうしないと…うっかりすれば。北へ北へとばかり居るうち、花の季節を逃しかねぬ。そんな味気のない春もなかろうと、目許細めてほんのり笑えば、

 「…っ。/////////」

 一体何へと感じ入ったか、頬を赤らめたと同時、ぱふりとお顔を伏せてしまった久蔵で。いかがしたかと何度問うても、かぶりを振るばかりになる連れ合いへ。しようがないなと細い肩抱き、落ち着くまでと佇む木陰。誰にも心許さず捕まらなかった幻の君なのだ、何時までも待つさねと微笑う余裕へと、月も妬いたか群雲招いて。1つになってた陰さえ憎いと、草の波から掻き消す仕打ち。とはいえ、風籟の声も想いの外にし、互いしか要らぬ彼らだからね、それへさえ気づけているものか……。





  〜Fine〜  10.01.31.


  *愛妻の日、Part.2は、こちらのお二人でvv
   といっても、
   全然ほんわかとしてもなけりゃあ、妻への感謝もありませなんだが。
   相変わらずに、はた迷惑な最強(最凶?)バカップルだということで。

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