甘けりゃいいってもんじゃなし
(お侍 習作160)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


人というのは なかなかしぶとい生きもので、
どんなに荒れて枯れ果てた土地でも、はたまたどんなに極寒の土地であれ、
何とか住まうことは出来まいか、何か作物は作れまいかと、
様々に知恵を絞って工夫を施してみる。
ぎりぎりまで食い詰めてでも、色んなことをば試してみたりもする。
暑さ寒さ、乾きに耐え得る住まいや集落を作り、
作物の方は無理なら無理で、
じゃあと別の食いぶちを探し当てる。
例えば、岩屋から掘り出された鉱石や、
目の詰まった丈夫な材木などから、
手の込んだ細工ものを作ってよそへ売りに出るとか。
そこにしか居ない珍しい動物の骨や贓物から秘薬を作ったり、
よそから辛うじて辿り着いた旅人へ、
お疲れさんだねと休憩を薦めつつ、
別方向から来た者が置いてった物を買ってもらうという交易を始めるとか。
無尽蔵に汲み出される知慧は、人の居られる領域を広げ、
なお立ちはだかる試練を乗り越えては、
その翼をもっとずんと大きくしてゆき…




     ◇◇◇



 とはいえ、

 「此処より北には、野伏せり崩れでさえ滅多には来ぬ。」

 ぱちりと爆
(は)ぜたは、囲炉裏に燒(く)べた裂いた薪。長く放置されていたせいでか丁度よく枯れており、すぐにも火を熾(お)こせて助かった。随分と煤けた杣家もまた、人が去ってどれほどか。あちこちに隙間も多かろに、今は雪が絶妙にそれを塞いでいるらしく。どこかでかすかに風籟に似た唸りがしはするが、炉に焚いた焔群(ほむら)がはためくほどの風は起きない。

「逃亡した身の上で、人目から逃れるためならともかく。
 こんなまで厳しい冬を越す土地に、
 食べ物でも燃料でも、蓄えなんて余分にはありはしない。
 かっつかつしかなかろうそれを狙って、
 それこそ命を盾にという反撃もあるやも知れぬに、
 血刀振り上げる蛮行に及ぶほど、血迷った輩はそうそうおるまいよ。」

 淡々とした口調でさらりと…とんでもないことを諭すお人は、器用に操られる細い火箸の先で、金網の上、引っ切りなしに小さな小魚の上下を返していて。香ばしくも甘い匂いが、薄暗い屋内をなおのこと暖めている。時折、余人の身じろぐ気配も立ちはするが、すっかりと落ち着いた所作が立てるそれなのだろう、垂れ込める夜気の静かな佇まいを邪魔はしない。炉の番を買って出ているお人は、外で羽織っていたのだろ大仰な外套こそ、脱いでのお膝へ、寒くないようにと掛けていて。その下に着込んでいるのも、厚手の冬用の装備らしかったが、形は上着の袖や袴の裾が、きゅうと身に添っての動きやすそうなそれであり。毛並みの豊かな毛皮じゃあなく、頑丈そうな鞣し革を多用した補強があちこちになされてあるのが、並々ならぬ攻撃に遭っても持ちこたえられるように…ということならば。冬場でもそうまで物騒な活劇と縁がある身との、確たる証左に他ならず。

 「…と、もういい頃合いかの。」

 加減の見切りをつけたのか、忙しく動かしていた箸を止めると、網の上から小魚を手際よく小皿へと掬い取り。そのうちの1つを摘まみ上げ、形のいい口許へ寄せてふうふうと吹いて冷ましてののち、

 「…ほれ、待たせたの。」

 左側の隣りの縁に座を占めていた青年へ、その小魚を差し出してやる。

 「……。」

 日頃の彼なら、警戒心も強く人見知りもするため、そうそう素直に応じたりはしない筈が。ほれと差し出す彼女の…にっこりと たわめられた目許や口許の、何とも朗らかな気配へは。吸い込まれるよに表情ほぐし、それは素直にお口を開けるから大したもので。

 「…、」
 「お、熱かったか?」
 「〜、〜。(否、否)」

 白い歯が挟み込んだ小さな小魚は、甘い蜜にてくるまれてあり。それが熱でかすかに蕩け出しての、何とも風味のいい、茶受けの菓子へと加工されている。囲炉裏の自在鉤にかかっているのは、それもまた古ぼけた鉄瓶で、外で綺麗なところを選んで詰めた雪が、もうすっかりと解けての煮えており。湯気を上げているその中には、縁のかけた徳利がつかっていて、不揃いなぐい飲みで、燗をつけた辛口の銘酒、堪能しておいでな大人が二人ほど。片やはさっきまで小魚炙っていたお人であり、もう一人はその向かい、膝を崩しての胡座をかいて座す、蓬髪の武家殿で。

 「寒さ除けに酒をとは、その女将も気の利いたものを持たせてくれたものよの。」
 「なに、たまたま 米処で酒処という土地の宿場だったのでな。」

 それよりもお主が出してくれた味噌玉の方が、よほどに暖まったさねと。さっきまではそれが掛かっていた、割れ木蓋を載せた鉄鍋を、視線で差した壮年殿だ。彼女から言われるまでもなく、この時期の、しかもわざわざ極寒の北領を悩ませる野伏せりや野盗は滅多に居ない。あの大戦からもはや十年以上の歳月が過ぎ、世情が落ち着き始めて、そういう無頼の輩が減りつつあるから…というよりも。どちらかといや、彼女が説いたような正論のせいであり。春に撒く種もみや苗、それを買い付けるための支度金なんぞを蓄えて置くような里は、もっと南下したところにある土地の話で。

 「もちっと暖かい気候になるまで、住人ごと疎開している里も多い。」

 なので、そういう空き里を潜伏先にとする逃亡者は結構いて、

 「そういう里の長老から、戻る前の点検というか、
  怪しい輩が居座っての待ち受けていないか、
  定期的に見て回ってほしいと依頼されておったものでな。」

 この先に、春になれば方々
(ほうぼう)から織り子さんが集って、そりゃあ見事な反物や着物を仕立てる里があっての。買い付けに来る商人も年々増えてのいい傾向にあるらしい。
「冬場は各々の実家で、糸を紡いだり染める前の反物を織ったりして過ごすのだと。」
「ほお。」
 ここまで雪に閉ざされるような土地では、雪も深いこの時期、ここいらにしか居らぬ冬獣を、肉や毛皮目当てに狩るマタギの衆しかおらぬさねと。事情通なところを滔々と披露して下さった、銀の髪した凛々しい女傑は。傍らに座す青年が、透徹美麗なその風貌にはあまり似合わぬだろう、みりん干しの小魚をカリコリ素朴に食すのを、ほのぼのと和んだお顔で眺めやり、

 「甘いであろう?
  小さいが脂の乗った魚へ、特別なみりんをたっぷりと染ませてあっての。」

 だが、それがために炙るのが難しい。油断するとすぐにも焦がしてしまうのでなと、先程の箸使いの手際のよさを空で再現させて見せれば、

 「…、…。(頷、頷)」

 みりんの飴がけが蕩けただけじゃあない、魚のほうも程よくサクサクと齧れる柔らかさに蒸されており。それが余程に美味くて嬉しいか、真白い頬に朱の色をほのかに上らせた、ご機嫌そうなお顔をしている久蔵であったが、

 “いやいや、そんなもので…。”

 あっさりと籠絡されるような、そこまで単純な彼じゃあないはずと。口元まで寄せたぐい飲みを、そこでついつい止めての黙考、何が効果をもたらしておるものかと、探るような眼差しを向けてしまった勘兵衛へ、

 「何だ何だ、嫁の機嫌取りも出来ぬとは、相変わらずの野暮天だのう。」

 先にそちら様から見抜かれてしまい、かかかと楽しげに笑ったは古い友。自分と変わらぬ年頃のはずだが、そこが闊達に生きる女性ならではな神秘ということか。大きく老け込みもせずの、強いて言や婀娜なところが加味されてのこと、艶を増したる笑顔も妖婉な。そのくせ、気性は男勝りで磊落なまんまで通しているらしき、雲居銀龍という女傑であり。元は勘兵衛と同じ、北軍で斬艦刀に乗っていた猛者でもあったが、終戦のどさくさに生き別れになってののち、近年ひょんなところで再会し、奇縁を確かめ合う羽目となったばかりであり。聞けば彼女もまた、戦後はあちこちを流浪したあげく、故郷に間近いこの辺りで、野伏せり崩れを片っ端から狩っている賞金稼ぎとなったとか。よって、この辺りへまで出張っていたというのは、彼女には結構な遠出にあたるのだが、

 『弦造殿から誘われたのでな。』
 『………お?』

 お主らとも縁があるのだろ?と事もなげに言い足して。シチに風貌がそっくりな、ずんと若作りな御仁だが、何の、あれでわしらの新任当時の上官だったカジマ殿を、その初陣に奇しくも立ち会うたが、腰が引けまくっておった鼻垂れとか言うておってな…と。実はどれほどの年長かもとうに把握しているらしいくせして、

 『昨日までに取っ捕まえた賊どもをな、
  南の役人らのいる詰め所まで、送り届けてもろうた。』

 丁度、マタギらがソリを出す言うたのでな、それの殿
(しんがり)へ、檻に田下駄を履かせた即席のソリをしたてて連結し、送り状だけでは心もとないと彼らが言うので、弦造殿が着いてったのじゃと、

 “相当な年上目上と判っていつつ、それでも顎で使うとは。”

 礼儀礼節を知らぬじゃないが、怖いもの知らずなところは相変わらずと、何ともいえぬ苦笑を見せた勘兵衛だったのは言うまでもなくて。だがまあ、気の置けぬ間柄なのはこちらからも同じこと。好きに言わせるだけに留めておかず、中途で止めていたぐい飲みをあおりつつ、

 「機嫌とりも出来ぬとは何ごとか。」

 蓮っ葉にも言い返す勘兵衛で。

 「おや。」

 意外や反駁するかと、細い眉を片側だけちょいと引き上げた美貌の主は、だが、真っ向から当人へと言い返すことはせず。その視線を横手へと転じ、

 「愛らしいのう、甘いものが好きか?」

 自分の前にも置かれたぐい飲みを、だが1度も上へ向けぬままな久蔵だったのへ。そうそう、こういうつまみがあると、少なめの荷の中から小魚の保存食を取り出したところから、そのお膝を久蔵のほうへと向けたままの銀龍殿。あらためて訊いて、こくこくと頷いた若いのへ、可愛いのうと腕を伸ばすとすんなりと捕まえ、金の綿毛へすりすりと頬を寄せて見せる嬌態が…なかなかわざとらしかったりし。

 「……?」

 そちらさんは、いくら気の置けない相手でも、そこまでの構いだてへは…約1名を除いて嫌がるお顔をするはずが。あれれぇ?と赤い眸を丸くした久蔵、そのまま…自分へと密着している懐ろへ自分の方からも鼻先を寄せる。え…?とか、お…?とかいう、微妙な感慨乗せた注視を二人分、その身へ集めたご当人はといえば、

 「…椿。」
 「ああ。よう判ったの。」

 こうまで冷えておっては香りも立たぬはずだがのと、懐ろの合わせから細い指先がつまみ出したのは、ツゲの櫛。彼女が髪の手入れに使っているのらしく、そこに染み付いていたのが匂ったのだろと微笑った銀龍へ、

 「シチと同じ。」
 「おお、そうか。七郎次はまだ椿油を使こうておるのか。」

 戦場には選ぶほどには物資もなくて。身だしなみに使うものなぞ、一番後回しにしか揃わない。髪油なぞ、自分で調達せねば手元へ届きようがない、嗜好品に属す代物であり、

 「後れ毛を気にしておったので、
  どこぞかの花街で太夫からもらったの、分けてやったのが切っ掛けだからの。」
 「…っ。」

 失礼なことながら、真っ直ぐ指を差して来たのへと、うんと満足そうに大きく頷いてやり、

 「そのくらいの洒落っ気があって、柔らかい男であればよかったに。
  お主の亭主はどうも、野暮が過ぎるばかりで一向に気の利かない男なようだの。」

 いちいち知ったような言いようを重ねるものだから、これもまた珍しいことながら、ありありと不快を示し、太めの眉をぐぐいと寄せて見せた勘兵衛だったが、

 「ほれまただ。さっきから指先ばかり気にしておる。」

 そんなことよりもと彼女が関心を示したは、持ち重りのしそうな印象も強い、大きくてごつりと頼もしい、勘兵衛の手へ。防寒具としての手套を外してからのこっち、手が暖まって来たからというだけじゃあなさそうな仕草で、右手の人差し指と親指の腹、しきりと擦り合わせている彼であり。

 「おおかた、嫁御に咬まれたか?」
 「う…っ。」

 言葉に詰まった彼だったのへ、おやおや図星かえと、ますますのこと苦笑を深くする銀龍が、

 「まま、白粉くさい飴なぞ出されては、
  どんなによく仕える嫁御でも向こう腹が立とうというものだろよ。」

 そうとの指摘をした途端、

 「   え?」
 「…っ。//////////」

 今度は互いの反応がそれは鮮やかに逆転したものだから、
「……おやまあ。」
 これへはさすがに、どういう意味かくらいは察した銀龍。自分の懐ろのその深みへと、なおもそのお顔を寄せ伏せた若いのを見下ろすと、今度は呆れたという声音を出した。恐らく久蔵は何にも言わぬまま、静かに静かに拗ねており、そして、

 「お主は今の今まで、気づいてさえおらなんだのか。」
 「……………ああ、そうなるが…。」

 ほれと手づから食べさせようとしたあめ玉の、何が気に入らなかったのか。がじりと随分本気でその指へ噛みつかれた勘兵衛だったのは本当で。ただ、今の今まで何が原因かが判らないままだったらしくって。

 「ほんに、妬き甲斐のない亭主だの。」
 「…。////////」

 出立する折に“これを”と酒を持たせたのは見ていたが、あめ玉まで持たされたなんて知らなんだ。勘兵衛がこれだと差し出した、女将から渡されたらしき紙包みには、成程、香がほのかに焚きしめてあり。口元までという至近に寄せて初めて嗅げるほどの、そりゃあささやかな香りだったので。渡された当人は気づかなんだが、久蔵の方は……というのがコトの顛末。そんな間合いで出会ったのを幸い、こちらも女である銀龍へ殊更に懐いて見せたのは、この彼には精一杯の意趣返しであったろに。その取っ掛かりからして判っていなかった勘兵衛では、反省のさせようがないというもので。

 「人誑
(たら)しっぷりも相変わらずな その上、天然の朴念仁と来てはの。
  それでは、お主へ惑った者らへの罪の上塗りではないか。」
 「…なんだ、それは。」

 意図せぬことへまで詰られる覚えはないぞと、言いたい放題な銀龍を相手に、少々表情が尖って来た勘兵衛だったのへ、

 「……。」

 それをじいと見やっていた誰か様。話の展開よりも、そんな顔をした彼へと、何かしら思うところでもあったのか。ふと ふいと、その身を銀龍の懐ろから剥がしてのそのまま、今度は反対側にあった壮年殿の方へとお膝を進めると。まるで、彼を庇うかのように…その痩躯を擦り寄せたまま、視線だけを今度は女傑のほうへと向けたものだから。


  「………っ☆」
  「好きに やっていよ。」


 勘兵衛が呆気に取られ、銀龍が中
(あて)られて呆れた…というのは、言うまでもなかった、とある北の地の、とある厳冬の夜話でございまし。(ちょんっ)






  〜Fine〜  10.02.08.


  *な〜んやこれ なお話ですいません。(ホンマにな)
   いえね、
   銀龍様というナイスな元同僚様が現れたので、(宮原様、すいません)
   たまには勘兵衛様の、あの…フェロモンだだ漏れっぷりを、
   きっちり叱ってもらった方がいいんじゃないかとか思ったのですが。
   それへと今一番に手を焼いてる嫁が、
   それよりキュウゥンと来るのが、
   余裕がなくなっての、困り顔のおさまだとしたら………?
   という、よう判らんことへ開眼しちゃったもんですから。
   各方面へ、ただただすいませんでした。


めるふぉvv
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