相も変わらぬ…
(お侍 習作162)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 

いつであったか忘れたが、
再会してからの七郎次がつくづくと、
感心してだか呆れてか、こんな言いようをしたことがある。

 曰く

 『勘兵衛様は、
  久蔵殿には 殊の外 気を許していらっしゃるようで。』

例の騒動ののち、
ほとぼりが冷めるまでという名目を背負い、
二人が伴い合って遠方へと出奔することへ、
誰より納得し、加担しもした彼なので。
今更それを“いけない”と指摘したかった訳ではなかろうが。
勘兵衛以上に生粋の“もののふ”である久蔵を、
あまりに無防備に、それも背後や懐ろという至近へ擦り寄らせていること、
それをそうと知ったばかりの頃は、さすがに ひやりとしもしたらしい。
何しろあの赤い眸の剣豪は、
彼にとっての御主を“斬る”と公言
(?)していた存在なのだし。
懐ろへともぐり込んで来たそのまんま、
無防備な脇腹や心の臓を小太刀でぶっさりとやられちゃあ、
洒落にもならぬというもので。
そんな憂慮へ気を揉んでいた元副官へ、勘兵衛から返された応じは…といやあ、

 『殺気あっての傍若無人というものでも なさそうだからの。』

連れが読み売りへ集中しておれば、強引に懐ろへもぐり込んだ来たり、
抱き枕にするには広すぎる背中へ、ぎゅうとしがみついて来たりする彼は。
時には気配を消してと努めていることもなくはないながら、
大した害意は感じられず、勘兵衛の側でも警戒が要らぬほど。
そも、ここを取り違えてはならぬのが、
(か)の練達は あくまでも、
勘兵衛とは“切り結び”という形で立ち合いをしたがっているのであり。
まま、武士道とは云々との正道のみを振り回す青二才でなし、
あの大戦を体験して来た剣豪殿でもあるので、
騙し討ちでも、畢竟 勝負は勝負という屁理屈もありだと判っていようが。
それでも…不意打ちでかかって ただ仕留めるだけで満足するとも思えない。
超人的な身ごなしを得手とする、久蔵のような桁外れの練達が、
だというのにそこまで手を選ばぬなんて 相応しくないとか何とかいうのじゃなく。
それでいいなら、わざわざ神無村まで、
仲間を斬ってまで勘兵衛を追って来なかったと思うから。
砂漠で覲
(まみ)えた折の立ち合い、いやさ、虹雅渓での初対面の場で、
長丁場ともなれば息が上がっていた相手を、難無く仕留めておしまいと出来たはずで。
それでは面白くないと思ったからこそ、
数ばかりが大掛かりで、質的には何ら面白みのない、
野伏せり相手のあんな戦さに加担してくれた彼でもあろし。

 『それなりに刀技も極めておりながら、
  あちこちに持ち合わせている袖斗
(ひきだし)があまりに多くてのこと。
  詭弁や口八丁を繰り出しての、のらりくらりと躱してみたり、
  眼光鋭く見据えることで、
  対手に何かしら勝手に思い込ませる腹芸まで操れるほど、
  一筋縄ではいかぬ、途轍もない難物の勘兵衛様が相手なのだから。
  どんな搦め手を駆使しても、
  実のところは卑怯と罵られることもないだろに』

あの大戦以降は生き別れの身となっていて、
ここ最近の勘兵衛を知らないはずの七郎次からさえ、
そういうところは昔と変わらずにおいでだと、随分と手酷く評されていた壮年殿。
そんなおタヌキ様から翻弄されるのがお嫌なら、
いつだって“約定はここで“と手っ取り早く畳めもしように。

 “そうはならぬということは…。”

案外と、いやいや…実のところは、
久蔵の側でもまた、
彼を斬るのは自分だなんて言いようそのものが、
自分を納得させるための、単なる大義名分と化しつつあるのかも。
若しくは、それ以外の勝手な死を認めぬと、
勘兵衛は自分の手で以外でその生命を摘まれてはならぬのだと、
その意味合いが変わりつつあるのかも。

 “だったら、手放しで送り出した甲斐もあったというものなんですが。”

春も間近い甘い宵。
どこぞかの路地からだろう、
春の微熱に甘えるような若猫の声がしたのへと。
すべらかな白い頬や形のいい口許を、
やわらかな笑みにて ふっとゆるめた七郎次である。






       ◇◇◇



そして、

 “少なくとも、
  斬りたくてたまらぬと思う相手にこれはないわな。”

まま、彼には彼の理屈や嗜好もあろうけど…などという、
呑気な感慨が出る辺り。
勘兵衛の側でも、年若な連れから強いられているこの構図へ、
だがまあ、火急や危急とまでは感じていなかったのではあるけれど。

 「……。」

寒さ厳しき冬の間は、さすがに賊らも動きが鈍いか、
野伏せり崩れを討伐する依頼も微妙に減るらしく、
役人衆からの呼び出しも緩慢となったその狭間。
丁度そういう頃合いだからと、
梅や桜の便り、こちらからも迎えにゆくが如くに、
その居場所、今頃になって南へ南へと動かしつつあった彼らであり。
だからといって気を抜いている訳ではないながら、
のんびりとした歩調であったせいだろう、
随分と遅い時刻に辿り着けたのが、小さな小さな宿場町。
たいがいの宿ではとうにお客も荷を解いての落ち着いており、
風呂を浴びの、食事も済ませての、
あとは寝つくだけというよな頃合いだったが。
場末の小さな宿が辛うじて、
長く使っていない、蔵もどきの離れでよければと、
飛び込みの、しかもどこか すすけたいでたちの客にも応じてくれて。

 『どうぞ、こちらでおます。』

ちょちょいと貴重品らしき骨董を退けただけの、
埃まみれで殺風景な、
それでも一応は、小あがりになった板の間の奥に、
畳み敷きの次の間もあるという作りの離れの一棟へ。
今宵の仮の宿として腰を落ち着けることのかなった、
壮年殿と金髪痩躯の若いのという二人連れ。
まだまだ夜寒でございましょうと、
奥の間へ丁寧に綿入れの夜具を敷いてくれたそのついで、
炭火を熾こした火鉢を運び込んでくれたのは、
こんな遅くにすまないと、心付けとして渡した金子がものを言ったらしく。
そこで湯を沸かして携帯食を汁ものにし、粗末ながらも夕餉として、さて。

 「……久蔵?」

確かに、陽が落ちればまだまだ冷え込む頃合いの夜半。
藍の染めつけが小粋な、丸々した火鉢の傍らという、
板の間の方へと座したままでいた壮年殿の。
寝付く前にと日頃からも手掛けている習慣。
読み売りと照らし合わせているものか、
道中確認のためにと広げた地図を押しのけまでして、
その懐ろ深くへもぐり込んでたのが、うら若き連れ合い様で。
夜気を吸っての冷ややかな綿毛を、ふわんぱさんと揺らしつつ。
その身をぐんと擦り寄せて来ると、
白い手でしがみついた壮年の、砂防服の内着の前合わせを割り開けて。
あらわになった首元や鎖骨回りへ、
細い鼻梁をすんすんと擦りつけて来る誰か様を、
視線だけにて見下ろす勘兵衛だったりし。

 “何が楽しいものだろな。”

さほど四角い座しようではないながら、
それでも円座の上へ膝を揃えて座っていた勘兵衛の、
頼もしくも重厚な身へと。
夢見るようなという描写の相応しい、
冠を思わす金の綿毛を頭上へいただいた、
玲瓏繊細、真白き美貌の青年が、
しなやかな痩躯をひたりと合わせ、
そのまま相手へ解け合いたいかのように、
あるいは自身の熱や匂いを擦り付けたいかのように、
うにうにと無心に擦り寄っている様子は。
誰ぞが踏み込めば少なからずギョッとするかも知れない、
どこか蠱惑で、妖しき艶をたたえているよな構図だったが。
結構 頻繁な扱いなものだから、壮年殿にしてみりゃあ慣れたもの。
まずはとお膝へ乗り上がった最初には、
小さめの手のひらを延べて来て、
鋼の色合いに灼けたこちらの胸板の肌なぞ、すりすりと撫でていたものが。
それだけじゃあ足りないものか、頬を寄せたり鼻先でつついてみたり。

  ―― だって、よくよく練られた重厚な肢体の、
     肌合いも質感も気に入りだから。

もはや この歳ですから情も熱も枯れ果てましたと、
老獪な知恵をだけ、持ち合わせておりますという振りをして、
褪めて煤けた居住まいにて、納まり返って見せながら。
その実、四十を越した壮年にはありえない、筋骨の充実した肢体をし。
持ち重りのする大ぶりの手に、たてがみのように風にたなびく深色の髪。
様々な苦渋と錯綜を耐えることで、
その面差しの彫りも深まったのだろう、
それは精悍な顔立ちをし。
荒々しき野趣の滲んだ、鮮烈豪快な体さばき、いまだにこなせる身でもあり。

 「……。////////」

どこもかしこも抱き締め尽くしたいだけ、
自分のものだと確かめたいだけなのにね。
聡明な知慧を秘めた昏い眸も、あごへとたくわえられた堅いひげも。
それで紛れてしまっている、存外と繊細な線に縁取られたおとがい。
ごつりとした凹凸が妙に色香のある陰影を浮かべている首や、
さして短くはないはずのこの腕を、
両方で回しても巻き取り切れぬ、分厚い肩や胸板や。
全部全部 自分のものだと、実感したいだけなのにね。
ちょっぴり焦れてのこと、懐ろという至近から見上げれば。
男臭さの滲んだ、くっきり引きしまった口許が、
んん?と悪戯っぽくほころぶものだから、

 「〜〜〜〜。///////」

ああもう、なんて狡い奴なのだ。
すっかりと枯れました、褪めましたと、
口ではせいぜい言いながら、
その実、どれほどの熱をその身へ潜ませているものか、
そして…雄々しきその熱情のどれほどが、こちらへと傾けられているものか。
どうせならそれもまた、全部を攫って独り占めしたいと思いつつ、
されど、こちらばかりがお熱なようで、
それはそれで落ち着けないから、人の心というのは厄介で。

 「〜〜〜。」
 「…っ、これ久蔵。」

せめてもの駄々をこね、
お膝へとまたがるように乗り上げたそのまんま、
目の前にある相手の首へとお顔を寄せて。
乙女の血を飲む邪妖の真似ごとか、
柔らかな口許、押し当てては、
鞣し革のよな膚の感触、唇と舌とでちろりと堪能させていただいて。

  ―― これでもまだ、そんな紙切れに執着するか?

愛しき男のいかついお顔、掬い上げかけた両の手が、
大外から上げられた大きな手により捕まってしまい。

  ―― さぁて、どの手がどの口が、
     けしからぬお悪戯
(いた)をしたものか。

愛しい連れ合いの我儘と挑発へ、
じゃあそろそろ応じて差し上げようかとばかり。
にんまりと笑ったそれを合図に、
なされるままだった四肢や肢体へ、剛の力がみなぎって。
擦り寄って来たのはそちらだからと、
しなやかな肢体をやすやす捕まえ。
何かの武道における、最も簡単な組み手よろしく、
板張りの上へとねじ伏せる手際の、憎たらしいほど鮮やかなこと。
長い裳裾で覆うよに、
濃い色の床の上、紅と白の衣紋が入り混じる。
のしかかって来る忌々しい重みに、されど早々と酔いながら、
こちらへと落ちて来る蓬髪を掻き上げ、
彼には稀な、艶な所作にてそれごと首っ玉を抱き抱えた久蔵の耳元へ、

  どこかの軒先で、甘く鳴いてた猫にでも煽られたか、と。

余計な言いようをした勘兵衛が睨まれるのは、少しほどのちのことである。






  〜Fine〜  10.03.02.


  *総身改メから、
   もはや軽いセクハラへ進展しております、新妻。
(笑)
   よその勘久サイト様では、もっぱらおっさまの方がセクハラを致す側なのに、
   ウチでは襲い受けの奥方がやりたい放題という、
   微妙に異色なカラーが定着しつつあるようです。
   でも、おっさまも内心で喜んでるから、
   微妙にハラスメントは成立してないかな?
 

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