料峭散華
(お侍 習作164)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


その絶大な武力をもって、
非力な農民たちから恐れられるばかりだったのをいいことに。
不法な強奪行為をはたらきつつも、堂々の専横跋扈していたものが。
繁華な土地以外へも戦後の復興がやっと追いつき、
平等な治安維持が敷かれ出したのと、
実は同じ穴の狢だった“都”の撃墜に関わった存在という、
微妙な解釈との合わせ技をされた結果、
今やすっかり“お尋ね者”になり下がってしまっている野伏せり崩れ。
その離散逃亡を追っての仕置きが多いせいか、
どちらかといや辺境の北領寄りを回ることになりがちで。

 『そも、連中が大手を振るって闊歩していた辺りだから、
  土地勘のある者も多いのだろうな。』

頭目級の雷電だの紅蜘蛛だのといった顔触れは、
たとい“都撃沈の戦”では滅び損ねたクチであれ、
その巨きな機巧躯が目立つこともあって早々と一掃されており。
人型の甲足軽
(ミミズク)や兎跳兎、
搭乗者は生身のままな鋼筒
(ヤカン)辺りが、
今更真っ当な暮らしもなかろうと徒党を組んで出没するのを。
被害こうむる人々からの、依頼を受けては片っ端から捕らえて回る、
いわゆる“賞金稼ぎ”という立場に落ち着いて、
もうどのくらいとなるものか。
十年以上も前にあの大きな戦が終結して以降、
軍という組織から解き放たれ、
何の肩書も持たぬ単なる浪人となって野に下り、
流浪の空をその寝床として来た勘兵衛にしてみれば。
今時の世情を導く大きな転機、
一部のアキンドらによる一方的な専横の打破を手掛けた、
もしかせずとも立派な張本人でありながら。
時流に撒かれている側よと、
白々しくも淡々と、その日その日を噛みしめるように過ごしており。
もはや枯れたの褪めたのと、言って聞かない元上官へ、
まだまだそんな収まりようはありますまいとの意趣込めて、
再びのお別れに際し、
元副官が押しつけるようにして“一緒に”と送り出したのが、
それはそれはうら若き剣豪が一人。
大太刀振るわせれば、すっかりと完成しきった“剣鬼”だったが、
人としては驚くくらいに真っ白な素材で。
彼がそんな態なのも あの戦の落とした翳りのようなもの。
勘兵衛が その後生は様々な重石をその背へ負って生きるつもりだと、
相も変わらぬ頑なな道、選ぶ決意でいるのなら。
それらと向き合うそのついで、
まずはまだ生きてる落とし子と向き合ってはいかがかと。
そんなような言いようしつつ、
ほらほらお行きと背中を押したその腹では…だが、
愛しい二人を二人とも、大事にしたいその一心から、
自分ひとりが居残り選んだ、やさしいお仲間。

  勘兵衛へは久蔵という、明日のある“生”そのものを預け。
  久蔵へは、待っておりますからと、帰る場所を作ってやって。

姿こそ嫋やかだけれど、根はうんと辛抱強い、
正に春のようなその人は、
あと少しほど足を延ばした街にて待っている……。




     ◇◇◇


咲いても散っても こうまで派手な存在感のある花だから、
それこそ毎年毎年、間違いなく見ていたはずなのに。
春の使者だと うっとり見とれるよになったのは、
あの虹雅渓を離れてからだと思う久蔵で。
煤けた街の中に形ばかり在っただけなそれだったからか、
それとも…それへとかこつけた、
華々しい祭りとやらの方が大事とされてたもんだから、
肝心な盛りの時期に見ている余裕なぞなかったからか。
みっちりと梢を埋めてまといつく花々の、
練り絹を思わす緋白の濃厚さとか。
重なり合うことで生まれる花の闇の、
それは分厚い存在感や、
こちらからの注意や視線を、
何の声掛けもないまま吸い寄せてしまえる絶対の蠱惑とか。
ほれ見てご覧なと指されずとも、
この自分が視線を奪られて離せないものが、
そうそうあろうとは、今の今まで思わなんだ若いので。

 「………。」

紫 染ませた青空を背に負い、富貴に咲き誇る桜は、
その威風がね、何だか勘兵衛様に通じて見えて…と言っていた七郎次であったが、

 「……。」

果たしてそうだろかと、久蔵は小首を傾げる。
だって桜は花だもの、
嫋やかで儚げなその佇まいは、
あの武骨で精悍なもののふには重ならない。
淑やかと言うと言い過ぎだろうが、
それでも…桜といえばの華やぎまとった佇まいは、
むしろ七郎次の方に似合いではなかろかと。
この季節には行く先々で銘木に出会える花たちへ、
そうとばかり感じていた、紅蓮の胡蝶殿であったのだけれど。

 「…っ。」

さぁ…っ、と 花房 震わす音がし、
不意に吹きつけた風が一陣ありて。
こちらもやはり樹齢の長い銘木が、
周辺の空間までもを緋色に染め上げていたほど、
大きく広げていた梢のあちこち、
さわさわ・ばさりと揺らしたそのまま、

  ―― はらりはら、と

まるで梢の先が粉々にほどけてゆくよに、
宙へと零れたものがある。
ふわりと揺れて送り出された最初の欠片は、
無理から千切られたようなものにも見えたが。
それへと続いた花びらたちは、
もはや止める術もないまま、
ほろほろと泳ぎ出すばかりな、正しく花の散雨のようで。

 「……。」

これがこう散ることくらい、重々 知っていたはずだったのに。
たった今始まったというその刹那へ居合わせたことが、
燦然と咲く桜と、寂寥の中に散る桜、
紛うことなく同じ存在なのだよと、わざわざ見せつけられたような気がして。
知識で知ってはいたが肌身では知らなかったことだったのだと、
思い知らされたような気がした久蔵の眼前で。
可憐なのに壮健だった、
威風さえまとっていた桜が、ほろほろと音もなくほとびてゆき。

 「………。」

これが終わりなんかじゃないと、
次には若葉が顔を出すのだと、やはり知ってはいたが。
つい伸ばした手の先、擦り抜けて次々と。
別れを告げるよに散っていってしまう緋色の花びらなのは、
さながら…自分がこの手へは何も掴めぬと、
そんな暗示を表しているようにも思えてならず。

  今までだって孤高だった

見たもの触れたもの、
対等以上と見なしたものは、みんな斬って来たから、
結果、自分しか居残らぬも道理。
身を切るような風の中では、
総身を滾らす対象求め、そうであるのが自然だったが。
触れる端から相手がほころびてゆくのは、
此処にはもう居てくれなくなるのは。

  ひとり置き去られるようで居たたまれない

何でどうしてそう思うのだろ。
あの大戦の只中でも、
虹雅渓にての刺客掃討の務めでも、
その場に誰も居残らなくなるまで、
凶刃振るうのが常だったのは誰だった?
伸ばしていた手を引くと、
自分で自分の二の腕抱いて、
白い指が立つほどに紅の衣紋を掴みしめる。

  おかしいな

桜が咲くほどの春なのに。
寒いワケでもないっていうのに。
もはや見渡す限りの空中を、
その緋白が覆うほど、ひらはら舞い散る花びらは、
決して雪ほども冷たくはないのに……。

  「…久蔵?」

そんな花びらの向こうから、
待ちわびていた声がやっと届いた。
少し堅いが深みのあるその声は、
間近にて囁く折だけは、
吐息の響きが重なるからか、
低められるだけでなく、甘さも加味される不思議な声音であり。
それが今は…少々案じるような加減になっていたのは、
此処で待ち合わせていた連れ合いの、
殊の外 心許ない様子が眸に入ったからだろう。
如何したかと言問う暇間もなく、
細い肩の上、もはや見慣れた端正なお顔が、
こちらを見やると紅の眸を見張り、
反転して来たそのまんま、飛び込んでくるものだから。

 「久蔵? 如何したのだ。」

今更 何をか怖がる青年でなし、
だがだが、しゃにむにしがみついてくる腕は、
力を緩める気配もなくて。
勘兵衛ならば片腕だけでも覆える薄い背を、
大切そうにくるりと抱きしめ、
よーしよしと髪から背からと撫でてやり。
一体 何に怯えたものかと、案じながら見やるは散桜。

 「ほれ、久蔵。見事なものだぞ。」

あやすためにか 見てご覧と促すが、
相手はそれこそ いやいやとかぶり振るのみ。

 「久蔵?」
 「〜〜〜。」

その手を回した広い背を覆う、堅いが暖かな蓬髪の感触やら、
頬を埋めた衣紋越しでも雄々しく固い、
それは頼もしい胸元から立つ 精悍な匂いにくるまれて。
ああ自分の勘兵衛なのだと、此処が間違いなく自分の居場所だと、
まだ物慣れぬ胡蝶殿が、何とか気持ちを落ち着けるまで。

 「……。」

視野埋める花びらの乱舞を堪能しているように見せかけて、
その実、ぎゅうぎゅうとしがみつくささやかな温みに、
早朝の肌寒さ、和らげられてのくすぐったそうに。
ついのこととて口許ほころばせる壮年殿だったりするのを。
だが、当の久蔵は残念ながら気づかずにいるのだった。






  〜Fine〜  10.04.22.


  *今日4月22日は“良い夫婦の日”なんですってよ、奥様。
   ちなみに、11月22日は“いい夫婦の日”。
   きっと“妻の日”と“愛妻の日”とがあるのと
   似たようなノリなんでしょねvv

happaicon.gif めるふぉvv

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