(お侍 習作165)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


今朝方、まだ陽もはっきりせぬ黎明の中、
さっと ひとときだけ降った雨があったようで。
木々に宿った露玉が、
それでも今は陽の光をためてのこと、
きらりちかりと可憐に燦いており。
やっと春めいて来ていたのに、
それを無かったことにでもしたいよな。
そんなささやかな肌寒さが、
一夜の寝床とした杣家を出た途端、頬や鼻先へとまとわりついて来て。
難儀なことよと、風防用の首巻きをやや立て気味に直しておれば。
そんな壮年殿の様子をどう見たものか、
口許へ寄せた自分の手へ、はあと息を吐き掛けた連れの若いの。
彼もまた寒いものかと視線を向けた勘兵衛へ、だが、
その手を勢いよく延べて来ると、

 「…っ☆ これ、久蔵。」

避ける間も与えずの早業なのは今に始まったことじゃなし、
そちらへは…警戒しても詮無い相手だと、自分への言い訳をするとして。
延ばされた手が、こちらの耳朶をきゅうと摘まんで来たので、
子供じみた悪戯かと思っていたらば、
そのまま小首を傾げて見せるものだから。

 「……。」
 「…ああ。すまぬな、温かいぞ。」

やっとのこと意図が判って。
それでと つい零れた苦笑の方が、彼へは戸惑いを招いたらしい。

 「…。///////」

ぱちぱちっと何度かその目許を瞬かせた後、
たちまち頬を赤らめてしまったのは、
謝辞へかそれとも、
自分から至近へと置いた身ゆえに、
引くに引けぬなくなったことへ今になって気づいたからか。
相変わらず、対人間の距離感がつかめていない節の多々ある彼で。
それでも…それこそ意地を張ってだろう、
まるで蝶でも捕まえるよに、
こちらが上からそおと触れてやるまで、そのままでいてくれたのが、
子供じみた振る舞いだからこそ、胸に染みてのくすぐったくて。

 「…。」
 「ああ、行くぞ。」

誰ぞかへの挨拶の必要もない、街道途中での泊まりの明けた朝だ。
簡単な朝餉を勝手に済ませ、身支度も整えての。
樵小屋だろうか粗末な杣家を後にして、
早起きな鳥の鳴く声がどこからか響く木立の中へと踏み出せば。
あちこちで次々にその翅を広げるようにして、
思わぬところから降り落ちる木洩れ陽が躍るのが、
訪れつつある春の次、
初夏の気配の到来を、様々な緑のもざいくという眼福で知らしめる。
殊に、萌え始めたばかりだろう、新芽のやわらかな緑の明るさは格別で。
濃緑の上へと重なることで、
光を透かす頼りなさがますます初々しく見えるそんな中。

 “……おや。”

木洩れ陽の目映さを弾いて燦く、
連れの頭上に躍る、金絲の髪へと視線が向いて。
寡黙でも無愛想でも、
その存在感の華やかさでは秀逸と、
常々思っていた勘兵衛だったが、

  ―― この瑞々しい翠の中で、
     どの若葉にも負けぬ清冽さはどうだろう

決して生気が足らぬわけではないが、
我欲も慢心も知らぬかのような、
玲瓏透徹、涼やかな横顔は。
周囲に満ち満ちた朝の気配と、
それを片端から染めるかのような、
新鮮な緑の青々しさにも負けず呑まれず。
凛と冴えての端然と麗しく。

 “ただ端正なというだけではないからの。”

何せ この同じ彼が、
昨夜はどんな獅子奮迅の働きを果たしたかも知っている勘兵衛であり。
月の光を吸わせての、険悪な力を得たこと思わすような、
銀の妖しき光をまとった、双刀翅翼。
その痩躯を宙へと舞わすために備わった翼かと錯覚するほど、
そりゃあ鮮やか且つ自在に操っての、見事に捌いて賊らを仕留め。
無様に浴びはせぬながら、
それでも周囲へと飛び散り、ばら蒔かれた残骸からあふれ出る、
おびただしい鮮血や死臭、
機巧躯から洩れた動力燃料の鉄臭さの中へとその身を置きながら。
だというに、月光の白を浴び、
神々しいまでに燦いていた不思議な存在。
それを思えば、朝の気配にもすんなり同化するのも、

 “特に奇異なことではない、か。”

そうまで“人臭さ”のない彼が、
だのに、先程のような可愛げを見せることこそ、
天変に匹敵する奇跡かも知れず…などと。
自分の連れ合いつかまえて、相当なこと思う壮年も壮年ならば。

 「……。」

彼とても同じよに、昨夜の修羅場の中にあり、
その白い衣紋を鋭い動作の中、
猛禽の翼のごとくにひるがえしては、
雄々しき太刀筋の下、無頼の輩を瞬殺しては薙ぎ払い。
息も上げぬままの手早く片付けた、
その勇壮な仕置きの鋭さ果断さなぞ微塵も残さず。
大人の余裕と落ち着きたたえ、
賢き厳格さの中に、やや枯らした富貴をも滲ませた、
何とも重厚な君であるだけでも、得難き連れ合いであるというに。
それが、ふと 口許なんぞをほころばせれば、
たちまち滲むは男の色香。
実は いまだ衰えを知らぬ精悍な肢体の頼もしさや、
笑えば稚気のやわらかに滲む、それは暖かな風貌をしていること、
自慢であるが…同時にあんまり知られたくなくて。
どきどきと はらはらとから、つい、
傍らへと駆け戻っては、
その衣紋の端やら豊かな髪の裾やら握ってしまう久蔵なのを。
さて、勘兵衛はどれほど自覚しているのやら。
相変わらずですねぇと、
青葉の上、水玉を転がして、
すっかりとこしらえを変えた桜の梢が、
くすすと微笑ってそんな彼らを見送った。




  〜Fine〜  10.05.12.


  *あああ、も一つのお部屋に挙げたお話と
   タイトルがかぶってしまいましただ。
   でも、今朝からこっちの寒さには、何事かと思いましたものね。
   今宵はパジャマが、冬のへ逆戻りです。
   皆様も、風邪ひかないようにね?

happaicon.gif めるふぉvv

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