人もうらやむ…
(お侍 習作166)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


耳鳴りのようにさあさあと、
その雨脚を紡いでいた こぬか雨がやっとのこと上がったばかり。
濡れた土の匂いと新緑の醸し出すそれだろう青臭い草いきれとが、
雨に洗われた冴えた精気となって、その木立の中には満ちており。
スズカケやケヤキなどが若い青葉を茂らせつつある梢には、
ところどこで薄陽を浴びたしずくが燦いてもいて。

 「……っ。」

そんな清涼な場には少々ふさわしからぬ存在が、
互いの手に手に大太刀なんて物騒なもの抜き放ち、
鋭くも殺気に尖った視線を向き合わせておいで。
ああいや、そうまで殺気立っていやるは片やの陣営のみで、

 「いかがした。
  金目のものか若しくは命か、
  盗むか奪うかするのが、主らの稼業じゃあなかったか。」

そこは 一応は街道筋じゃああったが、いわゆる抜け道、
整備されてはないものだから、馬や荷車は到底通れぬ。
辺境警邏の役人らの、監視の管轄からも外れているがため、
余程のこと急ぐ者か事情
(ワケ)ありな者しか通らぬだろう、
そういう僻路だったから。
胡散臭い連中には格好の、たむろの場ともなっており。
たまさか善良な民が通りかかっての、
そんな連中と鉢合わせてしまおうものなら。
身ぐるみ剥がされるなんてのは序の口で、
見目のいい娘なら攫われもしよう、
自分たちの姿を見たからと、
通報を疎まれての命奪われることもザラという、
何とも身勝手な賊らの徘徊する峠の入り口として、
不名誉な悪名を高めていた林だったのだけれども。

 そんな猥路に、夜更からの小雨とともに現れたのが、
 随分とうらぶれた風体の、お武家らしい壮年ひとり。

どれほど着ていてそこまで縒
(よ)れさせたやら、
褪めた白の砂防服をだらりとした外套と共にまとった姿は、
いかにもくたびれ切った旅の途中という感があり。
先の大戦が幕となったことで職を失い、あてのない浪人となって何年経つやら。
大方そんな身の上の、年寄りもどきだろうと踏んでのこと。
蓄えの幾許かでも持っていりゃあよし、なければ腰の刀でも撒き上げるかと。
そんな浅慮からちょっかいをかけたこと、今になって後悔している連中で。

 “何なんだ、こいつはよ。”

木立の深みまでを数えれば、
数十人はたむろしていよう賊どもの群れを前にしていると、
彼の側でもきっちり判っているような。
だが、それにしては一向に怯む様子を見せない、その蓬髪の壮年武士は。
思い返せば…不遜にも道の先に立ち塞がっての呼び止めたその折から、
そんな態度のまんまだったような気がし。そして、

 「先鋒が得物を折られただけのこと、まだまだ畳み掛けることは出来ように。」

血の気の多いのが、脅し半分、罵声を上げつつ突っ掛かっていったのを。
どんな手妻を使ったか、
5、6本ほどが一斉に振り下ろされた太刀の切っ先、
一気にへし折ってしまったらしき彼であり。
後背で見物に回っていた顔触れには、
先鋒組の身が邪魔で、何が起きたかが判らなんだし。
直接叩かれた格好の連中は連中で、
自分らの手元からころりと、自慢の太刀の刃が転げ落ちたのへ、
うあと叫んだその場にて、
飛び上がったりへたり込んだりしたまま動けずにおり。

  そしてそして

そんな不思議を紡ぎ出した当人はといや。
袖の場所さえ曖昧な、だらりと長い外套の端、
大ぶりで武骨な手を出して、自分の大太刀の柄へ何気に添えてはいるけれど。
それはまるで、手持ち無沙汰だから載せているだけというような風情。
居合いに構えての気合い一喝、
抜き打ちで何本かを叩けたとしても、

 「ほんの一瞬で、しかも鋼の太刀を何本も、か?」
 「ああ。あすこまで砕いたり出来るものだろか。」

出来たなら出来たで、そんな腕前の主だなんておっかない話だし、
出来ることじゃあないならないで、
どんな疫神だろかという方向で薄気味が悪い。

 “…………疫神、か?”

信じ難い展開へ、現実離れした想定をつい浮かべてしまったものの、
向かい合うその壮年殿は、決して妖かしや幻のような曖昧な存在ではなく。
元はどれほど堅実聡明な名将だったことなやら、
よくよく見れば重厚で深みのある佇まいをしておいで。
少し枯れたような乾いた落ち着きが滲む風貌は、
目鼻立ちの彫の深さが、
かつての彼を襲ったのだろ少なくはない苦渋や艱難と、
それらを掻いくぐったことで得た、人性の尋の深さを忍ばせたし。
双眸の冴えた鋭さや色合いの深さはどうだろう。
肩口から背中へと降りる濃色の蓬髪は、
その年頃にはあり得ぬ強靭そうな肢体を、そうと悟らせぬための目眩まし。
まじまじと見やれば…肩幅の広さやただならぬ上背へ、
こうまでの後から気づく憎々しさよ。
そうともなりゃあ、

 「……まさか。」
 「どうした、クロクマの。」
 「あれだ、賞金稼ぎの何とかいう…。」

こんな寂しい木立にて、野盗から不意打ち食うても動じぬは、
名のある辣腕、賊を向こうからも追っている、賞金稼ぎじゃあなかろうか。

 「あ、まさか…まさかっ。」

そうと判れば、その落ち着きっぷりなぞは、
いっそ富貴なまでの余裕を感じさせもして。

 「まさかこやつ、例の褐白金紅じゃあ…。」
 「だが、あやつらは二人連れではなかったか。」

そんな応酬の語尾が消えぬうち、頭上の梢がさわりと揺れて。
強い風のせいじゃなし、さしたる音でもなかったが、
たたえていた水滴がぱらぱらっと落ちてきたのへ、
微妙な緊迫の中にあったせいか、何人かが震え上がったそれと同じ間合いに、

 「…久蔵。」

壮年殿のすぐ傍らへ、
そちらは紅蓮の長衣紋をまとった若いのが、
ひらりふわりという軽やかさにて、
人の子とは思えぬ唐突な現れ方をしたものだから。

 「な…っ。」
 「どこへ身を隠していやがった?」
 「いやさ、どっかから降って来やがったみてぇだが。」

どれほどのこと、音に聞こえの噂に聞いていたとても、
半端な前知識なぞ、実際に見たことへの鮮烈な衝撃には勝てぬ。
金の綿毛を頭にいただき、
白面に切れ長の赤い眸と細い鼻梁という、端正な目鼻立ちが据えられし、
白皙の美青年とはこういう顔かと一目で悟らす玲瓏な風貌。
総身自体が刃を思わす、切れある所作をまとわした痩躯には、
背に負うた奇妙な恰好の双刀を見ずとも、
随分な腕前の達人であること匂わせる、鋭角な気配が滲んでもいて。

 「……。」

ようよう来たかと言いたげだった、
壮年からの呼びかけへは、軽い目礼一つで応じた彼であり。
しかもしかも、壮年殿のほうでも、
後から現れた青年を、
気配だけ頬で感じてのわざわざ顔を向けた訳じゃあないと来て。
愛想を振るでもなしな青年へ、だが、
特に不審にも思わぬか。
現れたそのままの無言で、対峙する相手を見やったまんまでおいでな相棒へ、
勘兵衛の側でも頼もしいことよとでも言いたいか、
どこか誇らしげに、薄く微笑って見せただけ。

 「……。」
 「……。」

視線さえ見交わさず、
だのに、二人が揃った途端、それも余裕の現れか、
ほのかに艶やかな“色”が増す。
自負を支える糧となる 情か絆か、
それとも、
その背中を預けてもいいとする相方へこそ
強靭な気勢を見せつけたいとする意識のほどか。
いずれにしても、
どれほどのこと互いをこそと信奉しているかが伝わって来て。
それだけでも十分な威嚇になるほどなのが恐ろしい。
どちらもそれは存在の立ったお二人が、こうして居合わす相乗効果、
壮年殿の頼もしい重々しさへ、お若い方の気鋭も重なっての、
厚み増したる威容に加え、
どこからともなく、清かな木々の精気を震わす唸りが立って、

 「…っ!」
 「なんだ、蜂かっ?」
 「焦んなっ、連中の太刀が泣いてやがんだよっ。」

いつの間にやら、壮年と若いのそれぞれの手には、
よほどに名だたる業物か、鋭い銀線燦かせた太刀が握られており、

 「超振動は触れなきゃ恐れるに足らん。」

噂じゃあ斬艦刀乗りの成れの果て。
あの激戦の最中に、最後まで生身の体で前線を飛んでた強わものなれば、
鋼さえ切り裂く“秘剣”を会得してもいようが、

 「たかだか たった二人の浪人くずれ。」
 「そ、そうだぞ、怖じけづいたか野郎どもっ!」

懸命に叱咤の檄を放っちゃあ、
自分も太刀抜き、身構えた頭目たちではあったれど。
ものの数分もせぬうちに、
命ばかりはと 真っ先に平れ伏すことも見えており。
そんなみっともない連中に比して、
深く深く通じ合っておいでの、素晴らしき練達二人は…といやあ。
ついには野盗一派を軽々とからげ切るまで、
そのお顔さえ見合わすことなくの淡々と、刃ふるっての切り刻み、
殿
(しんがり)という位置から一番最初に逃げ出しかかった総大将を、
飛翔一番 先んじて、
その鼻先へと細身の刃を突きつけることで停止させた久蔵だったのへ、
へなへなへたり込んだそのついで、
攫った娘たちの移送先まで自白したので。

 「おや。これは手間が省けたの。」

判ってた結末だろうに、白々しくも意外なことよと口にした壮年殿。
そのタヌキっぷりへと

 「…。」

口許をかすかに震わせかけたは、
こちらは寡黙な双刀使い殿だったらしかったけれど。
終わりよければ何とやら、
とっとと州廻りの役人へと連絡取って、
仕事のシメと しよまいかと思うたのだろ。
余計なことを言わず語らず、ふいとそっぽを向いた先、
夏の椿が清楚な白を、雨上がりの新緑の中に光らせていたそうな。





  〜Fine〜  10.06.13.


  *一幅の絵のように収まりのいい、
   そんな情景を目指してみましたが、
   やってることは結局、埃が立ちまくりのドカバキです。
   こっちのお二人にも、
   もちょっと落ち着いた話を書きたかったんですがねぇ。

happaicon.gif めるふぉvv

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