蝉しぐれ
(お侍 習作167)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


彼らの足元から四方八方へ延々と大地が広がるこの大陸は、
そりゃあもうもう大層な広さであり。
国の中枢が二分されての何十年もという大きな戦さがあったこと、
時には戦艦や斬艦刀の部隊が犇めいての空を埋めるよな、
そんな途轍もない規模の大きな大きな殺戮合戦があったことを、
なのに、
一方では風の噂にしか知らぬという土地があったくらいで。
さすがにそこまで無関係でいた地域は、
北や南の外れという辺境の地ではあったれど。
それでもこちらは戦禍の渦中に居た身、
そういう、のほほんと他人事にしている人たちもあるとの話を、
実際に耳に聞くと、
この大陸がどれほど広いかを知らされ、
そして…自分たちが命懸けて関わっていた戦さの重さや意味を、
あらためて考えさせられるというものであり。

 「近年では、
  大戦以降に生まれた顔触れが、
  立派に大人仕事をする年頃になってもおりますれば。」
 「おお、そうであるな。」

そういった若い人々には、別な意味合いから“知らぬ話”の大戦でもあり。
親御が大変だったのだよと話しているのを、
もう時代は変わったのだと、
年寄りの繰り言として失笑混じりに聞いておるのやも知れず。

 “だがまあ、同じ過ちをさせぬためならば、
  どのように笑われようと、こちらも繰り言を紡ぐしかあるまいて。”

茶屋の軒に立て掛けられたは、背の高い葦簾
(よしず)の陽よけ。
強い陽を受け、白く晒された街路に向けて、
幾つか並んだ縁台や床几を濃い陰で塗り潰し、
せめてもの涼しさをという気配りをしてくれているのがありがたい。
暦の巡りに忠実に、
今年もまた長雨が開けるとすぐという勢いのよさで、
かんかん照りの真夏がやって来たようで。

 「お客さんは、この暑い中をお旅ですか?」

装備のみならず見かけぬお顔でもあり、
街の人ではなさそうなので、街道を来た旅人には違いなかろうが。
朝早くに出立し、途中は木陰で休み休みの歩を進め、
次の宿場へ夕刻にすべり込むというのが定石の土地柄。
目映いほど白く乾いた真昼の道を、
健脚をもってすたすたやって来たというのはさすがに珍しいと、
暇を持て余していた娘御が興味津々で口を挟んで来、
最初にお相手していた老爺から、
“これ、はしたない”と軽く叱責食っているのがまた可愛い。
微笑ましいことよと くつくつ笑い、

 「某
(それがし)は、暑いのも寒いのもあまり堪えぬ身なのでな。」

そんな風に応じた壮年の言い回しへ、はっとしピャッと隠れてしまったは、
ざっかけないいで立ちをしておいでだったが、
実はお武家様だったんだと、今になって…その口調で気づいたからで。

 「重ね重ねすみません。」

こちらは最初から、その物腰や持ち物からそれと判っていた主人が、
娘のとんだ不調法と行儀の悪さを詫びたのへ。
いいやいいやと持ち重りのしそうな大きな手を振って、
大事ないからといなしていたところへと、

 「ゴロさん。」

先に街中へと分け入って、所用を済ませて来たらしき小柄な連れが、
そちらさんもまた気さくに手を挙げ、声かける。

 「菱屋さんの電信。やはり鉱石が1つ外れていましたよ。」
 「そうか。して、直せたか?」
 「ええ。
  ちょっと落としたくらいじゃあ外れぬほど、
  ガッツリと締めてきました。」

少し冷めてそうだがその方がいいと、
縁台に置かれたままだった湯飲みへ手を伸ばした、
みかん色の髪をした男の言いようへ。

 「菱屋さんの、かかりゅうどのお方々ですのか?」

茶屋の主人が少々声を裏返しかかり、

 「あ、いやいや。ちょっとした関わりあっての立ち寄っただけで。」
 「いやそれでも。」

電信がどうのと仰せだったが、と、
こちらの交わした言いようを繰り返し、

 「あの機械はこの街の、今じゃあ心臓のようなもの。」

それに関わりのある方々ならば、これはとんだ無作法をしておりましたと。
恐縮しきりという態で丸い腰をなお丸める老爺へは、

 「いやはや、どうか頭を上げて下され、御亭殿。」

こんなボロ着た旅芸人相手にと、却って恐縮しているこちらこそ、
片山五郎兵衛という、元軍人、今は…時々 大道芸人という御仁であり。

 「何がどうしたんですよ、ゴロさん。」

話が見えませんがとキョトンとして見せた連れは、林田平八という元工兵殿。
人や物資、様々な流通がある中で、
遠方との情報伝達を可能とした“電信”という通信機器は、
特に商いに携わる者らには もはや必須のものと化しており。
最初はこちらから“置いてほしい”と頼んでいたものが、
今や、得意先のある町へも置いてはもらえぬかだの、
ずんと遠方の町とつないでほしいだの、
頭を下げてまで頼まれることが増えて来たそのツール、
こつこつと作っちゃあ置いて来た、いわば“伝道師”の二人連れ。

 『ははあ、それでああまで、
  平身低頭な態度を取られてなすったのですね。』

ああまで有り難がられるなんてねと、
平八もまた、なんて大仰なと苦笑が絶えない様子じゃあったが。
調子がすぐれぬので大至急直してほしいと、
連絡つけて来た菱屋という大店も、
宿から食事まで、万全整えてのお出迎えを構えていたほど、
彼ら自身が思う以上に、その身の価値は随分と格が上とされているようであり。

 『何だかまるで、勘兵衛様と久蔵殿の外聞と同んなじですよねぇ』

当人たちが思うよりずんと有り難がられていての、
そういう方向での“身の程知らず”ってのもありなんですねぇと。
後日の出会いで、いかにも痛快そうに笑ったのが、
虹雅渓にて大きな料亭を切り盛りしている、ずんと年若な大旦那であり。
つややかな金の髪をきゅうと引っつめにした、
相変わらずにそりゃあ若々しい風貌の彼もまた、
元は軍人だった侍
(もののふ)であり。
品格ある座敷を風流に楽しむお客に紛れ、
ごくごくたまに場違いな無頼が乱入しての暴れようものならば、
日頃のはんなり嫋やかな笑顔の中、目許だけをギラリと凍らせ、
使い慣れたる朱柄の大槍、
ぶんと振り回しての楽勝で追い払ってしまう、
剛の者なところに変わりなく。
そんな槍使い殿が、
夢見るように目許細めて語ったお人たちの方はと言えば……。





       ◇◇◇



広い広い大陸は、主に南北にその領域を延ばしており。
特に北の地は“北領”とも呼ばれ、
冬場は深い雪に覆われるせいか、いまだに未開の辺境地が多い。
さすがにこうまで夏が深まれば、
雪も残らずの、緑多き野が広がるが。
少しでも山間に入った渓谷を走る清流は、手を浸せばじんと冷たく。
森に満ちる朝霧は、頬の火照りをやさしく静めてくれもして。

 『ほお、これは……。』

丁度、これといった依頼もないままの道行きの途中だった勘兵衛と久蔵が、
その閑とした佇まいに足を留めたのが、
北領の山野辺の小さな里の、そのまた外れにあった古びた別邸で。
清流に間近く、人々の通り道からも大きく外れていての、
早い話、街との行き来には不便なため、捨て置かれたような離れであったが。
そんな静けさとそれから、下界に満ち始めている真夏の猛暑に、
そろそろ音を上げ始めていた連れ合いの体調も考慮して。
次の依頼が入るまで、
ここで腰据えて避暑と気取ろうかなぞと言い出した壮年殿。
里の長老が身の回りの世話をする者を手配してくれてもおり、
食事の支度以外の、
着るものや寝床の支度などなど、最低限のことは自分たちで手がけてという、
仮住まい生活という逗留を始めたのが数日ほど前から。
主には、か弱き民を食い物にしての強奪という、
お天道様への仇なす荒稼ぎをするような賊が相手の仕置きが仕事で。
どちらかといや陽が落ちてからの行動が多いとはいえ、
そも、極寒の地だった天穹にて育ったような青年に、
地上の真夏に降りそそぐ、
灼くような真昼の熱は耐えがたくともしょうがないこと。
せめて少しでもしのぎやすい土地へというのが念頭にあったので、
里の長老が…恐らくは用心棒を兼ねてという思惑もあってのことだろが、
褐白金紅のお二人様、出来れば滞在していただけぬかと申し出てくださったは、
正しく渡りに船というところ。
そして、

 「………。」

冬場なんぞは、身を切るほど冷たい黎明の大気の中を、
朝飯前のひとっ走り、駆けて来ることもざらだった若いのが。
梅雨の長雨、明けた辺りからこっちは、
朝っぱらから訪れる、既に湿気をはらんだ蒸し暑さに圧迫されるか。
枕から頭上がらぬそのまま、
先に起き出した壮年が、付近の散策に出る気配を追うように、
ぼんやり寝返り打つ有り様。

 “……。”

今朝も ほんの先程に、
しゃんと背条を伸ばした勘兵衛が、
母屋で用意された朝餉の包みを預かりがてらの散策に出たの、
気配で見送ってからも、うとうと微睡んでいる久蔵で。
戦さ場の極寒がそんな身にしたのだろと気遣ってくれる勘兵衛だったが、
それを言うなら壮年殿こそ、
自分が生まれた頃には既にその戦さ場にいた身なのであり。
だっていうのにいつまでも壮健で、
夏の暑さに辟易しているところなぞ見たこともなく。

 『勘兵衛様は南国の生まれと聞いておりますよ。』

なので、寒いのへだけは ちとお弱いでしょう?と、
そういや七郎次が言っていたっけ。
とはいえ、
だからと言って身動きに支障が出るほどかといや、
言われないと気づけぬほどの、冴えた太刀ばたらきをこなす男でもあるのだが。
この暑い中、相変わらずに長く伸ばした蓬髪を背へ垂らし、
重さがないと落ち着かないのか、
あの砂防服ではないまでも、夏の小袖をきっちりと着込んで涼しい顔をし、
納まり返っているところが何とも憎たらしいったら。
屈強な胸板の厚みが、
懐ろの衿の重なりを内から押し上げている頼もしさといい。
何やら考え事をしつつ、
顎にたくわえた剛の髭を大きな手が撫でる仕草の男臭さといい。
様々な蓄積や経験値をたっぷりと呑んだ、
深く錯綜し、奥行きのある人性をしていながら。
機敏でバネの利いた身ごなしも鮮やかに、
雄々しくも精悍で頼りになる荒武者風の風貌といい……。

 「………、…っ。」

寝床の敷物から少し外れた辺りの床板の、
まだひんやりとしている肌合いに懐きつつ、
無意識のうちにも、不在の誰かさんのこと、
ついつい想いを巡らせていた放心をつつくよに。
それは唐突な間合いにて、
立て付けの悪い木戸が がたたと大きな音を立てた。
どうやら連れが朝の外歩きから戻って来たらしいと察し、
寝間としている奥の間から、さほど距離のない囲炉裏の間の方、
うつ伏せたままというずぼらな態勢で見やっていたのだが。

 「…っ。」

そんな久蔵が、いきなり がばとその身を起こしたのは、
入って来た壮年が、意表をつくよな姿になっていたからで。

 「おお、起きておったか。」

本人の態度は平生のそれと同じでありながら、
濃紺の小袖から深色の髪から、
勿論のこと、当人の顔や腕脚に至るまで。
何があったか、ずくずくに濡れそぼっているものだから。

 「……っ」

躱し損ねれば命を落とすという勢いで、頭上から降り落ちる無数の刃が相手。
そんな対峙にいまだに身を置く男だというに、何があってのそんな無様か。
滝壺に落ちただの、水たまりにはまっただのと言われても
聞かれないぞとの堅いお顔で、
まずはと…起き上がった寝床に敷かれてあった薄蒲団の側生地を、
問答無用で引き剥がした若いので。

 「これ、久蔵。」

いきなりの無体のほうへと、目許を眇め、咎めるような声を出す勘兵衛だったが、
お主の言い分だけは聞いてやらぬと言わんばかりの、
堅いお顔で駆け寄ると。
結構な広さの木綿布を頭からおっかぶせての、その上からわしわし拭う乱暴さよ。
とはいえ、量の多い髪などへはむしろこの方が効果的だったようで。

 「これ。」

見えぬ内側から、何とか手探りで捕まえた久蔵の腕を止めさせ。
頬や首などへ張りつくほどだったところから、
やや乱れ髪となって、お顔を出した壮年へ、

 「〜〜〜〜〜〜。//////////」

真っ赤な双眸を見張ったそのまま、口許うにむにと わななかせ、
声もないままな双刀使いさんの心境は、

 『そりゃあやっぱり、
  そんなふしだらな姿で歩いて帰って来たのか、あなたは…っていう、
  抗議や憤懣だったんではないですかね?』

傍らでうんうんと大きく頷いて見せる次男坊を寄り添わせ、
代わりにと語って下さった。
三本まげのおっ母様の、後日の登場を待つしかなかったが。


  さて、ここで問題です。(おいこら)


 「だから。
  紅花の畑へ水を撒いていたところへ、たまたま出くわしてしもうたまでだ。」
 「〜〜〜〜〜。」
 「もう陽も高かったし、風邪など引かぬだろうとそのまま戻って来たのだよ。」
 「〜〜〜。」

  「髪が長いのがいかん? これ、引っ張るでない。
   そうまで言うなら切ってしまうか?」

  「〜〜〜。////////」


それもいやいやとかぶりを振って、
少しほど水の匂いのする、頼もしい懐ろへお顔を伏せた痩躯を見下ろし。
困ったことよとの苦笑が絶えぬながら、
それにしては楽しげに目許細めた、壮年殿であったそうな。





    暑中お見舞い申し上げます



  〜Fine〜  10.07.23.


  *もしかせんでも間が空いてきた“賞金稼ぎ噺”ですね。
   女子高生とか、書くのが楽しくてたまらんそのあおりを
   しっかりと食ってます。
   ちなみに、本編にあたる“千紫万紅”が進まなかったのは、
   お猫様書くのが異様に楽しかったからです。
   進歩のない奴ですいません。(まったくだ)

  *ともあれ、ウチの久蔵さんが使いものにならない夏が、
   いきなりやって参りました。
(大笑)
   いえね、OVAの中では
   あの恰好で砂漠を一人で突き進むところとかありましたんで、
   暑いのへも耐久性はあったのでしょうけど。
   ウチの彼は、猫舌・猫肌の、暑いのがダメということで。

   そして、だったら勘兵衛様のあの鬱陶しい風体は、
   見ていて腹立つんじゃないかと思うところですが…
   そこが ヲトメ(乙男? 乙漢?)心の複雑さ。
   長く伸ばした髪も、お洒落だなぁとか雰囲気があるなぁとか、
   秘やかに想ってるパーツなので、
   (ヒョーゴさんからの刷り込み?)
   切ってしまうなぞとんでもなかったりします。
   (いつぞやなど、
    先っちょ刻まれただけで鬼のように怒ってましたし。)

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