訪のう気配
(お侍 習作169)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


広々とした大陸のほぼ真ん中辺り、
戦さの後遺症か、いやいや此処は前々からそうだったのか、
随分な広さの手つかずな荒野がありまして。
夜間や冬場の砂嵐は特に凄まじく、
よってよほどのこと、覚悟と準備がなければそうは渡れぬ土地だのに、
人という生き物の逞しさ、
昔むかしから、そんな荒野でもえいえいと渡る人らはあったらしい。
さすがに季節を選んでの道行きで、
のちには様々に機械の類も発達し、
途轍もない高層、
成空圏間近まで到達出来る空艇さえある時代になったというに、
地面の上での交通はなかなか発展を見せぬままであり。
一説には、
大戦期間にばらまかれた“なの何とか”とかいう物質が
いまだ濃い密度で居残っており、
それが機械の制御への悪影響を与えるため、
どんな弾みで暴走するやも知れぬ、
軍ほど大掛かりな組織が管理してでもない限り、
整備と流通利益との割が合わぬため、
戦後はパタリと発展を見なくなったのだと言う者もあれば。
いやいやそうではなくて、
やはりその“なの何とか”のせいで、宙を飛ぶ電波も遠くへ届かず、
遠くとの情報の伝達がままならぬ。
よって、
出発した途中で野盗や野伏せりに襲撃されてしまっても救援が呼べず、
物騒極まりないから、なかなか大きな荷をどんと運ぶ商人が現れない。
そうやって交易が発展せぬがため、
その行き来の道も開拓されないのだというお説もありで。
よって、此処のように荒野の只中という地では、
昔同様、道なき道を地道に歩まねば、最も近い里へもゆけぬままであり。
それでも…そんな荒野の真ん中に、ぽちりと生まれた街があり、
戦後の荒野の行き来は、昔に比べりゃあ随分とマシになったとも聞く。




      ◇◇◇



此処は荒野をゆく旅人たちにとって、なくてはならない給水地でもあり、
水だけじゃあなく、物でも人でも情報でも、
よその土地から運ばれて来たものが、
そこまで行かずとも手に入る土地とも言えて。
そんなせいか、今では通過点である“中継地”としてよりも、
ここをこそ目指してやって来る“集約地”としての展開の兆しもあるくらい。

 “お座敷にも定例のものが増えつつありますものねぇ。”

今でこそ、そうやって有り難がられているものの、
実をいや、純粋に交易で成り立っている街なので、
交易が止まれば全くのお手上げなのでもあったりし。
農作やら放牧遊牧という食物生産にまつわる基盤があった訳でなし、
元は戦艦が撃沈したところへ人が住み着いて始まったという、
その成り立ちからして不自然なそれだから仕方がないが。
そんな立場だなんて欠片も匂わせぬだけの蓄えを得た今、
大きな組織による上からの支配に、
安んじて与(くみ)することの危険も体験した差配には、
少なくとも再びそちらへ逸れる恐れはなかろうからと。
そういう裏事情にも実は詳しい誰か様、
そんな確たる裏打ちつきで頼もしいのだなんてこと、
微々とも匂わせぬ飄々とした風情にて、
下層の花街をのんびりと散策しておいで。
此処の商いの本番は陽が落ちてからだが、
だからと言って、
昼間日中は皆して寝て過ごしている訳じゃあ勿論ない。
これで結構、陽のある内だってなかなか忙しい街でもあって。
晩に繰り広げられる宴の準備として、
料理の仕込みや座敷の整頓、
掛け軸や生け花への趣向を練ったり、
芸妓衆にはお稽古だってある。
問屋へのお使いや、御用聞きへの応対なぞもこなさねばならず、
手代や番頭以上、主人格が手掛けるともなりゃあ、
出物はないかねと訊きながら、
そのついでに評判の御大尽への情報集めまで手掛けたりもしで。
向こうだってそうそうお得意さんの情報は漏らせぬながら、
こちらの大店もしくじれない微妙な立場なのを、
押したり引いたり、絶妙に駆け引きをこなせてこそ一人前。
そういった手腕なら、実は実はピカ一なれど、
愛嬌もあって憎めぬ旦那と評判の、色白で長身のいい男。
通りすがりの たくさんいる顔見知りとの挨拶を交しつつ、
薄紫の羽織を軽やかにひるがえしながら、
街の大路をひとり歩んでおれば、

 「お……。」

大路に立ち尽くしておいでの人影へ、おやと目がゆく。
別段、ど真ん中に堂々の立ち往生なさっている訳でなし、
閑散としたこの時間帯では、人々の注視を浴びてもいない。
微妙に威圧的でもある制服姿のお人ではあるが、
だからとそのお立場を笠に着ることのない誠実なお勤めぶりは、
どこか疚しい者からは相当に怖がられてこそいるものの、
身が潔白なれば慕われてばかりという頼もしさの御方で。
それでも、

 「どうかしましたか、兵庫殿。」

不意を突いた訳じゃあないが、
それでもこちらが放った声でハッと我に返った彼らしく。
警邏隊の人間がそんな腑抜けをしてと、
多少は気まずいと思った心情の表れか、
少々とがった視線がこちらを向きかかったものの。

 「おお、蛍屋の。」

顔見知りと認めるや、そんな気の張りようもあっと言う間に消え失せて。
いいお日和ですね、まあな、巡回ですか?、まあそんなところだと、
型通りのご挨拶をしながら、気の置けぬ者同士、距離を詰めてゆき、

 「どしました? 何かお探しなようにも見えましたが。」

羽織姿の美丈夫があらためて問いかけてみれば、

 「いやなに。」

どこからかキンモクセイの匂いがしたのでなと、
そうとお言いなのへ、おおと七郎次のほうも改めて辺りを見回す。
すると、確かに、かすかながらもあの甘く華やかな匂いがしており、

「おやこれは抜かったな。とんと気づかずにおりましたよ。」
「自然とはそういうものだ、ご主人。」

くくと微笑ったは、もしやして
似合いもせぬことをと揶揄されぬか、身構えてござった反動か。
顔見知りへはさほど気が張ってる御仁じゃあないのだが、
そこはそれこそその肩書もあってのこと、
あまり往来で笑われるのはよろしくない。
そんな機微が差してのことだろと、こちらもさりげなく目星をつけつつ、
そうは運ばなんだこと、お互いに嫋やかに微笑い合う。

 「上の層ではなかなか咲かぬでな。」
 「そうですか、この夏は暑かったからそれを引きずっているのやも。」

それでなくとも、荒野の真ん中という、苛酷な土地にある街だ。
街の基礎ともなった墜落した弩級戦艦が穿った大穴により、
地下水系があらわになったお陰で、
その始まりの時代から水には困っちゃあいないとはいえ。
あまりに強すぎる陽射はやはり酷だったか、
そういったところへ、ささやかながらも影響は残っていたらしい。
そして、

 「地下はさほどには影響を受けなんだようだの。」

この“癒しの里”は、
遊里という特殊な場所には都合がよかったか、街の最下層に存在するため、
荒野と接するも同然という“上層部”に比べりゃあ、
そちらからの影響は少ないのは確か。
地下なせいで陽当たりはよくないが、
夏は涼しいし冬場は暖かで。
殊にこの夏の苛酷さも、
此処ではどんな遠くのお話でしょかという扱いでございましたよと、
その目尻が甘く垂れた二枚目が付け足せば、
それは何よりなことと言いたげに、小さく微笑った兵庫殿。
警邏隊の隊長という勇ましい肩書を持つものの、
かつては単なる差配の用心棒だったお人でもあり。
宴の場に同座することも多かっただろうからのそれで、

 “四季折々の風情にも通じておいでなのかなぁ。”

その裕福さを誇示するためもあってだろ、
季節の流れをつかさどる花々の祭り、節目節目に構えていたこの街を、
裸一貫から立ちあげたのが、差配の綾麿という大商人で。
ほんの数年前、とある事情からその地位を追われた彼も、
今では再び勢力を取り戻し、近年またそれらの祭りも復活しはしたが、

 “だからという義務的な事からの感覚じゃあなさそうな。”

彼やこちらの若主人の世代ともなれば、
物心ついた頃にはもはやその只中だった大きな戦争があって。
そんな時代に十代二十代を過ごし、それ相応の戦さを体験してもいる、
紛うことなき“もののふ”の彼だと知っている。
人斬りだったことへとしらを切る気は無さそうながら、
だがだが、懴悔をするのはもっと先でよかろうと、
今は前向きでいられる、壮健な強かさといい。
そういう感覚も似たり寄ったり、
だとすりゃ これって手前みそな贔屓なんだろか、
それでも…実に頼もしい御仁であると思ってやまぬお人でもあって。

  だっていうのに

ふと匂った花の香に、立ち止まるほど感慨深げになろうとは。
似合わないとまでは言わないが、
ちょっぴり意外な感がした蛍屋の亭主であり。

 “ああ、でもそういえば。”

彼以上にそういうことへは縁の薄そうな、
いっそ武骨だったかつての上官も、
そういや花には詳しかった。
南国の生まれだったので、身の回りにたんとあってのこと、
それらが咲く順がそのまま、
暦代わりだったと言っていたっけと思い出しておれば、

 「じきに訪のうぞ。」

向かい合っていた男が、唐突にそんな言いようをする。
季節のお話の続きかなと、くすんと微笑って

 「そうですな。秋といや、つむじ風もやって来る。」

北から南から、商いの荷を運ぶ隊商が行き交う、
中継地であり集約地でもあるこの街は、
四方を砂漠も同然の荒野に囲まれているがため、
風の強い期間は陸の孤島になってしまう。
冬場もそうだが、秋口にも、
気温の寒暖差が招くのか、結構な風の吹きすさぶ頃合いがあり、
かつての昔、
ここから用心棒として雇われた格好でとある農村へと向かったおりも、
街道や森林という進路を選べる土地に入るすんでまで、
前さえ見えない砂嵐に翻弄されたの思い出す。
そこでとそんな応じをした金髪羽織の若主人だったのだが、
向かい合ってた隊長殿はといや、いやいやとかぶりを振って見せると、

 「そんな話じゃあないさね。」

口の端を片方だけ引き上げて…ちょっと苦い笑い方をし、

 「例のあやつらがの、ほんの先まで来ておるらしい。」
 「あ………っ。」

さっきそこの茶屋にいた旅の者がな、
一昨日、砂漠の只中で見たのだと。
どこの分限の荷物やら大掛かりな空艇を襲っておった野伏せり崩れを、
たった二人で退治していた賞金稼ぎの大殺陣回り。
随分と距離があったから暢気に眺めてもおれたが、
どうやら機巧躯らしき黒づくめの集団相手に
手持ちの大太刀のみでずんばらりと切り刻んでいた、
生身とは思えぬ腕前の凄まじさよと、
つまらん誉れを語っておったわと。
ふふんと笑うは呆れたからか、
それとも…内心では嬉しい便りであったため、
擽ったさに表情が押さえ切れなんだ彼なのか。
そして、

 「甲足軽(ミミズク)は、
  まだまだあちこちに居残っておるようでげすな。」

そんな手ごわい連中をこそ退治してほしいと請われての、
あちこち飛び回っている二人連れの噂へ。
そうですか、そうまで近場においでですかと、
こちら様もまた ほんわり微笑った亭主の頭で、
珍しい結いようの三本のまげがふるりと揺れて。

  これはいい話を聞きました。
  いつもいつも突然やって来ては、
  準備がなくってと驚かされるこちらをお笑いなさる憎いお人だ。

 「今から店へ駆け戻って、
  そりゃあ手厚くもてなすための、
  いろんなお支度に取りかからなくっちゃあ。」

こちらもまた、どこまでが冗談でどこからが本気か、
そんな言いようをし、
それじゃあと会釈ももどかしげに、店のあるほうへと戻ってゆく七郎次であり。
癒しの里を代表するのみならず、
虹雅渓でも随一の格を誇るお座敷料亭の蛍屋の主人が、
てぐすね引いて準備をしたらば、一体どんなもてなしになるものか。
時は実りの秋でもあるしで、
錦景も麗しき山里のあれこれ模したお膳か、それとも、
遥か遠い海とやらから空艇使って取り寄せられた、
鮮魚の居並ぶ豪勢な大皿か。

 “…そういや、魚は苦手なあやつではなかったか?”

いやいや、兵庫さん。
実はおっ母様が過保護にも身をほぐしてやっているので、
此処で食べるのだけは別格に好物となってる、
紅衣紋の双刀使いさんなのですよと。
ツッコミ入れてあげたい人、手を挙げて。
(こらこら)

 “遊里なればこその力づくな荒ごとだって、
  あのおきれいな姿でひょひょいと片付けっちまう奴がの。”

下手すりゃ太夫級の美貌でありながら、
朱色の槍を持たせりゃあ、やはりやはり鋼をも切り裂く凄腕で。
そこまでの切った叩ったをせぬまでも、
やくざな連中を一瞥するだけで追い払える度胸もあっての、
日頃はそうまで、なかなかに尻腰の強い頼もしいお人が、
彼らの帰還の気配と訊いただけで、ああまで浮かれてしまうとはと。
若主人の態度の豹変へ“可愛いものよ”と笑ったものの、
そんな隊長殿だとて、
元の朋輩の好き嫌いなんて可愛らしいこと、
ついつい思い出したくせにねぇ。
水路沿いにでも植わっているものか、
涼しげな風とともに甘くて華やかな金木犀の香りがし。
秋の訪のいと一緒に帰って来るらしい誰かさんのこと、
そこへと重なって思い浮かべた、兵庫殿だったらしいです。






  〜Fine〜  10.10.02.


  *いや本当に、今年は金木犀がなかなか咲かなくて、
   そのせいでか暑さもなかなか引かないねぇと、
   イクラちゃん語で、
   ああやあ・ちゃあんと話しかけて来る赤ちゃんと
   相槌打ち合ってる 平和なおばさんだったりいたします。
   カンナちゃんが赤ちゃんだったころ、
   久蔵殿は案外と、彼女と言葉が通じていたのかも知れませんね。

   「そうか、シチがこっそりと。
    ……うむ、それは母御も気を揉むだろう。」

   「あの………久蔵殿? それって何のお話で?」
(大笑)

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