見つめる、見澄ます
(お侍 習作170)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


え? 勘兵衛様をじっと見つめたことがあるかって?
何ですよ、いきなりなことを お訊きになりますね。

  ………そうですねぇ、

実はアタシ、
勘兵衛様と真っ向から見やり合うのって、
昔っから苦手でしてね。
何といいましょうか、
こっちの胸のうちとかを見透かされるような気になって、
終まいには居たたまれなくなったもんですから、
よほどのこと意見をしようって構えているときを例外に、
よそを向いておいでなのをこそりと伺うような、
そんな眺め方ばかりしておりましたねぇ…。


     ◇◇


酷暑を乗り切り、涼しい風が立って幾日経ったか。
いよいよ秋も盛りを迎えようかという頃合いに、
久し振りに蛍屋を訪のうた勘兵衛と久蔵。
いつものように 家族も同然という、
手厚いもてなしを受けていた彼らだったが、
特に長逗留をとは構えていなかった滞在の中、
珍しくも勘兵衛だけが何処ぞかへと出掛けていて、
席を外したひとときがあり。
一人でいることへ手持ち無沙汰になるような、
そういう人柄な久蔵ではないこと、重々知っているけれど。
自分が相手欲しやなのでという言い訳とともに、
彼らの寝起きする離れ家に上がり込んだ七郎次。
昼を過ぎればすぐにも、
その陽射しの色合いに金色が滲み始める秋の午後、
甘さも堅さも絶妙な食べ頃の、
柿の実なんぞをするすると剥いておれば、

 「………。」
 「? どしました? 久蔵殿。」

けぶるような金の綿毛が目許へも降りているその陰から、
微妙に落ち着きのない紅色の双眸が、じいと七郎次を見やっており。
元から寡黙なお人だが、
この沈黙は何か言いたいらしい気配が隠れていると、
そのっくらいはあっさりと把握出来てしまえるおっ母様。
如何したかと声を掛ければ、

 「……。///////」

微妙に視線を泳がせ、かすかに逡巡をしたものの、
正座してきちんと揃えていたお膝を、
真新しい畳の上でずりずりと動かしての、
庭から直接訪れた七郎次のいる、濡れ縁のほうへにじり寄ってゆく。
そんな彼なの見やりつつ、
柿を剥いていた小さめのくり刀を鉢へと戻した七郎次。
適当なところで止まって話を始めるものかと、
小首を傾げて待っておれば、

 「ちょ、ちょっと。あの…久蔵殿?」

斜めに腰掛けていた七郎次の真横へすべり込み、
くっつくほどにもその身を寄せて来る彼であり。
そうまで近づいて来ていた間のずっと、
その視線が七郎次のそれと重なったままだったこともあって、
まさかそこまで近づいて来るとは思わなんだ、
これでも槍を振るえばいまだにそれ相応な腕をしている、
元 もののふの槍使い殿だったのだけれども。
ここまで至近になっても外されぬ視線だったのが、
やっとのこと逸れたのは、
こちらの懐ろへ、
久蔵がぱふりとお顔を伏せたからだというのがうがっており。

 “おやまあ…。”

童のような行動へ、甘く苦笑を零しつつ、
年齢不詳な風貌のこの若い衆が、
ちょっぴり不器用なことも先刻承知な七郎次。
何かうまく言えないことがあっての、むずがっておいでなのかなぁと。
間近になった柔らかそうな髪を見下ろし、
細い背条をよしよしと撫ぜてやれば。

 「…………シチは、」

枯れ葉のかさりと遊ぶ音に紛れてしまうよな、
そんな小さな声が訊いたのが、

 「…勘兵衛様をじっと見つめたことがあるか、ですって?」

何とも意外な一言だったわけで。
あの壮年との間に一体 何があったやら、
まま、この彼のことだし、あの勘兵衛のことだから、
他愛ない すれ違いとか、
勘兵衛が徒に曖昧にした何かが、
案の定、引っ掛かっているという程度の手合いのことだろと。
そんな心当たりへ くすぐったい懸念を感じつつ、

 「そうですねぇ…」

過去に同じ部隊にいた頃のことを思い返し、

 ―― 実はアタシ、
    勘兵衛様と真っ向から見やり合うのって、
    昔っから苦手でしてね

何か見透かされそうでおっかなかったからと、
正直なところを話してやれば、

 「島田も、そう言っていた。」
 「え?」

意外な応じへ思わず懐ろを見下ろせば、
そちらからも見上げて来ていた紅の双眸がぱちりと瞬き、

 「島田がな、じいといつまでも目線を外さぬは珍しいと。」

あのシチでさえ、小言を言うとき以外は、
こっちから見やっていても、
すぐにふいっと顔を背けてしまったものだと、と。
そんな言いようを紡いでから、

 「斬りたいからという見やりようでもあるまいが、
  だとすれば、何か言いたい主なのかの、と。」

そうと言ってくつりと微笑う島田なのだ、と。
もそもそ呟きながら、お顔を埋め直した久蔵なのだということは、

 “……………もしかしてお惚気でしょうか。”

ああ何とはなく情景も浮かぶ。
ふと立ち止まり、
何処か彼方を見やっておいでの勘兵衛様の背を、
何とはなし見守っておれば。
そんな気配と視線へ気づいた壮年殿が、
肩へとかかる蓬髪の陰から肩越しこちらを振り返る。
そんな視線へ含羞んだり動じたりすることなく、
視線を外さぬままな久蔵殿なのへ。
だが睨まれているのでもなし、
では何か言いたいのかなぁと、
今さっきの自分のように出方を待っておれば。

 “久蔵殿ならば多分、”

勘兵衛からの視線に誘われるように、
流れるような足取りでなめらかに歩みを運び。
見つめ合っていられぬほど至近まで近づいてののち、
大好きな温みが間近になったのに気づいてのこと、
その懐ろへぱふりと、何とも無造作に頬を伏せているに違いなく。

 “怖いもの知らずなお人だしなぁ。”

怖いというと語弊があるかも知れないが、
それでも…いまだにああまで精悍で男臭く、
存在感もただごとじゃあない勘兵衛だというのに。
日頃は、物静かな老賢者の如くに納まり返っているけれど、
刀を手にすれば血も滾っての冴え返り、
職人の仕業を繰り出すように、
正確さと非情さが顔を覗かす“もののふ”のまま。
眉ひとつ動かさず、人を斬れる級の血なまぐささを、
罪を自覚しながらという、錯綜させた身の裡
(うち)の暗渠へと、
沈めたまんまにしている男。
そうまでの重きを自らに抱え、
それでも歩むのをやめぬ孤高の戦人を、

  もはや、自分なぞでは癒しも救いも出来はしないと

彼を知れば知るほど痛感し、
そんな気持ちが畏れとなって出たものか。
要領の悪いところも含め、そのお人柄に惹かれながらも、
こんな卑小な者なぞ振り向くなと、
その傍らに立とうとは、
とうとう思わなんだクチの、臆病者の自分と違い、

 “このお人は……。”

目を逸らさないのは知りたいから。
そして、知ってほしいから。
自分に疚しさなぞないから怯まない、臆さない。
彼の側からこそ、何でもいいから透かし見たくて、
もっともっと見据えたくてと にじり寄りもして。

 『ああ。
  こちらが見やっていたことへとアレが気づいた場合は、
  隙を衝かれたとでも思うのか、気まずそうにそっぽも向くが。』

そうでない折はいつも。
こちらから目線で“何だ”と問うても、
自分から視線を逸らすことは一切なく。
そこが何だか、意外な無垢さのようで、
ひねこびた自分には何ともこそばゆいと。
勘兵衛がこそり、そのように零すのは後日の話。
あの、頑迷なまでに錯綜しまくった壮年殿を、
言葉を山ほど繰り出して口説くよりも深々と、
既にしっかと捕まえておいでとも知らないか。
童のようと揶揄されたのだと誤解をし、
むずがるように拗ねているのが愛らしい。

 「…大丈夫ですよ?」

言葉ではぐらかそうとするのは、ただの牽制。
老獪狡猾に見せといて、案外と不意打ちに弱いんですね。
そっかぁ、あのお人にそんな弱点があったのかって、
励ますように微笑って差し上げ。
気にしない、気にしない、と、丸まりかけてる背中を撫でる。
庭の向こうから、清かな風に乗って聞こえるは、
遠い上層の“時告げ”の鐘の音。
同じ町の何処かでこれを聞いている壮年だろうと思いつつ、

 “早く戻っていらっしゃいませ。”

二人がかりでとっちめてやりましょうぞとの、
くすぐったい想いに浮かんでやまぬ苦笑、
何とか咬み殺すのに苦心する、七郎次なのであった。








   おまけ


 「…それにしても。」

実際に触れると思った以上に細っこい、
そんな剣豪の身を懐ろへと抱えながらも、
七郎次としては仄かな憤慨が沸いたようで。

 「まったく。あの人はもう。」
 「?」
 「どういう料簡でしょうねぇ。」
 「??」
 「だって、誰かと比べられるのって、
  あんまりいい気持ちはしないでしょうに。」

間近にいる存在という立場が似通っているから、
引き合いに出した勘兵衛なのだろうというのは明らかで。
あからさまな…過去の連れ合いと現在の伴侶という比較じゃあないにせよ、

 “……アタシへも失礼な話じゃないですか。”

ああいや、えっと。///////
どう言やいいのかなと、
もじもじしながら、腕の中の痩躯を抱え込めば、

 「〜〜〜〜〜。////////」

ふわりと暖かな抱擁、
唐突にきつくなったのが、でも嬉しいような。
温みのせいでか濃さを増した、花蜜の香にくるまれて、
ありゃりゃと頬が赤らんだ久蔵殿で。
傍らの鉢へ中途で放られた柿の実に負けぬほど、
甘くてやさしい和みにたわめられた目許だけ、
おっ母様の肩口から、ひょこりと覗かせた剣豪殿だったらしいです。




  〜どさくさ・どっとはらい〜  10.10.10.〜10.11.


  *なんつーかその、
   シチさんとしちゃあ、
   勘兵衛様へ未練があるって訳じゃあないんですけれどもね。
   でも…憎たらしいほど“いい男”だったのは否定のしようがなく、
   今でも敬愛はしてもいるしと、そんなこんなから、ふっと。
   昔の情人と今の情人を比べるなんて…的な、
   ちりりと恥ずかしい感情が沸いてしまったみたいです。
   いやあ、まだまだお若いvv
(苦笑)

  *そして、久蔵殿の方は方で、
   おっさまのガンつけが“おいでおいでvv”に見えるほど、病膏肓。
   誰にも渡したくはないからと、いつもしがみついてたいような、
   でもでも、見せびらかしたいような気もするし。

   「成程、恋をすると複雑な心理が育つと言いますが、
    久蔵殿も例外ではなかったのですね。」
   「〜〜〜〜〜。////////」
   「ヘイさん、いつの間に…。」

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