晩秋寂寥
(お侍 習作171)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


茅原のざわめきの中に、
ひとり佇んでいるかのような。
そんな図をやすやすと誘う音がする。
冴えた風が遠くをゆくのか、
林のどこかで梢が身じろぎ。
すぐの間近な足元でも、
枯れ葉がかさこそ囁き合っている。

 「………。」

ほんのついさっきまでなれば、
同じ林を歩む この身の、
耳の先やら頬やらを、
素っ気ない感触でなぶってく風に、
それでも特には感慨なぞなかったのにね。
それが今では、
そんなかすかな気配や物音が、
別段、危険でもなく警戒も要らぬと判っているのに、
随分と判りやすく聞こえるものだから つい。
数えたくてか その正体、
感覚で追っている自分だと気づく。
とはいえ、

 「……、…。」

さわ、と。
それはかすかな衣擦れの気配がし。
一番の間近に身を寄せていた温もりが、
彼もまた何か拾ったか、僅かに身じろいだその途端、
他はどうでもよくなって。

 「?」
 「…いや、風が出て来たようだの。」

何ということもないよ、
ただ耳を欹ててみただけなのだよと、
返る答えなぞ判っているのに気になって。
そのまま彼が立ち上がってしまわぬかと、
この優しい一時が、
もう終わるのかしらと気になって。
たっぷりとした砂防服の外套の中、
掻い込まれた懐ろから、
もの言えぬやや子のように見上げれば、
そりゃあ穏やかな眼差しがこちらを見返し、
何でもないと落ち着かせてくれて。

 「……。」

濃い色の蓬髪が、少しばかり額に掛かる格好の、
重厚透徹、それはそれは精悍なお顔。
そこへと瞬く深色の双眸は、
冴えて奥深い彼の意識の象徴でありながら、だのに
微笑うときさえ沈んだ昏さ。
翳りを帯びての、どこか切ない趣きなれど。

  それでも

そこにたゆたう深さが 久蔵には気に入りで。
自分の倍も歩んで来たのだろ壮年の、
全てを把握するのは まだまだなかなかに難しいけれど。
困った奴だとか、幼いことを言うとか、
言葉にして言いはしないが、
そうと思っているらしい気色くらいは、
これでも察しがつくようになった。

 “……。”

まあ、そんなような気持ちの都合なんぞ、
いちいち伺う自分でもないのだがと。
枯野を囲む林の一角、
誰ぞに切り倒されたか、倒木に腰掛けて、
ひとり佇んでいた勘兵衛の、
その懐ろへまんまともぐり込み。

  何を思っていたかは知らぬが、
  自分は独りだなんて驕るでないと

強引なその態度で示した久蔵だったりし。
野伏せりや野盗退治の依頼も預かってはない、
務めと務めの端境にあった彼らであり。
のんびりした道行きの途中で、
ここは街道からは微妙に外れている土地なれど。
里も間近であるはずなのに、
そういや昼からは誰とも顔を合わせていない。
何日か前に降った雨のせいだろか、
道がごっそり抉れており。
これは困ったと次の宿場までのあと少し、
勝手な進路で探るべく、二手に分かれたは昼下がり。
久蔵が向かった土手経由の切り通し方向には、
もっと深々とした竹林が広がっており。
勘兵衛が進んだ方が近道かと戻ってみたところが、
黄昏間近い林の中、
何かしら見えぬものを追おうとしていた彼だったのが、
何とはなし、無性に気になって…苛立って。

  ―― さわさわざわざわ
     今も時折届くは風の音のみで

剣士殿の金色の髪の後れ毛を、
いたずらになぶってゆく大胆なのも、
時にこちらへと吹き来るけれど。
ああでも、一人で歩んでいた間は、
気にも留めなかったはずなのにな。

  耐え切れぬほど寒くもないのに、
  ましてや自分は、
  天穹の極寒にも耐えられる身のはずなのに。

誰かの温みに触れる心地よさ、
やわらかな温みと穏やかな安心感とをくれる、
人肌というものの居心地のよさをこそ、
ついつい欲しいと思うよになった。
そういう加減を人恋しいというのだと、
自分の痩躯をすっぽりとくるむ、
広くて温かな懐ろの主が言い、

 「……。」

頬をつけてた胸元が、
かすかな身じろぎに添うてのことだろ、
雄々しい筋骨がわずかほど うねったのへ。
衣紋越しではありながら、
触れているところの、こちらの肌までも、
ほんのりと熱くなってくるのがちょっぴり不思議。
じっとしていろとは思わぬ、
ただ、どうしたかと見上げただけ。
だっていうのに、

 「?」
 「……。///////」

口許たわませて“んん?”と目顔で問うてくる、
浅黒いお顔の、何とも男ぶりがいいことへ。
気圧(けお)されでもするものか、
うううと こちらは口ごもるしかなかったり。

 「如何した。」
 「〜〜〜。」
 「かぶりを振るだけでは とんと判らぬぞ?」
 「〜〜〜〜〜。////////」

この身に沸き立つ不安も安堵も、
すべては彼から発していて。
是も非もなくの、
あっと言う間に取り込まれてしまう不甲斐なさ。
こうまでの“依存”をようも植えたなと、
せめてもの意趣返し、
気が済むまで膝から降りてやるものかと、
長居の構えで頼もしい胸元へ凭れ掛かれば。
困っているのか擽ったいだけか、
くすすと微笑った気配もまた、
秋の風より温かく。
剣豪殿の鋭角な白面を、
それはあっさりと蕩かしてしまうのだった。




  〜Fine〜  10.11.05.


  *こういう、
   しんみりした中、だからこそ身を寄せ合う、
   仄かに温ったかなお話が、
   やっと書ける気候となりましたね。
   このまま急転直下に寒くなられてもなあと、
   それも何か味気無いなと思ってましてね。
   たいそう寒い中、
   お前は寒いのが苦手だからなと、
   それを口実に
   ぎゅうぎゅうくっつきたがる久蔵さんとかいうのも、
   可愛いのではありましょうがvv
(苦笑)

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