料峭黎明
(お侍 習作173)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


春は名のみで、まだまだ冷え込む里の朝。
水がぬるんだわけでなし、
外気よりも池や川の水の方が温かいせいだろう、
ほのかな靄
(もや)が垂れ込めてのことか。
遅い夜明けがそれでも間近い、
そんな黎明を尚のこと、寒々しい白に霞ませており。
すっかりと葉の落ちた木々とは別口、
風よけに植えられた常緑の椿やサザンカが、
そんな葉のつや曇らせて、シンと佇む木立ちの奥向き。
もっとも冷え込む頃合いだというに、
そおと蠢
(うごめ)くものがある。
もぞもぞとも じりじりとも違う、
ただの一瞥では“停止”と違わぬ有り様なれど。
鋼の甲板の下にては、
何への待機か 時折かちりかちと堅い音もし。
長いスパンの時々に、
丸い目玉がぎょろりと瞬いては、周囲を索敵してもおり。
やがて、

 《 娘や幼子をこの刻限に攫うは無理な話だろうに。》

機械で処理されたような、
どこぞかに籠もったような声が低く立ったのへと、
さして代わり映えのしない、
だが、別物の発したそれだろう返事が返る。

 《 しょうがないさね。
   我らの主様が信用得るためにゃ、
   一芝居打つのが手っ取り早いんだと。》

極寒の冬だったここ数月の間、
酒や手慰みにつぎ込み過ぎて、
頂戴するお手当では到底足りぬとの欲が出た。
それでと始めた夜働きだったが、
ついつい略奪の度が過ぎて、
近隣の里という里すべてを警戒させたその上に、
何の手も打たぬ領主であるの、
疑念を持って見る派まで生じてもいるらしいと聞く。
曰く、

  ―― シノビとしてお抱えの機巧武士殿が、
     こそり無体を働いておるのではないか。

そのような噂まで立っているというからには、
疑いを晴らすためにも身の潔白を示さねばならぬ。

 《 それでとこんな手を思いつくとは。》
 《 日頃、気の利かぬ文士ぶっておられる割には。》
 《 さようさ。結局は我らと違わぬ武家崩れというワケよ。》

結句、里人らは自らと同格の人とは思わずにいる証拠よと、
主人の畏まった清廉ぶりを鼻で嘲笑って、さて。
草木や岩石、生気のない者同然に居られたその身へ、
起動の意志もて信号送り、命ある身へと目覚めさす。

 《 人知れず攫うが無理なら、押し込むまでよ。》

鋼の筺体は大きさもあってのこと、
相当に重量もあろうはずが、それはあっけなくも ふわんと浮いて。
シンと静まり返っていたはずの、
靄の中からその輪郭を乗り出させたのが、ひのふの幾たりか。
ひぃいんと微かな音させて、
次から次、茂みの陰から飛び出して来たものの、

  ―― そんな彼らの頭上の穹に
     翅翼もない身でそれは高々と

有明の月の白いお顔を探すほうが、容易かったほどに気配なく。
紅色の鷹か隼か、その身を躍らせており。
夜陰の中ならそれが隠れ簑にもなったろが、
黎明の明るさの中ではそれも適わず。まして、

 《 ? なんだ?》

大戦のころには敵の索敵に用いた感知眼、
今でも十分に健在のそれが、
生身の人では聞こえぬほどの、風を切る音でも拾ったか。
反応見せたの 何処だと追った、
殿
(しんがり)の一機が立ち止まり、
何げに その視線を上げてしまったけれど。

  《 え?》

その視野に入ったもの、
正体を割り出さねばとする反射も追っつかぬほどの、

  文字通り、刹那の亜空を貫いて

しゃりん、きゅいっ、という、
ただの風鳴りとは明らかに質の異なる、
何かを引っ掻いて去った存在の立ち居を示す唸りがし。

 《 な…。》

朝霧の帳
(とばり)をも引き裂く銀線が、
容赦のない鋭さで降り落ちて来て。
そこからしっかと一刻を置いての次の間合いには、
賊らの群れの殿にいた数機の鋼筒らが、
寒天菓子でも切るかのような他愛なさにて、
一刀両断されており。
物音に気づいて振り返ったクチの数名が、
まともにそれを目撃し、
呆然としたままでいたが故、機体への制御がおろそかになり、
更に先ゆく仲間との危うい接触をしかかったほど。

 《 どうした…っ、》

何を寝ぼけていやがるかと、
まだそこから出てはいない木立ちの中にて、
喧嘩腰で恫喝しかかった先行の面々も。
武力ある自分たちの上へは起こり得ぬこととして、
到底信じられない光景が、
今の今 起きての背後に広がっていることへ気づいたか、

 《 ひぃいっ。》

あの大戦に縁があったなら、
途轍もない練達に背後から追われた末のそれとして、
悲しいかな、見覚えが無いではない情景だったのだろう。
その惨状をすぐさま理解したと同時、
この場にいてはいけないと、
既に姿のない“敵”からどう逃れるかへ、
意識が切り替わっているところが、
こうして生き残って来れた秘訣なのやもしれぬ。

 “長いものには要領よく巻かれ、
  水の流れ、風の行方を読むことに長け、か。”

アキンドらがそうやって、
あの大戦をせいぜい利用して肥え太ったように。
軍の覇権に威光がなくなると見切ってののち、
戦さ場からとっとと離れたそのまま、
辺境の地にて略奪行為を始めた彼ら。
野伏せりなぞという蔑称を授かりながらも、
それがどうしたとなりふり構わず、
蛮行に身を投じた荒くれたちも。
さすがに…その大戦にて追い回された恐怖は、
骨の髄にまで染みていての覚えておいでで。
それでの、この慌てようなのかも知れず。
誰ぞかの威勢に頼るばかりで信念なきな道しか知らぬ、
これもまた戦さの残した悲しき生きざまか。
自分たちこそ、善からぬ企み ほくそ笑みつつ抱えていたくせに。
命ばかりは手放すものかと、
未明の場末、デタラメに駆け出した一党の進む先には、

 「……………。」

陽の射す方から吹き来た風を真っ向から受けつつ。
長く延ばした蓬髪や、
幾重にも重ねた砂防服の裳裾が躍る、
こちらもいかにもな野武士を思わす風体の壮年殿が。
大きく構えし大太刀の切っ先、風の方へと向け据えて、
賊らの来るを待ち構えておいで。
立てた目串のおよそ違わぬ逃げっぷりの先へ、
冴えた真顔で立ちはだかって。
双眸伏せたも、ほんの一瞬。
ただならぬ集中にて練り上げられし思念の気脈、
その重い太刀の切っ先へと集めると、

  ひゅっ、か と

そこにいた存在はおろか、
疾風同士がぶつかり合ったような抵抗さえないまま、
通過し合ったその直後、

 《 ………あ?》
 《 今のって…?》

誰か居たか? そういや堅い音がそういえば立ったようなと、
逼迫の中、鈍った思考が後追いするのをあっさり遮って。
乗っていた鋼筒の胴がぴしりと裂け始め、
そこから黎明の光が差し込んで。

 《 ひ…。》
 《 うわぁあっ!》

相手も機械ならいざ知らず、
生身の人間が振るった刃で身が裂けてゆく、
これ以上はない悪夢に飲み込まれたその上。
機巧な身ゆえ、
駆動系にと循環されている揮発燃料が、
寸断された回線の放つ火花を浴びて燃え上がるため。
失速した先で次々に、鈍い音立て 爆破してゆく無様さで。
明々とした炎の寄越す色合いに、白い装束染められた男の傍ら、

 「……。」

こちらも音もなく降り立った人影が、
長々とした紅の衣紋を風に捌いての歩み寄り。
刃は鞘へと収めた白い手で、
そちらも太刀を腰へと収めている勘兵衛の、
表情薄い頬へと触れる。

 「久蔵…?」

相も変わらず、
ああまで至近で擦れ違ったにも関わらず、
返り血はおろか、燃料だの破砕片だのも浴びぬままという、
神憑りな太刀を振るった壮年だが。
そこまでの微動だにせぬそれだった表情が、
何かの呪縛から解けたかのよに、
その深色の目許をたわめてしまわれて。

  ああ無事だぞ、案じたか。
  なに、
  狙い定めるために眸を眇めておっただけ、と。

不慣れないたわり、くださる連れを、
安堵させねばと苦笑っておいで。

 『民への偽装、誰か攫って来いなぞと、
  当地の領主は一言も言ってはないそうで。』

のちに州廻り役人の中司氏が、
そこを去った彼らへ電信にて事後顛末を伝えてくれて。
どう見ても野伏せり崩れの実行犯らは、
殿ではなく、側近筆頭が抱えていた連中だったそうで。
いかにも御主の命令のように伝えての、
主には資金稼ぎにと、これまで随分な無体をさせていたのだとか。
万が一にも捕らえられ、やけっぱちで誰の命かを言ったら言ったで、
とんだウツケよと聞く耳持たぬもよし、
そのような畏れ多いことを申すなと、
芝居がかった素振りで民にわざとらしくも聞かせるもよし。

 『このご当地の領主殿は、少々四角うて頭がお堅いそうな。』

そこを衝いての隙あらば、
いつでも成り代わってやろうぞと、
父上の代からの忠臣でございと澄ましたお顔の下で、
虎視眈々、美味しい機会を狙っていたらしく。
そんなお家騒動が沸くほどに、

 『世情に余裕が出来たというところかの。』

あの長かった大戦時にも、
膠着状態になったをどう読んだものか、
直接の上司を目先の敵よと見なし、
出世目当てに上官の失脚狙う馬鹿者らが、
後を絶たない時期があったこと、
勘兵衛とその古女房はしみじみと思い出したとか。
喜ぶべき平和な世なればこその安泰安寧は、だが、
思わぬ停滞を生み。
野心家たちは退屈で殺される前にと、
罰当たりな謀反を企み、波乱や嵐を歓迎する。

 『困ったウツケは、いつの時代にもいるもので。』

生まれてこの方 それが当たり前だったので、
平凡中庸の有り難み、
ちいとも知らないお目出度いお人なのでしょねと。
溜息つきつつのおっ母様から、
愛おしげに撫でてもらう予定な、その軽やかな金の綿毛に。
何処でつけたか拾ったか、
早咲きの梅を引っかけて来ていた紅胡蝶殿だったのへ。

 「……おや。」

大ぶりな手がそおと載り、どらと摘まんだそのついで。
雄々しき腕へと掻い込まれたのへ、

 「〜〜〜〜〜。////////」

見る見るその頬、朱に染めて、
逃げこそせなんだものの、そっぽを向いての精一杯、
何でもないと装う君の、
されど 吐息が浅いは何を意味したかくらいは、
気が付かぬではなかったものの。

 “…判らぬ朴念仁で通すがいいか。”

初心な連れには、こちらも気の利かぬくらいが丁度いい。
そのっくらいは心得ているおタヌキ様が、
ほれ取れたと白い梅花を手渡してやり。
間近い春の香を堪能し合う、とある料峭の朝一景だった。






  〜Fine〜  11.02.06.


  *毎度のことながら、
   直前までの修羅場はどこへやらですな。
(笑)
   鋼筒
(ヤカン)の集団というのは、
   この人たちにかかると雑魚級であるようで。
   そらまあ、紅蜘蛛でさえ
   太刀のみでこま切れにした練達二人ではありますが。
   でもね、鋼の甲冑着ていて、
   しかも宙に浮いての、その上には、
   結構な重さの大太刀振れるオートアームも操れる、
   言わば“一人乗り戦車(タンク)”に
   乗り込んでるも同じな連中ですからね。
   そんなのが何機も向かって来るのへ、
   飛び道具なしで敢然と立ちはだかれるなんて、
   褐白金紅の方がよほどに恐ろしすぎる。
(う〜ん)

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