寒中、雪に忍ぶのは (お侍 習作174)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


やっと梅の時期を迎えたばかりだと言うに、
桜や桃の季節も間近いことをはやばやと思わせるほどの、
随分と先走った暖かさが訪のうたかと思いきや、
すぐの翌日にはしんしんと雪が降る底冷えが、
容赦なく駈け戻ってきたりもし。
暴れん坊だったことを忘れられたくはないかのように、
なかなかに一筋縄ではゆかぬ去り際を、見せたいらしいこの冬で。
暦を先取りするのが“粋”とされるよな、
俳諧やら花見やら、
酔狂なお遊びに始終耽っていられるお大尽らはともかくも。
それを支える下々の皆様には、
実際の春が早よう来てくれないかというのが本音。
雪の冷たさに耐えての凛と麗しい姿を晒す椿や梅を、
ふと見やって物想うほどのゆとりがあればいいけれど。
まだまだ手を突っ込むのがためらわれる冷たさの水を相手に、
炊事や掃除、染め物、洗い物をこなす人たちにすれば、

 「女衆の指先が赤いのを詠んで風流ぶってる連中に、
  アカギレの痛さも覚えときなと言いたいと、
  お店に限らずの、色んなお女中たちからよく言われたもんですよ。」

いい気なもんだよと怒りたくなるのも判りますとは、
大戦中にあっては、自身も雑用こなした覚えがあるからか。
端正なお顔を甘い笑みにてほころばせ、
さぁさ冷めないうちにと、
丁寧に淹れたお茶を客人のお膝前まできれいな所作にてお出ししたのは、
こちら“蛍屋”の主人、七郎次という男前。
金色の髪を引っつめに結い、
色白な細おもてにいや映える、
青玻璃の双眸を優しくたわめて微笑うと、
ほわりと花が咲いたような華やかさが零れる白皙の。
いかにも、苦労知らずな育ちのいい青年か、
はたまた…何もせずとも女性たちが寄ってたかって何くれとなく世話してくれた、
そんな恵まれた色男にしか見えない、風貌と物腰をなさっておいでだが。
これでもあの大戦を、それも士官として体験なさった、立派な“もののふ”。
武術の一通りを修めたその上で、
斬艦刀という飛行艇の操縦も巧みなら、
格闘の心得もあり、特に槍使いに秀でていた一端の武芸者だったとか。
その大戦が幕を下ろすに至った壮絶な最終決戦の最中、
乗っていた斬艦刀が真っ二つにへし折られるほどの惨事に巻き込まれ、
その後のことは、本人にも覚えがないままに。
離脱型救命空挺に入れられて…五年を過ごし。
流れ着いたるこちら様にて、女将に助け出されて今に至るのだとか。
幇間として 客の呼吸を上手に読んで、お座敷を回すことに長けていたのも、
いい男だが元は軍人、
酸いも甘いも噛みしめてきたその経歴が物を言ってのことであり。
男のくせに玉の輿だの、顔がいいと得だの何の、
やっかみ半分、狼連から悪しざまに言われようと、
何とも堪えず微笑っておいでなのだって、その蓄積があったから。
簡単に散ってはならぬ、死に急いではならぬと。
強かにしぶとくも、ただただ“生きよ”と。
どんな風にも屈せぬ、それは雄々しき背中にて、
そうと説いたお人があったから。

  “…なんてお話も、
   わざわざ思い出さねばならなくなって久しいですが。”

世の中の歪みや退廃停滞を押し流す、
微妙に作為の入り混じる大きなうねりと諸共に。

  意外で唐突な出会いが訪のうて

再会の喜び、騒動の渦中に巻き込まれることへの困惑、
色んなことのあった末、
今はこうして、大切な人らと安穏としていられるのだから、

 “運の善いにも程があるさね。”

辛かったこと、哀しかったことが、
すっかりの全部相殺されたとは思えないけれど。
口惜しいや寂しいがこの身へと穿った欠落が、
全て消え失せた訳ではないけれど。
とはいえ それでも、

 「……。////////」

障子を開け放った濡れ縁から降る陽だまりの中、
愛しいお人と向かい合い、
ほこほこと微笑っていられる幸いを、
“ああ なんてアタシは幸せ者なんだろうか”と、
何にも変えがたいと感じるのは、
紛れもなく本心からの感慨だから。

 「どうしましたか? 久蔵殿。」

春先の日和にその細い肩先を暖められつつ、
離れ“百彩”の青々とした畳の上、
お行儀よくお膝を揃え、
七郎次と向かい合うよに、
ちょこりと座しているのは誰あろう。
野伏せり崩れを狩る長旅から、
久方ぶりに虹雅渓へと戻って来ていた次男坊。
相変わらずに華奢な肢体をしておいでだが、
ピンと延ばされた背条の真っ直ぐさは頼もしく。
陽の明るさのせいだろか、
赤い衣紋の色合いも心なしか暖かそうなそれとなっており。
壮絶な戦いの只中以外では、
どこか音なしで夢幻のような存在だったお人が今は、
ふわふかでやわらかな金の綿毛に相応(そぐ)うほど、
何とも穏やかなお顔で陽だまりに佇んでおいで。
その身の側線を縁取る光は、甘く滲んでさえ見えて、

 “夢見るようなとは、このことを言うのでしょうね。”

かつての昔は、南軍
(みなみ)の紅胡蝶、
それが転じて 死を呼ぶ死胡蝶なぞと呼ばれており。
触れるものは皆、滅することしか知らず、
それしか出来ない身だったはずが。
七郎次の懐ろの深さに少しずつ絆されて、
母を慕う幼子のように、
まずはと甘えることを覚えつつある彼であり。

 「随分と照って来ましたが、眩しくはないですか?」

もそっとこっちへおいでなさいと、
手を延べ、にっこり微笑って誘ったものの。

 「〜〜〜〜。(否、否、否)///////」

慣れぬこととて怖ず怖ずと、
含羞みつつの うつむくところなぞ、
いっそそこいらのご新造さんより初々しいくらい。
まあまあと捕まえた小さな手は、
やはり相変わらずに、
剣だこさえ見当たらぬ すべらかなそれであり。

 “不思議なお人ですよねぇ。”

刀を振るう巧みさと覇力は凄まじい級のそれだのに。
それで身を立てているのだとは思えぬほど、
腕も細けりゃ総身も薄く。

 『なに、穹高く軽々と飛び上がるを得手としておるのだ。』

そのまま天世界へ飛び去れるほどという跳梁は、
機巧化に縁のないままな、
生身の存在とは思えぬほど鋭く高く。
音もなく風に乗り、夜陰に紛れての奇襲を為すのに、
今でも重宝しておるのだと。

 “身も蓋もないのだから。”

情がないわけじゃあない、
むしろ彼からも可愛がっておいでの連れ合いだというに。
そんな可愛げのない言い回しをなさった壮年の御主様、
島田勘兵衛様はといえば。
州廻りの役人からの伝言をたずさえて、
当地の警察機関へとお顔を出しに向かっておいで。
またの名を“褐白金紅”なぞと呼ばれての、
凄腕賞金稼ぎでもおわす彼らの活躍は。
どこぞかの里でとうとう芝居の演目にされたほど、
軽快にして絶妙、洒脱で鮮やかだと、
どこで話題になったとて、
まず間違いなく“あっぱれ おさすが”との快哉を呼んでおり。

 「兵庫さんからも聞いておりますよ?
  どんなに悪名高い野盗一味でも、
  褐白金紅の名を聞くと、震え上がって自訴して来るほどだとか。」

大所帯で幅を聞かせていた窃盗団は軒並み引っ括ったが、
そこから命からがら逃げ延びたクチが、
どれほど極悪残酷な狩人かを仲間内へと伝えたがため。
彼らの評判は、よくも悪くもあっと言う間に広まったらしく。
当初はそれでも、
役人の犬だの商人の太鼓持ちだのと、よく判らない蔑称もて、
そんな連中恐るるに足らず、
怖いものかという気勢を発していたようだったが。
たった二人、しかも生身の侍くずれが、
大太刀のみを得物としての現れたのへ。
噂ほどではないなぞと嘲笑したのが消えぬうち、
精悍な壮年の繰り出す超振動という奇跡の秘技や、
軽やかに追って来る若いのから、
触れてもないのに薙ぎ払われる“遠当て”なぞに翻弄されての。
気がつきゃ、惣領格があっと言う間に仕留められており。
そこまで追い詰められてしまっては、

 “尻腰のない輩では、
  太刀打ちするどころじゃあないでしょうね。”

勘兵衛が戦いにあっては厳しいお顔になるのもようよう承知。
そして、こちらの久蔵も、
戦闘仕様になっている時は、
赤い双眸も吊り上がっての、
さぞかし冷え冷えとするお顔になるのやもしれないが。
おや、ちょっとお見せなさい、と、
爪の切り方にムラがあるのを素早く見とがめ。
その手を取ったまま、
自分から傍らまでと間を詰めて来た七郎次だったのへ、

 「〜〜〜〜〜。////////」

ぽうと頬染める可愛いお人。
こんなお顔しか見ちゃあいないのでは、
成程、巷でどう恐れられてたって、
なんの可愛いお人じゃあないですかというおっ母様からの評、
崩せようが無しというところかと。

 「此処へおいでの直前までは、
  北の雪深いところを巡っていたそうじゃないですか。」

今の時期はどこでも変わらず、真冬厳冬の最中で。
雪も降れば風も冷たく、凍えるばかりなのに輪をかけて、
里や村ごと埋もれるような、北領の辺境の里を隠れ簑とし、
非力な住人らへ無体を強いる、
とんでもない顔触れも少なくはないものだから。
たった二人という身軽さを武器に、
するすると音もなく近寄ってゆき、
騒ぎを起こすまでもなくという素早さで、
悪鬼らを蹴倒す成敗の北領巡り。
それもまた、彼らの定例の段取りになりつつあるとか聞いたが、

 「勘兵衛様は寒いのが苦手ですのに。」
 「……。(頷)」

どんなに辣腕の“もののふ”だとて、苦手なものくらいはあろう。
さすがに一般人ほど震え上がるのじゃあなかろうけれど、
気を張っておれば、生死を賭けての集中により、
そんな瑣末なことなぞと忘れ去ってもおれるのだろうが。

 「だから、早じまいを。」
 「心掛けておいでだと?」

うんと子供のように頷く様子はあどけなかったものの、

 『さようか。』

後日に機会があってのこと、
そんな気遣いなさっておいでだと勘兵衛へも伝えたところ。
妙に感慨深げに顎のお髭を撫でつけながら、

 『となるとあの椿事も
  そのような“気遣い”から発したものであったか。』

そんな言いようをなさっておいでで。
話を聞いたあとだった七郎次としては、
…微妙なお顔を見せてしまったのも無理はない。

 『椿事、で済ませますか?』
 『うむ。』

北領には、希少な巨大獣が生息する地域もあって。
分厚い脂肪や毛皮によって身を守り、
少ない食料を競って狩りをし合うがための淘汰が行われた結果、
そのような存在のみが生き残ってしまったのだろうが。
巨躯を保つための狩りに使う、大きな牙や鋭い爪とがおっかない、
ヒグマや大鹿、山犬にヒョウの大きいのまで。
まずは馴らせまい気性の荒いのを。
それでも何とか従わせた末に、
騎乗し戦車代わりとして駆使する一派も少なくはなく。

 「勘兵衛様を追った獣らを、
  遠当てで突き崩した雪崩でもって仕留めたそうですね。」

やはり孤村を襲って我が物顔で居座っていた一味があり、
雪深い中でも機動力に優れた彼らは、
役人衆の構える包囲網になかなか掛からぬ。
そこでと、まずは勘兵衛のみが姿見せ、
しまった連れがいない間の悪さよと焦った振りして、
打ち取って名を挙げよと彼らが沸くよう、巧妙にそそのかし。
傾斜地の雪原まで誘い出したところへ、

 “中空からの突撃を敢行し、
  戦意を失わせるのが当初の策だったものが。”

今にも追いつかれそうに見え、それを危険と感じたか、
双刀を構えるとあっと言う間に方策変更。
山麓の雪全部を落としたのではないかと思わせたほどの雪崩にて、
賊を獣ごと一網打尽にしてしまったほどの、遠当ての技の恐ろしさよ。

 『儂まで埋める気だったかと訊いたら、
  それもよかったとぼそり言いおったところがな。』

洒落や冗句のつもりか、
相変わらず不器用な奴よと呆れておったが。
それにしては、こちらの外套の合わせを掴むと、
なかなか離さぬものだから。
雪の只中に立ちん坊もなかろうと、
中へ取り込んでやっての退散したほど…と。
呆れたと言ったあたりからずっとを、
ほくほく微笑っておいでだった勘兵衛のやに下がりようこそ、
七郎次には可笑しくてたまらなかった一幕で。

 「頑張っておいでのことへ水を差すつもりはありませんが。」

腕に覚えがあっての生業。
こんな言いようもどうかと思うが、
それでもこれほど彼らに似合いの、打ってつけの仕事はないくらい。
そこは判っているのだ、七郎次とて。
ただ、

 「あんまり無茶をなさいますな。」

不揃いだった爪を、ぱちりと握りバサミで揃えてやって。
伏し目がちになったまま、やんわりと諭す七郎次だったのは、
心底、二人を案じてのこと。
お強いのは百も承知、
そんな程度の雑魚なんぞ、物ともなさらぬ方々でしょうが、
それでも…どんな間違いが起こるかは判ったもんじゃない。
あの巨大な“都”でさえ、
ほんの一桁の侍たちに撃沈されたくらいだしと、
いやま、そこまで言いはしなかったけれど。

 「無事なお顔を見ながらとはいえ、
  そうまでおっかないことをなさったお話は、
  それなり肝を冷やします。」

これも待つ身の切なさか、
かつては自分もそんな戦いの最中に身を置いてたくせに。
そして、臨機応変という名の無茶も、時には選ばざるを得ないってこと、
重々承知しているはずなのに。

 “アタシくらいが窘めないと。”

かつての大戦のころ、
勘兵衛様は待つ人も場所も決して作らなんだ。
遊里に贔屓を作らないではなかった若かりし頃にも、
きっと帰るとの約束は誰ともせなんだそうで。
薄情というより、淡白なんだろななんて、
同じ隊の皆も言っていたけれど。
待たせるのが辛いからだと気づいたのは随分と経ってから。
帰って来れなくなった人を、それでもいつまでも待つ人らを知っている。

 “アタシとだって下手すりゃあ…。”

此処にいると知っていながら、
逢う気はないとなさっておいでだった人。
そうさ、勝手に待ってるだけ。
押しかけ女房ならぬ、押しかけ副官だったんだ、
このくらいは朝飯前さと。
煙たがられてもやめないと、口許をむむうと引き締めておれば、

 「…おかえりはシチが初めてくれた。」
 「……………はい?」

ぼんやりしていたワケじゃあないが、
唐突がすぎて飲み込めず。
小さなお声での呟きを、
ついつい七郎次が聞き返したところ、

 「…お帰りへ、ただいまを言うのが初めてで。////////」

シマダがな、童のようなことを言うと笑うのだ。
それでも、

 「嬉しいのだ、しょうがない。」
 「あ………。///////」

待つ人がいる、帰る場所があるのが嬉しいと、
ああ、なんてかあいらしいことを言ってくださるか。
その手へ捧げもってた白い手を…指先を、
ついついきゅっと甘く握り込めば。

 「……しち。//////」
 「あ、すいませんっ。」

  痛かったですか?
  ん〜ん(大丈夫)。//////

一足早い春の日が、ほこほこと暖める離れに舞い降りた、
光の精霊もかくあらん。
似たような華やぎまといし、綺麗どころ二人の戯れようへ、

 “何を含羞み合っておるのやら。”

出先から戻って来ていたらしき壮年殿、
どの間合いで入ればいいやらと、
ほのかに困ったように苦笑してなさった、春先の午後一景。





  〜Fine〜  11.03.03.


  *暖かいと殊更に書いてる間にもどんどんと寒さが増し、
   とうとう雪まで降ったあまのじゃくぶりでしたよ。
   いつだってこれですもの、
   いっそ逆張りで天気予報出来るかも知れませんね。

   取り留めのないお話になったのも
   恐らくは寒さのせいですが、
   こちらのシリーズでは、
   久蔵さん、あまり寒がりじゃない設定だったはずが、
   勘兵衛様のためだとかこつけて、
   暖ったかいこと好きな言動が増えているような…。
   早く桜咲く季節になればいいのにね。

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