花王散華
(お侍 習作175)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


その樹だけはどういうものか、
どんな土地へ行っても同様に、
何とはなく特別な存在とされており。
春の訪のいを告げるのは、雪割草や梅だろし、
日いちにちと暖かくなるのを共に数えるなら菜の花で。
木々の梢を飾ると限っても、辛夷や木蓮、沈丁花など、
春と言ったら…というお仲間は、
山ほどおいでであるというに。

  菫色の淡い青空の下、それは誇らしげに開花する、
  緋白の木花、さくらという小花をこそ

この大陸の人々はどうしてだか、
特別な存在として扱い、殊更の想いを込めて愛でており。
長い長い冬からの解放と共に、
そこから弾みをつけてやって来る、
新しい季節の兆しが、すぐの間近に見えるからだろか。
いやいや、そんな理屈なぞ抜きにして。
人は この花を見つけるとつい眸をやり、
その咲きように、様々な想いを馳せる。
時期が早ければ、いつごろ満開になるだろか。
雨が降ったり風が強ければ、
すぐにも散ってしまわぬだろかと。
様々に案じてしまって、
結句、その場から なかなか離れられなくなる不思議。
枝にしっかと花が満ちれば、
これほどの風雅はない華やかさをまとい。
枝の濃色を飲み込んでの、
練絹の白がそれは膨
(ふく)よかに。
そよぐ東風に遊ばれ揺れて、
観る人の心をも、ゆらゆらと たゆたせる。

 「…ほほぉ。」

特に依頼もないまま、
花の季節と聞いて逗留を続けていた小さな里で。
そりゃあ見事な一本桜が、並木の先にあると勧められ。
うららかな陽の射す昼下がり、
急ぐでなしののんびりと、
まだ目覚め切らぬか、手の入らぬままな畑を横手に、
低い堤となった小道をゆけば。
時折衣の裳裾を揺らめかす、悪戯な風が導く先、
土手の菜の花の黄色に見とれるうち、
いつの間にやら若い桜の並木が迎え入れてくれており。
風情のある枝々へと装われし、
淡色の花の帯を見上げておれば、
成程、奥まったところに一際見事な大樹が見える。

  そしてそこには

ふと気づけば、
緋白の淡さの中に埋もれて、深紅の存在が立っており。

 “……久蔵?”

逗留中の宿の離れから、朝も早よから姿を消していた、
勘兵衛と共に旅をしている連れ合いの青年。
しなやかに伸びやかなその痩躯は、
独特な鞘に収めた双刀を負っていなくとも、
こちらの壮年には見間違えるそれではなくて。
咲き競う並木から差し伸べられた、
麗花をまといし幾多の艶腕を、
気づかぬものか つれなくもやり過ごしたらしき胡蝶の君は。
頭首(こうべ)に冠した金の綿毛を、
やはり淡色の桜花の中へと溶け込ませつつ、
最も大きい樹の下へと歩み寄っており。
その身へまとった濃色の、深紅の装束さえも霞ませて、
たわわについた花たちの中へと取り込まれてゆくのが。
何故だろか、ずんと向こうへ、
花々の咲き競うばかりなどこかへと、
霞みのように梳き込まれての
遠ざかるかのようにも見えたので。

  「……っ。」

どう歩み寄ったものかも覚えてはいない。
気がつけば、腕を引いての振り向かせ、
その痩躯を余さず、懐ろ深くへ抱き込めており。
あまりに荒く掻き抱けば、
互いの衣紋が邪魔をしてのこと、
どこからがその身か判然としないほど、
何とも頼りないばかりなその総身だが。

  「………島田。」

抗うことなくのそれは素直に。
こちらの懐ろ、胸元へと頬をうずめて、
どこか覚束ない声で呼ぶ君よ。


  花々の王と称される さくら花。
  幾重にも咲き重なる荘厳な様を
  風雅華麗と惚れ惚れ見やるか。
  それともその散りざま、
  凄絶寂寥、とめどない涙雨のようと、
  儚くも哀れな佇まいをしみじみ偲ぶか。


この武骨な手で髪を梳けば、
うっとりと目許細めて微笑む、
まだどこか生きることへ拙い君へ。
威風でも儚さでもない、
どちらでもないささやかな暖かさ、
甘やかな人心地を感じた勘兵衛であり。
冷たい雨の中で、身を切るような風の中で。
血の色を覆うように大地を染める夕陽の中で。
その痩躯を尖らせ、虚ろな眸をして立ち尽くす、
そんな心ない彼に戻らせはすまいと。
他愛ないことへ ほわりと笑い、
暖かいところへ頬寄せて、
心から和む今の彼を、
桜なんぞに攫わせたりはすまいと。
壊すまいとの加減に苦労しつつ、
それでもきゅうと、腕の中へ抱き込めて。

 「…久蔵。」

恐らくは 今初めて、
失いたくはないと思うもの、
その手へ捕まえた壮年殿だったりし。
今が盛りの桜花の勇壮さにも怯まずの、
ただただ穏やかに、寄り添い合うばかり……。





  〜Fine〜  11.04.25.


  *何のこっちゃな代物ですいません。
   何だか物凄く風が強くて、
   窓の外が、ざわざわドカンと騒がしくて。
   (ポリバケツが転げたな…)
   晩秋の二人も雰囲気あってお似合いですが、
   桜の季節も風情があっていいかなとvv
   気がつけば、毎年何か書いてますよねvv
   今年も間に合ってよかったなvvということで♪

めるふぉvvhappaicon.gif

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