内緒のはなし
(お侍 習作176)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


 ここいらの土地では、それの息吹が春の到来にも等しい存在ゆえ。その開花で人々をやきもきさせた、桜の咲く時期も そろそろ過ぎゆきて。溌剌とした初夏の陽が射したかと思えば、それで暖められた気団が雨雲を作り、思わぬ強雨が落ちても来、それで洗われた新しい緑の、何とも麗しい頃合い。此処、虹雅渓でも桜の祭りが済んだばかりなところへ、ひょこりとお顔を見せたのが、日頃は遠い遠い地の果てで、風のように旅して過ごしておいでの、御主とお若い連れ合いという二人連れで。

 『何でまた、お祭りの時期を外しますか。』

 我が自慢にも等しい街のにぎわい、見て楽しんでいただきたかったのにと言い足せば。

 『なに、それこそ忙しい書き入れ時でもあろうからの。』

 どうしてもしくじれない贔屓を、うっちゃることは出来ぬだろうと。どうせならしっかり構いつけてほしいのでな、などと。遠慮をした訳じゃあないさなんて威張って見せる、ややこしい気遣いをしてくださるのも相変わらず。褐白金紅なぞという通り名をつけられての、少々物騒な稼業のほうも、特に支障もないまま。この大陸のあちこちで、有り難がられたり、恐れられたりしておいでだそうで。

 「お怪我も障りもないそうで何よりですね。」
 「うむ。」

 さすが元軍人は鍛えようが違うというものか、どんないで立ちになっても、それなり見ごたえのある様子に収まる彼であり。それは決して、この年齢で六尺はあろう背丈のせいだけではなかろうて。壮年となっても背条をしゃんと張り、深色の眼差しは知性に冴えてただただ静か。威容さえ保ち続けるその風貌には、どこか奥深い趣きもあって。そのくせ、ひとたび大太刀をその手へ握れば、聡明さに静まり返っていたその風情が一転し。風格ある落ち着きは変わらねど、その底にちらちら躍るは武火の名残りか。筋骨も隆と充実したその肢体を、切れのいい動きで躍動させ、いまだ衰えぬ鮮やかな太刀さばきにて、野伏せり崩れのお尋ね者らを、片っ端から狩っておいで。うっそりと伸ばされた鋼色の豊かな髪が、落ち着いているだけだと思想に耽る哲学者か、聡明ながら世間を傍観しておいでの世捨て人のようなのが、野放図で野性味あふるる獅子のたてがみのようになるというから、

 “今の方が気概はずんとお若いのかも知れぬ。”

 何せ昔と違い、組織の一員としての責を負わされることもなく、制約も義理立てもないまま、堂々の自由奔放でいられるのだ。誠実で折り目正しい人物であるには違いないながら、苦虫かみつぶしたような顔で、意に添わない作戦行動を練らねばならなかった頃に比べれば、心からせいせいしている彼なのも頷けるというもので。

 “いやまあ、当時だって
  進んで…無駄死にの出ぬような策をと思案なさっていた訳だけれど。”

 つまりはそんな重いことしか考えられなかった、そうまでも選択の余地がなかったものだから。そのお身内へ、深い錯綜 抱えなさった勘兵衛様だものなと。安寧の今だからこそ、冷静に振り返ることも出来るそのような回顧。手入れの行き届いた庭の緑を眺めやる、それは穏やかそうな横顔をお見せの御主を前に、こそり想い巡らせていた七郎次だったのへ、

 「? 如何したか?」
 「いや、あのその…。」

 不躾ながらじいと見つめていたのへ、さすがに気づかれておいでだったようで。まだまだ若々しい美丈夫として評判の、癒しの里で随一と名高い料亭の名物若主人。そんな風評はさておいても、長年 身内のように傍にいた者が、今更、その男ぶりに見惚れておりましたもないだろと。苦笑をしつつも自分で自分へダメ出しをし、

 「そのお着物、よくお似合いだなぁと思いまして。」
 「何だ、自画自賛か。」

 今度は呆れた勘兵衛だったのは、彼がまとっているのは、ここ蛍屋にて用意してもらったものだからで。浅い藍の落ち着きある色味が、だがさほど重い印象にはならないでいるのは。勘兵衛の体格のよさのお陰で小さくまとまっていないことと それから、色白とはお世辞にも言えぬ、勘兵衛自身の肌色の雄々しさを圧倒しきれていないまま、小粋な透かし織りが、眺める者からの視線を散らすため。色合いの話は別にして、逸品の紬を仕立てたそれだ、品がいいのは確かだったが、

 「お言葉ですが。
  それを選んだのはわたしだけじゃあありません。
  久蔵殿と一緒に生地を見に行ったのですからね。」

 辺境の地を巡ることが多いからか、それとも、そもそもそういう方面へ構わないところまでもが似た者同士の二人だからか。よほど手ひどく汚れたの破れたのしない限り、いつもいつまでも、着たきりスズメな彼らなものだから。お戻りになれば、当人が気乗りしないのを引っ立てるようにして、新しいお召し物をと仕立てるのも常のこと。

 「そうそう、久蔵にも新しい着物を仕立ててもろうたらしいの。」

  そうなんですが、なかなか着てはくれませんで。
  なんの、勿体のうて外では着れんと言うておってな。

 「淡い水色に紺色の流線の模様が入った洒落もの。
  昨夜 見せてもろうたぞ。」
 「ははあ。……昨夜、ねぇ。」

 どうせすぐにも剥いてしまわれたんでしょうになぞと、そうまではしたないことは さすがに言わなんだものの。そんな話の流れから、ふと思い出したことがあり、

 「そうそう、久蔵殿から面白いお話を聞きましたよ?」

 きれいな所作にて丁寧に淹れたお茶を、手びねりの趣きも味わい深い湯飲みへそそぎ、小ぶりの盆へ載せて御主へと供しつつ。かつての戦さでは“白夜叉が突き進む血路を開く、金の毛並みした魔犬の狛”とまで、南軍の猛将らから恐れられたる もののふが。色白の細おもてを柔らかくほころばせ。それはそれは暖かい陽気の中、商家の主人としての風格も見え始めている、いかにも落ち着いた風情で微笑って見せたのへ。

 「面白い話?」

 あの朴訥無口な男がそんな器用なことをかと、少なからず意外に思ったらしい。確かめるように訊いた壮年だったので、

 「ええ。」

 幼子のように判りやすい所作で頷いて、七郎次が告げたのは………。




       ◇◇



 この街の中層、周辺へと広がる荒野と高さを同じくする界隈は、旅人相手の宿が集中しつつ、住人たちがちょっと気張った買い物をする商店も軒を連ねる、平日もなかなかににぎやかな地域であり。外の地方より訪のう隊商が持ち込む、涼しげなぎあまんの調度から、藺草
(いぐさ)の香りも清々しい花茣蓙や、風通しのいい葭簀(よしず)をはめた板戸やら。はたまた、そろそろ初夏向けの着物をと注文する人々向けの、薄く透けての小洒落た絽の生地なぞを、売り出しですよと店頭へと並べた店々の中。日頃からも贔屓にしている馴染みの仕立て屋から、用を済ませて出て来たそのまま。広小路が見渡せるよう、中空へ迫り出した桟敷席のある茶屋へと入り、やれやれと一息ついてた折のこと。ほら、この浅藍の生地は何とも涼しげじゃあないですか。これで仕立てた単(ひとえ)を勘兵衛様が羽織るところ、ちょっと眸をつむって想像してご覧なさいと、そんな風に囁いて、それじゃあこれをと意を揃えて決めた生地。それと共にと、こちらは七郎次が選んだ久蔵への浅葱の生地と。すぐの直前に滞在した折、計った寸法があったので、それでと仕立てを依頼しての、さてと、

 「本当に、お変わりのないのはいいことですよ。」

 明るい中で向かい合う次男坊のお顔を、しみじみと眺めやり。七郎次が安堵を込めて、あらたまったように そうと口にした。此処から遠い辺境の地で、いまだに大太刀振るっては、非力な人々を脅かしている無頼の野伏せり崩れらを相手に。疾風のように迫っていっては、撫で切っての一刀両断、鮮やかに片付けて回っておいでのお仲間お二方であり。大人数でかかったならば、若しくは日数に余裕があれば、ごくごく普通の役人や衛士らにだって出来なかなかろう次第じゃあるだろが。そこをあっさりと即日という短期集中、太刀以外の武装もなしの二人のみにて片づける、その恐ろしいまでの辣腕ぶりが。何とも痛快な運びなその上、悪人どもへの格好の脅威となる。たとい取りこぼしが出たとしても、その空恐ろしい実力と存在感を、広くその筋へと喧伝してくれるため。今や人気一座の芝居の脚本にもなりの、偽物が出没して詐欺まがいの騒動を引き起こしたこともありのするほどに、あちこちで有名な存在となりつつもあったが。そのご本人たちはといや、数年ほど前の、最初の邂逅の切っ掛けとなった とある騒動当時と、さして代わり映えはしていないまま。依然として矍鑠
(かくしゃく)とした壮年殿も、こちらの凛と冴えた空気をまといしお若いのも、ある意味 立派な年齢不詳のまんまで通っておいでで。

 “きっと、大変なことへも遭遇しておいでなんだろに。”

 特にこの、表情の薄い、どこか覚束無い青年には、何とも他愛ないことでも、ハッとさせられるものとなっておいでに違いなく。以前にも、何で温かいうちのすぐにも食すものへ一旦蓋をするのだろと、お茶や吸い物の蓋を摘まみつつ、そうと聞かれてしまい。返答へ難儀したのを思い出す。戦いにあっては勘もよく熟練した戦士なのに、何の変哲もないはずな日常へは、何かとたどたどしい不器用な人でもあって。そんなお顔をばかり見せてもらう機会の多い七郎次には特に、可愛らしいお人という刷り込みが、しっかとなされているようで。

 『あやつならきっと、
  何十人という敵を斬り払って戻って来た、
  危機迫る様相の“あれ”を見ても。
  一体どこではしゃいで来られたかくらいの顔をし、
  そりゃあ穏やかに出迎えそうだ。』

 なんてこと、確か兵庫殿を相手にしゃあしゃあと言った勘兵衛だったのも記憶に新しい。お茶について来た甘い焼菓子を口にして、微かに微かに頬笑んだ次男坊だったのへ、こちらはまだ何も味あわぬ前から口許をほころばせていた七郎次だったが、

 「……シチ。」

 そんな久蔵がふと、改まったように名を呼んだ。んん?と小首を傾げて見つめ返せば、明るい陽の中、金の綿毛を時折くすぐってゆく微風にも気づかぬまま、紅色の双眸を落ち着きなく左右へ揺らめかせていたものの、

 「シマダは…。」

 おや、そう来ましたかと、何とはなく安堵する。深刻そうにも見えなかなかったが、そういえば、今現在のこの彼の関心事といや、連れ合いでもある勘兵衛にまつわることと限られているはずで。当初こそ、自身の耳目で見聞きし感じたことだけで、手一杯だったらしいし 満足もしていたらしかったのが。そこはやはり人の子、どんどんと もっともっとという欲も出よう。ましてや あのおタヌキ様は、飄々としつつ、人を煙に巻くのもお得意で。決して悪いお人じゃあないけれど、時たま 人の悪いことを言ったりなさったりしてしまわれる。それでなくとも、まだまだ覚束ぬところの多かりしな、何かと幼い伴侶だというに。もしやして大人げなくも振り回しておいでなら、せめて自分が窘め役に回ることも、辞さぬつもりの七郎次。

 「何ですか?」

 自分で判る範囲の何かしらを、訊きたいとの仰せなら、何でも話そうとの心積もりを固めつつ。さぁさ遠慮なくと にっこり微笑って見せたれば。

 「……………………その。////////」

 だというに、話し出そうとしていたはずが、やや物怖じしたように首をすくめてしまった次男坊。日頃からまといし赤衣紋の色が移ったかと思えたほどに、真白き頬がうつむいての、微かに赤くなっており。言いかかって言い淀むことといい、話し途中で視線を逸らすところといい、大人しいが言動はきっぱりした彼には珍しいこと。これはもしかして、複雑なことへ、だからこそ持て余しておいでの久蔵殿なのかも知れぬと。何を訊かれても決して軽んじぬよう、気持ちを落ち着かせ、彼からの言葉を静かに待てば。


  「………シマダは、
   胸乳の大きい女が好みなのか?」

  「………………………はい?」


 あ、しまった聞き返してしまった。聞きにくい言い出しにくいことへの反応の内、それが一番堪えることくらい、初歩として重々知っていたはずなのに、と。咄嗟に口許へ手のひら当てたが、間に合うものではなく。

 「………。」

 ああ、ああ、しまったな。落胆か消沈か、肩を落とされているぞと、まずはそちらへ焦りつつ、

 「えっと、女性の胸…ですか?
  そ、そんなことが判るよな機会でも あったのですか?」

 訊かれたことを確かめようと、ともすれば伺うように聞き直せば、

 「  ……。(頷)」

 うんと小さく頷いた久蔵。そのままお顔をややうつむかせ、剣士にしては小ぶりな白い手を、自分の胸元へそおと伏せて見せてから、

 「女になるおり、必ず詰め物を用意するのだが。」

 女になるおり? …あ、ああ。女装して誤魔化すような策を展開する折ですね。たった二人でかかる、悪党らの掃討に於いては。時にそういう芝居や外連味を含ませた手立てを用いることもあるらしく。詰め物というのは恐らく、女性用の着物を羽織ったその胸元へ、ふっくらして見えるよう詰め込む、布や何やのことだろう。そこまでの次第は何とはなく飲み込めた七郎次だったが、

 「今日びの女は、さほど……。」
 「  あ、」

 そう言えば。例えば、この茶店の中に居合わせておいでの女性たちにしても、そうそう誰も彼もが判りやすくもふくよかな胸元かといや、実際はそうでもないような。普通一般の女性のみならず、商売している系統の、酌婦や太夫にしてみても、最近はずんとお若い顔触れがいるのが珍しい話じゃなくなっており。それでは色気もなかろうにと言われた年頃でも、その青さがいいなどというクチの客がいて、商売が成り立つ御時勢になりつつあって。

 “…というのを、久蔵殿は気づいたということだろか。”

 それもまた凄い進歩だ、兵庫さんにも言っとかないと、舌を巻いた七郎次へ、

 「そういえば、シチも肉づきがいいし…。」
 「いやあの、えええ〜〜っ。///////」

  それはあんまり関係がないような、いやあの…えっとぉ。///////

 不意を突かれたせいか、挙動不審にもしどろもどろとなってしまったのも一刻のこと。香りのいいお茶の助けを借りて何とか落ち着くと、んんんっと咳払いをして仕切り直したおっ母様。一体どのようにして、何と説得したかは………………内緒。(こら)






     ◇◇



 「大体ですね、勘兵衛様。
  女御といや胸があるというお考えは確かに古いですよ?」

 「そうはいうが、あやつを化けさせ芝居をするといやあ、
  遠目にも判るように姿を偽らねばならぬ場合ばかりだからだな。」

 「それにしたって、だったらご説明を尽くさねば、
  久蔵殿は未だ、勘兵衛様を定規にしている節が、
  多々あるのはお気づきでしょうに。」

 「何を言うか、そうやって訊いたくらいだ、
  定規になっておるのは、むしろそなたの方であろう。」

 …と。大人二人が妙なことにて、喧々囂々、論を交わしておいでのところへ。

 「…ととしゃま?」
 「???」

 お昼寝から覚めたカンナ嬢をその腕へと抱え上げ、離れへ戻って来た次男坊ご本人だったりし。あたふたする大人たちの眼前を、気の早い訪のい、ツバメがついぃと飛び去った、そんな初夏間際の昼下がり……。





   〜Fine〜  11.05.12.


  *すいません、またぞろ胸ネタですね。
   男性への 手や声や匂いフェチな もーりんは、
   何を隠そう、女性の胸も大好きです。(訊いてねぇ)

   それはともかく。

   話運びが回りくどいと言いますか、
   前振りが長かった割にネタ自体は呆気ない代物でしたね、すいません。
   ほら、年寄りはどんどんと話が長くなるって言うか。
(おいこら・笑)
   さりげなく、シチも肉づきがいいなぞと引き合いに出すあたり。
   もしかしたらば、
   前々から気にしていた久蔵殿だったのかも知れません。
(おいおい)

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