打てば響く
(お侍 習作177)

         神無村 小話 より

 


そこは、この大陸の中では“辺境”と呼ばれるに相応しい、
大きな街からも街道からもずんと遠い僻地に存在し。
情報や物流、あらゆる“今時”から縁遠いままの疎外地で。
そんなままで居続けられたは、
ひとえに…贅沢を言わなければ、
大概のものは里で作るもので揃うし、
それより何より、
贅沢を言えばどんなものがあるのかを、
まずは知らない純朴な人ばかりだったから。
見渡す限りに広がるのは、
潤沢に走るせせらぎの水の香と、
季節の風や村人らの丁寧な手間により養われた稲穂が
金色の広大な海原のように揺れる、
それは長閑な光景…なのではあるが。

 「そーれ、いっせぇのっ。」
 「そっちの石垣、もうちょっと高くせねば。」
 「ほれほれ。危ねェかんだ、気ぃ抜くな。」

そろそろ刈らねばならぬ稲穂や畑の世話は女子供に一切任せ、
男衆は皆して、とある力仕事に繰り出しており。
作業効率を考えた、数人ずつの班分けの下、
慣れぬ仕事へも一致団結し、着々と築いていたのは、
粗末ではあるが、素人の手にしては頑強な作りの砦の数々で。
大陸全土を戦場とし、焦土と化してしまったあの大戦も、
風の噂でしか知らぬままだったのにね。
日々の耕作仕事しか知らず、欲をかかず、
非力な身を寄せ合って、
ささやかなことへ笑ったり怒ったり困ったりして、
平々凡々、昨日の続きの今日を穏やかに暮らしていただけ。
そんな素朴な人々へ、
大戦という悪夢が済んでから襲い掛かったは、他ならぬ。
機械化された侍くずれ、
野伏せりと呼ばれている野盗による、
理不尽で非情な強奪三昧という生き地獄だった。
何の義理もない、武装した連中が突然やって来て、
村で収穫される米を寄越せと言い立てて。
逆らうようなら容赦はしない、
そんな生意気な連中は、
近隣への見せしめも兼ね、
焼き打ちをかけて皆殺しにするがどうするかと、
他を選びようのない無慈悲な言いようを、
巨大な戦艦さえ一撃で落としたとされる、
鋼の機巧躯をひけらかしつつ押しつけて来た武装集団に、
鍬や鎌しか振るえぬ農民が一体どうやって逆らえようか。
米や作物だけに収まらず、見目のいい娘らも攫われたし、
反抗しようものなら容赦なく叩きのめされたし、
実際に田畑や集落を焼かれた里もある。
代わりは幾らでもいるのだと、
彼らに容赦の気配はなく。
それはそれは小さく、
しかも切り立った崖の端という特殊な立地にあった寒村に、
どのような抵抗が出来ようかと。
元お武家だというだけでもおっかない連中が襲い来てからこっち、
一度も逆らったことのなかった神無村の面々だったが、

 『これ以上、奴らの好き勝手はさせねぇっ!』

領主でもなけりゃあ、防人様でもない。
自分たちに殺されたくなけりゃあ米を収めろなんて無体があるかと、
とうとう堪忍袋の緒が切れた村人たちは、
だが、自分たちでは歯が立たぬので、
武装した野伏せりには同じ“もののふ”をと、
頼りになりそな腕っ節の浪人を募ることにした。
狼を狩るのに狼を募っても、
その後で“第二の野伏せり”に成りかねないのでは?との不安へは、
腹を空かせた痩せ浪人へ、米をたらふく食わせることが報酬だと誘えばいいと、
いささか微妙な条件をつけて。
そうして探しに行かせた面々が射止めて来たは、
いづれも頼もしい…と言うには少々癖もあったれど、
それでもそれぞれの個性が光る、腕に自慢の練達たちばかりで。
刀さばきの妙や度胸の確かさは大したものだったし、
人性や度量の深さといった、
性質上の問題は…まま一概に断じられるものじゃあなし。
個性豊かで結構と、
里長(さとおさ)のギサクも“構わん”と認めたお歴々。
何でもかんでも器用にこなすお人もおれば、
出来ることは一つことのみに限るが、
その代わり、途轍もない腕をお持ちだったり。
人懐っこくて すぐにも村人たちをまとめてしまえたお方もおれば、
取っ付きにくくて怖がられたままなお方もいるという案配だったが、
そんなお人もそういうところが頼もしいと、
結局は人々の一致団結へいい方向で働きかけているのだから、

 “キュウゾウ殿への指南役というのは、
  なかなか的を射ていたワケですね。”

あれで律義な彼だから、
この一行へ付いて来たからには、
何でそんなことをせねばならぬと頑なにヘソを曲げもせず、
言われたまま指導に立っており。
そして、彼の示す淡々とした様子が、
さすがに懐くには程遠い、冷たさ よそよそしさではあったものの、
慣れぬ弓術をどんどんと上達させるにあたり、
一番に必要とされる集中を途切れさせず、
結果として向上への良い方向へと働いており。
副官だった自分が5年も離れていた空隙も何のその、
元上官の用兵や采配への勝手、しっかと覚えていること疑わず、
すっかりと任せてくれていることといい。
人の使いようを相変わらずこうまで心得ておいでとは、

 “ご自分だとて、
  戦後からこっちのずっとは一人でお過ごしだったようなのに。”

戦中はそれが当たり前だった指揮采配。
緩急自在な戦術へ、そちらもまた良くついて来れた、
飲み込みのいい部下らを抱えていた彼だったが、
終戦と同時、他の浪人らと同じく無役の身として野に放たれたらしく。
誰ぞ名のある有力者に抱えられることもないままだったことへ、
勿体ないと思う一方で、
如才なぞには縁遠く、
寡欲な彼らしいことだとの納得も得ていたシチロージであり。
どれほど年季を重ねたそれか、
随分としおれて煤けた砂防服をまとうその姿、
仙人のような掴みどころのない怪しさこそあれ、
どう見ても戦中の勇ましさからは掛け離れているはずだのに。
こうしてその後に引き続く格好で前をゆく背中の矍鑠とした屈強さへ、
相変わらずの長髪を垂らしたところも含め、
お変わりないなぁと、
ついつい惚れ惚れと見入ってしまっている彼だったりし。
長々とした外套は、そのまま軍用のマントを彷彿とさせたし、
当時ほど きびきびとした歩調ではないが、
そこはまだ作戦執行中ではないのだから、
むしろこの方が泰然とした貫禄を感じさせ、
村の人々への印象づけにはいいかも知れぬ。

 「弩(いしゆみ)の進捗はどうだ。」

小径の道なり竹林へと入ってゆき、
視野が山野に満ちていた金紅から瑞々しい緑に染まった中、
振り向きもせぬままの御主から唐突にそうと訊かれ、
はいという短い返事ののちに、

 「ヘイさんが頑張ってくれておりますよ。」

そちらへも時折加勢に向かうシチロージ、
作業には つつがないことを率直に伝えた。
工兵の彼のみ知り得る独特な工夫の結晶、
それもまた墜落品だったらしい斬艦刀の鋼部品を組み合わせ、
柔軟にして強靭なバネつきの、
巨大な丸太の槍を打ち出す“装置”を建造しているのが。
それもまた不思議な個性、
勝算の薄い合戦を前にしても笑顔を絶やさぬ、
米侍のヘイハチで。

 「青写真より先んじ、材料に合わせてという順番だ、
  さぞかし即興にも等しいことでしょうに。
  だからこその巧みな融通を利かせ、
  あの早さと着実さで形にするのだから物凄い。」

戦艦さえ撃沈可能な機巧躯が相手、
そこでの大型兵器を、全て人力でこさえるところからして信じがたい話。
だっていうのに、
先がどう見えておいでやら、音も上げず頑張っておいでですと、
感嘆を込めて報告した三本まげの副官殿だったが、

 「ただ、そんな仕様だからでしょう、
  ヘイさんが居なけりゃこなせぬ作業が多すぎるのが。」

 「さようか。」

工兵という特殊技能を持つのが彼しかいないということもあり、
ただでさえ専門的な箇所の構築は彼の手でなけりゃあ運べぬその上、
随分と無茶な応用、
たった一人の頭の中や胸算段で調整を利かせておいでの作業なので、
代理がいないのが唯一にして手痛すぎる難点であり。
この時期の風がやって来たものか、
頭上の竹の葉がくすぐられ、

  …さわ、さわざわに始まり、
  やがては ざざんと大きく波打つようなそれ

さざ波を思わすそれは清かな木葉擦れの音が立つ中、
つと立ち止まって思案を始めたカンベエの様子に合わせ、
こちらも歩みを止めたシチロージだったのだが、

 「…っ、」
 「よい。」

はっとし、反射的に手にしていた朱柄の槍を構えかかった元副官を、
同じものへと気づいておりながら、
だが、こちらは声だけで制したカンベエ。
それと同時に、
彼らの頭上から、ばさーっと降って来たものがあり、
風が吹き始めたのはほんの少し前。
それより以前に身を潜めていたにしても、
いやいや たった今到達した身だとしても、
この、臆病な竹という樹の梢の上へ、何の音もなくいられたとは、

 「大したものだの、キュウゾウ。」

自らの褪めた白衣紋とは真逆、
目の覚めるような深紅の長衣紋をまといし若侍が
何の予兆もないまま 文字通りの降ってきたのへと。
何の揶揄でもなくの心から感嘆込めて。
それにしては、
頼もしいというより微笑ましいとの語調で口にしたカンベエへ、

 「……。」

こちらはあくまでも無言のままの双刀の君。
抜刀していないからには、警戒せよと飛んで来たのでもなさそうだし。
むうと押し黙っている様子はどこか不遜でさえあったれど、
それはこの彼には常のことだと、シチロージもまた心得ているほど。
だのに、そんな彼なのへ、

 「…決着をつけとうなったか?」
 「??」

思えば、この、極端な物言いをする二人が、
なのに意志の疎通を図ろうとすること自体、
途轍もなく無謀なような気がするシチロージであり。

 「カンベエ様、そのように一足飛びに仰せになられても。
  キュウゾウ殿も、この竹林でよくも気配を殺しておられた。」

経験値が高すぎ、人間も深すぎて。
相手の態度言動から、
本人さえ気づいていないような深読みを容易くこなせる軍師殿と。

 “そのくせ あまり語られず、
  傍観を決め込み、ズボラをなさるお人なんですものね。”

殊に、人から慕われてもすげなく疎い、
罪作りなところまで相変わらずなものだから。
あのうら若き巫女様からの淡い恋情にも、
果たしてちゃんと気づいておいでなものかどうか。
片や、まだまだ若すぎて、しかもその上 戦さしか知らず。
南軍では兵器扱いでもされていたものか、
恐れられるという接し方をありありされても ものともしない。
人には様々な機微というものがあって、
何かを語らずとも、会話や錯綜が生じるのだとか、
いやいや、それ以前の話として、
場の空気を読むという基本からして知らぬだろう、偏りまくりの剣豪殿と。

  そんな二人の共通項といや、
  いまだ消え切らぬ武火の匂いに違いなく

そのような物騒なものへと惹かれたらしき若武者だろと、
知っていてのはぐらかすカンベエの、相変わらずの人の悪さも。
実直そうな賢人風にと納まり返っていながらも、
温厚に見せて実はそんな胡散臭い揮発性をはらんだ壮年だと、
違いなく見澄ましているキュウゾウの、ある意味 真っ直ぐなところも。

 「そんな双方の特質、瞬時に見極められているその上で、
  やはり瞬時に“宥め役”へと周り込み、
  空気均しに務めている的確さっていうのも。
  只ごとじゃあないと思うのですが。」

 「ヘイさんや、話を逸らすんじゃあない。」

あまりに休まぬ困った人なのでと、
侍たちが交替で仮眠をとる詰め所まで、
戻った戻ったとわざわざ迎えに行ったゴロベエが、
そんな会話で煙に撒く気かとの苦笑を見せる。
野伏せりが監視にと置いているらしき配下の眸を盗み、
出来るだけ鬱蒼としている木立に縁取られた地を選んで設けた作業場から、
ほてほてと戻る途中でたまさか見受けることとなった、
お仲間三人の邂逅の一部始終であり。
額へ小手をかざして眺めていたヘイハチが、

 「特に殺気は立ってないようですのにね。
  シチさんたら心配性だ。」

幇間なぞこなしていた名残りか、
奔放気侭な面々の中にあって、
唯一、すぎるほどに気の回る白皙の君への評をこぼしたのへ。

 「まあな。」

キュウゾウ殿としても、
このところはカンベエ殿よりシチさんへの執心がまさっておるような…と。
そのシチロージから髪に絡んだ小枝を除いてもらう双刀使い殿、
こそりとうつむき、こそりと頬を染めているのを眺めやり。
丁度 視線の先におわす軍師殿さながら、
顎先に手を添えてゴロベエ殿が唸って見せたれば。
あ、それって私も感じておりましたと、
みかん色の髪ごと、風防つきの飛行士帽におおわれた頭を振り振り、
大きに頷く工兵さんだったりし。


  これも余裕か、
  それとも、初顔合わせに等しき彼らに、
  やはり必要な意志の刷り合わせというものか。
  間違いなくの真剣勝負、
  しかもこちらが断然不利だと重々判っておいでだろう、
  切り結びによる合戦を前にして、
  なかなか余裕のお侍様たちだことと、思うてか。
  秋の茜をまといし、真っ赤なトンボがついつーいと飛び交う、
  黄昏どきのことだったそうな。




  〜Fine〜  11.06.28.


  *二年振りの神無村噺です。
   どんだけ原作から離れまくってたか、ですよね。
   久々に“原点回帰を”と構えてみたのですけれど、
   気を抜くと キュウゾウ殿から
   “シマダ コロス”をうっかり忘れそうでして。
(大笑)
   でもね、
   思えば、カンベエ様とシチさんとの阿吽の呼吸だって、
   実は何割か まるきり重なってないときもあったかも知れません。
   カンベエ様からの“右へ斬り込むぞ”という凛々しい目配せへ、
   承知っと頷きつつも……シチさんが内心で思っていたのは、

   『帰ったら前髪そろえましょうね。』

   とかだったら笑えr …じゃあなくて。(こらこら)

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