夕べに涼む
(お侍 習作180)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 

昼間ひなかに陽盛りの中に立てば、
相変わらずの暑さはひりひりと強く、
すぐにも汗ばんでの鬱陶しいばかりではあるものの。
それでもこの何日か、そう、
先日大雨が降ってからこちらは、
朝晩が急に涼しくなり、
しんと静かな野辺には虫の奏でが聞こえもし。
ちりちり・りりりというのは鈴虫か、
いやいや、りぃりぃりぃというのがそうかも知れぬと、
夜陰の静寂の中、
幾重にも重なる涼やかな音色を、
夜風の涼しさとともに楽しんでおれば。

 「………。」

懐ろからこそりという身じろぎが届き、
夜空を覗かせていた格子窓から降ろした視線で、
んん?と見下ろせば、
そちらからも“?”という気色のこもった、
紅色の視線が向けられるのと、すぐの間近でかち合って。

 「虫の声をな、聞いておるのだ。」

幼子へと語るように、それでも低くした声で紡いでやれば。

 「…っ。///////」

耳元近くでの声には過敏になるか、
ほのかに見張った双眸の縁がじわりと朱を滲ませ、
口許には何かしらを堪えるようなたわみようが浮かんで。

 「〜〜〜〜〜。/////////」

そちらから問いかけて来ておきながら、
逃げ出すように、ぱふりと、
元居たところへお顔を伏せ直す紅胡蝶の君であり。

 『随分とお変わりになられましたな。』

当初のころは、それこそ極寒の山中の杣家なぞで、
そうしておらねば凍死しかねぬからと、
そっぽを向きつつ、渋々のように身を寄せていたものが。

 『今ではどうでしょう。』

暑い間は、夜中であれ衣紋越しであれ、
熱が籠もって擦り寄ることが我慢出来ぬのが口惜しいと。
恨めしそうに ぼそりと零すほどの変わりよう。
もっともそんな愚痴、
さすがに勘兵衛へと直接言ったりはしない久蔵であり。
時折、七郎次が上手に絆すのへと釣り込まれ、
うっかり口に上らせてしまうという、
まだまだ奥ゆかしいクチの吐露であり。
勘兵衛自身も、それを聞いたのは七郎次の口からだったが、

 “とはいえ。”

わざわざ言葉にして自覚せずともと、
苦笑とともに思えてやまぬ勘兵衛なのは、

 「………。」

相も変わらず羽根のように軽い肢体で、
床へと座り込んでいるこちらのお膝へまたがって来。
膝下や足元へ、長々した紅の裳裾が乱れるを、
左右へさばき割るのも放ったらかして。
そのまま懐ろ深くへもぐり込み、
こちらの胸元へと頬を寄せ、
細い肩口を擦り付けて来るのも久方ぶりと。
しみじみ安堵の吐息つく彼なのを、
ほんの鼻先に見下ろせているからで。

 「………。」

金の綿毛もその輪郭が曖昧なのは、
夕方上った月が、とうに西へと去ったあとだから。
今宵の臥処
(ふしど)にと選んだ、街道の外れの煤けた社には、
明かりのための火の気もなくて。
だがまあ この季節なら暖を取るまでもなかろと、
着のみのまんま、
適当な壁へ凭れて寝付いたお互いだったはずなのだけれど。
古床にみしりとも音立てずに歩み寄って来ての、
あっと言う間のこの有り様に、

 “殺気がないからとは言え…。”

その懐ろへやすやす他者をもぐり込ませるとは、
こっちもこっちで他愛なさすぎ、緩みすぎには違いないと。
かつての戦さでは“北の白夜叉”とまで呼ばれた彼が、
精悍さの中へ人性の深みをもくわえた男臭いお顔へと、
味な笑みを滲ませ、くすりとほころばせてしまわれるばかり。

 「………。」

秋の訪のい、静かな安らぎにひたりつつ、
ちいとも育たぬ薄い肩や、
つんとすべらかな鼻の先、頬の輪郭などなどが、
夜陰の中へほのかに白く浮かび上がる眼福のみならず。
連れ合いのどこか頼りない肌の温みや、
おっ母様とおそろいのほのかな髪油の香などまでも、
静かに静かに堪能する壮年殿だった。




   〜Fine〜  11.09.07.


  *いやあ、朝晩は涼しくなりましたね。
   急転直下という感さえある、
   熱帯夜さん さようならな日々の到来で。
   虫の声も清かなひとときが
   やって来るのを待ってるんだと思えば、
   昼間の途轍もない残暑も何とか我慢が出来るというもの。
   そして、こちらのおっさまは、
   暑いのが苦手な新妻の、無自覚な安堵と甘えにこそ、
   秋の到来を感じておいでのご様子で。
   ええはい、もうもう、
   判りにくかったかもですが、ご満悦ならしいですvv

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