暑いのも甘いのも
(お侍 習作180)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


季節の変わり目とはこういうものか、
酷暑にあえいだ大地への恵みの雨が降り、
それが地に満ちていた熱をも取り去って。
ああやっと秋めいたなと息をついたのも束の間、
ふとした弾みで、陽射しが再び強さを取り戻し。
空気から湿度こそ下がったものの、
気がつけば真夏と大差のない暑さが
すぐお隣りへ舞い戻っていたりして。

 「…この辺りはこうまで暑い土地だったかの。」

あの大戦を生身のまま、しかも前線でくぐり抜けたクチ、
ちっとやそっとの寒暖差くらいではへこたれぬ自信があったものが。
そろそろ里にも秋の花が咲き始め、
山野辺の土地では稲穂も色づく頃合いだというに。
結構 北上したというに、
いつまでも引かぬ酷暑にはさすがに呆れもするというところか。

 「へえ、確かに この何年かは、
  夏が少ぉしずつ長ごぅなってるような気もしますで。」

戦さも終わったし、戦後 暴れていた野伏せりも減った。
荒れていた田畑も随分と元通りの地力を取り戻しつつあるというに、
今度はお天道様の機嫌がおかしい年があっての、
耕作を生業としている人々は相変わらず翻弄されているのだそうで。

 「けんどまあ、そうそう何年も続くもんでもありますまい。」

相手がお天道様では誰が出張ったところで歯が立たぬ話。
それに、お天道様の臍曲がりには慣れてもいると、
人の善さそうな女将が、
よく陽に灼けたふくよかなお顔をほころばせ、
新しい客が別の床几に腰掛けたのへと、
そのままの笑顔で いそいそと歩み寄ってゆく。
街道沿いの土手の上という見通しのいい所に立つ、
塚代わりの大松の根方へ寄り添っている小さな茶屋は、
この愛想のいい女将さんが評判の繁盛店で。
次の宿場まであと僅かという距離のせいか、
この刻限だと、
目的地を直前にしての息継ぎ、やれやれと腰を下ろしてゆく客と、
ここまで保
(も)ったからにはと、我慢の鼻緒を咬みしめ直す客とが、
数にして半々というところだろうか。
こちらの二人も、一息つきにと立ち寄ったのは同じだが、
今朝出発したのは2つ先の宿場で、
今日中に次の次の宿場までを目指している、
一見しただけではそうとは判らぬが、
相当に旅慣れている、ずば抜けた健脚だったりし。
それもそのはず、
旅慣れていると言えばの州廻りの役人がいたなら、
おっと瞠目したのは間違いないほど、その筋での有名人。
賞金のかかった手ごわい級の野伏せりたちを
腰に据えた太刀のみで片っ端から狩ってゆく賞金稼ぎ。
またの名を“褐白金紅”といえば、
盗賊たちの側からも畏怖と共に知れ渡っておいでの凄腕なれど、

 “そのように名乗った覚えはないのだが…。”

そうでしたね。
(苦笑)
一体誰が名付けたものやら、恐らくは風体からの単純な呼び名だったものが、
気がつけば…ゴロツキ避けに それ以上はないまじない札扱い。
一体どれほどの逸物、いやさ怪物と思われているのやら、
現れた本人たちが あまりに普通の旅人なことへ、
当初は拍子抜けされることも しばしばだったとか。
今もまた似たようなもので、
鋼色の豊かな髪を背へまで流し、
すっかり煤けて褪めた色合いとなった
白い砂防服をずるりとまとった物静かな壮年と、
それへ輪をかけたように寡黙な若い衆との二人連れは、
さしたる気配も立てぬまま、あまり人目は引かずにおいで。
さて そろそろ発とうかと、
それが警戒の基本だからか、それとも照れ隠しの裏返しか、
同じ床几で、なのに反対側を向いて座していた連れへと、
短い声をかけた壮年殿だったが、

 「………。」
 「久蔵? 如何した?」

口数の少ないのはいつものことだが、
それとは微妙に違う沈黙を見せているようなと。
そこはそれこそ、
互いへの関心の度合いも深いまま、共に旅する相手のこと、
気づかないでどうするかと…いうほどの大仰さもなく。
床几に腰掛けたままで ひょいと背を倒し、
こちらを向かぬままの痩躯の青年の方、勘兵衛が見やったところが、

 「……。」

眉を寄せての、強いて言えば“困った”というお顔で、
そちらは真っ赤な旅着の腰辺りから、
青年の持ち物にしてはやや小さめな手を抜き出してくる。
そこにある“隠し”に入れていたらしく、
だが、座っていた間ずっとというのもおかしな話。
何か違和感でも覚えてのこと、
手を突っ込んだら異変を告げる何かに気づいたという順番だったらしく。
そしてその手の中にあったものは、

 「…………何だ? それは。」

やはり強いて言えば、カナブンのような形と大きさの、
だがだが、何とはなく ひしゃげてしまった感のある代物で。
銀紙で包まれているそのまま変形したらしいそれは、

 「あらまあ、チョコレートですね。」
 「………っ☆」

やはり ひょいとそんな二人を見やった女将さんが、
あっさり言ってのけた一言が、ずばり正解だったようで。
え?と、意外な名詞へ不意を突かれたらしい勘兵衛とは正反対、

 「〜〜〜〜。////////」

鉄面皮だの、氷のようなだのと評されることの多い、
凛々しいまま滅多に動かず、表情薄い…はずな久蔵のそのお顔の。
頬や目許がほんのりと朱を帯びての、
肉薄な口許がうにうにとたわみまでしたからには、

 「…大当たり、か。」

しかもしかも、
勘兵衛からすりゃ途轍もないほどの判りやすさで、
含羞んでおいででもあって。
恐らくは、どこかで入手したもの、
後で食そうと思って、隠しに突っ込んでいたらしかったそれが、

 「この暑さで柔らかくなってしもうたのだな。」

白い手のひらの上へコロンと乗っているそれは、
いびつになる前は やや楕円の半球という形だったに違いなく。
それが今は、
真ん中が少しへこんでの、ソラマメ型になりかかっている。
触っていても柔らかさが判るのか、
どうしたものかと問いかけるようなお顔になっており。
そのお顔が何とも かあいらしい頼りなさだったものだから、

 「このくらいなら問題はないさね。」

くすりと微笑うと、女将へ一言 告げた勘兵衛。

 「すまぬが、湯飲みへ水を一杯 所望したいのだが。」
 「あい、承知しました。」




      ◇◇


勘兵衛の意図したことは、この短いやり取りで十分に通じたのだろう。
女将さんが白磁の椀へと大急ぎで酌んで来たのは、
勿論 ただの水だったが。
別段、氷を浮かべたりした冷水でなくとも十分だったし、
またこの茶屋のもう一つの名物は、
すぐ間近に泉があって酌めるという冷たい湧き水なのだそうで。
それを満たした湯飲みの中へ、包みのまんま とぷんと浸し、

 「しばし待っておれ。」

少なくとも、外気温や体温より低ければ大丈夫と教えれば。
床几の真ん中へと据えた湯飲みを、
真上からじいと覗き込んで動かなくなる素直さよ。
子供じゃああるまいしと、
その他愛なさに ついつい苦笑をこぼした勘兵衛だったが、
周囲からは、いい大人がと失笑を買っているのじゃなかろうか。
いささか案じたところが…さにあらん、

 「……で、だから。////////」
 「そうなの、素敵よねぇvv」

ふんわりした綿毛のような金の髪をいただいた頭を天辺に、
お膝に手を置き、背条をピンと伸ばして座したまま、
小さな顎を引いて、湯飲みをのぞき込む姿は、
差し詰め、一輪挿しのヒナゲシか秋桜か。
ほっそりと可憐、なのに その横顔は妙に凛々しいとあって。
視線がそこから動かぬのをいいことに、
周囲の女性らがこそこそと耳打ちし合っては はしゃいでおいでで。

 “最近の女御衆は、なかなか懐ろが広いらしい。”

そうこうする中、こちらをちらりと見やった彼なのへ、
うむと頷き、

 「もう良いだろうよ。」

自分よりも指先が冷たい久蔵なのでと、自分で引き上げなさいと指示し、
軽く水気を拭ってから、そのまま包みを剥かせれば、
ところどころで引っ掛かりもしたらしかったが、
それでもするんと剥けたようで。
見るからにホッとしたのがまた愛らしいのを見やりつつ、

 「七郎次もちょくちょくと、
  ズボンの隠しなどに入れたままにしていて、
  装備のみならず、手拭いやら札入れやらまでも台なしにしておった。」

 「…?」

あの、よく気のつくおっ母様が?と、
やや驚いたように小首を傾げた久蔵だったが、

 「  ……っ。」

ひんやりしている自分の手の内でも、その表面が緩み出したと気づいたか、
おおと彼なりに慌てると、
やっと包みが解けたチョコート、
ぱくりと唇へ当て、そのまま指先で押し込んで見せたのだった。







   ● おまけ ●


最初の一咬み二咬みは、もきゅもきゅと歯ごたえもあったらしいが、
その後は口の中にてとろかしての、はぅうと芳醇な甘さを堪能し。
お待たせしましたと、やっと席を立っての出発と相成って。

 「それにしても、
  この暑い中、どこであのようなものを手に入れた?」

この久蔵、若く見えるが“幼年特待兵”として
やはり大戦へとその身を置いていた経歴の持ち主であり。
よって、彼と同じ世代の一般民の若いのが、
ちょうど子供時代が戦火の中であり、甘いものに縁がなかったのに比すれば、
装備としてふんだんに配給されていてのこと、接する機会も多かったはずなのに。
実をいや、ほんの最近 初めて口にしたという変わり種。
こんな塗り木のような堅いものをどうやって食べるのだと、
怪訝そうにしていたものが、
じわじわととろけ出しての甘さがあふれ出て来たのへと、
やややと瞠目し、えらく驚いていたお顔は、
勘兵衛としてもなかなか忘れがたくって。
酒は苦手だが、飴やまんじゅうが好物の彼には、
打ってつけの携帯食ではあるものの、

 「暑い中ではすぐにも溶ける。」
 「………。(頷、頷)」

言っておかなんだのは儂も悪かったのと、
歩くときの常、手持ち無沙汰なその手を太刀の柄へ載せての、
すぐ傍らをゆく久蔵へと話しかけるとき、
身長差もあるせいか、精悍なお顔をやや傾げるようにするのは彼の癖。
そのまま目許を細めての、やんわりと微笑った勘兵衛だったのへ、

 「〜〜〜〜〜。//////////」

よほどに意表を衝かれたか、
口許がたわみかかったの、慌てて噛みしめ押さえ込み、
ぶんぶんとかぶりを振った久蔵だったものの、

 「  ……手。」
 「んん?」

このところでは、
よほどの極寒の地にある時や、
大人数を相手の乱闘となったとき以外、その手へ手套をせぬ勘兵衛で。
そもそもは久蔵が嫌がったからではあったが、
そんな手を掴まえた久蔵、おややと何にか意外そうに目を見張るので、

 「何だ、気づいてはなかったか?」

久蔵がやや冷たい指先なのと正反対、
勘兵衛は、そのよく灼けた肌には似合いなこと、
鞣したような感触のする強い肌の、特に手のひらが微妙に人より暖かい。

 「………。」

寒いときや 〜〜〜なとき、
暖かくて当然と むしろ重宝していたけれど、

 「???」
 「? 如何したか?」

どうしてだろうか、暑い盛りの真夏の晩でも、
この手は 決してイヤじゃあなかった。
むしろ、こちらの体内から
汲めども尽きぬ熱を招いたほどだった……と。
そこまで思い出してしまったものだから、

 「〜〜〜〜〜〜〜〜。//////////」
 「? 久蔵?」

連れがいきなり真っ赤になったのは、
決して黄昏の訪のいのせいではなかろうて。
いくら暦の上では秋だとて、まだまだ空は青いままだったし、
彼が頭上へいただく金の髪は、淡い色合いのままだったし。
何より、
視線を合わせていられぬと、ふいとそっぽを向いた仕草の稚さが、
彼の側からの降伏をさりげに示していたし………vv





   〜Fine〜  11.09.19.


  *指先が冷たい久蔵殿、
   勘兵衛様の手が熱いってこと、今まで意識したことがなかったようで。
   チョコレートで気づいた辺りが、

   「こりゃまあ、甘いお話なこってvv」

   おっ母様が苦笑すること、間違いなしでしょうな。
(笑)

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