秋めいて候
(お侍 習作181)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


このところの夏はといえば、
随分な酷暑が続き、しかもなかなか去ってゆかず。
そんなせいで、
秋とは名ばかりな残暑の時期が長々と続き、
いつまで暑いものなやらと うんざりしていると、
不意打ちのように急転直下の冷え込みが訪れるという、
何とも人の悪い段取りの秋が定番化しつつあり。

 「…………。」

人には何とも意地の悪い移り変わりだが、
木々や虫や鳥などには特に大きな変化でもないものか。
宵になれば秋の虫たちが涼やかな音を奏で、
木々は順次 色づいて錦を織り成し。
鳥たちもどこか寂しい鳴きようをして、
渡りの準備に入る仲間を募っているようで。
やっと何とか、陽射しも風も秋めいて来て、
里山の木立ちの中に踏み入れば、
梢からも葉が落ち始めており、
その天蓋にも隙間が出来ての、頭上に高い穹が見通せる。
別段、何かを追ってる身でもなし、
散策の歩みで分け入った林の中、
足元に散らばる落ち葉を、時折かささと鳴らして歩を進めれば。
不意に木立ちが途切れての空間がひらけ、
まだ緑の残る下生えを甘く暖める、蜂蜜色の陽だまりが現れる。

 「……。」

妙なもので、あの大戦の頃からも、
それが例え 作戦行動の最中であれ、
自分は気配を殺す必要はないとされていた久蔵で。
機敏な太刀さばきや切れのある動作、
そして…瞬殺の腕を認められていたのと それから。
使命だと課せられた訳ではないながら、
故意に目立って敵の注意を自分へと集めることも、
当事の自分の役割だったからだろうと思われて。
軍人には違いなかったが、
そういえば、あの兵庫以外の同胞という存在を一人も思い出せぬのは。
久蔵自身が関心を起こさなんだせいだけじゃあなくて、
人として扱われず、誰も近寄らなかったからかも知れぬ。
中には不憫に思ってくれた者もいたのかもしれないが、
激戦地へばかり投入されていた身、
同じ方面へと派遣された兵が、そうそう生き残れていたとも思えぬから、
それで尚のこと、誰の顔も浮かばない久蔵なのかも知れなくて。

  ちきぃ、きぃちちっ、と

冴えた空気を引っ掻くような、甲高い鳥の声が不意に鳴り響き、
右手側から左のほうへ、
さして大きくはない羽ばたきの気配が
ばささっと飛び去って行った気配があって。
もしかして自分の物騒な気配で驚かしたのかなぁと、
声のした方へと視線を流せば、

 「? 久蔵か?」

林の向こう側から来たらしき、
連れの壮年、勘兵衛の姿が視野に入った。
電信用の“充電”とかいう作業がいるとかで、
そもそもの依頼主、招かれた庄屋の屋敷へ上がっていたはず。
そんなところへついてっても、手持ち無沙汰になるだけと察し、
自分は廻われ右をして、里の外れを散策していた久蔵であり。
ここで落ち合うというよな打ち合わせなぞ、しなかったのになと。
それもあってのことキョトンとしておれば、

 「探した訳ではないのだがな。」

くつりと微笑った勘兵衛。
それでも こちらへ運べばお主がいようと思わぬではなかったがと、
回りくどい言いようを付け足して、
目許を細めると、思わぬ拍子にまみえた連れ合い殿を、
どこか眩しそうに見やるものだから。

 「〜〜〜〜。/////////」

ああそうだ、庄屋の屋敷に招き入れられた彼のすぐ後を、
衣紋の衿の後ろを大きく抜いて、微妙にねっとりとした色香をまとった、
ようよう熟した女が付き従っていて。
戸の内へと入る刹那に、ちろりと針のような眼差し向けて来たのが、
何とはなくムッとしもしたんだっけと、
そんな不興までも思い出しておれば、

 「そんな膨れて如何した?」
 「………☆」

自分がいかに表情が薄いかは、久蔵とて重々自覚している。
だっていうのにこの男、
このところ、どんなささやかな機微であれ、
的確に拾えるようになっており。

 「儂が何やらしでかしたのか?」

乱戦中の臨機応変は見事だが、
平生の彼はとことん鈍感なのではなかったか。
それとも そうやってこちらを油断させていただけか?
大きくて頼もしい手で、自身の顎髭を撫でながら、
精悍な顔立ちだのに、知的に締まった口許をほころばせ、
幼子を宥めるような言いようをしつつ、歩み寄って来るものだから。

 「…………。」

むうと口許を曲げたまま、彼の歩みを待ったものの。

 「……お?」

再び聞こえたのが、先程のヒタキらしき鳥の声。
それを自然と耳が追ったか、立ち止まった勘兵衛だったのへ、

 「………。////////」

微妙にカチンと来たらしい久蔵。
それでも しばし待ってから、
されど なかなか歩き出さない勘兵衛に業を煮やしたか。
あと数歩だったのを自分から詰めると、
相変わらずの一張羅、砂防服の前合わせを引っ掴んで来る。
雄々しくも胸倉を掴んだのかと思いきや、

 「……ああ、これ。久蔵。」

左右に割って、そのまま中へ。
頼もしい充実も変わらぬ、壮年殿の胸板へぱふんと埋まると、
両腕を腋窩へまさぐり入れての、何とか背中までへと届かせて。
そう簡単に離れてなんかやるものかとしがみつくのが、
最近の彼の拗ね方だったりし。

 “一体 何を相手に臍を曲げておるやら。”

散歩の邪魔をしたからか、
それとも電信の扱いよう、乱暴だったの叱ったのを、
ムッとしておるだけなのかなと。
ずっと見当違いなところを手探りしているようでは、
機嫌を直させるには程遠いと思われて。

  そんなでは まだまだダメですよと

何とはなし、人恋しくなる秋の黄昏が訪のうまであと数刻。
それまでには、連れ合い殿のご機嫌を直させてあげますように……。





   〜Fine〜  11.10.15.


  *ちゃんと捕まえておかないと、
   まだまだ気概の幼い新妻、
   この先だって、どんなことで臍を曲げるや知れませんよと、
   癒しの里のおっ母様に
   一度しっかり叱られるといいです、勘兵衛様。
(笑)

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