晩秋寒夜
(お侍 習作182)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 



今年はどこも厳しい夏だったからか、
北へと運んでいるはずだのに、
いつまでも秋めきの感触を拾えぬままの妙な趣きが続いており。
山間の錦景は確かに進んでいたのだけれど、
“小春”と呼ぶには暖かすぎる日和が、
ひょいと訪れる日も多く。
田畑の収穫には都合がよかったろうと土地土地の人に訊けば、
いやいや、朝晩の寒暖の差が必要なんですよという作物もありの、
きんと冴えた空っ風に晒さないと、
保存用へのこしらえへ進めないという代物もありので。
季節というのは やっぱりちゃんと巡ってくれなくてはいかん、
寒すぎるのも難ではあるが、
いつもの案配は必要なのだということならしくって。

 「お武家様がたこそ、
  これから冬になろうというに、
  なしてわざわざ北へおいでだか?」

土地に住まいがあっての動けぬ人ではない、
見るからに旅から旅という過ごしようをしておいでのお人らしいが。
そういう暮らしをなさるお人らは、
寒うなったら暖かい土地へと移るもの。
掛け取りの代理を請け負うにせよ、
道行きに追随する用心棒にせよ、
商売の相手がいなけりゃ話にならずで、
他の人らもそうしておいでなのを追うように、皆で南へ移るものだろにと、
不思議そうに訊かれることもしばしばで。
今時の武家くずれはそういう仕事を生業にしているのかと、
こういう形で聞くとは思わなんだ壮年殿。
延ばした蓬髪やだだ長い衣紋というもっともらしい風体が、
落ち着きぶりと相俟って どこか学者風にも見えなくはない、
そんな厳かな風貌を仄かにほころばせると、

 「なに。そうやって南へ向かう人らが多いなら、
  儂らまで行かずとも良いということさ。」

 「???」

賞金稼ぎだからという身の上を、
誰彼かまわず明かす訳にもいかないからか。
微妙に言葉の足らないお言いようをする勘兵衛へ。
お喋り好きらしい飯盛の女給がきょとんとし、
聞くともなく聞いていた連れの若いのが、
腰高窓の際、壁に凭れかかって座ったまんま、
口許だけを上げる苦笑を見せる。
そんな風変わりな客からは、
さして面白い話も聞き出せまいと思うのだろう。
ましてや得物をおびた武家だか浪人だか、
怒らせたり絡まれたりしては面倒だとばかり。
まだまだ年若な女中であるほど、
膳の支度や寝間の支度を整えると、
そそくさと出て行ってしまうので。
勘兵衛の人を食ったような物言いも、
こういうときには役に立つなと こそり思う久蔵で。
ようやくのそりと立ち上がり、
自分の側の膳へと付いたものの、

 「…?」
 「んん? ああいや、
  こちらから頼んだ訳ではないのだが。」

この辺りの名物か、
山鳥のつくね団子のあんかけに、
川魚の飴煮と、山菜と小さめの飛龍頭の吹き寄せ。
小芋を甘辛に煮たものに、
扇形に型抜きした練りきりと香の物。
それらに加えて、それぞれの膳の端に、
細身の銚子が1本ずつ立っており。
宴席でもあるまい、
ましてやこんな山里の宿じゃあ、
通常はわざわざ頼んでつけてもらうものだと、
その辺りは知っていた久蔵だが、

 「大方、この辺りも
  今日いきなり寒さが増したのだろうさ。」

近くに温泉脈があるものか、
竹樋を通して来ての どの宿にもいい風呂があり。
それが評判でか、此処にわざわざ一夜の宿を取る客も多く、
ずんとにぎわっている里じゃああるが。
冬場になると どこからも訪のう者はなくの、
里の関所自体もひたりと閉ざされてしまうのだとか。
そして、今朝方辺りに
その兆しであるかのような寒さが襲ったのだとしたら。
明日の朝も、いやさ今宵からずんと冷え込むやも知れぬ。
それを少しでも和らげてという意味から、
おまけとしてどのお客にも振る舞われた物に違いなく。

 「米処は酒処と平八が言うておったが。」

椀に盛られた白米は、それはきららかに輝いていて、
あの、米にうるさい工兵侍でなくとも、
それこそ、
あんまりそういうことへは関心が向かぬ久蔵にだって、
なかなかに上質の品だというのは判る。
だが、

 「寒さに絞られ、いい酒だ。」

伏せられてあった盃を持ち上げ、
手酌でまずはと一口含んだ勘兵衛が、
うんと頷いて見せるのへ、

 「〜〜〜〜。」

すぐにも眠くなる 下戸の身のほど、
一応はわきまえてもいる久蔵、
少々口元をひん曲げる。
酒飲みが嫌いだというのではない。
よその誰がどうでも関係のないことと、
すっぱり視野の外へ退けられることだし、
勘兵衛や七郎次などという知己らの飲み方は、
静かだったり陽気だったりするだけなので、
特に不快だという想いをしたことはないし。

  ただ、そういえば

こうしてこの壮年との旅を始めてから。
少しずつ少しずつ、
質の良いものに限ってならば、
舐めるくらいは出来るようになってきたせいか。

 「………。」

伏し目がちとなり、
微妙ながらも間違いなく、
口元をほわりほころばせる勘兵衛なのが。
そんな甘い表情を、
造作なく引っ張り出せる飲み物だというのが、
何とはなく、あのその、ちょこっと。

  胸のどこかにむかっと来ることが
  無くはないものだから。

自分の膳の盃を手に取ると、
逆の手で銚子を掴み上げ。
目の前で縁同士をかち合わせるという
いかにも初心者なつぎ方で、
少しぬるくなった燗酒を
とろとろとそそぎ入れてのじいと見やるものだから。

 「…おや。」

さして辛口ということもない、大人しめの風味の代物、
一気にがぶ飲みするのでないなら、
まだ下戸の側に近い久蔵でも大丈夫かと思えたか。
微笑ましい挑戦へ、
気づきはしたが制すでなく、
見守る構えをとった勘兵衛らしく。
細い指先に、一見するとなかなか様になっての
優雅に支えられた盃が、
淡い緋色の口元へと近づいてゆき。
少し冷めかかりだったので、あまり香りも立ってはなかったか、
唇をつけたそのまま、
くいと含んでの こくりと
素直に飲み下せたようではあったものの。



     ◇◇◇


胃がでんぐり返るとか、胸元が気持ち悪くなるとか、
呼吸が苦しくなるだとか。
そういった最悪の状態を招くというほどの
極端な下戸ではそもそも無くて。
せいぜい、急に暖かくなったと
目許がとろんと蕩けてしまい、
そのまますんなり寝つくのがオチという、
至って大人しい、酔い方・落ち方をする久蔵で。

 “確かに手がかからぬ酔い方ではあるが。”

多少はまだまだ慣れない味覚なせいか、
苦手な薬でも舐めたかのように、
息を止めていたのを一気に ほうと吐き出して。
そんな仰々しい態度を見られたと気づいてか、
ちらりと紅色の双眸が泳いだものの。
ばつが悪そうにそっぽを向くかと思いきや、

 『………。』

膝下へかけての切り込みが入った、相変わらずの長衣紋。
その裳裾をぱさりと捌いて立ち上がり、
斜め対面という横手に膳を構えていた勘兵衛の方へと歩み出す。
ほんの一歩もないだろ至近、
なので、その1歩目で
視野の真下へ見下ろす格好になってしまう連れ合いなのへ、
真上からそのまま“ばさーっ”と勢いよく、
落ちて来るようなノリで座り込む彼であり。

 『おお。』

まさかまさか、早くも酔ってのこと、
意識の糸が切れでもしたか、
それとも足元不如意になったかと。
見様によっては
信じがたいほどの至近から
無造作に“飛び降りて”来た伴侶様を、
おっとと懐ろへ抱きとめれば。
相変わらずに重さはさほど堪えはしなかったが、

 『…お。これ何を。』

そのまま呆気なく すとんと眠るのがいつもの習いなら、
今日は少々違ったようで。
深々と迎え入れられた広い懐ろの中でお顔を上げると、
そのまま真正面になった格好の勘兵衛の衣紋の合わせ、
左右の手へそれぞれ引っ掴み、
一気に左右へ割り開いたものだから。

 『何をするかと思えば。』

さすがに内着も着ていた頃合い。
いきなり胸元があらわになった訳じゃなし。
何より、胸乳が覗いたとて
女性であるまいに特に問題はないのだが。

 『これ、食事はどうするね。』

そのまま ぱふりとお顔を埋めてしまうのも、
思えば時折仕掛けられる悪戯と同じ。
とはいえ、食事どきにというのはお初で。
何の返答もない若いのをそろりと見下ろせば、
そうまで早く酔いが回ったか、
くうくうと寝息を刻んでの眠りへ落ちておいでの様子。

 “思っていたより強い酒であったかの?”

こちらへ枝垂れかかったまま、
力なくの とほんと、
それは他愛なく酔い潰れてしまった連れ合い殿の、
すべらかな頬の感触を、胸元へと受け止めの貼りつけたまま、
ほんの一口だけの酔い、
夜半を待たずのすぐにも眸を覚ますだろと、
耐えぬ苦笑に喉元震わせた勘兵衛で。


  まだ雨戸を閉ざさぬ障子戸の向こうからは、
  空気が乾いての澄んでいるからか、
  よその座敷のにぎわいや、
  帳場にての威勢のいい声掛けが飛び交うのが微かに届き。
  この部屋だけがしっとり静かなの、
  希少なひとときであるかのように、
  手のひらに温かな盃をそろりあおっては、
  伴侶殿の稚(いとけな)い寝顔を見下ろし、
  ますますと寒さの増す北へと向かう旅路も、
  何が起こるかを楽しみに出来そうかのと、
  そんな想いにくすぐられ。
  くすすと頬笑む壮年殿で。


  お体だけはご自愛くださいませね?



   〜Fine〜  11.11.22.



  *いい夫婦の日ですのでと、
   最近出番が少ないこちらのお二人で。
   つか、野伏せり退治のお話は集中力が要るもんで。
   なかなか戦闘シーンまで書けない今日この頃です。
   ペース配分掴んだら頑張りますね。
   (どこが“いい夫婦の日”噺の後書きなやら。) 


めるふぉvv
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