悋気狭量…?
(お侍 習作184)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


かつてはその上空を縦横に闊歩した大陸だが、
徒歩での移動をする身ともなると、
さすがに随分と広いものだとしみじみ実感もする。
広いとそれだけ気候・環境の差異も大したもので。
雪だの霜だのという代物、噂にしか聞かないという南国と、
同じ地続きだというのが信じ難いほど、
北領の地の冬は苛酷であり。
里ごとという規模で、春まで南へ移動する例も珍しくはなく。
そこへ住まい続ける人々がいたとしても、
身を寄せ合っての越冬生活、
吹きすさぶ“しまき”に身を縮め、遠い春まで日を数えて過ごすもの。
ところが、
そのように風雪に閉ざされた地域だというところにだけ目をつける、
不届き者も昔から絶えることはなく。
掟を破ってだとか、はたまた大罪を犯してのこと、
追っ手を持ってしまった者が、
逃げ果せようとして飛び込むのは、辺境と相場が決まっており。
そういう輩には、ただただ忍耐に身を置く人々の苦労を踏みにじり、
力づくでの専横蹂躙を為す不心得者も少なくはない。
何しろ城塞のような雪の壁やら凍る道やらにより、
外への連絡がつけにくい環境下。
それだけに、無頼な輩や、
先のことなぞもうどうでもいいよな破綻者の暴走に襲われても、
冬場だけでもという退避をする先がない以上、
助けを求める先も術もそうはなかったし、
だからこそ逃亡先や隠遁先にと狙われもしたのだけれど。

  非力な寒村も把握し、防衛する、
  自治と警邏の組織が随分と発達した昨今。
  そういった無法者らの跋扈も、
  一頃ほど目も当てられぬそれではなくなりつつあって。




      ◇◇



あの長い長い大戦の終焉期から戦後のこっち、
しばらくほどは微妙な混乱期が人々を翻弄しもしたけれど。
焦土と化した大地に、米や作物作り続けた人らはいたし、
寸断された流通も、そちらはむしろ健在のまま活性化し。
結果、生きる術を見い出した人々が、
数年とかからず、里を再建し街を構築して行ったのだから、
人というのはなかなかに逞しい。
混乱期にはなりふり構わずという手合いも多数生まれたし、
あの大戦さえ陰で左右したとされるアキンドたちの、
一種 ゴリ押しが生んだ“野伏せり”たちの跳梁もあって、
弱い立場の人々は由なく苛まれてもいたけれど。

  どうして自分たちが搾取され続けねばならぬと
  奮起し、立ち上がった人々が構えたとある合戦が、
  勝った者が正義という潮流を微妙に動かして。

戦後、一部のアキンドらからこそりと重宝がられていた、
隠し球的な武装集団“野伏せり”を始めとする、
野盗や無頼の輩の乱暴狼藉、
きっちり畳んでしまいましょという、
治安維持のための警邏を担う自警団が特化。
配置地域が広がりつつある電信での情報緻密化に併せ、
その警邏の網はどんどん密に広がったし、
その身を機巧化しているような手合いへも臆さずに対峙出来る、
頼もしい賞金稼ぎも巷には増えて。

 【 何故 此処にあやつらがおるのだっ!】
 【 大した里でもないというに。】

星さえ凍るような冬の夜空の下、
常緑樹の木立を荒々しく通過した一団が、
あたふたと雪原へと飛び出した様は、
まるで猟犬に追われて恐慌状態にある野兎のよう。
広い広い雪原をゆく彼らだったのでそう見えもしたのだが。
本体は結構な大きさの浮遊式搭乗機巧で、
俗称は“ヤカン”という鋼筒が数機ほど、大急ぎで逃走中。
何せ、頭上には月が昇っているような夜半という時間帯だし、
何日も掛けて降り積もり、日々の寒さで表面も固まっている雪原に、
浮遊機動でもある鋼筒の足跡は残らない。
雪に吸われることもあり、走行音もさほど立たない仕組みな上に、
相当な速度を出せる搭乗式機動ゆえ、
同じような乗り物を使わねばそうそう行方を追えぬはずだが、

 【 ……っ!】
 【 き、来たぞっ!】

操縦者の動揺を示してか、数機で固まって駆けていた鋼の機巧が、
ゆらんと覚束なく上下をし、
互いの機体がぶつかり合いかかったほど。
そんな彼らが相前後して飛び出した木立ちから、
別の影が勢いよく飛び出して来たのが すぐのこと。
既に結構な距離を稼ぎながら、
そして何より、
そちらはたいそう小さな存在に見えるにもかかわらず、
彼らが恐れているのはこの“追っ手”であり。
装甲に覆われ、しかもそれは速い遁走ぶりを示しておりながら、
それでも身を縮めるようにし、必死で逃走を構えている彼らなのは、

  ―― ざ、ざざぁっ、と

その身へまとった深紅の長衣紋、
大きな軍旗を思わすような勢いつけて ひるがえし。
まさかにそれで浮力を得ている訳でもないだろに、
不思議とあまり大地を蹴上げもせぬままに、
中空に身を置き、余裕の滑降を続ける彼は、
あっと言う間に標的の後背へまでと迫っており。
鞭のような痩躯が風をカミソリのように切るのに有利なのか、
いやいや、身が軽いお人だし、
かつては天穹にて自在に翔っていた覚えもおあり。
そんな勘が居残っておいでだから、
地上の風へ乗ることも自在なのだろうよと。
州廻りの役人らの間では
もはや当然の身ごなしと頼られておいでの神業で。
ふわりとした癖のある、金の髪をも はためかせ、
砲弾のように一直線、中空を滑空しつつ、
慣れた手際で細身の双刀、その双手へと引き抜きて。
人力では敵わぬはずな機巧躯へ、後から追いすがったその挙句、

  しゃっ・しゃりん、と

突風が撒いての唸りと同じよな、
鋭くもおぞましい金音が止める術もないまま迫り来て。
ほんの刹那という瞬間ののちにはもう、
自分たちをずんと追い抜いている真っ赤な死神。
緊張の極みにあったせいか、
何が起きたかへの感覚も働かず。
え?え? もしかして空振りやがったのか?と
仄かに喜色が沸き立ちかかったところが、

 【 あ?】
 【 うあっ!】
 【 ひぃえぇっ!】

いきなり視野が開け、冷たい風が直に吹き込む。
頭上の天蓋が跳ね上がり、
不意打ちに驚きバランスを崩して横転する者。
足場がなくなって、
されど動力の余力に引きずられ、
雪の上へ容赦なく放り出される者。
そんな同志がぶつかって来て横倒しとなり、
雪の中へと機体ごと投げ出される者など、
そりゃあ呆気なくも自慢の足回りが停止状態になっての、
蹴たぐられてしまった面々であり。
そこへ、

  「…………。」

少し先へやっと着地し、そのままくるりと踵を返すと、
自分たちが向かおうとしていた側に仁王立ちとなる、
うら若きもののふの君なのへ、

 「や、やめてくれっ!」
 「命ばかりはっ!」

装甲に囲まれた身の上で、
武器ひとつない人々相手に
どれほどの非道や専横を繰り返して来たかも棚に上げ。
こっちは丸腰でございますと
尻餅ついてのへたり込んだまま命乞いをする連中なのへ、

 「……………面倒だ。」
 「これ、久蔵。」

これらを引っ括り、番屋まで連れてって、
それなりの調書を取ってから、
重い罪なら禁固刑、軽い罪なら人足として労働させるという罰を与えのと、
そういう一連のあれこれの繁雑さを思えば、
いっそここで始末をつけたほうが、
後々の面倒もないのではと。
乱暴だが、この彼にしてはなかなかに考えている方な思考、
実に端的な言いようで表したところ。
最初にいた場所から、
彼はそっちを片付けてから駆けつけた連れ合い殿が、
窘めるようなお声を掛ける。
そちらの壮年も白い外套を長々まとい、
裾の長い砂防服に、襟回りを覆う風防布や白手套。
双方ともに普段のいでたちのように見えるが、
実は色合いが同じなだけで、それなりの冬の装備をまとっており。
生地も丈夫なら身頃には真綿も仕込んであるという拵えながら、

  だって言うのに、
  あの変わらぬ身ごなしぞ、と。

出来る人らはこうも違うかと、
最初の襲撃地点で、甲足軽数体を相手にし、
余裕重厚、快刀乱麻に大太刀振るった勘兵衛の立ち居を
まざまざと目にし、感に堪えたる役人衆が、
やはり何の機巧も使わず鋼筒に追いつき
最小限の手際で始末し果せていた久蔵なのへも、
数刻のちに見聞し、仰天することとなるのであった。








  ………とて。


今宵の仕事は、北領での野盗退治。
小さな寒村を襲っては、
彼らにも希少な食料、力づくで奪うという非道を繰り返していた、
甲足軽や鋼筒の一派を相手に、
凄腕との噂も高い“褐白金紅”が出動と相成りて。
雪の白にただただ塗り潰され、
垂れ込める夜陰までもが凍りついたような更夜の底にて。
薪や米を奪いに来た連中は、合わせて二、三十人はいただろか。
どれもこれもが大きい装甲に身を覆い、
そりゃあおっかない存在だったはずが、
生身のお武家二人が太刀のみかざして飛び込むと、
あっと言う間に散り散りになってしまっての、
伝声管越し、助けてくれとの情けない泣き言や
悲鳴さえ聞こえた変わりよう。

 『…っ、久蔵。』
 『………。(頷)』

若いほうのお武家は
いち早く逃げ出したヤカンとかいうのを追いに掛かって
すぐにもいなくなってしまったが。
たった一人で居残られた方のお武家もまた、
それは凄まじい働きを見せてくださって。
背中まで流した鋼色の蓬髪を雄々しくもはためかせ、
見ようによっては鬼神のように容赦なく、
動きに寸分の乱れもないまま、大ぶりな太刀を振るう様は、
精悍な横顔の男臭さもあっての、見るからに頼もしく。
弓矢や石礫くらいじゃあ傷さえつかぬ鋼の身を相手に、
素手から繰り出す太刀の一閃のみにて、
腕や足を落とすほどの凄まじい攻撃をくわえ。
そんな一撃を重く叩きつけた直後という間合い、
卑怯にも後背という死角から、
随分な上背生かし、
大上段から大太刀を振り下ろし掛かった相手へも。
微塵も焦りはせぬままに、
大きな手の中で太刀をくるりと持ち替えると、
そのまま一気に自身の脇へと目がけて突き上げる格好、
背後の敵の脾腹を渾身の刃にて抉っておいでの鮮やかさ。
逃げた鋼筒以外のこちらへも、十近い頭数がいたにもかかわらず、
怯むことなく踏み込み追い上げ、
失速知らずの見事な手際、凶刃の全てを蹴たぐると、
捕縛は役人らへと任せ、
自身も相方の後を追ってったほどに、
余裕のあった壮年殿であったれど……。

  「………………。」

捕縛した一味、確かに全てを絡げたとの
役人らとの申し送りや何やを勘兵衛一人へと任せると、
逗留先の庄屋の屋敷の離れへ先に戻っていた久蔵。
大健闘をなされた身、じっくり暖めて休ませてくだされと、
こちらの皆様も数日に一度と倹約しておいでの風呂を
なに、遊軍の役人の方々が薪や米味噌お持ち下さったその上、
水汲みのお骨も折って下さったのでと、
ご遠慮なくと勧められ、それではと有り難くいただいての さてと。
ほかほか暖まった身で、戻ってくれば、
さすがに勘兵衛も打ち合わせは終えたか、
その姿を離れの囲炉裏端へ据えていたのではあるけれど。

  「……………そやつは何だ。」
  「さてな。」

久々に赤々と炭をくべられての暖かい場所だからか、
それとも、勘兵衛という頼もしい御仁のお膝ほど、
落ち着ける場所はないと野生の勘で嗅ぎ取られたか。
大人であろう大きさの、白に黒ぶちの猫が一匹、
それはそれは安らいだ様子で、勘兵衛の膝の上に丸くなっており。
目を閉じての寝てしまったため、動けぬということか、
そんな自分を立ったままで見下ろす久蔵なのへ、
まま座りなさいとの苦笑を向けたところが、

  「〜〜〜〜〜〜〜。」

そも表情は薄いほうの彼が、
ますますのこと気色というもの剥ぎ取った
無表情となっての どかりと座り込んだのが、
勘兵衛のすぐ真横という傍らであり。
それへと慣れているからか、
小さめのお膝をきっちりと揃えての正座なのが、
この状況の今は、無言の抗議とも受け取れて。

 「このような者へ悋気なぞ。」

やや甘く苦笑しつつも“大人げないぞ”との窘めを
勘兵衛が紡ぎ掛かれば、

 「悋気なぞでは。」

断じて違うと言い返す久蔵だったが、
その言いようのついでに猫の頭を撫でるのが気に入らぬと、
薄い口許を曲げてしまうのが何とも判りやすくって。
自分のお膝へ置いた手を、
知ってか知らずかぎゅうと握り込むところも。
頑是ない子供のようで微笑ましいと、
ついつい尚の苦笑を誘われた勘兵衛だったが、

 「なれば。」

ほれと久蔵へ差し出したのが、
囲炉裏の縁近くに据えた、膳の上へ伏せてあった小さな猪口。
不意を突かれたか“え?”と瞠目する若いのへ、
やや強引に持たせると、
自身も手酌で飲んでいた燗酒をとろりとそそいで視線で促す。

 「さすがに猫では付き合わせるわけにも行かぬが。」
 「………。」

全てを言わずともこれは通じたようで。
無言のまま うんと頷き、
やや不器用そうな手つきで口許へと運ぶ彼であり。
甘いクチの優しい酒は、実は米処らしい当地の名物。
まだ下戸に近い側の久蔵でも、
ほんの半合くらいなら余裕で飲めようそれだ。
猫より勝さると言われたの、
素直に受けて立つような稚さがまた、
勘兵衛にはくすぐったいほど愛おしく。

 「…………。//////」
 「なに? そのようにジロジロ見るなと?」

うにむにと唇をたわめさせ始めたのは、
風呂上がりの身へ酔いが早くも回り出したからだろか。
反駁する代わり、横手にいたのを幸いに、
じぶんのおでこを勘兵衛の肩へちょこりと載せて、
そのまま頬を擦りつけて来る辺り、
やはり早めに酔い始めているようで。
後日に“酒でまんまと言いくるめたな”と怒る彼かもしれないが、
拗ねた挙句に湯冷めをさせるよりはまし。
膝こそ貸しているけれど、
視線も意識もそなたへ向いておるとの証し、
間近に伏せられた横顔へ、
何ごとかを低いお声でぼそりと囁けば、

 「〜〜〜〜〜〜〜。////////」

赤くなって いやいやとかぶりを振る判りやすさであり。
片やが他愛ないうちが一番甘い。
そんな蜜月、堪能しておいでの鬼神様たち。
冬の更夜の底でのお話………。





   〜Fine〜  12.01.25.


  *洗濯物が干す端からベニヤ板になる、
   本格的な寒さが西へもやって来ました。
   帝都でも雪だったそうですね。
   皆様どうかご自愛くださいますように。

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