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鋼筒(ヤカン)と呼ばれる、浮遊式機巧に乗っていたり、
どこで奪ったそれか、早亀と呼ばれる飛脚用の騎乗亀にまたがっていたり。
それぞれも不揃いながら鎧甲冑もどきを身にまとい、
粗末ながらも大太刀や槍を小脇に抱えての武装をした上で。
防御の薄い里村を片っ端から襲撃しては、
結構な遠出が適う“足”があるのをいいことに、
他所で売り飛ばせるよな物品や、うら若き娘らを掻っ攫い、
機動の馬力であっと言う間に逃げ去るという、
卑怯極まりない無体を重ね、ここいらを荒らしていた窃盗団を。
州廻りの役人らからの依頼でもって、
退治しおおせたは“褐白金紅”の二人連れ。
野卑な男ばかりの野党の一団、
しかも迅速で持久力もありという
厄介な駆動力が自慢だとのことだったので。
格別な上玉がいるぞという餌をばらまいたその上で、
里の周縁じゃあお目にもかかれぬ、
舞いの舞台を据えた奥向きまでおいでと、釣り出した上での一網打尽。
そりゃあ見事な逮捕劇は、
こんな小さな寒村じゃあ、神懸かりな鬼退治も同然と、
姫巫女様の伝説として、後々までも長く語り継がれたほどだったとか。
「………。」
何しろ、武骨な賊らと真っ向から相対した淡月様は、
まだ咲くまではひとつきはある、
そりゃあ華やかで荘厳な、桜のような巫女様だったねぇと、
里の和子らに言わしめた装い、純白の絽の桂をかなぐり捨てると、
白拍子風の清楚な姿から一転、
紅蓮の炎を思わせる深紅の長衣紋と相なりて。
痩躯をますますきりりと引き絞る、
そりゃあ切れ味の良さそうな姿におなり。
しかも銀色に濡れ光る、何とも禍々しい物騒な得物、
切れ味の冴えた大太刀を、真白な両手で掴みしめておいでであり。
さして重たげな風にも見えない余裕の所作にて、
片手でくるんと回し、片側だけを逆手に握ると、
「……っ。」
膝上から裾へまで、
大胆にも切れ込みの入っていた長衣紋の裳裾を大きくひるがえし、
居合わせたむくつけき男らへと向けて、
銀の軌跡がそのまま目の底へ焼きついてしまうほど凶悪な、
空をも切り裂く鋭い一閃、
ためらうことなく繰り出してしまわれる。
そんな格好でそれは素早い攻勢の一手、
瞬殺という逃れようのない一閃を浴びせられた鋼筒はといや、
「うおっ!」
砲弾からさえその身を守ろう、
最強の鎧にも等しい鋼の機巧躯に乗っていたはずが、
紙切れのごとくやすやすと、
切り裂かれ引き裂かれる威力に襲われたのでは勝手が違う。
水菓子でも切るかのようにすんなり食い込んでくる切っ先が、
ほんのすぐ目の前へまで伸びて来る恐怖に、
「うわああっ!」
操縦の手も乱れての、
すぐ隣に浮いていたお仲間へ体当たりしてしまい、
造作もなく共倒れしてしまう輩もおれば、
「た、助けてくれっ!」
逃げ惑う里の住人らの頭上を軽々と飛び越すほどもの高さへまで身を浮かせ、
一気に舞台から飛び降りての一目散。
「な…っ?」
「逃げる…のか?」
尻に帆掛けてとは正にこのこと、
太刀を構えての、いかにも好戦的な様子は何だったのかと、
拍子抜けしかかった人々に見送られ、
―― ががたん、ぎしぱき、ばきばきばき、と
みっともなくの取り乱し、
境内のあちこちに植えられた楠やイチョウの大樹へぶつかりもって、
何とか退散しようと構える者もあり。
「……っ!」
生身の部分へは無傷な場合、取り逃がすと何かと面倒。
筋違いも甚だしいことながら、この里への逆恨みなぞしかねぬと、
それでなくとも身が軽く、反射も鋭い久蔵が、
簡単には逃がさんと、
恐ろしいまでの瞬発であっと言う間に逃げた数台を追っている。
そんな彼の、獰猛なまでの好戦的な態度にどう触発されたのか、
「あんのやろ……。」
どうやら女性ではないらしいとはいえ、こうまで可憐な姿の存在。
まんまと釣り出された無様さも加味されてのこと、
自分たちをいいように翻弄しやがってと、
そっちの屈辱が先に働いたものだろか、
「待ちやがれっ!」
何人がかりで斬りかかっても、
切って返してという太刀筋が一向に失速しない
見事なまでの刀さばきにて。
侍従として控えていた壮年殿が、
重たい刀戟にて男らを次々に畳んでいるその傍らを擦り抜けて、
久蔵の方を追うという、なかなかに珍しい反応を示した輩が数人。
「…おや。」
観客らがいた方じゃあない、
社やお堂の居並んだますますの奥向きへ、
颯爽と駆けてゆく姿がまた
周囲の白くさらされた石敷きの境内の中、
それは目立っておいでの、真っ赤な衣紋の紅胡蝶殿。
ほっそりとした背中を向けての疾走が、
脱兎のごとく逃げ出したようにも見えるのか。
そして、そんな身の軽い戦法を取った彼の方が、
重々しい刀を振るって少しも疲弊を見せぬ、
雄々しい壮年殿よりも倒しやすいとでも思うたか。
巫女姫に化けるなぞという
つまらない小細工をしやがってとの怒り心頭、
威勢のよさには少しも遜色の無いままに、
風のように駆け抜けてゆく若いのを追いかけにかかった賊どもで。
「……。」
勿論のこと、久蔵の側でもそんな気配には気づいており。
ご神木というほどじゃあないが、
それなり樹齢を重ねているだろう
イチョウやスズカケといった大木の傍らを駆け抜けがてら、
腕を振る所作に見せかけて、
器用にも素早く、太刀の切っ先を幹へ引っかけていったらしくって。
追っ手の連中が曲がるついでにそこへと手をかければ、
「え?」
「どあっ!」
自分たちの数倍はあろう身の丈と重量の生木がどさんと、
止める術もないまま一気に倒れかかって来ての押し潰されてしまう仕掛け。
水気の多い生木は、
どんな名刀でかかってもなかなか切れるものじゃあないというのに。
どれほどの腕前かのヒントにも気づかぬまま、
「てめえっ!」
「もう勘弁ならんっ!」
女だと思って下手に出てりゃあだの、
甘く構えてりゃあつけ上がりやがってだの。
特にそんな素振りなぞ見せてはなかった、
いやさ、そんな暇などないまま、
紅胡蝶様にいいように振り回されてる連中なくせ。
“勝手なことを言いおるわ。”
その久蔵さんにあっさりと釣られ、
途中からはまんまと誘導されて来た、鋼筒やら早亀乗りの無頼の輩。
既に半分くらいに打ち減らされている顔触れだと、
自分たちでも気づいていたのかどうなのか。
悪鬼のような形相で、このアマ待ちやがれと毒づくばかり。
ほとんど着地の足さえつかない軽やかな滑空もどき、
人にはそうそうこなせない疾走ぶりで
先を行く若いのなんだということへも、
てんで気づかない間抜けな連中へ、
「…ご苦労。」
「………。」
自分はどうにも手加減が苦手。
だが、こたびの現場は里の奥向きの神聖な神社の境内らしいので、
流血沙汰という鳧のつけようは出来れば避けてほしいという、
中途半端に面倒な依頼であり。
他でもない住人らの命や家族の危機を拭う仕置きだというに、
そんな甘えたことまで聞き入れてやる必要があるのか…と、
紅胡蝶さんからも無言の抗議を受けた勘兵衛だったれど。
『まま、それだけ世の中が安泰安寧になりつつあってのこと。』
それとも、そんな物騒なことには縁がなかったはずな地域へと、
新興の盗賊団が発生し、
誰の縄張りでもないならばと伸して来つつあるものか。
だとしても、平和の有り難みを知らぬ罰当たりな連中だ、
何の遠慮が要るものか、
野伏せり崩れと同じよに、成敗してやって構わないとは思うのだけれど。
こたびの仕事は、
明るいうちという時間の縛りがありもする。
その上での、住人の皆様のことを優先しての手加減なので、
不服じゃあろうが承知しておくれと
誰への情けかを明言した上で、
面倒なところは自分が引き受けるからと分担を割り振った、
蓬髪頭の壮年殿が、
往生際がまだましだった、現場に居残り組を超振動の一閃で平らげてから、
境内の社を逆に回り込んでの先回り。
彼もまた、元は空艇部隊の斬艦刀乗りという機敏な身、
いまだに健在なそれを生かし、余裕で駆け抜けての待ち受けていたのが、
神社の境内へ裏手から上がれる、幅の狭い短い石段の取っ掛かり。
昨日、此処へと到着したおりは、
霊験あらたかな巫女の侍従ということで、
濃色の小袖と袴に、膝下まである軍服もどきの外套を合わせた、
式服風のいで立ちだった勘兵衛だが。
今は動きやすい姿ということで、日頃の砂防服の重ね着に戻っており。
再び鞘へと収め直した、抜き払わぬ大太刀の把へと手を掛けて、
押し寄せる賊との間合いを測ること、ほんの一刻あったかどうか。
ひゅいっ・かつん、と
風の中へ鋭い何かがひらめいたような風籟の唸りと、
軽やかではあったが堅くて強い金属音とが、続けざまに辺りへと響いて。
立ち塞がってるつもりか、逆に蹴散らしてやろうという勢いのまま、
なだれ込んで来たはずの野盗らが、
なのに掠めもしないまま、彼の周囲を通り過ぎ。
分厚く強い、空気の障壁に阻まれてのこと、
触れることさえ叶わなかった武家殿が繰り出した、
その風幕を生んだ剣戟が何をどう切ったのかも判らないまま、
すっかりと立ち位置が入れ替わってしまったのだけれども。
「…え?」
いつのまにその鞘から抜き放たれたそれなのか。
腹や胴回りにまとっていた鋼の甲冑、
一応は錣(しころ)を紡いだ仕立ての頑丈そうなそれらが、
あっと言う間に弾けて四散し、宙へと砕けた。
刃へ溜めし“ちゃくら”の螺旋。
濃縮した念による波動は、
触れた鋼鉄を分子から破砕してしまうほどの威力があって。
おとぎ話やホラでなく、
生身の腕へと握った太刀の一閃で巡航艦を沈めた話もザラにあるのが、
「………あいつら、もしかせんとも斬艦刀乗りとちゃうか?」
「超振動、会得しとるいうアレか?」
本丸級の大戦艦かて撃沈させられるっちゅう話や、
俺らなんか、瞬きする間ァに粉々にされてまうで。
そんなん堪忍や、堪忍やで…と。
ああまで偉そうに人を睥睨していたものが、
だんご虫のように身を縮めての平伏して、命乞いを始めた情けなさには、
さしもの久蔵でさえ、呆れたような吐息をついてしまったほどで。
『ああ、何ででしょうかね。
超振動は生身の体を砕くような種類の太刀ではないのに、
そんな誤解も広く蔓延しているようで。』
馴染みの役人、中司殿が、
彼にしてみても不思議なことなのか、
小首をひねってそうと言い。
お二人が使い手だって噂もあっと言う間に広まるでしょうから、
お仕事がしやすくなるかもですねと、
相変わらずに能天気なことを言ってくださったのは、後日のお話。
全員が戦意喪失したのを確かめてから、
里に常駐の牢屋番や青年団の有志に手伝わせて、捕縛し拘留。
務め終了の旨を自警団の詰め所へ電信で連絡して、さて。
「…………。」
やれやれと里の人々が集落へ戻る流れを見送っていた壮年が、
ふと、目線と同じほどの高さのある舞台の隅に、
かなぐり捨てられたそのままになっていた
絽の桂に気がついた。
括りと呼ばれる幅狭な帯を、
袖口のぐるり、袂へかけて通されてあり。
弥生を迎えたとはいえ、まだ少し冴えての冷たい風の中、
連れ合いの白い頬や指先透かしたこの衣紋、
勘兵衛の眸には、
何とも優しく暖かな光をまとわしているかのように映ったのだけれど。
「…少しは。」
「さようか、暖かではあったか。」
自分が振り落とした絽の桂、
愛しいと言わんばかりにその手へ見つめ、やんわり微笑った勘兵衛へ。
「〜〜〜〜。////////」
中身の方が良かろうに…なぞとの気の利いた言いよう、
残念ながらまだまだ無理な、不器用者の紅胡蝶殿。
頬をほんのり染めたのが、
悋気からかそれとも含羞み、まさかお怒り?
“…判りやすいようで、微妙になって来つつおるからの。”
口許をうにむにとたわめる愛しい連れ合い殿へ、
こそりと苦笑をこぼしつつ。
蕾の膨らむモクレンの梢の下にて、
間近い春の訪のいを、連れの立つ陽だまりにも感じた、
勘兵衛殿であったそうな。
〜Fine〜 12.02.29.〜03.01.
*覚えておいでの方がどれほどいらっさるものか。
巫女様に扮するにあたっては、
やはり北領出身の、しかも巫女様といやの本家、
あの銀龍様の肩書を一部名乗ってみた久蔵さんでして。
「いや、皆まで言わずとも判るからよい。
どうせ勘兵衛のタヌキめが、
慎重な奴がいて裏どりされては困るからとか何とか言うたのだろうが。」
「………。」
「さようか、雲居の本家へも承諾は取ったか。
道理で懐かしいにも程がある連中から、
息災にしておるのかとの伝言がやたら飛んで来て面倒だったのだが。」
「…?」
「ああ。電信とかいうのの子機をな、
弦造殿と組んでの仕事が多いものだから、
連携用に常時携帯しておるのよ。」
そこへと普通一般の伝言便りも送れるようにと、
亜振りたらいうもの、
あの平八殿が付け加えたものだから、
「思わぬ者からの連絡も届くので、
時に寄っちゃあ気が抜けもしての。」
亜振りって…何やってんだか、ヘイさんたら。
そしてどんだけ久蔵殿の意を汲めるんだ、銀龍様。(苦笑)
めるふぉvv


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