はながすみ
(お侍 習作186)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 



春の訪れを告げるものには色々あって。
待ち遠しさを掻き立てるよに早々と、
ユキワリソウやらツワブキやら、
芯の強そうなのが雪の下からお目見えし。
空の青が濃くなれば、
池や川畔の氷が緩みだし、
鳥たちの渡りも始まって。
寒が戻っても
耐えて屈しないのが梅ならば、
陽だまりに香るのがジンチョウゲ。
モクレンの白が去らぬうち、
ふと、見上げた視野の中、
まだだと思っていた桜が、
紫がかった空を背に
淡い薄緋でちろりと
二、三輪ほど咲いていたりすると、
不思議なくらい 胸が騒ぎ立つ……。




     ◇◇


生け垣のつもりか、
それとも旅人へ供した日除けもどきか、
街道沿いには珍しい、桜の並木が随分と続く。
よほど名のある、言われもあるよな、
古参の一本桜と違い。
普通一般的な種類のそれであるらしく。
とはいえ、
始まりのところからでは終わりが判らぬほどという
結構 遥かな距離を、
しかも街道に沿って連なっているからには、
人の手で植えられたには違いなかろう。
旅人へ宿場や里が間近いよと伝える、
塚石代わりの巨木になるではないながら、
夏は木陰が涼しかろうし、
葉のない冬場でも、
連れのない身の旅人へはそれなり、
風景が変わることで
気を紛らわすための養いにはなる。

  そしてそして、
  何と言ってもこの時期なれば。

日々につれての僅かずつ、
青みが増してく空色に添うてのこと。
雪の白より甘い色合い、
重なり合えば薄色も深まろう
薄い緋の滲む桜花の咲くのが、
人々の心を晴れやかに浮き立たせてやまぬ。

 「………。」
 「…ほお、これは見事な。」

最初は恐らく、
川沿いなればこそ、
土手の補強や護岸の意味もあっての、
並木に植えていたものだろうけれど。
長の歳月が経つにつれ、
川は涸れたか、それとも進路を変えたのか、
さほど高さもない傾斜(なぞえ)の下には、
雑草ばかりの原っぱがあるばかり。
目映いほどの陽に照らし出されて、
菜の花だろうか鳥の子色の小花がちょろりと
雑な緑に紛れて覗き。
手前に連なる臙脂の幹の向こう、
過日の川幅の対岸らしき辺りには、
里があるのか、畑らしい空間もあるけれど。
まだ何もない土の、
それでも起こされたからこその湿った香りが春らしく。

 「まだ満開には一呼吸ほど足りぬようだがな。」

日頃からもそうそう
渋面ばかりを晒しちゃあいない彼ではあるが、
それでも…ただ風景が変わっただけ、
風の香が変わっただけで、
目許和ませ、口許までほころばせてという、
判りやすい笑みを見せたのが、

 「〜〜〜〜〜。/////////」

傍らを歩んでいた連れへも
思わぬ波及を与えたようで。
風景なんぞにときめくなんて
ついぞ覚えがなかったはずが。
冬枯れの風景の中へじわじわ見え出した花霞へは
何だろ何だろと気を引かれたし。
隣りの勘兵衛が、お…なんて小さく呟いたの、
風のそよぎなんぞに攫わせるまでもなく拾えたのと同時、

  ああ、そうか と

彼の好きな花だというの、
久方ぶりに思い出してた久蔵で。
最初の少しが咲いたそのまま、
あっと言う間に盛りを迎え、
若くて小さな樹でもそれなりの趣きはあるものの、
大樹や並木の圧巻さが やはり見ものの独特な木花。
何をそんなに咲き急ぐのか、
どの枝にも一斉にという勢いで
練り絹のような花々がたわわに開き。
たちまち織り上がる花の陣幕で、
見上げる人らを圧倒する。
1つ1つは他愛のない小花にすぎぬのに、
見遣ったその視線が、意識が、
抗う術なく吸い込まれそうになる蠱惑はどうだ。

 「………。」

このような並木だと、
風にそよげば 順々にと波打つ花群の揺らぎようで、
風がゆく様、
形をとって見えるようでもあって心が躍るが。
風格ある一本桜の存在感もまた、
見ごたえがあったの思い出す若いので。

 “……。”

華麗だったり圧巻だったりする中に、
何故だろか、
孤高ゆえの凛然とした寂しさが寄り添うて。
ことに、さえた月光をあびている夜更の桜の、
あの、得も言われぬ風情はどうだろか。
淡い緋花が、今度は白さを主張して冴え冴えと、
辺りの夜陰を圧倒し、妖しいまでの色香を放つところが、


  ―― こやつと似ている


見るからに精悍で男臭く、
ちょいと見だけじゃあ、
尾羽打ち枯らした素浪人としか
受け取れないかも知れぬ風体だが。
どうしてどうして、
その面差しや表情は
経験の豊かなことが錯綜を抱えさせたのだろ
何とも深みがあるし、
響きのいいお声は魅惑的で
一旦知ってしまうと
どんな囁きへでも囚われてしまう恐ろしさだし。

  そんな表面的なことはもとより

あの七郎次も かつて零してた。
勘兵衛は その存在感のあるありようとそれから、
ちょっぴりつれないところも含め、
どこか桜に似ていると。

 『情がおありで懐ろの深い、
  そりゃあ優しい御仁なのに。
  だからこそ人も集まる、
  そんな皆が頑張って、物事もうまく回るというに。』

役目が終わりゃあ、つれないほどにきっぱりと、
その手を振り払ってでも、潔く去ってしまわれる。
自分なんぞについて来ても
善いことなんてありゃせんぞと、
かわいげのない謙遜のつもりか、
とっとと去ってゆかれる罪なお方でね。

 『そんなされたら ますますと、
  情が後を引くのだということ。
  誰にも学ばれなんだんでげしょうかね。』

困ったお人だと言いつつも、
たははと きれいな眉を下げ、苦笑して見せた彼の人も、
五年もの冬眠のあと、独りぼっちで放り出され、
一から始めてひとかどの立場を得ていながら、
それでもなお、
そりゃあ我慢強くもこの壮年を待っていた人物で。

 「………。」

自分はここにいるしかない一本の古木。
春だぞと、それは荘厳な威容でもって告げての、
そりゃあ晴れ晴れとしたはなむけを見せてくれながら。
だっていうのに…
こんな存在に縫い留められぬなとでも言いたいか。
それは凄絶にあっけなく、一気に全部の花が散る。
幻でも見たのでは?としたいのか、
艶やかだった、富貴だった姿もとどめずの。
さわさわと風を渡した枝々の舞いも嘘ごとか、
ほんのそよぎにさえ儚く散り落とされるほど、
この手で停めることさえ出来ぬほど、
それは速やかに散り急ぐ花でもあって。

  “似ている…か。”

こちらの壮年の場合は、
彼自身が風の如くに立ち去るのではあるけれど。
いかにも情のない振りをしたとても、
それが真実本当ではないと、
単なる素振りと思わせるよな、
深みのある男だと知られてからじゃあ遅いというもの。
いい意味でも悪い意味でも公平に、
つくづくと世渡りの下手な奴なのだなぁと感じ入っての、
それから……それから。

 「? 久蔵?」

何の構えもなくの素のままで、
この春には初となる桜を見上げ、
これはこれはと感じ入ってた壮年殿が。
やっとのこと、
傍らの連れの若いのは、
花ではないものへ意識を向けているようだと
遅ればせながら気がついたらしく。
頬をくすぐる 東からの甘い風にか、
それともそれへ髪を梳かれておいでの
自慢の連れ合いへか、
ほのかに目許を細めた白皙の胡蝶殿の様子へ、

 “……機嫌がいいなら構わぬが。”

少々読み切れぬながらも、悦の空気には違いなく。
それへ微妙に戸惑うという、
珍しい勘兵衛が見られたことが、
ますますと久蔵に苦笑をさせたなんてこと。
癒しの里のおっ母様でもない限り、
そうは判りっこないだろう、
春の日なかののどかな一幕でありました。







   〜Fine〜  12.04.11.


  *なんだこりゃなお話ですいません。
   あちこちから桜の便りが聞かれますんで、
   こちらのお二人でも何かと思ったんですが。
   近畿はまだ満開には至ってないせいでしょうか、
   やっと咲き始めたよという
   初心でご陽気な空気しか掴めていません、悪しからず。

  *こんなありゃりゃあな話のあとで何ですが、
   ○キラさまのところのカンキュウが切なくていいvv
   うっとこの ぽやぽやぱやぱやした話よか、
   ずっと雰囲気ありますものvv
   どかどか『マ○ゾウ屋』様のブログのページへGO!
   (2012.4月初め。元○とせさん考)

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