緑の苑にて
(お侍 習作188)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 



桜も遠のき、
陽射しも日に日に目映さや力を増してゆき。
それを浴びる若緑もまた、
伸び伸びと、
されどまだ萌え初めのやあらかい色合いで。
そこが日蔭でも明るく感じられるほどの、
まさに新緑で世界を照らす生命の力よ。

 「……。」

落葉樹ばかりでもないながら、
それでも冬枯れからほんの二カ月で、
こうまでの緑を蘇らせた木立ちの中。
若葉の隙間からこぼれ落ちる光を浴びて、
音もなく歩む人影がある。
深紅の衣紋に時折そそぐ木洩れ陽が、
同じ赤を、なのに随分と明るい色へと染め直し、
頭首(こうべ)に冠した金の髪を、
弾けるような光で満たしては、神々しく照り輝かす。
赤という色は眸を引く色彩のはずで、
ましてやそれへと拮抗する緑の中にいるというに。

 “あそこまでの消気を呼吸のようにこなせるとはな。”

自分の居場所だ、気を張る必要なんてあるものかと、
そんな悠然とした足取りで。
だというに、
萌え初めの下草や雑樹の茂みを かさとも鳴らさずに進む姿は、
降臨したばかりのこの森の主だと言われても、
そのまま信じられただろう高潔さに満ちており。
表情薄い横顔からは、
人の姿なぞ仮の器だとし、操る術さえ面倒がっている、
一種の高慢さや権高さが匂わないでもなかったが。

 「……………島田。」

木立の狭間にいたのはこちらも同じ。
しかも、こちらがまといしは、
褪めたそれとはいえ、陰には馴染めぬ白という色。
風に揺れる梢が、木洩れ陽をふんだんに散らしているよな、
悪戯な木立ちの中ゆえに。

 『そうですね。
  卯の花やユキヤナギの花房が新緑に映えて目立つように、
  この時期の白は隠れようがありませんでしょう。』

地面が目映いくらい白く晒される、
夏場ほどの陽射しにでもなったなら、
いっそ日なかに居た方が目立たぬかもと。
そういう風流に通じている元副官殿が、
にんまりと小意地の悪い笑みを見せてくれたは後日の話で。

 「……中司が。」
 「参られたか。」

電信で連絡して来た州廻りの役人の名を告げられて、
捕縛した賊らへの見張りかたがた、切り株に腰掛けていた壮年殿が、
待ち兼ねたという意味合いの苦笑をこぼす。
退治する依頼を受けた盗賊一味を、
拿捕した後の話を刷り合わせたのが昨夜のこと。
数にまかせて近隣の小さな里をいいように蹂躙していた野盗らを、
例によってたったの二人でからげてしまった“褐白金紅”だが。
ただ畳めばいいというものじゃあない、
その後、それなりの施設へ収監せねば、
非力な村人らでは扱い兼ねもするだろうから。
引き取りの人手を確保し、彼らがくる頃合いを見越して、
到着を逆算した上で執行へと移らねば、重畳とは言えぬ。

  そうは言っても、
  何だったら移送班が到着してから掛かっても
  十分間に合う手際の良さじゃあるのだが。

今回の仕置きも、
どこだかやや遠方から塒へ戻ろうとしていた連中の、
行く手を阻んで立ち塞がった壮年が、まずはと大太刀振るって折り畳み。
瑞々しい緑の中、白い長裳をひるがえし、
雄々しくも鮮やかな太刀筋で数十人という頭数を伸した後、
少数ながらも威嚇には十分な装甲車代わりの鋼筒がいたものが、
機動力を発揮して尻に帆掛けて逃げかかったのを、
どの方向へ向かっても応じの利く若いのが、
樹上という高みから赤い陰として降って来て
すかさず すぱりと切っての足を止めてから。
くくった連中は勘兵衛が見張り、
後から駆けつける移送役に判りやすいよう、木立の入り口まで出ていた久蔵。
あまりに簡単で造作もなかったことへの不機嫌か、
ややもすると幼い子供の駄々のよに、
立ち上がった勘兵衛の砂防服に包まれた広くて頼もしい背中へ、
頭のてっぺんをとんと押し当て、そのまま ぐりすり押し込みかかり。
そんな頑是ない態度を見せる若いのへ、

 「判った、判った。」

背後を取られたというに、それも余裕かそれとも信頼か。
精悍で形のいい口元ほころばせ、
何かしら約束でもするように、だが中身は言わず、
何ごとかを言いたいらしい相方のお顔を肩越しに見やると、
目許までたわませ、ふふと甘く微笑ってやれば。

 「〜〜〜〜〜。///////」

そんな些細なことで機嫌が直った他愛なさ。
そして、そんなやわらかい以心伝心を見せつけられたというに、
それが…さっき繰り広げた剣撃の〆めに、
不敵に見交わされた眼差しと変わらぬ代物だったように解釈した賊らとしては。
勘弁してくれ もう括られたおらたちだ、これ以上手も足も出ねぇと、
急にざわついて、侍二人を却って戸惑わせたなんてのは、

 『……賊の質も落ちたもんですねぇ。』

殺気が惚気かの区別もつかぬとは、と。
斜め後ろへ外した感慨、七郎次がこぼして見せたのもまた、
相当 後日の話であったそうでござった。





   〜Fine〜  12.05.26.


  *何が書きたかったやら。(おい)
   ああそうだ、5月23日が“キスの日”だったらしいのを、
   どこかで拝見し、あああそういう記念日はチェックしてたのになぁと、
   残念に思っての腹いせに(?)書き始めたんではなかったか。
   ……そっちは別のシリーズで敵を討とうと思います。
   (でもなぁ、確か 恋い文の日じゃなかったかと記憶してるんだが。)

   新緑の中に佇む、白い衣紋の勘兵衛様は、
   結構目立つんじゃなかろうかと途中から思ったのが敗因だったかも。
   こっちは死に物狂いで抵抗したに、
   いちゃいちゃ出来る余裕のお武家様たちに
   尚更 参った…という手合いが相手だったのが、
   そういう雰囲気さえ読み取れない格下まで出て来ようとはと。
   人前でのいちゃいちゃには そちらさんももはや慣れちゃって、
   苦笑も出ないおっ母様になりつつあるようです。

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