葛 嵐 
(お侍 習作191)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より**
 



そうまで南国地域ではない内陸部でも、
日中の日向に長くいると目眩いがしそうだった
途轍もない真夏が去り。
その余韻たる蒸し暑さを存分に籠もらせた残暑も、
野分が暴れたそのまま、暑気まで払ってってくれたお陰様、
どうにか立ち去る気配を見せつつある。
冬の寒さの終焉、一雨ごとに春がじわじわ訪のうように。
秋もまた雨が運んでくるようで…





さあさあという静かで間断の無い秋霖の雨脚が、
不意に立った荒々しい足音に掻き乱される。
水たまりやぬかるみを、物ともしないで跳ね上げ踏みにじり、
今にも落ちそうなほどに雨を蓄えていた梢が、
その真下からの衝撃にどんと叩かれ、重たげな滴での雨を降らす。
ばらばらばらっと振り落ちた滴を浴びたは、
鈍い銀の煌きを沈めた大太刀の刃先。
その切っ先へと落ち掛かる闇色の滴たちは、だが、
すんでのところで薙ぎ払われる。
半分は風圧により粉々になって吹き飛ばされたが、
後の半分は
液体だというにガラス細工ででもあったかのように、
すぱりと刻まれ、木陰の闇へと散らばってゆく。
逃がれる暇間も与えぬ瞬速の斬撃が生んだ圧は、
そのまま付近の木々をも震わせたが。
最初に襲った力任せの打撃とは違い、
疾風が駆け抜けるような鋭さもて、
梢に留めていた滴を巻き上げては振り飛ばす。

 「……っ。」

どこか乱れた足取りのまま、
先んじて木立の中に駆け入ったは、
夜陰の中へと紛れやすい濃色の衣紋をまとった男らで。
小太刀や脇差などという本格的な武装を構える者もいたが、
白鞘の匕首や中途半端な丈の太刀を手にしている顔触れもいる辺り、
真っ当な輩とは到底思えぬ一団らしく。
鉢当ても傷だらけで、しかもまばらと来ては、

 “やはり、
  宗家ゆかりの何とかいう縁故は出まかせのようだの。”

木立の中では、梢の織り成す天蓋のお陰で
降り止まぬ雨を受け続ける障りは やや緩んだものの。
既に衣紋も相当に濡れそぼっており、
ずしりと重くなったその上、
風を切ってという動きの中でどんどんと冷えてゆき、
体温を奪ってゆくは必至であり。

 「哈っ!」

もはやその身の延長とまで馴染んだ太刀の柄、
重たげだが機敏な手の、その内へと吸いつかせ。
渾身の一閃にて、鎧をまとう賊どもを次々に薙ぎ払う壮年で。
その反動で宙へと振り出された蓬髪が、
頼もしくも雄々しい肩へと張りついて止まる。

 「く…っ。」
 「こんのっ。」

略奪目的で里へと躍り込んだ彼らを、
ご神木の下でただじっと待ち受けていた二人のもののふ。
降りしきる雨の中、空に月影は望めなんだが、
そこにはまだ篝火という灯火があって。
それへ照らし出されていたのは、
白き衣の壮年殿と、赤き衣の痩躯の青年という、

 ―― 褐白金紅と徒名されたる、名代の野伏せり狩り二人

それが真っ当な武家であれ、
生身の人が振るう太刀では鋼に弾かれるがオチのはずが。
元 斬艦刀乗りのみが会得した“超振動”という妙技を操り、
野伏せりの鋼鉄の装甲を、柿の実のように切り裂ける凄腕。
今や狩られる側には知らぬ者はないほどの、
途轍もない練達賞金稼ぎたちであるのは、もはや明らか。

 『………。』

待ち兼ねたという挨拶の代わりか。
まずは、赤い衣紋の若いのが、
金の髪を掻き上げるように片手を上げると、
肩先から覗いていた双刀の柄を掴みしめ。
ゆらりと前傾姿勢になりかけたのを、
何人かが認めたそのまま掻き消えて。

 『え?』
 『な…。』

夜陰に加えての雨脚が見せた幻だったか、
いやいや、こぬか雨のはずが、
ざくざくという足音がする。
この距離をその歩数で詰めるなんてと、
そここそが信じられない早業で、
あっと言う間に至近へまで届いていた深紅の影は。
先頭に立っていた鉄砲弾の若手を数人、
胴に巻いた脇楯ごと、脾腹や脇を裂いての仕留めており。
ばちゃばちゃとその場へ倒れ込んだ仲間の姿へ、
熱り立つより恐れをなした方が勝さったか、
後詰めの幹部らのじりりと後ずさった気配が
全員へと伝播したのも瞬く間。
ひいと悲鳴を上げながら、
夜陰の漆黒へ逃げ込まんとする腰抜け共を、
それでも…無辜の民には有害な獣と断じ、
後日に報復を企てられてもかなわぬと、
捕り逃しのないよう、後を追うこととした、
久蔵と勘兵衛だったわけで。

 「ひぃえぇ…っ!」

たまげるとは“魂が消える”と書く…とはよく言ったもの。
ぶんっと鋭く振られた太刀の切っ先に追われ、
まだ射程の外だというに、中途半端に裏返った悲鳴を上げて、
たたらを踏むとつんのめったそのまま、
先行する仲間の衣紋を引っつかみ、
どどうと共倒れになって転げている無様さよ。
完全に背中を向けて逃げるばかりの連中は、
その先に役人らの囲い込みの陣が待ち受けているので、
執拗に深追いする必要もない。

 「く…っ。」

破れかぶれになったか、太刀を構えての向き直り、
脇腹へと両手で固定してそのまま体当たりして来る輩があったのへ、

  ―― 雨を吸い、重くなっているはずの
     白い砂防服の外套を
     余裕の残像として空間へと置き去って

ただでさえ夜陰の中で目立つ白を、
この際は撹乱の小道具にする巧妙さ。
空いていた左手で自身の肩辺りを掴むと、
そのまま引きはがすようにした外套を、
最初の一閃は 飛び込んで来た無鉄砲な輩へ叩きつけ、
そのまま引いての斜め後方へ投げることで、
残りの賊らの注意を瞬間的にそちらへ逸らさせる。
多少は軽くなったのだろう、雄々しい肢体が躍動し、
並みの視力では到底追えぬ素早さで、
翻弄された一団の間を一気に駆け抜ければ、

 「あ…。」
 「ぐあ…っ。」

一瞬の通過の間にどれほどの太刀筋を振るったものか、
10人近くが一斉にぬかるみの中へと倒れ込む恐ろしさ。

 「ひえぇぇっっ!」
 「ば、化け物かっ!」

野伏せりと呼ばれる、機巧躯の輩も含まれていたというに。
砲弾でも持ちこたえると言われる硬度の鋼を、
生身と一緒くたに切り裂いてしまえる刃なんて、
尋常なそれであろうはずがないと。
その目で見たからこその恐ろしさから、
盗賊なんて物騒な生業を持つ荒くれ男らが
肝を冷やして後ずさる中、

 「………。」

こちらはこちらで、
あまりの鋭さなめらかさと、瞬間の一閃とで、
誰にやられたものかへさえ気づけなかっただろう斬撃浴びせ、
人を搭載する分、機能は劣るが頑丈な鋼筒を、
片っ端から胴斬りにして足止めしていた久蔵が。
やはり雨を吸って重いはずの、紅衣の裳裾をひるがえし、
痩躯をくんっとしならせると宙を舞って。
木立に身を隠していた甲足軽を、
楢だろうか堅そうな生木ごと、

  窄………っ、と

やや斜めに斬り裂いて、
あっさりと倒している技の冴えが恐ろしい。
その細腕と、その細身の刀でどうやって…と、
当人に魔物でも宿っていなくちゃ有り得ぬ、
凄まじき破壊力と鋭利な斬りようへこそ、

 「ひぃえ…っ。」

居合わせた輩が心底恐れての後ずさりをし、
闇雲に駆け出す始末であり。
里からは木立に遮られ、
漆黒の濃さもひとしおの夜陰の中、
こぬか雨の静かな雨脚のみが戻って来た静寂を、
その背に負うて連れて来たかのように、

 「…もう誰も居残ってはおらぬか。」

ちゃきりと、小気味のいい音させて、
自らの太刀を鞘へと収めた勘兵衛が、
苦笑交じりに相方へと歩み寄る。
日頃は軽やかな久蔵の金の髪が、
今はさすがに幾分か濡れてのこと、
しおれてしまっているのへと手を延べれば。

 「………。」

不躾けなと避けたり払ったりするでなく、
むしろ触れて来るのを待ち受けるよに
動かずにいる若いので。
耳元近くへ差し入れられた手へ、
自分からも頬を寄せ、
じんわりと温みを堪能しているかのように
その表情を和ませるものだから。

 『おやおや。
  そんな様子、賊には見せちゃあいないでしょうね。』

お互いこそが一等大事と、敵に知られちゃあいかんでしょうよと、
骨休めの里帰りをしたおりに一通りの話を聞かせたところ、
冗談めかして七郎次が笑ったのは 少しほど後日のお話。

 「風邪を拾わぬうち、里へ戻ろうぞ。」

口ではそうと言いつつ、
雨にしっとり濡れてしまった頬やら口元やら、
やはり濡れた衣紋が張りつきかけた痩躯を
誰ぞに見られるのが惜しいと思うた誰か様。
斬り合いの最中に放り投げた外套が、
梢に掛かっていたのを手にすると。
笠の代わりか、連れの頭へかづきのようにかぶせてやって、
元来た道をさくさくと戻ることにする。
雨の中でも構わぬものか、
小さく聞こえ出した虫の音が、
二人のお武家の歩みを見送っていたそうな。





   〜Fine〜  12.10.02.


  *台風一過で一気に秋めくか…と思ったんですが、
   昨日今日は、
   まだまだ昼のうちは半袖じゃないとキツかったです。
   1日のうちで10度の温度差というのも、
   今時分ならではなんでしょうかね。

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