冴え凍てる  (お侍 習作192)

       お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 



空から降る雪にも色々あって、
乾いた空気の中に降るさらさらした粉雪は、
視野をふさぐほどの大きさで連綿と降りしきり、
辺りをたちまち塗り潰すノリで
積もってしまう湿ったボタ雪よりは
幾分かマシなように思えるやも知れないが。
真横からという非常識な突風に入り混じり、
世界を真っ白に塗り潰してしまう
“しまき”となって襲い来るとなると話は違う。
油断すると立っている足元さえ掬われそうな、
容赦ない豪の風が、針のような雪混じりに間断なく襲い来て。
それでなくとも体の芯まで冷え込む極寒の中、
白く覆われた視野に、
方向を見失うどころじゃあない、
下手をすれば真っ直ぐ立っているのかさえ危うくなるほど、
自分の感覚を翻弄される、
それは容赦がなく、それは恐ろしい冬嵐…に、
間が悪くも見舞われてしまった昨夜だった二人連れ。

 「………。」

この時期にわざわざ雪深い北領へと分け入るのも、
必要あっての要請であり、もはや恒例の運び。
除いても除いてもキリがない大雪に
他所への往来を塞がれてしまうような集落は、
冬の間だけ山から下りて来られるようなところはまだいいが、
それもままならず、春が来るまで村に押し込められるような寒村は、
そんな無防備なところを、自然の脅威だけじゃあなく、
性根の腐った悪党や野盗らからも狙われかねぬ。
それでなくとも日々のぎりぎりの生活の中から
切り詰め切り詰めして蓄えたのだろ、
そちらも決して豊かじゃあない冬の間の食料や薪を、
どうして無頼の狼藉者らに力づくで奪われなければならぬのか。
冬場の閉鎖された密閉区域でのやりたい放題に、
灸を据えてやろうという主旨の強い、
お仕置きもどきのこの行脚。
本人だって結構大変だというに、
旨みが薄いと他の賞金稼ぎが嫌がるところまで
綿々と引き受けて毎年毎年続ける勘兵衛なのを見るにつけ、

 “物好きな…。”

自分は慈悲や情には流されぬと、
依頼あっての務めとして刀を振るう、ただの人斬り侍ぞと、
皮肉でも壓世的でも何でもなくの本心から、
そうと務めているといつも言い切る壮年殿であるようだが。
だったらどうして、
金持ち連中が集まる、にぎやかな土地へ出向かぬものか。
そちらの方こそ、引く手あまただろうし、
相対する敵方にも大物連中が相当に居残ってもおろう。
信念だの義理人情だのからではなくの、
職人としての務めと割り切るならば、
そちらへ出向く方が腕の振るい甲斐もあるだろに。
大した礼も出ず、
豪雪や寒さという障害のせいで手が掛かるだけで、
斬り伏せること自体へは
蜘蛛の巣払いほどに他愛ない雑魚しかいないというに。
それでもこちらをと選んで
大層な装備をまとっての雪山行軍を敢行する勘兵衛なのだから、

 「……大馬鹿だ。」
 「んん? 何か言うたか?」

それでなくとも月齢もない晩、
しまきがやんでも真っ暗だった、
しかも凍りつくよな夜気が垂れ込めた山道を辿り、
明け方の最も冷え込む頃合いに、やっとのこと辿り着いた先。
やはり侘しい寒村の、年季の入った空き家を供され、
先の秋口から襲撃されるようになったという小悪党らの拿捕にと、
用心棒を務めることとなっている、褐白金紅の二人であり。
大したものは出せませぬがと、
それでも住民らの僅かばかりだろう蓄えを削ったそれだろう、
こんな雪深いところじゃあ貴重なそれだろう、
食料や薪をせっせと運んでくださったあばら家で。
囲炉裏に燠した炭にて、やっと人心地ついてた二人であり。
あばら家とはいえ、さすがは土地に合わせた作りは大したもの、
囲炉裏に掛けられた鉄瓶から白い湯気が立ち上りだした頃には、
土壁に囲われただだっ広い板の間も、仄かながら暖まり始めたようであり。
一番外側、獣の毛並みを生かしちゃいるが、
その分、重くて仰々しいばかりな装備を脱いでも、
大して支障はないなと思えた久蔵。
内着の襟元から引き上げて
顎から鼻先までという顔の半分を覆っていた口布を下ろしつつ、
その手をそのまま、襟元の、
毛皮の外套を結わえた結び目へまで下ろしたものの。

 「………。」
 「久蔵?」

どれほど人見知りをしていたものか、
里の人が出入りをするたび、
ギイギイ軋み鳴いてたはずの随分と古びた板の間だのに。
きし…という かすかな音だけ立てて、
外側にまとっていた貂だか貉だかの外套だけを
彼の陰をそこへと居残したかのよに脱ぎ落とすと。
それはなめらかな身じろぎ一つで、
あっと言う間のスルリと素早く。
同じ囲炉裏の横手の縁に座していた勘兵衛の懐ろへ、
痩躯をねじ込んでいた見事さよ。

 「…如何した。」
 「寒いのだろうが。」

外套の表は冷たかろうから脱いだまでと、
勘兵衛がまだまとっていた外套の内というたいそうな至近から、
眉一つ動かさぬまま単調に言ってのける彼なのは、
だがだが、決して厚顔さや傲岸さからじゃあない。
かつては同じ成層圏という極寒の戦場で、
自身の存在と命を懸け、刀をふるったもののふ同士だが、
寄る年波か、それともそもそもの気質か、
寒さが少々苦手な勘兵衛だと知っている久蔵であり。
だっていうのに、ほんにもう。
こぉんな寒い土地へばかり運びおって。
シチも随分と案じておったろおうがと、
その胸の中にてだけ、一丁前な叱言を並べつつの…傍若無人。
幼子でもそれなりのお伺いを立ててからとなろうことながら、
そういった面倒な礼儀は知らぬまま、
それでも 彼なりの“気遣い”からだと、
こちらもこちらで、そのくらいは重々判る勘兵衛だったから。

 「…さようか。」

ちょうど鼻先へ突き付けられた金の綿毛が
まだまだ冷ややかで くさめを誘いそうだったことや、
擦り寄って来たのはそちらからだのに、
それと遅ればせながら気づいたためか、

 「〜〜〜〜。//////」

今更 頬を赤らめ、
それを隠そうとこちらの懐ろの深みへもぐり込み始めた狼藉が、
もそごそと何とも擽ったかったのだけれど。
まま、年長者として
ここは黙っておいてやろうじゃあないかと。
精悍な造作のお顔をこそり仄かにほころばせ、
懐ろに抱えたお猫様の温もり、
ありがたく堪能することにしたそうな。




   〜Fine〜  13.01.02.


  *今年の冬は、早めに来ての長逗留型らしいですね。
   風邪やインフルも相変わらず猛威を振るっております。
   勘兵衛様のような深くて頼もしい懐ろの主や、
   久蔵殿のような収まりのいい懐ろ猫のいない方も、
   どうかどうか暖ったかくしてお過ごしくださいませね?

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