物差しもまた、人それぞれ
  (お侍 習作194)

          神無村 小話 より
 


神無村というところは、
例えば、あの大戦時に用いられていた標準的な地図だと、
所在どころか名前さえ記されないだろうほど、
それはそれは小さな村だったが。
実際にそこへと足を踏み入れたれば、
忙しいさなかでなかったならば、
もっとゆっくり巡りたくなったろうほどに、
何と豊かな土地だろうかとの感銘を受けるようなところ。
辺境の尚のこと縁の端、
今にもそこだけ…重心を崩してのこと、
先にある中空へと崩れ落ちてしまわぬのかが、
むしろ不思議な均衡で突き出した格好の地で。
どうしてそこを選んだものかというよな土地なのに、
そこも不思議なこと、随分と古くから人々が住まう里であり。
もしかして、その有り様の不思議が折り重なった結果なのかと思うほど、
何の気なし見やった先に、
お…っと意識を奪われそうになる一景が広がる。
果てしないほどの広さを
頭こそ重いが風に揺れるほど軽やかな
稲穂の金色に埋め尽くされた、住人自慢の田圃のみならず。
季節が季節だとあって、錦秋の眺めは勿論のこと、
斜面の頂きから真っ逆さまに、
真下の、奈落と思しきほどに切り立った断崖へ、
止めどなく降りしきる見事な滝もあれば。
その岩場という高みから、遮るものなく見渡せる、
遥かに遠くで紫紺に染まった山々の連なりという絶景もあり。
豊富な水の恩恵か、
瑞々しくも青く染まった空気の閑とした、
それでいて風にそよいでさわさわ囁く、広くて深い竹林もあれば、
岩壁に手を入れたそれか、墓参用の石段も整えられた、
とはいえ近年では単なる古廟にすぎないらしき、
古跡が居並ぶ岩屋もあり。

 「橋の向こうの斜面には、
  薬効の高い薬草がふんだんに自生しているそうですよ。」

 「それは助かるな。」

小さな里とはいえ、腕のいい鍛冶屋もいれば、
猟師や樵(きこり)、機織り、木地師までいるし。
知識も豊富な年寄りたちも多くいて、
そんな人々からの口伝のそれか、
薬草を初めとする民間養生の知識も、玄人はだしの秀逸なものが多い。
これもまた、
土地の恵みをありがたく生かして来た里ならではのあれこれが、
歳月を経てこつこつと積み上げれらた結果、
そんな風に熟成を見たというところだろう。

 “こうまで 良いところであるからには、
  無為に損なわさせるワケにもまいりませぬよね。”

機巧で武装した野伏せりを相手に戦ってくだされと、
即戦力にと頼られ募られた侍たちだったが。
それでもたったの7人では出来ることにも限りがあるし、
その場しのぎで、たとえ一時的に勝てての溜飲を下げられたとしても、
ではなと侍が去ってのち、返り討ちに遭っては何にもならぬ…と。
さすがは実際に戦さ場で指揮を執っていた、
しかも人望も厚い指揮官だけあって、
島田カンベエという惣領殿、何やら深い思索もお持ちであるらしく。
村人たちにも協力させてのこと、
岩山の防護壁や周縁への石垣などを整えさせているのは判るとして。
攻撃の担い手にもなれということか、弓の射方を教授しているわ、
陣地の整備や大掛かりな兵器の構築に便利だからか、
里の者らを班に分けて作業に当たらせるという格好で、
いつの間にか人々の一斉運用への指揮系統を整えてしまっているわ。
お初なことばかりでありながら、
時間がないからこそと皆で一斉に掛かる作業には慣れもあるので、
励まし合って手掛けるあれこれは、そうともなれば士気も上がるか。
気がつけば…おっかないから歯が立つはずはないからと
人任せな“野伏せり退治”をと見込んだはずが、
いつの間にやら 村の皆して一丸となっての行動へと塗り変わっているほど。

 “カンベエ様としては、戦さの後のこともお考えなのだろうな。”

勿論、武装していて厄介な野伏せりたちは、
そこをと見込まれたこと、大戦での実践経験もある、
腕に自慢の自分たちの手であたり、徹底殲滅するのが契約なれど。
戦場となってしまい、多少なりとも傷つき荒らされるだろう村の立て直しや、
その後の 万が一の…たとえば別口の狼が現れた折の防御にも、
すぐさま応用が利くように。
村人たちの共同作業の効率をよくするべく、
軍では基本の組分けを敷いたり、
されど“長つき”は作らずに済む小分けにしたり。
誰しも思うこととは一味違う工夫が凝らされてあるところが、
何とも彼らしいことよとの、上司自慢半分というところか、
面映ゆい苦笑が絶えないらしい、古女房ことシチロージであったのだが。

 「…っ、モモタロさん、大変ですっ。」

侍たちの集合場所としてあてがわれた古農家。
食事や仮眠を取る場でもあり、
その日その日の作業進捗の報告や、
哨戒で拾った異変、違和感を刷り合わせし合う場でもあり。
それぞれの得手を生かした持ち場というものがあるため、
全員で顔を合わせるのは陽が落ちてからの会合のみだが。
どの作業場にも通じておいでなせいか、
やや込み入った話も飲み込めるところを見込まれて、
そういった伝言を預けられることも多ければ。
そうまでの応用が広く利くのと相反し、
こまごまとしたところへもよく気がつくため、
雑事を手掛けることも多いシチロージは、
その延長か、此処にいることが多いと思われていて。
それでと目指して飛び込んで来たらしいのが、

 「おや。どうかしたかね、コマチちゃん。」

女性や子供らは、怪我のないよう、若しくはお邪魔をせぬようにと、
男衆が受け持つ作業場や、このお武家様たちの詰め所へは
滅多なことでは近寄ってはならぬという禁制が敷かれているのだが。
その侍たちを連れて来た経緯もあってか、
水分りの巫女様の妹のコマチだけは、怖じけることなく駆け込んでくるクチであり。
そうは言っても日頃はちゃんとわきまえているものが、
今日の彼女はちょいと様子が違うようで。
何へか慌てておいでだし、そんな彼女を追いかけてか、
若い衆が一人、続けて駆け込んで来ていて、

 「シチロージ様、お願げぇしますだ。
  どうか あのお二人を止めてくなっし。」
 「あのお二人?」

何かを止めるために、わざわざシチロージを加勢にと呼びに来たのか。
となれば、まさかとは思うが…侍同士でおっかない言い争いでも始めたか。
カンベエを初めとし、ゴロベエもヘイハチも
多少の言い掛かり程度は聞き流せるほどに、
大人の許容を持ち合わす顔触れだし。
生粋の剣豪だろうキュウゾウは、
人の声を聞き取っているものかも不審なほど
それは強引に、若しくはそれは軽やかに我が道をゆくお人なので、
そうそう誰かと“衝突しての末”という格好での
諍いになるとは思えないし。

 “さては、キクチヨとカツシロウが何かで揉めたか?”

機械の身ゆえの年齢不詳、
とはいえ、大戦への参加は間に合わなんだというから、
自分以上の世代ではなかろう、侍志望のキクチヨと。
どこか遠方の高名な道場主の子息らしく、
道場剣術は一通りを修めた末のこと、
サムライというものへ崇高な何かを夢見たか、
やはり侍志望のカツシロウという少年と。
双方ともに、大人からすりゃあ同じほど、
片やは頭でっかちで、片やは言葉足らずが過ぎてのこと、
些細なことで衝突するのも多かりしな顔触れでもあり。
若さゆえにか、頭に血が上れば回りが見えなくなることも必至で。

 “だが、あの二人の場合は…。”

そこが他愛ないというか、
村人が“まあまあ、まあまあ”と割って入れば、
あっと言う間に我に返っての、
あっさりと引き分けられるところもまた、目に見えており。
片やは感情に走って浅はかだったと赤面しつつ、
片やは…制しに入るのが大概コマチ坊なものだから、
大人げないと言われるような気がしてか。
多少は後腐れになりかねぬ言いようを残しつつも、
結構 簡単に引き分けられる彼らのはずで。
そんな自己分析の段階で、
早くも“あれれぇ?”と腑に落ちずになっておいでの、
水も垂るるよな美丈夫だのに、
修羅場に立てば風さえ凍らす槍使い殿なのへ。
早く腰を上げて下さいませと、
急き立てるようにして両の手をぐうにし、
えいえいと振り回しながらコマチ坊の言うことにゃ、

 「早く早くです、モモタロさんっ。
  おっさまと久の字の喧嘩では、誰にも止められませんですっ。」

 「………………☆ はいぃ?」




     ◇◇◇



小さなコマチ坊は、ちょっとおませなしっかり者だが、
まだまだお子様なところがそこへと出るか、
それとも単なる怖いもの知らずからか。
おっかないはずのお侍様がたへも、
彼女なりのあだ名で呼びかけていたりする。
カンベエをおっさまと呼び、ゴロベエやヘイハチはゴロさんヘイさん。
シチロージは逢ったときに持ち出された逸話から“モモタロ”さんで、
一番懐いているキクチヨは おっちゃま。
そうと来てのそれから、
馴染みにくいか それとも呼び替えしにくいか、
カツシロウは、何故だか、カツの字と呼んでおり。
キクチヨがそうと呼ぶ癖を真似たものと思われて。
その延長か、最初こそキュウゾウ様と呼んでいた双刀使いを相手に、
こちらも“キュウの字”と呼ぶほど親しんで来ていたのだが。

 真剣を抜き放っての
 本気で斬り結ぶ場面の覇気には、
 そうそう馴染めるものではなかろうから

まずは、人だかりが出来始めていて、だが。
そこから先へは、
おっかなさからだろう、踏み込めないのがありありしており。
こちらが駆けつけたのを見ると そそくさ離れるお顔もあるのも、
持ち場に戻れと叱られないか、
はたまた物見高さを詰られないかと恐れてのことだろう。
そんな人々なのを、

 「何してるだ、お前らはっ。」

シチロージを呼びに来た若いのが、
代わりに窘め、道を空けよと人垣を押しのけてくれた先。
秋も深まったというに、そこだけは青々とした葉の密生する、
しっとりした空気も清かな竹林の中を、
とてもではないが もはや“清か”とは呼べぬ、
強いて言えば 殺伐とした雰囲気が駆け巡っているのが、
シチロージには肌合いで判る。
コマチを人々の中へと押しやり、
危急を察してのこと、案内してくれた若いのも、
“此処までで いいから”と
お礼のお辞儀かたがたの目礼付き、手で制して……さて。

 “どうしてくれましょうかね。”

真っ直ぐ伸びた竹の株が相当あるため、
それが文字通りの竹矢来、柵状の囲いのようになっており。
その向こうで繰り広げられている活劇、
成程 非力な村人らにも、
見物だけならと首を伸ばせる代物になってたようだけれど。
そこからほんの一歩だけ踏み込んだ途端、
振り下ろされる剣撃の勢いや、
刃同士がぎゃりんと咬み合い、
そこから揉み合っての鍔ぜり合いが放つ、
覇気の力波が、疾風のように吹き荒れていて。
そんな物騒なものを放っておいでの主役はといえば、
片や、こたびの野伏せり退治を統括する首魁にして、
侍たちの惣領役でもある壮年、島田カンベエその人であり。
かの大戦当時、既に落ち着いた年頃だったところから、
更に十年経っての現在は、
もっと落ち着いての賢者のごとくに、
いっそ知恵だけ授けんと、納まり返っていていいはずが。

 背までを覆う蓬髪たなびかせ、
 その身に幾重にも重ねてまといし、褪めた白の砂防服、
 邪魔にもせずの巧みに捌いて。
 重たげな双手のおのおのへ、ぐんといかつい筋を浮かせ。
 それだけ、相応の力を込めての重々しき刀使いなの忍ばせつつも、
 至近の枯れ葉や茂みを、震わせ舞い上げという、
 半端ではない太刀筋を発揮しておいでであり。

それへと対するもう片や。
こちらは打って変わっての若々しき風貌なれど、
やはりあの大戦で、修羅場を幾つもくぐった御仁。
終盤の混乱期に投入された若い身で、
しかもこうして生き残っているということは、
どれほどの鬼才かも忍ばれるというもので。

 ぎりぎりまで絞り上げたような痩躯に添わした、
 これまた主の身を絞って魅せる深紅の衣紋。
 足元まではたっぷりとした布使いなのは、
 鷹揚な装いに見せてのその実、
 飛び抜けた跳躍力の邪魔にならぬようにの計らいか。
 細い双腕のそれぞれへ得物を握り、
 翅のように巧みに操って。
 軽快な、それでいて隙のない
 油断のならぬ連続剣撃、失速させずに繰り出す恐ろしさ。

そんな二人は、集められた侍たちの中でも一、二を争う練達同士。
殊に紅衣紋の侍、双刀使いのキュウゾウ殿は、
たかだか野伏せり相手の諍いなぞでは、本気の刀捌きが出来ようはずも無しと、
まずはの勧誘をすげなく断ったものの、
それを持ち出したカンベエ自身の老獪な腕のほどに魅了され、
それでとこちらへ参入してくれたという順番のお人ゆえ。
カンベエが先約である野伏せり退治を済ますまで、
じりじりお預けを待つ身だったのが、

 “何が発端かは知りませぬが。”

こうまで本格的な斬り結びとなったからには、
彼の側では否やもあるまい。
相手が打ち込んだ太刀筋、その重さを見切ってのこと、
この角度では不利かと断じると。
瞬時に弾き返しての飛びすさって逃げながら、だが、
到達した先で思い切り踏み込み直し。
弾丸の如くな鋭い一撃、
元の位置に留まったままの相手へと薙ぎ払えば。
そちらもまた、そういう反撃があるのは織り込み済みだったものか、
だが、身を翻すことなくの待ち受けていて。
全身を杭のように堅くし、受け止めた攻勢の重きを地へと逃がしつつ、
柔軟さでたわませた身の芯をぐんと延ばすことで、
半分以上のダメージをそのまま弾き返したほどの、
ようよう練られた馬力はおさすが。
打ち込んだ側も側で、
動きは封じたが、叩き伏せるまでは叶わぬかと
この一合の末を見切ると、押し返しの刀圧がより切る前に、
宙へと避けての、間合いを取って地へと降り立ちって。
相手の呼吸というもの、睨み据えることで拾おうと構えるところは、
まだまだ意気軒高にして、
終わらせるつもりはないぞということを示しておいでで。

 “侍として頼もしいのは ありがたい限りですが。”

仲がお悪いのかもという方向で、村人たちの不安を煽っては何にもならぬ。
確かに皆して仲良しこよし…じゃあないけれど、
せっかく固まりつつある結束を揺るがすのは、
良しとも思えずだったので、

 「……うん。」

此処に来てからは、
よほどのときでもない限り、手から放さぬ朱柄の長槍。
それをぶんっと振りしごくと、
普段はしまわれている三又の切っ先を繰り出し。
そちらも懐ろの深くへ仕舞っている匕首を右手へ掴み出してのこと、

 「いい加減になさいませ、お二人とも。」

それこそ左右に別れていた当事者二人ともの呼吸を読みつつ、
ぐっと踏み込んでの“待った”をかけたシチロージであり。

 「…っ。」
 「お。」

片やは心底驚いたのか、
飛び出した機先を制されて…それでもぎりぎり、
振り下ろしかかっていた得物は
シチロージがかざした槍の柄にも当てずで踏みとどまれた反射がおさすが。
もう片やの御仁はといや、
あの息をもつかせぬしのぎの最中でも、
仲裁が飛び込むことを横目で察していたらしく。
振り下ろした得物が、
女房殿のかざした鞘ごとの匕首にこつんと当たりこそすれ、
それはもはや、勢いも殺された代物であり。
故意に止めたものであること示すよに、

 「無茶をする。」

この危険なしのぎの只中へ飛び出すとは命知らずなと、
当事者のくせして説教まがいのお言いようをした素っ途惚けようよ。

 「ようも そのような減らず口が聞けますねぇ。」

御主の鷹揚そうな言葉には
さすがに少々眉が上がりかかったシチロージだったが、

 「〜〜〜。」
 「おおっと。」

そちらはただ構えただけで済んだ槍の柄を、
自発的に掻いくぐったらしい もう片やの剣豪が、
向こうを向いたままだった槍使いさんの肩の上、
ぱふんとおでこを伏せてくるもんだから、

 「ああ、はい判っておりますよ。ごめんなさい、でしょう?」

こくこく頷く仕草も殊更素直で。
怖がりつつも野次馬していた村人たちは、
さっきの若い衆の采配でか、
もう殆どが持ち場へ帰されていたから良かったものの。

 “仲たがいとああまで素直な様と、果たしてどっちが不安かの。”

つい先程まではほぼ本気の殺気もて、
自分を追い回していたうら若き剣豪のこの変わり身へ、
くつくつと他人事のように苦笑を洩らした、カンベエだったりしたそうで。





  ……………………………………で。


  「はい? 錬鉄の試し打ちですと?」

やっとのこと落ち着いて下さったお二方だが、
騒ぎを観ていた者からそうではない者へ、
どんな伝言がなされるかはそれこそ判ったもんじゃなく。
現場での立ち話は
いかにも辻褄合わせをしているようでよろしくないとし。
詰め所へ戻ってのそのまんま、
話によっちゃあカンベエ相手でも説教も辞さぬと
シチロージがコトの仔細を問い質したところ。
そんな応じがけろりと返されて来た。
彼らがその手にしていたものも
ようよう見やれば、
それぞれの得物としている太刀ではなく、ただの鉄の棒であり。

 「この村の鍛冶屋はなかなかの技術を持っておってな。」

あごのお髭をスルリと撫でつつ、カンベエが言うには。
日頃は農具や包丁や、
せいぜい箪笥の金具の細工くらいしか手掛けぬというが。
試しにと古鉄を鋳しての鍛鉄に叩かせたところ、
桁外れの柔軟さを合わせ持つ、それは強靭な鋼を丹念に打つ技術を持っており。
ただの金物ではなく、太刀を打つ玉鋼を精錬するような土地の、
たたら鍛冶の職人ででもないと
こうまでの代物は打てぬと、あのヘイハチも太鼓判を押したので。

 「ならば、超振動をたたえさせても負けぬものかを確かめんと、」
 「そうでしょうとも。」

二人の立ち会いにそういう気配を嗅ぎ取ったからこそ、
わたくしも危険を顧みず飛び出したんですよと。
くどいようだが、
微妙な因縁、遺恨もどきがないではない間柄とはいえ、
今は一応“お身内”同士だというに。
本気も本気、途轍もない級の鍔ぜり合いをやらかしてどうしますかと、

 「かすり傷でも怪我は怪我。
  そんなの負うほどの実は仲がお悪いのかと、
  村人たちから余計な不安を買ってどうします。」

ああもう、途轍もない覇気まで高めておいでだからと案じたというに、
どうしてだろか、どちらも衣紋さえ汚していないのが、
それでいいはずなのに、何故だか業腹なシチロージで。
いつもの奥の座に胡座をかいて座すカンベエの
飄々とした様子にうむむと不平顔となったものの、

 「〜〜〜。」
 「 あ、ああいえ。怪我がないのは良いことですが。」

囲炉裏を挟んだ反対側に、
こちらさんは四角く正座している紅衣紋の剣豪様が、
肩をすぼめての“ごめんなさい”の格好でいるのへと。
腕を延べると しおらしいお顔なの引き寄せて、
ほぉらお怪我はないですかと、気遣い直して差し上げる。
ただの鉄棒でも当たった若竹をすっぱり裂くほど、
鬼か野獣か、凄まじい殺気を得物へ送り込めてしまう、
生き残りの中でも筆頭だろう剣鬼さんを、
ひょいと引き寄せ、懐ろに囲い込み、
よしよしと懐かせてしまえる存在な女房なのへ。

 “果たしてどちらが恐ろしいやら。”

この求心力に加えて、彼自身もまた槍の練達。
何もかもを打ち捨てて、
ただただ刀を振るう腕を磨いて来た鬼っ子よりも、
深さや広さの許容も深く、様々な包容力に長けた存在が
手綱を操るほうが恐ろしいのかも知れぬと、
要らぬこととか、つい思ってしまった軍師様だったらしいです。
そうまで平和で良いのか、あんたたち。





     〜Fine〜  2013.03.07.


  *久々にも程がある“神無村”噺です。
   当初と違って、おっ母様が随分と逞しくなり、
   その分、ご亭主と次男坊がやんちゃになりつつあるような。
   どっかの一族の惣領様と次男坊がそのまま投影されてるのは、
   さすがに問題かも知れませんな。(笑)

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