花霞の里
(お侍 習作196)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


  そこは この時期に緋白で埋まる土地であり…。


特に意識してのことではなかったが、
足元を踏みしめたのへ合わせて、じゃりという音が小さく響いたは、
かつては玉砂利が敷かれていた名残りから。
編み上げの靴の下へ足袋を履かないままの素足だから覗くそれ、
大きなくるぶしの出た足首は頑健そうだったし。
それに見合う大きさだということか、
ごつりと武骨な意匠の大太刀の柄、
がっしと握りしめた骨太な手の重たげなところも、
何と頼もしいことよと惚れ惚れさせる武々しさであり。
もしかしてそろそろ五十に届こう、壮年という年頃だろうに、
濃色の蓬髪、手入れもせずのうっそりと
背中まで長々と延ばしている様なぞ、
胡散臭いばかりと断じられかねないが。
これまで経て来た苦渋と錯綜が織り出した末の、
彫の深い精悍な面差しに、
鋭と冴えたる双眸と、意志の強さの滲む口許とに、
肩を張らずとも滲み出す、自負と余裕を感じさせており。
野性味あふるる不貞々々しい恐持てにも、
徳の高い剣豪のようにも見えての、とんだ判じ物のよう。

 「う……。」

祭りや商いなど、催しや何かあった時だけ使われる場所だろう、
里の外れの水車小屋の傍、ちょいと開けた空き地にて。
こんな長閑な里には あまりに不相応な物騒さ、
太刀やら匕首やら柄を切った槍やら、
いかにも間に合わせだろう、不揃いな武装を構える5、6人の野盗らと、
白い衣紋の大柄なお武家とが向かい合っている。
最初に対峙したのは里の集落の取っ掛かり。
こっちは頭数もあるのだと図に乗って、
右から左から畳み掛けるよに切りかかりての振り回し、
浮足立たせて、翻弄していたつもりだったものが。
時折どこか覚束ない素振りも織り交ぜての、
不慣れな大人数相手とあってすっかり混乱した末、
まんまと広場まで釣り出された…ように見せかけただけ。
翻弄される振りをしつつ、人家からの距離を稼ぐと、
次には不慣れな棒振りに見せかけた大振りで賊らを避けさせ、
全員を自らの立ち位置で家並みを庇うようにする辺り。
ただのお武家ではないこと、
今になって気がついてももう遅い。

 「いかがした?
  たかが痩せ浪人ごとき、畳むのに苦はないのだろう。」

 「う…。」

別段、当てこすりや皮肉というつもりはないのだが、
ほんのつい先程、
他でもない彼らがそうと高らかに囃し立てた言には違いなく。
どこで鳴くのか、まだ幼いヒバリのさえずりが長閑に聞こえ、
遠くはない川のせせらぎの響きも拾えるほどなのは、
とばっちりを受けぬよう、里の人らを家並み集落から遠ざけたせいであり。
事情が判らぬ子供らが駆け回っているのだろう、
少しほど遠くから、わあわあとはしゃぐ声まで平和に聞こえた日にゃあ、

 「うう…。」

この空間の静けさもまた、
目の前の侍の 桁外れな余裕によってもたらされたそれだというの、
しみじみと思い知らされもする。
いたぶってたつもりがこの始末じゃあ、
とんだ道化じゃあないかと、
羞恥とも焦燥ともつかぬ苛立ちに腹の底が にが熱くなる。
多勢に取り巻かれ、焦ったように見えていたのも芝居かと、
今になって気づいたことまで口惜しい限り。
さっきまでのぎこちない棒振りは、演技とそれから
もしかして体慣らしだったのか。
ただ突っ立っているように見せて、
だがだが、重いはずの大太刀を軽々構えておいでの、
肩の落ち着きや腕の降ろしようにゆとりが感じられ。

 さすがは、
 野伏せり狩りとしてその名を馳せる
 “褐白金紅”の壮年殿、というところか。

広場のあちこち、
萌え初めの幼い若葉たちが覗く淡色の中。
壮年殿の、特に挑発的でも揮発的でもない落ち着いた佇まいが、
どれほど余裕ある人性かも表していて。

 「く…っ。」

こうして睨めっこをしていても始まらぬ。
まずは彼が一人で待ち受けていて、
こうしている間にも報を受けた役人たちが駆けつけての、
厳重に取り巻かれては逃げられもせぬと。
得物をがっちがちに握り込め、
まずはと しゃにむに突っ込んで来た青二才。
何かしら気合いめいた怒声と共に、勢いよく飛び込んで来た切っ先を、
力任せな一直線の攻勢への、最も簡易なあしらいようで、
あっと言う間に畳んでやっている。
太刀で受け止め受け流し、腕を上げてゆきながら釣り上げたなら、
途中で頃合いを読んでのこと、
突き放すように外してもよし、巻き上げるようにして突き放してもよし。
こちらを鬼か妖異かとでも思っているものか、
腕も足取りも固まっている相手だったので、
刃同士が触れたそのまま、何とでもあしらえるしゃちほこ張りようが、
いっそ気の毒なくらいであったれど。

 “この若さで、弱い者苛めの強奪に味を占めての
  悦に入ってしまっては ろくな者にならぬだろからの。”

こんなことに長じても、
自慢にゃならぬし、一端の“漢”にもなれぬ。
そこのところをはっきりくっきり、
恥という形で刷り込んでやった方が後腐れもなかろうと。
こちらの太刀の切っ先へ巻き込んだ太刀ごと、
一番手の若いのを、
手近な木の幹へ鼻から突っ込むように叩きつけてやり、

 「さあ、次はどいつだ。」

刀で切り捨てもせずの、
無様な自爆という格好で若いのを沈めたその上、
小意地悪くもにんまり笑った壮年だったのへ。

 「こ、こんのヤロっ!」
 「ふざけんなっ!」

何のどこがか、敵討ちだと叫びつつ、
今度は二人が一度に飛び込んで来たのへ。
同時のつもりでも わずかに出足がずれていたのを難無く見極め、
右に左にとそれぞれの切っ先を大きく外へと弾いて捌く。
すれ違う格好での左右へ遠く押し出された二人が、
あわわとたたらを踏んでいる間にも、

 「てめっ!」

次の、恐らくは中堅どころらしい年嵩が、
柄を削った槍だろう、変わった刃を振りかざして来たが、

  ひゅいっ・ぎゃりん、と

空を切る風鳴りの音と、鋼同士が咬み合う響きが高々鳴り響き、

 「……うああっ!」

凄まじい衝撃を受けてのこと、
手がばきりともげたような気がしたか、
得物を取り落としての、その場へうずくまってしまった兄貴分へ。
さっき弾き飛ばされた徒弟らが顔色を変える。
てっきり切られたと思ったのだろ、そしてこういう事態は初めてだったか、

 「ひいぃぃっっ!」
 「た、助けてくれっ!」

彼らがこれまで脅して来た農民らの
誰よりもみっともない金切り声を上げ、
後ずさりしつつ逃げ出しかかったのへは。

 「………。」

何か冷たいものが腰回りをさらりと撫でた気がして立ちすくみ、
そのまま彼らの足を搦め捕ったは、

 「わっ。」
 「ぎゃあっ。」

落ち着け、自分らの腰帯だと、
こっちから言ってやった方がいいものか。
それとも、そんな破廉恥な捕縛があるかと、
捕りこぼしのないよう詰めていた紅衣紋の若いのへ、
叱責飛ばした方がいいものか。

 “次の宿場へ先に向かっておれと”

言っておいたのになと、言うこと聞かずに待ってたらしい久蔵へ、
苦笑が絶えなんだ勘兵衛だった。




     ◇◇


今日はさほどに風もなく、
それでも、頭上の桜の梢からは、
ほどけるように こぼれるように、
小さな緋白の花びらが、ちろちろと震えるように宙を舞う。

 「ほほぉ。」

どちらかといや北領に近い土地柄なせいか、
春も深まった今頃にここいらでは花の宴が始まるらしく。
殊に、桜の品揃えが豊かで見事。
寒さに強い、赤みの濃い緋桜や山桜がまずは咲き、
それからソメイヨシノが一斉に花開き。
それが盛りを過ぎるころ、枝垂れや八重が咲き始める。
花のつきもよく、みっちり重たげな房が風にそよいで風情のある、
街道に沿うて設けられた並木か、
それとも土手下の河が一等先に有りきなものか。
ちょうど今が盛りであるらしい桜花の充実を眺めつつ、
涼しげな河畔をのんびりと歩む勘兵衛で。

 “これは見事だの。”

花づきのあまりの重さに、
ともすれば行く手を遮って垂れ下がるは、正しくの花のれん。
さすがに枝を掴んで捌くような無粋はなしの、
武骨な手をかざすと、
指先でそおと払うようにしての掻き分けて、
先へ先へと歩んでゆけば、

 「お……?」

花房でも柳でもない、別な感触のものが紛れていて。
無意識のうち、のれん扱いで手の甲で避けかかり、だがだが。
あまりにしっかとした布だったのと、
色に覚えがあってのこと、
も一度見直し、おいおいと
その上、樹上から何が垂れ下がっていたかの大元を見上げれば、

 「……。」
 「久蔵。」

どこぞかの亜熱帯の、豹とかいう鋭角な獣を思わせる、
それはしなやかな肢体を、半ば寝転ぶように添わせてのこと。
旅の連れ合いたる青年剣豪が、
表情も薄いまま、眼下を通りかかった相方を他人のように見下ろしておいで。

 「いかがした。」

こたびの務めは大した代物でなし、
ただ叩きのめして引っ括ればいいだけのことと、
中司からも聞いていたので。
では、儂が片づけるから、
お主は先へと進んでおれと、言い含めておいたのに。

 「次の宿場は
  道なりにゆけば昼には着けると
  言うておいたろうが。」

幼い和子でもあるまいに、
この程度の単独行動、出来ぬ人性でもなし。
先乗りもまた、段取りのうちぞと、
それでも非難や叱言までは持ち出さず、
困ったなぁというやわらかい苦笑で留め置けば。

 「……。」

身を起こしてのなめらかな所作で、
ひらりと樹下へ降りて来た若いので。
緋白の中に冴え映える、
紅蓮の衣紋に包まれた腕を伸ばしてくると、
務めが済んだばかりな連れ合いの懐ろに、
砂防服の合わせを掻き分け、もぐり込む。

 「これこれ。」

このような往来で何をまたと、
やや叱るような言い方をしはしたが、
首根っこを掴んでの引っ張り出すほどでなし。
しばしの間、足を止めての花見もよしかと。
気が済むまでこのままでいてやろうと構えた勘兵衛だったのは、
相変わらずの甘やかしからだったが、

 「………。」
 「……。////////」

羽根のように軽やかな金の髪へ
自身の口許を触れさせると、
何事か囁いた壮年殿であったらしく。
それへと、だがだが斬り返すこともならずの若いの。
桜以上の緋を頬に差し、
馬鹿者とかどうとかとか曖昧に言い返すと、
お顔をますますのこと、
壮年殿の懐ろへと擦りつけの埋めてしまったそうでした。




   〜Fine〜  13.04.20.


  *咳と鼻水と、あちこちの筋肉痛とで
   なかなか集中出来ません。
   夜中は寝られないのもあって治りも遅いです。
   なんでこう、春に風邪で振り回されるかなぁ。

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