夜空を翔って 
(お侍 習作 199)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


賊らが持ってったのは、勘兵衛がネタを明かしたその通り、
仕掛けつきのとある密書であり。
何を勘違いしたものか、
金満家に扮した隠密が移送していたものを盗まれての大騒ぎ
………となったそうだが。

 「そも、どうして資産家に扮したかが判らぬ。」
 「いやそれが。」

関わり筋だった土地の役人は、武家の中でも中枢部に軍師を配した家系の、
悪く言って頭でっかちな顔触れが多く、

 「地味に作れば、何か秘密文書を抱えていること疑われぬかと…。」
 「勝手に思ってのこと、正反対にこしらえたと?」

後半の正解部分をさらりと答えた“蛍屋”の御亭だったのへ、
たははと苦笑した中司殿。

 「とんだお馬鹿ですねぇ。
  金持ちなんかに化けたら、
  それこそ無差別で狙われると判らなんだのですかねぇ。」

そういうのを“策士 策に溺れる”というんですよねと、
丁寧に水出ししたコクのある冷茶をだしつつ、七郎次が苦笑する。
大戦時代にもそういう本末転倒な輩はおりましたよと肩をすくめて、

 「それで? 巻物は無事に?」
 「ええ。
  北領へ逃げたと思われる盗賊一味の潜伏先や、
  頭目の出身地などを記した、結構大切な資料だったようで。」

電信の設置が遅れている地域へは、
まだまだこういう形でしか情報を送れないのだそうで。

 「無下に焼かれていても困った代物、
  当地の役人らは勘兵衛殿の大胆さへ不平たらたらだったようですが、
  そもそもの仕立てがそんなで、よくもまあ偉そうなことが言えるなと。」

我々本隊の面々にしてみりゃあ、
これだから田舎の人間は的な、感慨深い騒動ではありましたねと。
肩をすくめた中司殿が、

 「そうそう、そう言えば、
  久蔵殿は花火をあまり見たことがないそうですね。」

相手の虚を突くのにと、勘兵衛が用意させたのが突然上がった数発の花火。
ぱぁっと夜空を焼いた閃光に、
賊のみならず、こっちの手配の顔触れも一瞬立ち尽くしたというから
そこも呆れた点だったのだが、

 「ああ。はい、そうらしいですね。」

七郎次もそれを聞いたときには意外なことよと驚いた。
あのにぎわい盛んだった虹雅渓で差配の護衛だった時代も、
護衛の方への集中優先だったので、
音は知っているが観てはなかったという話であり。
大戦時代の砲撃でも思い出したかと案じたものの、
何が楽しいものかとキョトンとしていたとかいう話で。

 「今回、花火を使ったのへは、
  もっとのんびり眺めたかったと言うておられたそうですよ?」

 「おやまあ。」

それは重畳と、都らしく涼しい色合いの小袖を装った美丈夫が、
花のようにふわりと微笑う。
少しずつでいいから、人の楽しみを覚えてほしい。
頼もしい壮年殿と二人、お互いをだけ見やるばかりでなく、
同じものをば見やって“ほらねえ”と頷き合うような、
そんなくすぐったい過ごしよう、楽しめるようになればいいと。
正青にむらなく染まった夏の空を見上げつつ、
どこかこの下においでだろう、
愛しいお二人への想いを馳せる、七郎次なのであった。





   〜Fine〜  13.07.31.


  *またぞろ、仕上げにちょろりと出て来るVer.でしたね、すいません。
   ついつい花火を使いたくなる季節ですが、
   ウチの久蔵さんは、あれって何なに?というクチだったので、
   どうしたものか、ちょっと迷いました。
   結局、あんまり風情はない使いようですが、
   すべて片付いてから勘兵衛様と二人、
   宿の窓からとか、正式な花火を眺めつつ、
   浴衣で……なさってればいいですね。ねえvv//////(こら)
   

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